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2005年7月30日 (土)

【バックナンバー】ニュースレター第70号2005年6月1日 ウズベキスタンで何がおきているのか

ユーラシアンクラブニュースレター第70号2005年6月1日


~アジアシルクロード音楽フェスに向け「大地の響き」曲作りはじまる ~大野 遼

    「大地の響き」。この言葉は、私がアジア・シルクロード音楽フェスティバルに参加するアーチスト集団につけたユニット名である。昨年から、東京でフルメンバーのフェスティバルをやろうという呼びかけに応えて、出演者と事務局、開催地関係者の懇談会を開催したのが2月。3月から、メンバーによる月一回の練習会がスタート。出演者間の親睦も深めながら続けている。

    早くも2回目の練習日で曲作りが始まった。出演者のリーダー格のハスローさんが、皆で演奏できる創作曲を持参した。それぞれの楽器の特色を生かした曲作りの試みが始まった。「大地の響き」のメンバーには作曲家としての力のあるアーチストが何人もいる。私はいつか彼らに「大地の響き」を作曲して欲しいと思っていた。そしてその作業が始まった。馬頭琴、ドンブラ、タンブル、ホーミーにモンゴルの笛、揚琴も加わっての作業へと曲作りの幅が広がっている。10月11日にはご披露できるのではないかと期待している。

       一方、フェスティバルの会場となる日本橋劇場(日本橋公会堂)の管理者でもある中央区、中央区教育委員会、中央区文化・国際交流振興協会との間で、地域住民に親しみをもってもらうための工夫についての話し合いも始まっている。中央区では、区内の施設にチラシを配布し、関連する催しや銀座の歩行者天国での周知の可能性等についても前向きにお考え戴いており、私も精力的に行動したいと考えている。

    この原稿は、岡山県倉敷市の近郊にあるトラックタ-ミナルのワゴン車の中や門司港のインターネットカフェで少しずつ書いている。今回九州の中規模ホールの会議であるCwaveの会議が福岡県で開催されることになった。これまでにも何度か、芸術情報プラザのアドバイザーとして提案をしてきたホールネットワークであるが、今回は、アジア・シルクロードの音楽普及に持続的に取り組んで欲しいという呼びかけを行うために行くことになった。これは営業でもある。そこで、その会議の前後2週間を神奈川県の自宅から西日本一帯への営業キャラバンの一環として、地域のホールを訪ねることにした。

    2週間の営業といっても、相当な距離を車で走ることになるので、絨毯的ホール訪問は無理である。私のこれまでの知識でしかるべき活動を行ってきたホールの中でも、東海道の延長線に当たる地域の主要ホールを訪ねるしかない。静岡、愛知、三重、兵庫、岡山、広島、山口とこれまでのところ、営業は順調であり、下関市文化会館の担当者と会ったところで、複数のホール関係者が連絡をとって時期の調整等実施環境を整える話し合いを自主的に行うというところまできて、今後さらにどんな活動が必要かも見えてきた。

    5人ほどの出演者による年間3回のシリーズ「アジア・シルクロード ミュージックキャラバン」ネットワークができそうである。音楽を通してアジア・シルクロード地域の諸民族の理解を促進しようという試みに弾みがつきつつある。夏までに土台づくりを終えたいと欲張った目標を立てているが、ネットワークを支える人材が少し見えており、希望をもっている。

    【アジアシルクロード音楽フェスティバル出演者紹介】今年10月11日の日本橋劇場で開催するアジアシルクロード音楽フェスティバルに参加していただくジリンバヤル(写真)さんです。現在東京藝術大学大学院の作曲専攻で、モンゴルの笛(リンベ)だけでなく、雲南の笛(バウ)なども吹きこなす安定感のあるエンタティナーで作曲にはシンセサイザーも使う。コンサート、練習日での演奏を聞いたが、いろいろなコンサートイメージがすぐに湧き、演奏には魅力を感じている。


芸術文化振興基金助成事業 アジア・シルクロード音楽フェステイバル・"大地の響き"公演にお力を

    皆さんのお力で成功を 皆さんのご協力をお願い致します。アジアのエンターテイナーたちの競演。さまざまな民族の多様で水準の高い音楽を聴き、ユーラシアに、アジア・シルクロードに日本音楽の基層を探ります

