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2005年7月

2005年7月30日 (土)

ニュースレター第71号2005年7月1日 キルギスオルド・サフナ」日本民族アンサンブル「初公演が実現

ユーラシアンクラブニュースレター第71号2005年7月1日


キリギスオルド・サフナ」日本民族アンサンブル「初公演が実現

~ 7月28日 すみだトリフォニーホールで 大野 遼  ~

    7月28日、すみだトリフォニーホールで、キルギス民族アンサンブル「オルド・サフナ」の日本初公演が行われることになりました。主催は、オルド・サフナ日本公演実行委員会と特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ。海外保険大手のAIGグループの協賛を得ることで実現しました。

    来日するオルド・サフナは、キルギス国立音楽学院卒業生を中心とした伝統楽器のソリスト、ボーカル、舞踊家によるソロ演奏、合奏による公演で、三味線の起源とも言われるコムスやバイオリンの起源とされるキヤク(ウズベキスタンではギジャック、ウイグルではイジャック)、日本でも平安時代の遺跡から出土したり、江戸時代にビヤボンとして江戸町民の間で人気だった口琴。初めて実現するキルギス音楽の音色から、「昔日本人は兄弟だった」と語る人の多いキルギスの人々、演奏家から日本への熱いメッセージを受け止めてください。

    行われる事業は、三つの事業で、27日から3日間墨田区内の中学校、区役所での国際交流やコンサートを行うほか、特にすみだトリフォニーホール小ホールで、以下の通り、AIG社会貢献活動として無料のコンサートが実施されます。

    AIGコミュニティコンサート
    「シルクロード音楽回廊 オルド・サフナ日本公演~中央アジア・キルギス高原の楽想~」
    日 時:7月28日(木)19:00~21:00 
    場 所:すみだトリフォニーホール小ホール
    主 催:オルド・サフナ日本公演実行委員会、NPO法人ユーラシアンクラブ
    協 賛:AIGグループ 後 援:キルギス共和国大使館
    協 力:すみだトリフォニーホール

      入場無料のチケットは、150名が一般公募で朝日マリオン経由で募集される予定です。また、27日夕方には、AIGタワー最上階で、オルド・サフナ一行の歓迎レセプションを行う予定で、秋にアジアシルクロード音楽フェスティバルを予定しているクラブとしては、日本で活動するアジアのアーティストを中心とした交流を予定、今後のアジアの音楽交流活性化に役立てたい考えです。

    秋の音楽フェスティバルの企画に付いては現在思案中ですが、これまでにない手法を検討中です。ご期待ください。
    写真は、「オルド・サフナ」のメンバー
    ※AIGグループ:保険・金融サービス業を130ヶ国以上で展開。日本では損害保険のAIU保険会社、アメリカンホーム保険会社、生命保険のアリコジャパン、AIGスター生命、AIGエジソン生命などのグループ会社が多数営業。

    オルド・ナフサ日本公演に先着30名様をご招待
    キリギス民族アンサンブル「オルド・ナフサ」日本公演に一般公募枠と別に、ユーラシアンクラブ関係者枠として30名様を特別ご招待いたします。ご希望の方はファックスまたはE-mailでクラブ宛にお申込下さい。先着順、定員になり次第締め切らせて頂きます。
    FAX:03-5371-5548 E-mail:paf02266@nifty.ne.jp


ユーラシアンフォーラム「大地の学校」第一回フォーラムのご案内

    ユーラシアンクラブでは、国家・民族・宗教を超えて理解を図ろうという立場から①人類と地球を救う可能性を秘めた循環型エネルギーの情報提供②アジアの今を考える③シリーズ "人"-さまざまな民族の人たちから自由に語ってもらい、理解を促進するために意見を交換する、といった三つの視点からフォーラムを実施します。第一回フォーラムを下記のような内容で行います。
    知友人にお知らせ頂き、お誘い合せの上ご参加下さい。
    日 時:7月23日(土)午後6時から、
    会 場:東京都・池袋の東京芸術劇場第1小会議室
    おもなテーマと発表者
    1 キルギスからの報告/最近のキルギス情勢について
    2 環境に関連した保険について(ウズベク人)
    3 自由貿易と環境に付いて(クラブ関係者)
    4 ユーラシアにおける循環型エネルギー動向(在日ユーラシア人)他


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第十三回

「地球温暖化」の真実に迫る(2)温暖化論の仕掛け人たち 若林一平

    6月24日の夕刊各紙は「NY原油初の60ドル台」 という取引情報をトップで伝えた。しかし、本文を丁寧に読んでみると 「在庫は十分にあり相場水準は実態から乖離している」(IFRマー ケッツのアナリスト)というのである。素直に考えると奇妙である。ただし現代の価格決定は実は奇妙なのである。「豊かな社会」においては 価格は「おもわく」や「予測」やらの情報操作によって動く余地が大きいのだ。利にさとい人たちはこのことをよく知っており、いつも情報を 操作する側に身を置きこれを実行している。

    興味深いことに、地球温暖化論がマスメディアを通して一般市民のレベルまで巻き込んだ議論として「誕生」した日付と場所が明確に特定さ れている。

    1988年6月23日、アメリカ上院のエネルギー委員 会の公聴会が地球温暖化の脅威を周知させるために開催された。仕掛人 は上院議員のチモシー・ワース。ワースは過去の気象統計データからワ シントンの最高気温の可能性の高い日を選んだ。しかもこの日は委員会 室の冷房を切ってデモンストレーション効果に腐心したという(薬師院 仁志著『地球温暖化論への挑戦』、八千代出版 2002年)。

    証言に立ったアメリカ航空宇宙局のゴダード宇宙研究所のジェーム ズ・ハンセン博士は、「最近の異常気象、とりわけ暑い気象が地球温暖 化と関係していることは99%の確率で正しい」と証言したのであ る。確立した学説でもないのに「99%」という大胆な発言。ここ から「99%」は一人歩きを始める。『ニューヨーク・タイムズ』 を始めとする各紙の1面、そしてテレビの各局も大々的にこれを 取り上げる。

    さて、ここでCNNの創業者であり、のちにCNNをタイムワーナー グループに売却した世界の大富豪テッド・ターナーに登場していただこう。1997年9月18日、ターナーは国連に10億 ドルのギフトを提供すると発表した。10億ドルといえば日本円に 換算すると優に一千億円は下らない大金である。

    1998年、ターナーのギフトによって設立されたのが「国連財 団」である。財団の活動の重要な柱として環境(持続可能なエネルギー と気象変化)問題があり、「地球温暖化」への取り組み、とりわけ化石 燃料からの温暖化ガス(炭酸ガス)削減が目標に掲げられている。この財団の筆頭理事に就任したのが「地球温暖化論」の旗手、先に出てきた上院議員のチモシー・ワースである。ターナー自身、環境保護論者でありかつ慈善事業家というふれこみである。

    理事たちの中に専務理事の肩書きでエンマ・ロスチャイルドがいる。 彼女はロンドンのロスチャイルド家すなわちあのネイサン・ロスチャイ ルドの直系の子孫にあたる人である。ロスチャイルド家は言うまでもなく国際金融資本のネットワークの中心にいる。

    地球温暖化論が誕生した1988年は旧ソ連軍がアフガニスタンか ら撤退を開始した年である。1989年にはベルリンの壁崩壊、 1990年東ドイツ消滅、1991年ソ連邦消滅、と続く。1992年 には「地球サミット」がブラジル・リオデジャネイロで開催されており、京都議定書に至る枠組みが決まったのもこの時である。

    「地球温暖化論」の高揚の時期と冷戦の崩壊の時期は完全に一致す る。冷戦の崩壊は旧ソ連邦が支配していた石油・天然ガスをはじめとする膨大なエネルギー(地下)資源の再配分の開始を意味するのである。
    【写真説明(左から)国連財団理事長テッド・ターナー、筆頭理事チモ シー・ワース、専務理事エンマ・ロスチャイルド


ウズベキスタンで何がおきているのか(2) 石本 孝

    前号で隠された真相と書きましたが、キリギスに逃れた避難民の証言や国際人権擁護団体・ヒューマン・ライツ・ウオッチHuman Rights Watch(本部ニューヨーク)による調査報告書などにより、真相が少しづつ明らかになってきました。このうち毎日新聞が伝えたキリギス避難民の証言は以下の通りです。

    「ウズベク・発端のアンディジャン暴動  人質もろとも銃撃
    ◆ウズベキスタン・反政府暴動 ◇住民証言で再現

    【キルギス南部カラス(ウズベク国境)大木俊治】中央アジア・ウズベキスタン東部のアンディジャンで13日に大規模な"暴動事件"が発生してから、20日で1週間になる。暴動と、それに対する武力鎮圧の真相は--。ウズベク情勢混乱の発端となった、いまだに謎の多い事件を、隣国キルギスに逃れた避難民の証言を基に再現した。

    ◆地元民?が刑務所突入→広場の群衆に軍発砲→キルギスへ一部避難→無事だったのは540人
    ◇始まりは襲撃
     すべての始まりは、12日深夜から13日未明にかけて起きた武装した集団による刑務所襲撃事件だった。   この刑務所には、昨年7月にイスラム組織との関連容疑で逮捕された、建設企業「クルルシ」の幹部ら23人が収監されていた。襲撃で、この23人を含む多くの収監者が刑務所を脱出したとされる。

      刑務所を襲撃した集団が何者だったかは謎だ。避難民のハサン・シャキーロフさん(27)は「夜は自宅にいたので襲撃は知らなかった。翌日の州庁舎前広場の集会で、収監されていたはずの兄(同社幹部)に会い、初めて事件を知った。刑務所に収監されていたのはほとんどが、カリモフ政権に不当逮捕された無実の市民だったので、みんな解放を喜んだ」という。

      「クルルシ」は3年前、社長の地元アンディジャンに本社と工場を開設。1000人以上の地元民を雇用するなど地域経済の柱になった。しかし、社長らの逮捕で会社は閉鎖され、社員はすべて失業。地元経済も立ち行かなくなり、住民の不満が高まっていた。また23人への裁判が今年初めから3カ月にわたって開かれ、無実を信じる地元住民の間で釈放を望む声が高まっていたという。このため地元住民の有志が刑務所突入を敢行したとみられている。(毎日5月20日)以下次号


アフガン自立サポート ぶどうの木のオーナーになりませんか(1)

神戸市のOCDE海外災害援助市民センター ぶどうプロジェクトの活動

    神戸市のNGO・CODE海外災害援助市民センターが、アフガニスタンで進めているぶどう再生支援プロジェクトが3年目に入り、内戦で焼き討ちにあったぶどう畑が順調に育ち、農家に貸し付けた融資が返済されるまでになってきました。現状と課題について現地レポート等で紹介します。CODEでは引き続き、ぶどうの木のオーナーを募っています。(編集部)

    05年5月 ぶどうの実は小さな小さな産声
    CODEはミール・バチャ・コットを中心に2003年春から「ぶどう畑再生プロジェクト」を展開しています。(中略)日本の支援者から「ぶどうオーナー」を募って基金を創り、現地の300家族にぶどう畑再生に必要な資金を貸付け、利益が出たところで返済してもらい、また別の世帯のニーズに応えるという仕組みです。約1年ぶりに現地「ぶどう畑再生プロジェクト」の進捗状況をご報告致します。(中略)

    現地は季節が最高に良い時期だったこともあり、畑を歩いていると緑々とぶどうの葉が繁り、今年の秋の収穫期に向けてすくすく育っているのが伝わってきます。まだ5月初めなので、ぶどうの実は小さな小さな産声を上げたような姿です。しかしこれが秋に大きく実っていく姿を想像すると楽しい気分になります。

      今年は特に新しい生産者が加わっているためにまた楽しみが増えています。このぶどう基金から借り入れた家族が、昨年12月に半分を返却し、その分が新たな農家の再建資金に役立つという朗報です。(中略)

    待たれる一層の自立支援
    本格的に正式なカルザイ政権が誕生して6ヶ月がたち「9・11」以後の難民の帰還が続いています。ここにも、元の住民が新たに戻ってきているようです。ところが、このプロジェクトがスタートした2003年春の時点では戻ってきていなかったために、援助を受けることができず、ぶどう畑に手を入れることができないという農家も少なくありません。

    あまりにも明確な違いに思わずため息がでます。隣合わせにある畑で片方は緑々とぶどうが新芽を出し、壁を隔てて隣の畑は全く何もないのです。とりあえず草を抜いて土を興しただけという状態です。やっと元の地域に帰ってこられたのに、そこで暮らしを立てて行かなければならない課題が待っています。(よみがえれアフガニスタン05現地レポート~【進捗報告】ぶどう畑再生プロジェクトの今~より)以下次号

    ※「ぶどうのオーナー」は一口年間3,000円。この基金は、「ぶどう基金」として現地の運営委員会(10人委員会)が管理し、ぶどうプロジェクト(新しい苗や水の確保、肥料購入、労働力雇用など)に使われます。2006年までに2,000万円を目標としています。
    お問合せ:CODE海外災害援助市民センターぶどうプロジェクト係
    〒652-0801神戸市兵庫区中道通2-1-10
    TLE:078-578-7744  E-mail:info@code-jp.org
    ぶどう基金送付先:郵便振替00930・0・330579 
    加入者名:CODE 通信欄にぶどう基金と明記。


燕京通信 ナショナリズムを考える2 文化について・その1 井出晃憲

    6月も半ばを過ぎ、北京は連日40度近い猛暑が続いている。この暑さでは勉学どころではなく、そろそろ大学院でも終了になる講義が出始め、私の講義も残すところ2回だ。

    実は、内心ほっとしている。この半年間の学期は本当にしんどかった。というのも、担当は「日本文化講座」なのだが、私はそもそも「日本文化なんてものはない」というのが持論だからだ。開講前には「生花や茶道なども紹介してください」などと依頼されていた。だけど、どっちもまるきり興味も知識もないしなあ。

    結局、「お花」に関しては花見酒しかしてないし、「茶道」については6月4日という政治的に微妙な日に催されるはずだった茶会に学生達と参加するはずだったけど、反日の煽りでそれも中止されてしまったし。そのほか、「大和心」も私には語れない。「もののあはれ」も「わび、さび」も「武士道精神」も…。それでも日本人なんですね。

    ちょうど同時期に、北京の国際交流基金が日本文化の連続講座を開催していたので、「いわゆる日本文化が知りたければそっちに参加してください。私の講義ではそっちでは決して語られないような話しかしません。」と開講時に宣言して、私なりの講義を何とかしてきた。

    「文化」とは、「…自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。…生活形成の様式と内容を含む。…」(『広辞苑』)であるとすれば、「日本」という国家の枠組みで区切らなくとも、いくらでも上位区分も下位区分も可能なはずだ。

    文化の担い手は生物であり無生物の国家ではあり得ず、極論すればこの列島には1億2千万通りくらいの文化があってもいいし、それらも絶えず変容し続けているはずだ。

    卑近な例として、無考えな日本文化の紹介本には、「日本人は正月に雑煮を食べます」などという記述がある。けれども、雑煮と一口に言っても、餅には角餅・丸餅(各々焼くか煮るかの区別あり)・あん餅があるし、汁にも赤味噌・白味噌・すまし・小豆汁があり、その組み合わせの数だけの地域的多様性を前提にしなければならないし、具を考えたらその多様性はさらに膨らむ。

    加えて、沖縄とアイヌには雑煮を食べる風習がないことや、山間部の所々では決して餅を食べずに芋を食べる風習もあり、それは稲作以前から連綿と続いてきた焼畑農耕という生業を考慮しなければ説明がつかないことも最低限言及する必要があろう。(以下次号)
    編集部注:本稿は5月号のナショナル・アイデンテイテイを考える その1の続編です。


芸術文化振興基金助成事業 アジア・シルクロード音楽フェステイバル"大地の響き"公演にお力を

皆さんのお力で、チケット頒布にご協力をお願い致します。

    アジアのエンターテイナーたちの競演。ロシア・サハ共和国のシベリアン・エコーのハトラーエフ夫妻、
    ウズベキスタンのギジャック奏者・イスマトフ・バホデイルさんなどを招聘、国内のユーラシア音楽家との多彩な共演

    ・・・・2005年10月11日午後6時開場 6時半開演・・・・
    チケット:当日2900円 前売り2800円 70歳以上・12歳以下の児童は2割引
    東京中央区 日本橋劇場(客席400) 中央区日本橋蛎殻町03-3666-4255
    半蔵門線「水天宮前」日比谷線「人形町」駅 東西線「茅場町」駅 都営浅草線「人形町」駅などから徒歩3分~7分
    主催:ユーラシアンクラブ/アジアシルクロード音楽フェステイバル組織委員会
    後援:東京都中央区、中央区教育委員会、中央区文化・国際交流振興協会
    チケットのお求め:ファックス03-5371-5548 E-mail:paf02266@nifty.ne.jp


~~ デルスゥ・ウザーラ上京す(1)~~ 井口隆太郎

    本紙の読者に改めて説明する必要もないと思いますが「デルスゥ・ウザーラ」とはウラジミール・クラウネヴィチ・アルセイニエフという帝政ロシアの士官であり探検家が日露戦争直後の極東ロシア沿海州のシホテ・アリニ山脈の空白地域の測量中に山中で遭ったナナイ族の猟師デルスゥ・ウザーラとの邂逅を綴った旅行記であります。