    ・・・・2005年10月11日午後6時開場 6時半開演・・・・チケット:当日2900円 前売り2800円 70歳以上・12歳以下の児童は2割引東京中央区 日本橋劇場(客席400) 中央区日本橋蛎殻町03-3666-4255 半蔵門線「水天宮前」日比谷線「人形町」駅 東西線「茅場町」駅 都営浅草線「人形町」駅などから徒歩3分~7分

    主催:ユーラシアンクラブ/アジアシルクロード音楽フェステイバル組織委員会後援:東京都中央区、中央区教育委員会、中央区文化・国際交流振興協会チケットのお求め:ファックス03-5371-5548 E-mail:paf02266@nifty.ne.jp


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第十二回

「地球温暖化」の真実に迫る(1)温暖化はほんとうに自然現象か?若林一平

    エネルギー問題が語られるとき、必ず話題になるのが「地球温暖化」 であり、温暖化の原因物質としての炭酸ガス(二酸化炭素)排出問題で はないだろうか。そして、炭酸ガス排出の犯人は石炭や石油などの化石 燃料だという。今では、炭酸ガスは温暖化ガスとも呼ばれており、まさに現代の「悪玉」といったところである。

    さて、世の中であまりに自明なものとして扱われていることがらについて一度は疑ってみることは良いことである。なぜなら、地球規模のマ インドコントロールということだって無しとしないからである。

    ここに地道で真面目な本が一冊ある。薬師院仁志著『地球温暖化論への挑戦』(八千代出版、2002年)。もし地球温暖化論が真実であるならば、素人の疑問に対してこそ説得力のある議論が展開されていな ければならない、という観点で、地球温暖化論の論拠をひとつひとつ検 証している。

    まず、炭酸ガスによる地球温暖化という仮説はコンピュータの中で作られたものであるという点。コンピュータシミュレーションは往々にして素人を欺くために利用される。前提は曖昧でも、計算そのものを緻密 に実行してみせることはコンピュータは大得意である。仮に、温暖化の 進行という現象(A)と炭酸ガスの増加という現象(B)の同時進行が 真実だとしても、Aが原因でBが結果、Bが原因でAが結果、あるいは 第三の原因があってAとBがともに結果という三通りの組合せがあり得るのだ。しかし、温暖化論では何故か始めに結論ありきで、二番目の組み合わせ、つまり炭酸ガス(B)が原因で温暖化(A)が結果という命題が自明とされてしまう。これはつとに槌田敦氏(元理研研究員、 現名城大学教授)が指摘してきたところである。

    コンピュータの中での「実験」にぼくらの未来を託すことはできない。専門家には、現実の自然を相手に真面目な実験に取り組んでもらい たい。

    「温暖化ガス」は確かに存在するのだが、量的に見て圧倒的な主役は 水蒸気だというのである。炭酸ガスも温暖化ガスであることは間違いな い。しかし量的にはマイナー、そのうえ、全炭酸ガスの中で化石燃料か らの排出が占める割合は数%だという。そうだとすると、仮に炭酸ガス が地球温暖化の原因物質だとしても、化石燃料の温暖化への寄与は極めて限定されたものにならざるを得ない。一体全体どうなっているのだ?

     「地球温暖化」は自然現象ではなく社会現象かもしれないという薬師 院さんの説明に刺激されて僕も自分で少し調べてみた。すると実に不思 議な事実が判明した。冷戦時代と冷戦終焉後で「地球」の温度の向かう 方向が逆転しているのだ。あなたは次の記事のリストを信じることがで きるだろうか。

     ●異常気象が多発、北半球で寒冷化進む――地理学会議でラム博士の 論文紹介。   1980/09/03, 日本経済新聞 朝刊  ●気象庁が"異常気象白書"発表――今世紀は寒冷化続きそう。   1979/03/17, 日本経済新聞 朝刊  ●猛烈寒波は繰り返す――進む北半球寒冷化(ニュースの周辺)   1977/01/10, 日本経済新聞 夕刊  ●核の冬、日本は直撃免れても破滅 科学者グループ予測   1985/09/13, 朝日新聞 夕刊  いずれも1970~1980年代の記事だ。ちなみに、ベルリン の壁崩壊は1989年。地球サミットは1992年。これ以降、メ ディアの流れは「寒冷化」から「温暖化」へと180度転換してゆく。

    【写真説明】映画「デイ・アフター・トゥモロー」ではなぜか異常寒波 が地球を襲う。


~ 国家・民族・宗教を超えて~ユーラシアンクラブのご案内 ~

    10月のアジア・シルクロード音楽フェステイバルをめざす活動をはじめ、さまざまな活動にご参加いただきたくお願い申し上げます。また、お知りあいの方々にユーラシアンクラブへのご紹介を頂ければ幸です。夏のボーナス時期にもあたりますので会費などのご送金もよろしくお願い申し上げます。

    目的など:ユーラシアンクラブは国家、民族、宗教の境を超えて理解、親睦、協力を広げることを願い、『顔が浮かんで、声が聞こえる』人間のつきあいと、少数民族にウェイトをおいた交流の拡大を図ることを目的としています。各種講座、現地旅行、文化芸術交流などを通して、ユーラシアの人々との協力関係を築いてきました。
    設立年:1993年設立 2001年から特定非営利活動法人 
    代表者:名誉会長=加藤 九祚(国立民族学博物館名誉教授 ロシア科学アカデミー名誉 歴史学博士)    
    理事長=大野 遼(元通信社記者 北方ユーラシア学会事務局長)
    会 員:趣旨に御賛同頂ければどなたでも御入会頂けます。ニュースレター及び各種催し物のご案内をお送り致します。
    年会費:一口6,000円以上。送金先:郵便振替00190-7-87777ユーラシアンクラブ


ウズベキスタンで何がおきているのか(1) 石本 孝

    5月13日におきたウズベキスタン・アンデイジャンの暴動と武力鎮圧について各紙の報道から事件に迫ってみたいと思います。イギリス政府やEUは無辜の非武装の市民への武力弾圧を批判するすばやい反応を見せました。日本政府はウズベキスタン政府に多額の途上国援助をしてきましたが、そのあり方が問われる事態といえそうです。今求められているのはカリモフ政権が真相を明らかにすることだと思います。

    アンデイジャンで何が起こったのか

     「中央アジア・ウズベキスタン東部のアンディジャンで13日、武装勢力が刑務所を襲い、数千人の囚人を解放、地元の行政庁舎などを占拠した。政府側の発表によると、治安部隊との衝突で9人が死亡、34人が負傷した。アンディジャンではイスラム過激派とされた人々の裁判に市民の抗議集会が続いており、武装勢力が情勢の不安定化に乗じて決起した可能性が高い。」(朝日5月14日)

    これが第一報でした。その後、カリモフ政権の弾圧と混乱を恐れた3000~5000人の避難民が隣国キルギス国境に殺到、一部が越境しているとみられ、周辺国を巻き込んだ混乱に発展する可能性も出ている。と言う報道が続きました。 15日には、フェルガナ地方のカラスで、反カリモフ政権派の住民が市長を拘束し、住民側が権力を掌握した。などと伝えられていましたが、20日以下の情報が明らかになりました。「【カラス(キルギス南部)大木俊治】ウズベキスタン東部のキルギス国境に接するカラスで、郊外に待機していたウズベク軍兵約1000人が19日未明(日本時間同日朝)、市内に突入し、市庁舎などを占拠していた反カリモフ政権派の住民を排除し、支配権を奪回した。現地に駐在するキルギス内務省高官が毎日新聞に明らかにした。(毎日5月20日)【カラス(キルギス南部)大木俊治】ウズベキスタン東部で相次いだ暴動事件の後、ウズベクのカリモフ政権が軍・警察による強権統治を拡大していることが25日、ウズベク住民の証言でわかった。住民は密告を恐れ、多人数で集まったり、政治の話題を語り合えない。さらに社会運動活動家や報道機関にも弾圧の手は伸びる一方だ。」(毎日5月27日)と伝えられています。一方、キリギスに逃れた避難民の安否も気遣われています。

    アンデイジャン ウズベク第3の大都市

    ウズベキスタンには以前から言論、報道、出版、集会、結社などの自由が事実上無く、議会はあるもののカリモフ政権与党の大政翼賛会で、政府への批判は一切封じられているといわれてきました。石を投げれば警察官に当たるといわれほど警察官が多い強権的な政治の一方で、蔓延する汚職は深く、広くはびこり、失業率は20%とも30%ともいわれ、インフレが進行し、国民の生活は苦しくなる一方と伝えられていました。

    このような中で、人口2600万人の約四割が集中すると言われるフェルガナ地方、その中心都市・アンデイジャンで事件が起こったのです。アンデイジャン市はタシケント、サマルカンドに次ぐウズベキスタン第三の都市です。キリギス、タジキスタンの国境とも近く、多くの民族が住んでいます。