    文明人たるロシア人が雄大なシホテ・アリニ山脈の山中で原住民に文明の力及ばない大自然の中で自然と共に生抜く術を教えられる話で、黒澤明監督により映画化されたのでご覧になった方も多いと思います。

    本稿はそのナナイ族の「デルスゥ・ウザーラ」ではなく、もっと北のレナ河の北極海に面する河口でマンモスの骨が出る、或いは世界で一番の低温を記録したベルホヤンスク市のある以前はヤクート、今はサハ共和国のネリュングリ市から東京に来た現代の「デルスゥ・ウザーラ」の話しであります。

    そのサハの「デルスゥ・ウザーラ」氏の本名はオコネシコフ・ジミトリー・アレクセイヴィッチ(46才)で上京中は小島宗男と名乗っていました。

    何回か本紙でサハの紹介記事を書いていたので覚えている読者もいらっしゃると思います。 家族は薬剤師の奥さんとモスクワ大学の学生の長女と地元の学校に通っている次女と高校生の長男の五人家族。彼の住むネリュングリ市は人口十万人?で今年市制三十年になるそうで、露天掘りの出来る上質炭が発見されたので、その傍にロシア各地から人を集めて炭鉱の町を作って三十年経過したとのことです。

    前述の小島宗男のネーミングについては、ジミトリーは愛称ジーマ、英語呼称ジミーで、彼は背が低いので小ジーマ、コジーマ、小島と当方が名付けました。宗男についてはクラブの誰かが鈴木宗男に似ているのでつけたようで、ご本人は結構気にいっているようでした。

    当方が彼、小島宗男と知り合ったのはつい最近であります。昨年八月末の経産省外郭団体ロシア東欧貿易会サハ共和国経済使節団が成田からチャーター便で三泊四日のヤクーツク訪問を企画したのを知り、部外者ながら無理やり同行させて貰いましたが、その時の現地通訳が小島君だったのです。

    はっきり言って、ウラジオストクの極東総合大学日本語学科を卒業し二十数年間通訳・翻訳を業としていた割りには流暢な日本語でなく、知識としての日本事情は表面的なものでした。

    使節団は時節柄資源大国サハ共和国からの上質粘結炭を中心とする鉱物の輸入を、これからも確実にするための表敬訪問でしたが東京電力、東京ガス、新日鉄や総合商社の源燃料部門の面々が多く、中小企業否小企業のオッサンは当方一人で、雰囲気が違うので小島君はよく話しかけてきました。 曰く、商売は何をしてるのか、日本の景気はどうか、業界の景気の見通し、日本は人手不足なりや?。しかし、お互いにゆっくり話す時間もなくヤクーツクの飛行場で別れました。

    帰国して一週間もすると小島君からメールが入ってきましたが、内容については化けて不明でした。返信されているのは確認されて、その後も何回も内容不明メールが来ました。その後、返信もしなくなったので小島君は諦めたのかと思いきや、昨年十一月になると毎日の如く、化けてない立派な漢字を使ったメールが入ってきました。

      彼の棲むネリュングリ市は、三十年前に採炭をする為に作った町で、当初から我国への長期供給契約があり、採炭設備機材については、我国のコマツの百トン積みダンプや採炭機械を使用していたので、当然日本語の通訳や翻訳の仕事はこなせない程あったようです。 しかし、時が経つに連れて日本の国力もエネルギー事情も変化し、最近では隣国中国の経済台頭で日本は隅に追いやられたようで、当然日本語通訳の需要が減り、小島君の収入にも大打撃をきたし、最近では冬の危険なオホーツク海のトロール船に乗って日本船との洋上取引の立会いや受渡しの通訳で糊口を凌いでいたようでした。

    家族を養うにはロシアでの通訳・翻訳では食っていけないから日本での働き口を探すについて、何とか日本入国受入れの保証人を、当方が引き受けてくれとのメールが多くなりました。

    最初は保証人も受入れも出来ないと断っていましたが、考えてみれば日本語で身を立てるべくウラジオの大学に入り、勉強して今日まで来たということは、日本の大ファンであり、協力者であり、ロシア極東の我国の代理人でもある訳で、去年十一月も終わるころには、小島君にすっかり同情的になって、何とかしてやらなければと「日本国外務省的見地の心情」に変化してきました。(以下次号)


編集後記:アフガン自立サポート ぶどうの木のオーナーになりませんか、を紹介します。2003年にスタートしたぶどう基金は成長し、当初の300家族からさらに対象の輪が広がり、新しいぶどう農家の笑顔が期待できそうです。CODEは神戸市を中心に活動していますが、支援の輪が全国に広がることを願っています。(高橋)

 


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼 住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
会費はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスで頂ければ幸いです

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【バックナンバー】ニュースレター第70号2005年6月1日 ウズベキスタンで何がおきているのか

ユーラシアンクラブニュースレター第70号2005年6月1日


~アジアシルクロード音楽フェスに向け「大地の響き」曲作りはじまる ~大野 遼

    「大地の響き」。この言葉は、私がアジア・シルクロード音楽フェスティバルに参加するアーチスト集団につけたユニット名である。昨年から、東京でフルメンバーのフェスティバルをやろうという呼びかけに応えて、出演者と事務局、開催地関係者の懇談会を開催したのが2月。3月から、メンバーによる月一回の練習会がスタート。出演者間の親睦も深めながら続けている。

    早くも2回目の練習日で曲作りが始まった。出演者のリーダー格のハスローさんが、皆で演奏できる創作曲を持参した。それぞれの楽器の特色を生かした曲作りの試みが始まった。「大地の響き」のメンバーには作曲家としての力のあるアーチストが何人もいる。私はいつか彼らに「大地の響き」を作曲して欲しいと思っていた。そしてその作業が始まった。馬頭琴、ドンブラ、タンブル、ホーミーにモンゴルの笛、揚琴も加わっての作業へと曲作りの幅が広がっている。10月11日にはご披露できるのではないかと期待している。

       一方、フェスティバルの会場となる日本橋劇場(日本橋公会堂)の管理者でもある中央区、中央区教育委員会、中央区文化・国際交流振興協会との間で、地域住民に親しみをもってもらうための工夫についての話し合いも始まっている。中央区では、区内の施設にチラシを配布し、関連する催しや銀座の歩行者天国での周知の可能性等についても前向きにお考え戴いており、私も精力的に行動したいと考えている。

    この原稿は、岡山県倉敷市の近郊にあるトラックタ-ミナルのワゴン車の中や門司港のインターネットカフェで少しずつ書いている。今回九州の中規模ホールの会議であるCwaveの会議が福岡県で開催されることになった。これまでにも何度か、芸術情報プラザのアドバイザーとして提案をしてきたホールネットワークであるが、今回は、アジア・シルクロードの音楽普及に持続的に取り組んで欲しいという呼びかけを行うために行くことになった。これは営業でもある。そこで、その会議の前後2週間を神奈川県の自宅から西日本一帯への営業キャラバンの一環として、地域のホールを訪ねることにした。

    2週間の営業といっても、相当な距離を車で走ることになるので、絨毯的ホール訪問は無理である。私のこれまでの知識でしかるべき活動を行ってきたホールの中でも、東海道の延長線に当たる地域の主要ホールを訪ねるしかない。静岡、愛知、三重、兵庫、岡山、広島、山口とこれまでのところ、営業は順調であり、下関市文化会館の担当者と会ったところで、複数のホール関係者が連絡をとって時期の調整等実施環境を整える話し合いを自主的に行うというところまできて、今後さらにどんな活動が必要かも見えてきた。

    5人ほどの出演者による年間3回のシリーズ「アジア・シルクロード ミュージックキャラバン」ネットワークができそうである。音楽を通してアジア・シルクロード地域の諸民族の理解を促進しようという試みに弾みがつきつつある。夏までに土台づくりを終えたいと欲張った目標を立てているが、ネットワークを支える人材が少し見えており、希望をもっている。

    【アジアシルクロード音楽フェスティバル出演者紹介】今年10月11日の日本橋劇場で開催するアジアシルクロード音楽フェスティバルに参加していただくジリンバヤル(写真)さんです。現在東京藝術大学大学院の作曲専攻で、モンゴルの笛(リンベ)だけでなく、雲南の笛(バウ)なども吹きこなす安定感のあるエンタティナーで作曲にはシンセサイザーも使う。コンサート、練習日での演奏を聞いたが、いろいろなコンサートイメージがすぐに湧き、演奏には魅力を感じている。


芸術文化振興基金助成事業 アジア・シルクロード音楽フェステイバル・"大地の響き"公演にお力を

    皆さんのお力で成功を 皆さんのご協力をお願い致します。アジアのエンターテイナーたちの競演。さまざまな民族の多様で水準の高い音楽を聴き、ユーラシアに、アジア・シルクロードに日本音楽の基層を探ります

    ・・・・2005年10月11日午後6時開場 6時半開演・・・・チケット:当日2900円 前売り2800円 70歳以上・12歳以下の児童は2割引東京中央区 日本橋劇場(客席400) 中央区日本橋蛎殻町03-3666-4255 半蔵門線「水天宮前」日比谷線「人形町」駅 東西線「茅場町」駅 都営浅草線「人形町」駅などから徒歩3分~7分

    主催:ユーラシアンクラブ/アジアシルクロード音楽フェステイバル組織委員会後援:東京都中央区、中央区教育委員会、中央区文化・国際交流振興協会チケットのお求め:ファックス03-5371-5548 E-mail:paf02266@nifty.ne.jp


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第十二回

「地球温暖化」の真実に迫る(1)温暖化はほんとうに自然現象か?若林一平

    エネルギー問題が語られるとき、必ず話題になるのが「地球温暖化」 であり、温暖化の原因物質としての炭酸ガス(二酸化炭素)排出問題で はないだろうか。そして、炭酸ガス排出の犯人は石炭や石油などの化石 燃料だという。今では、炭酸ガスは温暖化ガスとも呼ばれており、まさに現代の「悪玉」といったところである。

    さて、世の中であまりに自明なものとして扱われていることがらについて一度は疑ってみることは良いことである。なぜなら、地球規模のマ インドコントロールということだって無しとしないからである。

    ここに地道で真面目な本が一冊ある。薬師院仁志著『地球温暖化論への挑戦』(八千代出版、2002年)。もし地球温暖化論が真実であるならば、素人の疑問に対してこそ説得力のある議論が展開されていな ければならない、という観点で、地球温暖化論の論拠をひとつひとつ検 証している。

    まず、炭酸ガスによる地球温暖化という仮説はコンピュータの中で作られたものであるという点。コンピュータシミュレーションは往々にして素人を欺くために利用される。前提は曖昧でも、計算そのものを緻密 に実行してみせることはコンピュータは大得意である。仮に、温暖化の 進行という現象(A)と炭酸ガスの増加という現象(B)の同時進行が 真実だとしても、Aが原因でBが結果、Bが原因でAが結果、あるいは 第三の原因があってAとBがともに結果という三通りの組合せがあり得るのだ。しかし、温暖化論では何故か始めに結論ありきで、二番目の組み合わせ、つまり炭酸ガス(B)が原因で温暖化(A)が結果という命題が自明とされてしまう。これはつとに槌田敦氏(元理研研究員、 現名城大学教授)が指摘してきたところである。

    コンピュータの中での「実験」にぼくらの未来を託すことはできない。専門家には、現実の自然を相手に真面目な実験に取り組んでもらい たい。

    「温暖化ガス」は確かに存在するのだが、量的に見て圧倒的な主役は 水蒸気だというのである。炭酸ガスも温暖化ガスであることは間違いな い。しかし量的にはマイナー、そのうえ、全炭酸ガスの中で化石燃料か らの排出が占める割合は数%だという。そうだとすると、仮に炭酸ガス が地球温暖化の原因物質だとしても、化石燃料の温暖化への寄与は極めて限定されたものにならざるを得ない。一体全体どうなっているのだ?

     「地球温暖化」は自然現象ではなく社会現象かもしれないという薬師 院さんの説明に刺激されて僕も自分で少し調べてみた。すると実に不思 議な事実が判明した。冷戦時代と冷戦終焉後で「地球」の温度の向かう 方向が逆転しているのだ。あなたは次の記事のリストを信じることがで きるだろうか。

     ●異常気象が多発、北半球で寒冷化進む――地理学会議でラム博士の 論文紹介。   1980/09/03, 日本経済新聞 朝刊  ●気象庁が"異常気象白書"発表――今世紀は寒冷化続きそう。   1979/03/17, 日本経済新聞 朝刊  ●猛烈寒波は繰り返す――進む北半球寒冷化(ニュースの周辺)   1977/01/10, 日本経済新聞 夕刊  ●核の冬、日本は直撃免れても破滅 科学者グループ予測   1985/09/13, 朝日新聞 夕刊  いずれも1970~1980年代の記事だ。ちなみに、ベルリン の壁崩壊は1989年。地球サミットは1992年。これ以降、メ ディアの流れは「寒冷化」から「温暖化」へと180度転換してゆく。

    【写真説明】映画「デイ・アフター・トゥモロー」ではなぜか異常寒波 が地球を襲う。


~ 国家・民族・宗教を超えて~ユーラシアンクラブのご案内 ~

    10月のアジア・シルクロード音楽フェステイバルをめざす活動をはじめ、さまざまな活動にご参加いただきたくお願い申し上げます。また、お知りあいの方々にユーラシアンクラブへのご紹介を頂ければ幸です。夏のボーナス時期にもあたりますので会費などのご送金もよろしくお願い申し上げます。

    目的など:ユーラシアンクラブは国家、民族、宗教の境を超えて理解、親睦、協力を広げることを願い、『顔が浮かんで、声が聞こえる』人間のつきあいと、少数民族にウェイトをおいた交流の拡大を図ることを目的としています。各種講座、現地旅行、文化芸術交流などを通して、ユーラシアの人々との協力関係を築いてきました。
    設立年:1993年設立 2001年から特定非営利活動法人 
    代表者:名誉会長=加藤 九祚(国立民族学博物館名誉教授 ロシア科学アカデミー名誉 歴史学博士)    
    理事長=大野 遼(元通信社記者 北方ユーラシア学会事務局長)
    会 員:趣旨に御賛同頂ければどなたでも御入会頂けます。ニュースレター及び各種催し物のご案内をお送り致します。
    年会費:一口6,000円以上。送金先:郵便振替00190-7-87777ユーラシアンクラブ


ウズベキスタンで何がおきているのか(1) 石本 孝

    5月13日におきたウズベキスタン・アンデイジャンの暴動と武力鎮圧について各紙の報道から事件に迫ってみたいと思います。イギリス政府やEUは無辜の非武装の市民への武力弾圧を批判するすばやい反応を見せました。日本政府はウズベキスタン政府に多額の途上国援助をしてきましたが、そのあり方が問われる事態といえそうです。今求められているのはカリモフ政権が真相を明らかにすることだと思います。

    アンデイジャンで何が起こったのか

     「中央アジア・ウズベキスタン東部のアンディジャンで13日、武装勢力が刑務所を襲い、数千人の囚人を解放、地元の行政庁舎などを占拠した。政府側の発表によると、治安部隊との衝突で9人が死亡、34人が負傷した。アンディジャンではイスラム過激派とされた人々の裁判に市民の抗議集会が続いており、武装勢力が情勢の不安定化に乗じて決起した可能性が高い。」(朝日5月14日)

    これが第一報でした。その後、カリモフ政権の弾圧と混乱を恐れた3000~5000人の避難民が隣国キルギス国境に殺到、一部が越境しているとみられ、周辺国を巻き込んだ混乱に発展する可能性も出ている。と言う報道が続きました。 15日には、フェルガナ地方のカラスで、反カリモフ政権派の住民が市長を拘束し、住民側が権力を掌握した。などと伝えられていましたが、20日以下の情報が明らかになりました。「【カラス(キルギス南部)大木俊治】ウズベキスタン東部のキルギス国境に接するカラスで、郊外に待機していたウズベク軍兵約1000人が19日未明(日本時間同日朝)、市内に突入し、市庁舎などを占拠していた反カリモフ政権派の住民を排除し、支配権を奪回した。現地に駐在するキルギス内務省高官が毎日新聞に明らかにした。(毎日5月20日)【カラス(キルギス南部)大木俊治】ウズベキスタン東部で相次いだ暴動事件の後、ウズベクのカリモフ政権が軍・警察による強権統治を拡大していることが25日、ウズベク住民の証言でわかった。住民は密告を恐れ、多人数で集まったり、政治の話題を語り合えない。さらに社会運動活動家や報道機関にも弾圧の手は伸びる一方だ。」(毎日5月27日)と伝えられています。一方、キリギスに逃れた避難民の安否も気遣われています。