    各紙の報道によると、アンディジャン市では、昨年6月「アルカミヤ」のメンバーとされた地元で有力な若手企業家23人が、「イスラム地下組織の結成を企てた」として逮捕されていました。彼らは無実を主張、抗議を続けていましたが、5月12日の公判で検察が数年の懲役を求刑。この裁判が市民の怒りを呼び、連日裁判所前で数千人が抗議集会を開いていました。

    大きく食い違う死者の数 真相はどこにあるのか

    「カリモフ大統領は14日、タシケントで記者会見し、アンディジャンで起きた大規模な反政府暴動を武力鎮圧したことについて、『大勢の群衆が無秩序をもたらす危険があった』と述べ、無差別発砲を正当化した。」(毎日5月14日)「16日付のロシア紙コメルサントは、現地ルポを掲載し、住民の話として武力鎮圧による死者数は1000~2000人に上ると報じた。同紙によれば、州政府庁舎前の広場では治安部隊の発砲で約700人が死亡。周辺でもデモ行進していた人々が多数射殺されたという。」(毎日5月17日)

    「カディロフ検事総長は17日、会見し武力鎮圧による死者は169人(うち32人が当局側)だったと発表、初めて多数の死者が出た事実を認めた。一方「治安当局は市民を一人も殺害しなかった」と述べた。同席したカリモフ大統領は『平和な(市民による反体制)デモではなかった』と語った。」(毎日5月18日)「17日に記者会見したカリモフ大統領は、反政府運動の参加者を「テロリスト」と決めつけて武力鎮圧を改めて正当化する一方、暴動を巡る外国メディアの報道姿勢を非難した。大統領は会見で『特に西側メディアは、ウズベク当局が罪のない人々を殺したと報じ、ウズベクが圧政国家であると見せつけている』と非難した。ロシアの報道機関についても『内容がひどい』と酷評した。大統領は『非武装の人間を撃つ者が世界のどこにいるか。いかなる政府にもそんな人間はいない』と声を荒らげ、あくまで武装グループへの反撃だったと弁明した。」(毎日5月18日)

    「真相はなにも分からない」隠された真相

    「17日付の露紙イズベスチヤは、ウズベクの野党「自由農民」による独自戸別調査で、死者が最低745人に上ったと伝えた。うち、アンディジャンで542人、パフタアバドで203人。当局発表の「169人」を大きく上回った。」(毎日5月18日)「19日付のロシア紙イズベスチヤは、ウズベクの野党「自由農民」の調査で、13日の反政府暴動での死者は、避難民に軍が発砲したとされる事件が起きた国境地帯の町パフタアバドを含め、831人に上ると伝えた。」(毎日5月20日)

    「アンディジャンで起きた大規模な暴動について、カリモフ大統領は「イスラム過激派の策動」と断じ、武力鎮圧を正当化しているが、外交視察団に同行して18日に現地を訪れた毎日新聞モスクワ支局のロシア人助手は、厳しい取材制限に「何も真相は分からない」と指摘する。アンディジャンは静まり返っていた。通りを走る一般車両は皆無で、自動小銃を抱えた軍兵士や警察官が至る所に立っていた。わずかに見える通行人は、視察団に対し、遠巻きに視線を送るだけだ。武力鎮圧後、遺体が収容されたとされる第15学校は視察できなかった。」(毎日5月20日)

    「カリモフ大統領が騒乱を主導したとした「イスラム解放党(ヒズブ・タフリル・アルイスラム)」の組織幹部が21日、朝日新聞とのインタビューに応じ、同党の騒乱への関与を否定した。同幹部はカリモフ政権が『事件を過激派の陰謀として責任転嫁し、さらなる抑圧の口実にしている』と強く批判した。」(朝日5月22日) 以下次号


第3回モンゴル民族文化基金チャリティコンサートのご案内

    おかげさまでモンゴル民族文化基金のチャリティ・コンサートは三回目を迎えることができました。年に一度開催されるチャリティ・コンサートは弊基金の最大の資金源であります。その収益金は他の寄付金と合わせて基金の方針通り中国各地のモンゴル語で教育を受けている高等学校に支給してきました。

    そのうち2003年度は16校48名、2004年度は20校60名の生徒に奨学金を届けました。彼らの多くは砂漠化や貧困に苦しむモンゴル族農牧民の子子弟で、この奨学金によって学校中退を免れた学生も少なくなく、この奨学金の励みによって夢の大学に進学できた学生も多くいます。奨学金を受け入れている学校当局や地方政府も積極的に協力してくださっており、モンゴル民族文化基金の存在意義が益々大きくなってきています。