    アンデイジャン ウズベク第3の大都市

    ウズベキスタンには以前から言論、報道、出版、集会、結社などの自由が事実上無く、議会はあるもののカリモフ政権与党の大政翼賛会で、政府への批判は一切封じられているといわれてきました。石を投げれば警察官に当たるといわれほど警察官が多い強権的な政治の一方で、蔓延する汚職は深く、広くはびこり、失業率は20%とも30%ともいわれ、インフレが進行し、国民の生活は苦しくなる一方と伝えられていました。

    このような中で、人口2600万人の約四割が集中すると言われるフェルガナ地方、その中心都市・アンデイジャンで事件が起こったのです。アンデイジャン市はタシケント、サマルカンドに次ぐウズベキスタン第三の都市です。キリギス、タジキスタンの国境とも近く、多くの民族が住んでいます。

    各紙の報道によると、アンディジャン市では、昨年6月「アルカミヤ」のメンバーとされた地元で有力な若手企業家23人が、「イスラム地下組織の結成を企てた」として逮捕されていました。彼らは無実を主張、抗議を続けていましたが、5月12日の公判で検察が数年の懲役を求刑。この裁判が市民の怒りを呼び、連日裁判所前で数千人が抗議集会を開いていました。

    大きく食い違う死者の数 真相はどこにあるのか

    「カリモフ大統領は14日、タシケントで記者会見し、アンディジャンで起きた大規模な反政府暴動を武力鎮圧したことについて、『大勢の群衆が無秩序をもたらす危険があった』と述べ、無差別発砲を正当化した。」(毎日5月14日)「16日付のロシア紙コメルサントは、現地ルポを掲載し、住民の話として武力鎮圧による死者数は1000~2000人に上ると報じた。同紙によれば、州政府庁舎前の広場では治安部隊の発砲で約700人が死亡。周辺でもデモ行進していた人々が多数射殺されたという。」(毎日5月17日)

    「カディロフ検事総長は17日、会見し武力鎮圧による死者は169人(うち32人が当局側)だったと発表、初めて多数の死者が出た事実を認めた。一方「治安当局は市民を一人も殺害しなかった」と述べた。同席したカリモフ大統領は『平和な(市民による反体制)デモではなかった』と語った。」(毎日5月18日)「17日に記者会見したカリモフ大統領は、反政府運動の参加者を「テロリスト」と決めつけて武力鎮圧を改めて正当化する一方、暴動を巡る外国メディアの報道姿勢を非難した。大統領は会見で『特に西側メディアは、ウズベク当局が罪のない人々を殺したと報じ、ウズベクが圧政国家であると見せつけている』と非難した。ロシアの報道機関についても『内容がひどい』と酷評した。大統領は『非武装の人間を撃つ者が世界のどこにいるか。いかなる政府にもそんな人間はいない』と声を荒らげ、あくまで武装グループへの反撃だったと弁明した。」(毎日5月18日)

    「真相はなにも分からない」隠された真相

    「17日付の露紙イズベスチヤは、ウズベクの野党「自由農民」による独自戸別調査で、死者が最低745人に上ったと伝えた。うち、アンディジャンで542人、パフタアバドで203人。当局発表の「169人」を大きく上回った。」(毎日5月18日)「19日付のロシア紙イズベスチヤは、ウズベクの野党「自由農民」の調査で、13日の反政府暴動での死者は、避難民に軍が発砲したとされる事件が起きた国境地帯の町パフタアバドを含め、831人に上ると伝えた。」(毎日5月20日)

    「アンディジャンで起きた大規模な暴動について、カリモフ大統領は「イスラム過激派の策動」と断じ、武力鎮圧を正当化しているが、外交視察団に同行して18日に現地を訪れた毎日新聞モスクワ支局のロシア人助手は、厳しい取材制限に「何も真相は分からない」と指摘する。アンディジャンは静まり返っていた。通りを走る一般車両は皆無で、自動小銃を抱えた軍兵士や警察官が至る所に立っていた。わずかに見える通行人は、視察団に対し、遠巻きに視線を送るだけだ。武力鎮圧後、遺体が収容されたとされる第15学校は視察できなかった。」(毎日5月20日)

    「カリモフ大統領が騒乱を主導したとした「イスラム解放党(ヒズブ・タフリル・アルイスラム)」の組織幹部が21日、朝日新聞とのインタビューに応じ、同党の騒乱への関与を否定した。同幹部はカリモフ政権が『事件を過激派の陰謀として責任転嫁し、さらなる抑圧の口実にしている』と強く批判した。」(朝日5月22日) 以下次号


第3回モンゴル民族文化基金チャリティコンサートのご案内

    おかげさまでモンゴル民族文化基金のチャリティ・コンサートは三回目を迎えることができました。年に一度開催されるチャリティ・コンサートは弊基金の最大の資金源であります。その収益金は他の寄付金と合わせて基金の方針通り中国各地のモンゴル語で教育を受けている高等学校に支給してきました。

    そのうち2003年度は16校48名、2004年度は20校60名の生徒に奨学金を届けました。彼らの多くは砂漠化や貧困に苦しむモンゴル族農牧民の子子弟で、この奨学金によって学校中退を免れた学生も少なくなく、この奨学金の励みによって夢の大学に進学できた学生も多くいます。奨学金を受け入れている学校当局や地方政府も積極的に協力してくださっており、モンゴル民族文化基金の存在意義が益々大きくなってきています。

    2005年度は奨学金実施校をさらに22校66名にまで増やすことになっています。これはひとえに日本人の皆様及び在日モンゴル人のご支援、ご協力の賜物であります。ここで基金一同を代表して深く感謝の意を表すと共に、今後とも引き続きご支援を賜りますようお願い申し上げます。モンゴル民族文化基金 理事長  ブレンサイン

              
    2005年6月17日(金) 午後7時開演(午後6時30分開場)
    文京シビックホール小ホール  チケット:3000円  全席自由

    第一部:伝統音楽  第二部:現代風にアレンジした音楽モンゴル民謡:オットホンバイラ(男性歌手)トヤー(女性歌手)  弾き語り:サンランマンドラ(低音四弦胡弓を弾きながら吟遊する)演  奏:チ・ブルグッド&ヒメル(馬頭琴&バンド)チンゲルト(馬頭琴)モンゴル三味線&ホビス(ハスゲレル)山崎千鶴子(三味線)ドンブラ(アイティムラティ、カザフ民族楽器)ホーミー(予定)民族舞踊(予定)

         
    お問合せ、チケットのお求め:モンゴル民族文化基金 090-3500-4711 / 090-4203-4052 郵便振替口座00120-0-169282 口座名:モンゴル民族文化基金 通信欄に必ず「チケット代」と明記してください


ネリングリー・南ヤクートの近代的な町から(3)日本の印象 ジーマ・オダ(ロシア・サハ共和国)

    今年の三月四日、新潟空港に着きました。飛行場に出てびっくりしました。 十年前と全然違う建物が建ち、出口は何処にあるのかと迷ってしまいました。 探して、 やっと見つけて外に出たら、空港前の広場も様子が全く変わっていました。新潟がこんなに変わったのだから、日本はまったく変わってきたのかと考えました。新潟駅前の広場はいろいろな建物がそびえ、立ち並び、以前の景色とは全然違いました。十年前は駅前が広くて、タクシー、バスが玄関の前の乗り場で停まっていました。今は、東京行きのバス停は、駅の向こうの交差点を渡って、万代通りの方にあります。

    新潟の眺めがこんなにも変わったと思いながら、東京行きバスに乗って、バスの窓から風景を見ながら、日本全国の外見もすごく変わっただろうと思いました。東京の景色を見て目を丸くして驚きました。港区、銀座などでは、近代的な立派なデザインのガラス張りの高いビルが立ち並び、お台場ができ、東京都の素晴らしい景観を形作っています。近代化の工程に触れたことを実感しました。

    私が本当びっくりしたのは花見でした。素晴らしい眺めと景色でした。特に社長に連れられていった井の頭公園の桜は満開でした。緑色を背景にして、満開した桜の姿が忘れられません。それは日本の有名な名所と同じように、素晴らしい桜の名所だと思いました。社長のおかげで日本と東京都の素晴らしい見所と、歴史的な名所を案内して頂き、日本の知識も広がったのが私にとって印象深い出来事でした。日本では自然保護が注目されていることに驚きました。井の頭公園、新宿公園、その他の緑に覆われている場所まで足を運んで、日本では町も都市も自然の保護に努力していることが分かりました。

    高尾山に登りました。大都会東京の近くに、自然のまま生き残って、高い木が生えている場所があることに本当にびっくりしました。人間のために、こんなにちゃんと整備された自然な場所をはじめてみました。見通しがよくて、眺めもいいですし、東京という大都会が手にとるように見えます。バスとか電車からの眺めよりは勿論ですが、羽田空港と成田空港を使って空から眺めることの出来ない私にとって、ここからの大東京の眺めは大変印象に残るものでした。遠くても、本当の自然に触れることは気分もよくなりし、楽しめます。もう一度高尾山と会いたいと思います。日本は山の多い国で、火山と地震があることがよく知られています。新潟県と長野県の境に鋭い山脈があり、そこに温泉があることをはじめてみました。道はうねって、ロシアのコウカサス山脈、天山山脈に似ていると思いました。


編集後記:「反日の日ってなんだ?ナショナル・アイデンテイテイを考える」は都合により休止いたします。/ウズベキスタン情勢が、静かでぶきみです。27日を最後にほとんど報道が無くなりました。人々はじっと息を殺しているのではないか。キリギスに逃れた人々は無事だろうか。かつて訪れたときの知人の顔が目に浮かびます。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
会費はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスで頂ければ幸いです

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【バックナンバー】ニュースレター第69号 2005年5月1日発行 アジアシルクロード音楽フェスティバルに向け「大地の響き」始動

ユーラシアンクラブニュースレター第69号 2005年5月1日発行


~ アジアシルクロード音楽フェスティバルに向け「大地の響き」始動 ~大野 遼

10月11日公演に向け、月一回の練習日で多彩で奥深い公演を

 

    「月1回の練習日」-。昨年のアジアシルクロード音楽フェスティバルの出演者から上がった積極的発言を契機に、さらにすばらしい舞台をつくるための場が生れた。昨年の出演者の何人かは変更の予定だが、これまでの演奏レベルをさらに引き上げ、拡充し、さらに高い評価を得られる公演を実現したいと思っている。「大地の響き」の柱と頼む馬頭琴のライハスローさんは、精力的にオリジナル曲を制作し、姫神とのコンサートを始め全国各地で多くの公演予定が目白押しで、演奏の評価もさらに高くなっている。昨年大地の響きにデビューしたホーミーの梅木秀徳は、3月から1ヶ月余り、モンゴルでホーミーの奥義をさらに窮め、自信を深めての帰国。秋の公演が楽しみになりました。

    アジア・シルクロードの楽器群もさらに多彩で奥深いものになる見込みです。胸を張って、多くの人に聞いてもらいたい、普及したい公演になると確信しています。オリンピック記念青少年センターでその試みは動き出そうとしており、恐らく、少しずつ広がっていくだろうと思う。公演の内容に自信と、さらに水準の高い公演を実現しようという意欲が合体した試みである「練習日」の誕生に、私もかけてみることにした。3月31日付で、あしかけ10年ほど務めてきた文化芸術のアドバイザーを辞めて、この1日から地域の文化会館に、彼らの優れた演奏機会を普及するための営業を始めた。この秋には、東京で10月11日が「大地の響き」公演、12日が「アジアアンサンブル」の公演と二日間、南会津で三日間のフェスティバルが行われ、九州ではミュージックキャラバンが展開される予定だ。東京でも、常時彼らの演奏を聴いてもらえる拠点を確保するため努力している。

    また東京で開催されるアジアシルクロード音楽フェスティバルのために、日本芸術文化振興基金の助成が内定した。中国琵琶の天才アーチスト・シズカ楊静、ヤクーツクのハトラーエフ夫妻、ウズベキスタン・ブハラのギジャック演奏者イスマトフも含め、特別招聘アーチストも参加する。計4人のアーティストを招聘するためには多くの経費が嵩む。近くチラシも完成する。多くの方にチケットを購入していただき、赤字のないようにしたいと思います。

     アジアシルクロード音楽フェスティバルに出演するアーティストを支える「フェスティバル友の会」を募集します。毎月一回の練習日やフェスティバルの成功のために、また日常的にミニ・コンサートや音楽教室を開催して、アーティストの暮らしを支えるために協力してくれる方を求めます。クラブでもさまざまな楽器の音楽教室を開きたいと考えています。東京での音楽文化の拠点となる"アジアシルクロード文化サライ"の設置にもご協力ください。


~~ 新年度の活動の方向について ~~ 大野 遼

    4月に入り、私の暮らしも、クラブの活動も一新、今後三本立てで活動します。今年度の活動の方向は下記の通りです。

    Ⅰアジアシルクロード音楽フェスティバル推進のため「ミュージックキャラバン友の会」募集します。 今秋は、会津で三日間、東京で二日間のフェスティバル、九州で、ミュージックキャラバンを実施し、アジアシルクロードと日本のかかわり、諸民族の理解促進と音楽普及のため活動します。アーチストをサポートするため、以上の事業を実施に協力いただくだけでなく、下記のような方向で活動を予定しています。ミニコンサートやさまざまな民族楽器の音楽教室の開設を工夫していただける方を募集します。 ①月一回オリンピック記念青少年センターでアーチストの練習 ②新宿のクラブ会議室で、さまざまな楽器の「シルクロードの楽器教室」 ③開設を模索している"アジアシルクロード文化サライ"

    Ⅱユーラシアンフォーラム「大地の学校」フォーラム会員募集 国家民族宗教を超えて理解を図ろうという立場から ①人類と地球を救う可能性を秘めた循環型エネルギーの情報提供 ②アジアの今を考える ③シリーズ"人"-さまざまな民族の人たちから自由に語ってもらい、理解を促進するために意見を交換するといった三つの視点からフォーラムを実施します。

    またこのフォーラムに関連して下記のような募集事業も行います。 ①ボイスオブユーラシアのネットワーカー募集:現在準備中の新ホームページの掲示板への情報提供等、積極的にご協力いただける方を募集します。 ②言語文化塾の熟生募集 ウイグル言語文化塾:ユーラシアのトルコ系言語と文化への入り口言語として最適。またアラブ系の言語と文化へのアクセスにも有効。 ボルドーさんのモンゴル語文化塾:前モンゴル民族文化基金理事長、和光大学非常勤講師のモンゴル言語文化塾。 ③「大地の学校」現地視察ツアー/燃料電池や循環型エネルギー導入の現場を視察し、今後のエネルギー革命の方向を多角的に考えます。

    Ⅲ その他、昨年来模索している農業センターについても年内にはめどをつけたいと考えています。ロシア極東地域との交流、中央アジア等との交流もこの方向で組み立てなおしをしたい考えです。ご理解ご支援よろしくお願いします。


エネルギー革命の時代に希望を~ 「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第十一回

別海町訪問報告(3)資源循環プロジェクト参加農家訪問=地域自立型エネルギー社会への鼓動  若林一平

    2月1日の午後3時30分、バイオプラント、水素プラント、の見学に続いて、農家の訪問に出発だ。別海農協の営農部の次長さんが車で案内してくれる。

    別海町は香川県にも迫る面積に人口は1万7千人であるのに対して乳用牛の飼養頭数が11万頭を超える、まさに全国一の酪農王国である。資源循環プロ ジェクトに参加しているのは10戸の農家で乳牛は1,000頭規模である。これら参加農家からの乳牛の糞尿がプラントの受入施設に運ばれ、農家はプラン トで生成した「無害無臭化された」消化液を牧草用の肥料として受け取る。この日訪問したのは一般農家1戸とリーダー農家1戸、計2戸である。

    最初に訪ねたSさんはちょうど牛舎で100頭ほどの乳牛の世話をしているところであった。Sさんの話を聞いて驚いたのだが、「放牧」という概念は最早 無くて年中牛舎の中で乳牛は飼われているとのこと。だから牧場は「畑」と呼ばれているのだ。最適に配合された飼料により、効率よく「牛乳生産」を行うた めの方法なのである。Sさんの牛舎は「フリーストール」と呼ばれる方式で、乳牛の糞尿は「しきワラ」と混合する「スタンチョン」方式と異なりそれ自体と して直接回収されるので、メタン発酵にはより適しているのである。ちょうど牛舎の床面の排泄物をパワーショベルですり取っていくように回収する作業現場 を見学することができた。乳牛たちを片側半分に集めて、もう片側半分の床面には乳牛が一頭もいない状態で手際よく作業は進む。

    同行したムンクデルゲルさんのリクエストで搾乳現場を見学することになった。搾乳室は完全に機械化されており、絞りたての牛乳が衛生管理されたパイプ システムを通して金属製タンク内に貯蔵されていく。 次に訪ねたIさんは参加農家のリーダーである。バイオプラントに関してその効果を三つに整理してくれた。第一は生活環境への効果である。消化液は異臭 が無くて助かっている。第二は牧場の土壌への効果である。11万頭を超える乳牛からの糞尿は既に自然の処理能力を超えている。自然のままの糞尿は土壌中 で有害な「硝酸体」の発生源になって問題化しており、地元河川の汚染源にもなっているとのこと。プラントでの消化液の生成はこれらの解決に道を開くもの である。第三は言うまでもなく消化液が肥料として役立っていることである。