    2005年度は奨学金実施校をさらに22校66名にまで増やすことになっています。これはひとえに日本人の皆様及び在日モンゴル人のご支援、ご協力の賜物であります。ここで基金一同を代表して深く感謝の意を表すと共に、今後とも引き続きご支援を賜りますようお願い申し上げます。モンゴル民族文化基金 理事長  ブレンサイン

              
    2005年6月17日(金) 午後7時開演(午後6時30分開場)
    文京シビックホール小ホール  チケット:3000円  全席自由

    第一部:伝統音楽  第二部:現代風にアレンジした音楽モンゴル民謡:オットホンバイラ(男性歌手)トヤー(女性歌手)  弾き語り:サンランマンドラ(低音四弦胡弓を弾きながら吟遊する)演  奏:チ・ブルグッド&ヒメル(馬頭琴&バンド)チンゲルト(馬頭琴)モンゴル三味線&ホビス(ハスゲレル)山崎千鶴子(三味線)ドンブラ(アイティムラティ、カザフ民族楽器)ホーミー(予定)民族舞踊(予定)

         
    お問合せ、チケットのお求め:モンゴル民族文化基金 090-3500-4711 / 090-4203-4052 郵便振替口座00120-0-169282 口座名:モンゴル民族文化基金 通信欄に必ず「チケット代」と明記してください


ネリングリー・南ヤクートの近代的な町から(3)日本の印象 ジーマ・オダ(ロシア・サハ共和国)

    今年の三月四日、新潟空港に着きました。飛行場に出てびっくりしました。 十年前と全然違う建物が建ち、出口は何処にあるのかと迷ってしまいました。 探して、 やっと見つけて外に出たら、空港前の広場も様子が全く変わっていました。新潟がこんなに変わったのだから、日本はまったく変わってきたのかと考えました。新潟駅前の広場はいろいろな建物がそびえ、立ち並び、以前の景色とは全然違いました。十年前は駅前が広くて、タクシー、バスが玄関の前の乗り場で停まっていました。今は、東京行きのバス停は、駅の向こうの交差点を渡って、万代通りの方にあります。

    新潟の眺めがこんなにも変わったと思いながら、東京行きバスに乗って、バスの窓から風景を見ながら、日本全国の外見もすごく変わっただろうと思いました。東京の景色を見て目を丸くして驚きました。港区、銀座などでは、近代的な立派なデザインのガラス張りの高いビルが立ち並び、お台場ができ、東京都の素晴らしい景観を形作っています。近代化の工程に触れたことを実感しました。

    私が本当びっくりしたのは花見でした。素晴らしい眺めと景色でした。特に社長に連れられていった井の頭公園の桜は満開でした。緑色を背景にして、満開した桜の姿が忘れられません。それは日本の有名な名所と同じように、素晴らしい桜の名所だと思いました。社長のおかげで日本と東京都の素晴らしい見所と、歴史的な名所を案内して頂き、日本の知識も広がったのが私にとって印象深い出来事でした。日本では自然保護が注目されていることに驚きました。井の頭公園、新宿公園、その他の緑に覆われている場所まで足を運んで、日本では町も都市も自然の保護に努力していることが分かりました。

    高尾山に登りました。大都会東京の近くに、自然のまま生き残って、高い木が生えている場所があることに本当にびっくりしました。人間のために、こんなにちゃんと整備された自然な場所をはじめてみました。見通しがよくて、眺めもいいですし、東京という大都会が手にとるように見えます。バスとか電車からの眺めよりは勿論ですが、羽田空港と成田空港を使って空から眺めることの出来ない私にとって、ここからの大東京の眺めは大変印象に残るものでした。遠くても、本当の自然に触れることは気分もよくなりし、楽しめます。もう一度高尾山と会いたいと思います。日本は山の多い国で、火山と地震があることがよく知られています。新潟県と長野県の境に鋭い山脈があり、そこに温泉があることをはじめてみました。道はうねって、ロシアのコウカサス山脈、天山山脈に似ていると思いました。


編集後記:「反日の日ってなんだ?ナショナル・アイデンテイテイを考える」は都合により休止いたします。/ウズベキスタン情勢が、静かでぶきみです。27日を最後にほとんど報道が無くなりました。人々はじっと息を殺しているのではないか。キリギスに逃れた人々は無事だろうか。かつて訪れたときの知人の顔が目に浮かびます。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
会費はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスで頂ければ幸いです

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