     最後にIさんは資源循環から地域自立型エネルギー社会にむけての抱負を語ってくれた。現在はプラント内で消費されている回収エネルギーを有効利用する ためには、プラントの周りに牛舎と農家が集まるべき。そうすれば資源循環もエネルギー回収も無駄なく進むというのだ。エネルギー革命は、生産と消費のし くみの見直しを要求しているのである。別海の大地にすいこまれていく特大の太陽を背に、北海道知事も燃料電池車に是非乗ってほしいというIさんの言葉が 印象に残った。 【写真説明】資源循環プロジェクト参加農家の牛舎前で(2005年2月1日、筆者撮影)


ネリングリー・南ヤクートの近代的な町(2)ジーマ・オダ(ロシア・サハ共和国)

    人口は約十万人です。旧ソ連の62民族の代表者たちが友好的に一緒に暮らしています。80パーセント以上はロシア人と白ロシア人とウクライナ人で、残りはタタール人、バジキール人とコーカサス人です。宗教は正教とイスラムの信仰者が多いです。正教会が建てられて、毎週ミサが行われています。もちろん、混血結婚家族があり、現地の少数民族との結婚もあります。各民族は民族協会を作り、自分たちの民族文化を市民に紹介、普及し、共同コンサートと芝居を演技します。文化施設は子供向きの人形劇場、民族文化センター、芝居劇場、スタジアムやエベキー村があります。

    幼稚園と保育園が建てられ、20軒の中学校、音楽学校、技術専門学校、ヤクート国立大学の分校などがあります。その中に、音楽学校のソロヴシカ合唱団が有名です。国際合唱団コンクールに参加して、1・2位を取り、コール国際コンクールで二回金メダールを与えられました。ロシア生徒合唱団の最も広く知られているものです。福祉施設として国立聴覚言語障害児治療センターガあります。共和国中の障害児を扱っています。

    町の主な産業分野は鉱業産業です。その中には最も重要なのは石炭の開発と採炭です。いくつかの石炭会社の内、ロシアとサハ共和国の大手石炭会社、ヤクートウゴル社の本社とコークス石炭とエネルギー石炭の露天ぼり鉱山がそれであります。毎年コークス石炭300万トンが日本の製鉄工場へ輸出されています。エネルギー石炭は日本のセメント会社と台湾と中国の会社が購入しています。地域の東にある新しいもっと高い品質の石炭がある炭田の開発が企画にあります。金と宝石の開発も進んでいます。バム鉄道の北へ走る単線がトッモット町に通じています。首都のヤクーツクまで建設する計画があります。町には飛行場、火力発電所があります。

    私の家族はこのネリングリーに住み暮らしています。我家は五人で、私と家内と子供三人です。家内は薬剤師です。一番上の子は女の子、現在モスクワ総合大学の四年生です。その次はまた女の子、今技術学校に通っています。一番下は男の子で、今は中学校の十年生です。これは日本の高校の二年生に相応します。下の二人の子、二女と長男は音楽学校を卒業しました。その学校の合唱団はロシアだけではなく、ヨーロッパとアジアの音楽学校の間でよく知られています。国際コールコンクールで何回も1・2位を占めて、賞を取りました。私の子たちも参加しまた。


~~ 井上靖記念文化財団の活動について ~~浦城いくよ(井上靖記念文化財団)

    ベトナム訪問記を二回にわたって書いて頂いた浦城いくよさんに井上靖記念文化財団についてご紹介をお願いしました。(編集部)

    本年の井上靖賞の受賞者・中村稔氏(右)と筆者「井上靖記念文化財団」について、ご紹介をさせていただきます。財団のかかわっている仕事について一人でも多くの皆様に知って頂く事は大変嬉しいことです。この財団は、井上靖の業績と遺志を永く後世に伝えるため、平成4年3月に設立され、次のような事業を行っています。

    1井上靖を記念する文化賞の設定と授与。2海外における日本文化の研究者、研究団体にたいする援助。3井上靖に関する遺品、愛蔵品の保存、公開。4日本近代文学に関する資料の収集と調査研究、など。

    ・井上靖文化賞文学、美術、歴史などの分野において創造的な芸術活動、卓越した学術の成果、永年の研究で今後の活躍が期待される人、団体が対象になっています。受賞者は以下の通りです。第1回  小澤征爾第2回  ドナルド・キーン第3回  陳瞬臣第4回  白土吾夫と日本中国文化協会第5回  梅原猛第6回  加山又造第7回  大野普第8回  白川静第9回  安田侃第10回  本間一夫と日本点字図書館第11回  直木孝次郎第12回  中村稔 選考委員 大岡信、平山郁夫、樋口隆康、菅野昭正の諸氏です。

    ・海外における日本文化の研究者又は研究団体に対する援助として、「井上靖交流賞」が平成8年中国の詩人で日本文学研究者でもある林林氏に贈られました。

    ・機関紙「伝書鳩」年1回 発行

     ・全国各地に井上靖に関わりのある記念館、記念室など主なもので7館、小さいものを入れたらもっとあります。ビデオ会、読書会、,講演会、講演会, 文学散歩などの活動が行われています。財団は講師の紹介や友の会の方々との交流、展覧会の企画などに関わっています。

    ・先年、国際交流基金を通して27カ国、55の日本語、日本文学を研究している実績のある機関に井上靖全集を贈りました。日本文学を通して諸外国の人々に日本人のものの考え方や風土などを理解して頂くことが作家としての国際貢献だと思って井上靖は努力をしてきました。その遺志をついだのです。本年2月にベトナムの国家図書館へ贈呈することが出来ました。来年は日豪国交の大きなイベントがあり、オーストラリアのある大学へも入れる予定です。 

    種まきをしたところです。置くだけでは意味がありません。これからは、芽を育てなくてはなりません。多くの日本語を学んでいる人々に本を読んでもらいたいとおもいます。


反日の「日」ってなんだ?  ナショナル・アイデンティティを考える その1~  井出晃憲

    今年の年頭、前学期の最終講義でこういう話をした。「よく中国と日本は「一衣帯水の国」とか「同文同種の国」だから「中日友好を!」とか言われるけど、僕はそんなことはお願いしません。」でも、気に入っているサザンオールスターズ桑田佳祐の「Seaside woman blues」という曲を紹介して、その中の「愛という字は真心で~、恋という字にゃ下心~♪」という歌詞を英訳できるかと尋ねてみた。できないはず、少なくとも歌詞として短くは。漢語ならできる。そして、「だから確かにお互い理解しやすいはずだけど、「親日」でも「反日」でもどうぞご自由に、ただしその前提として「知日」になってください、お願いするのはそれだけです。いっぽう僕も「知中」になるべく努力します」と締めくくった。

    それから3ヶ月あまりで、昨今のような事態になるとは思ってもみなかった。日本式の花見の宴を催した4月9日、行きの車中である学生から「今日の反日デモについてどう思いますか?」と質問を受けた。答えはこうだ。「今日は本当は予定を投石に変更しても良かったんだ。僕も日本政府にはいろいろと文句があるから。でも、たぶん大勢と一緒に楽しく石を投げられないだろうな。反日、反日って言うけど、この「日」っていったい何だ?政府でも特定の企業や個人でもなく、おそらく日本的なるものすべてだろうね。」

    近年のグローバル化はナショナリズムを弱めるのではなく、むしろ強化すると言われることがある。その点を踏まえて最近興味を持って読んだのは『帝国』(ネグリ、ハート著)という本だ。その中で構想されているのは、グローバル化の世界秩序=帝国に抗する者として、国民国家などの既存の枠に規定されない能動的な社会的行為体=マルチチュードの可能性だ。個別具体的な闘争目標があるならマルチチュードとして共闘も可能だろう。同じ穴の狢と言えなくもないが、かつてなら階級意識を土台として「敵は軍閥や大資本だが人民は友」とも言えた。けれどもナショナリズムだとそうはいかないからやっかいだ。

    「知」を経ずに「反」に結びつく。火を点けるのが誰かはここでは問わないけれど、いったん感情が燃え上がると鎮火が大変だ。ナショナリズムの基底にある共同体意識について考える上で、国家や民族、さらにはそれらを特徴づける長年の文化や伝統とか言われているものについて、もういちど疑ってかかる必要性を感じる。自分としては、自己選択したわけではない共同体よりも主体的な個に基礎を置いて生きていきたいと思う。今後の連載では、周囲の中国の友人知人との対話を通じてこれらの諸点を考えていきたい。

    花見をしたついでに、翌週の講義では日本における花の象徴的意味と題して話をした。"伝統"的に重要視されてきた桜のほか菊と桐。なぜ、日本国籍者の旅券には菊が、外国人登録証明書には桐の紋が入っているのか。花という小道具を使って内と外を峻別しようとする国家意志。いっそのこと、みんな一緒にチューリップにでもしておけばいいのにと思う。(ちなみに中国の場合には、外国人居留証にはマークなし、外国専家証には中国籍者の旅券と同じ五星と天安門の国章が付いている。これにも何かあるはずだ。)

    さて、次回の私の「日本文化講座」のテーマは、「在日本中的"反「日」"」。そのなかでもとくに昨今の教育をめぐる問題に関しての諸運動について考える。基本的には、国家が国民個人の心理や感情を誘導し評価していいのかという話だ。これは日本を事例にするけれど、参加者に考えてもらいたいことはもちろん他にもある。ちょっと正念場だ。反日のあおりか3人しか出なくなってしまった講座ではあるけれど。


太古の響き 英雄叙事詩オロンホと口琴ホムス(2) 直川礼緒(日本口琴協会代表)

    冷凍マンモスのおかげ様で、認知度が急上昇した「サハ共和国」だが、それまでは知る人はほとんどなかった。ソ連時代の呼び名は「ヤクート自治共和国」。90年10月から「ヤクート・サハ共和国」と称した時期を経て、92年8月には「サハ共和国」と改称。なんとかして消し去ろうという意志が見える「ヤクート」の語は、この地に住む民族名の、ロシア語による呼称。もちろん自称は「サハ」である。(完全に消し去ることは困難らしく、「サハ共和国(ヤクーチア)」とカッコ付きで表記されることもある。)サハ民族は、チュルク語系の言語を話す諸民族(トルコ、カザフ、キルギス、トゥヴァ、ウイグル…)の中でも、最も東で最も北に住む。

     世界で(正確には北半球で)一番の寒さを記録していること。ダイヤモンド、金をはじめ、地下資源が豊かなこと。大黒屋光太夫をはじめ、日本からの漂流民が滞在したことがあること。等々でごく一部には知られてきたサハ共和国は、口琴関係者の間では、「世界で唯一、口琴を国民楽器とする国」、いわば口琴のメッカともいえる、重要な地域なのである。

     口琴は、口に共鳴させて演奏する、竹製や金属製の楽器で、ユーラシア大陸を中心に広く分布している。日本ではアイヌ民族のムックリが知られているし、台湾の山地民族から、東南アジア各地、南インド、西アジア、中央アジア、ヨーロッパ各地、北アジアと、様々な民族が、それぞれの思いを託して演奏している。とはいえ、どこの地域でも大抵マイナーな存在で、表舞台にはなかなか登場しない。

     筆者がサハの地をはじめて訪れたのは、1991年。第2回国際口琴大会なる催しが開催されたときであった。国民の多くが「口琴」という楽器の存在を知り、それを愛している。一家に一本と思われるほどの普及率を誇り、「名人」という称号をもつ演奏家が何人も存在している。ラジオからは、定時に口琴の音が鳴り響き、「世界民族口琴博物館」なる口琴専門の博物館が居を構える。そんな、常識を越えた、口琴好きにとっては天国のようなところ。マイナーとメジャーが逆転した不思議の国。それ以来、何度かかの地を訪れることになった。

     今回の創作劇「キースデビリエ-太古の響き」公演の来日メンバーの中にも、実は何人もの名だたる口琴奏者が入っていた。舞台で口琴デュオを披露した、ゲルマンとクラヴディアのハトィラーエフ夫妻は、ユーラシアンクラブの招聘で何度か来日している。群集の一人を演じたアリビナ・ジェグチャリョーヴァは、サハの口琴音楽中興の祖イヴァン・アレクセイエフのアンサンブル「アルグィス(祝福)」のメンバーであり、ヤクーツクの音楽専門学校で口琴と伝統歌唱を教えている。ジャーナリストとして随行していた、サハ国立テレビ局のアナトーリイ・ゴーゴレフも、同じく「アルグィス」のメンバー。さらに、日本語通訳として来ていた、ヤクート大学東洋言語学科在学中のキム・ボリーソフは、12歳にしてサハ共和国初代大統領専属口琴奏者となり、世界各地でその演奏を披露(いわばひとり宮内庁楽部)してきたつわものである。他にも、口琴を演奏する女の子たちが、何人もいながら、その特技を公の場では一切披露せず、別の面の活躍をしているところが、サハらしいところであった。

     ところで、冒頭のマンモスであるが、同じ愛知万博会場で、骨格だけなら、全身像が、ほとんど並ばずに、しかも時間制限なしに見られる。「人気の」冷凍マンモスは、肉や毛皮がついているとは言え、頭部だけ(鼻もない)。長蛇の列をこらえ、無関係な映像をいくつか見せられた後、最後の10秒間、否応なく乗せられた動く歩道で垣間見るのと、どちらを選ぶか。全身骨格は、ロシア館にあるので、のぞいてみてはいかがでしょう。


~~ ウズベキスタンのアザムさんが3年ぶりに来日 ~~

    アザムさんが、母国に帰国後3年ぶりに来日しました。勤務先の業務で上司とともに東京への出張です。元々大柄な彼はますます太り、現在の体重はなんと120㎏。変わらぬ笑顔が、少し丸くなったようです。

     一昨年郷里フェルガナ盆地・ナマンガンの美しい女性と結婚し、昨年7月には男の子ヤヒヨちゃんが誕生しました。旧約聖書の預言者の一人に因んだ名前で、知的な・・・とか特別な意味を込めた名前のようです。現在はタシケントに親子三人で暮らしています。

     今ウズベキスタンでの話題は、昨年から開業しているタシケント-サマルカンド間約400kmを3時間半で走る特急列車だそうです。間に一駅だけ停まる列車で、金土日の週3日間、一日一往復するそうで、今後ビジネスや観光で大きな役割を果たすだろうと期待されています。今までの、夜タシケントを発って、翌朝サマルカンドに着く列車とは隔世の感があります。

     お酒の飲めないアザムさんは大の米好きです。21日のささやかな歓迎会ではおむすびやお寿司を美味しそうに頬張っていました。アザムさんは、27日に帰国の予定です。今後の一層の活躍を期待したいと思います。


編集後記:アザムさんの歓迎会に魚沼産のコシヒカリのお結びを持ってゆきました。久しぶりのおにぎりの味はどうだったでしょうか。おにぎりに不可欠なのが塩です。ウズベキスタン・テルメズの薄桃色の岩塩は他の塩を寄せ付けない、深いうまみを持っています。魚沼産のおにぎりにテルメズの塩。絶妙です。一度ご賞味を。(高橋)


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【バックナンバー】ニュースレター第68号2005年4月1日 別海町訪問報告 バイオガスから直接水素へ 「魔法のメカニズム」が稼働

ユーラシアンクラブニュースレター第68号2005年4月1日


~ サハ共和国の創作劇「キース・デビリエ-太古の響き」公演を終えて ~大野 遼

    サハ共和国主催「キース・デビリエー太古の響き」日本特別公演が無事終った。観客から高い評価を得て、ボリソフ文化大臣と国立劇場の役者、スタッフも満足して帰国した。

    クラブの会員でもあるバラムイギンさんから「里村さんとあって欲しい」と愛知万博への協力を要請されたのが昨年の12月。在日サハ共和国委員会代表である里村氏と会って協力を求められたのが同月23日。この時に、旧知の寺田さんからの要請でもあったことがわかった。この時点では、協力の内容は不明だったが、シベリアの先住民の音楽公演のプロデュースくらいに考えていた。

    年が明けて1月7日。サハ共和国委員会事務局の方々、寺田さんと面会し、サハ側の意向を確認しながら事業環境を整えることになった。しかしこの会議で寺田氏から戴いたビデオをその日の夜見て驚いた。内容は「シベリアン歌舞伎」とでもいうようなサハ独特の歌劇であり、舞台機構をフルに活用した立体的創作劇だった。が、私には関心のあるオロンホと呼ぶ英雄叙事詩の創作劇として興味がわいた。急遽、彩の国さいたま芸術劇場を一日のみ押さえた(結果として三日押さえ)。

     とはいえ、現地から送られてきた役者、スタッフ、及びグルンと呼ばれる別の芸能団体。40人から50人の集団が、この創作劇を行うのか、別の芸能団体の公演も一緒の舞台を考えているのか皆目分からない状態がずっと続いた。しかも、サハ側の舞台機構には、回り盆、上下左右に自在に動く吊り舞台や四分割されたセリなど、日本側で用意した舞台機構にはない機能が利用されていた。サハ側の希望と日本側の舞台機構上の制限、2時間40分の公演時間、仕込み時間の制限、等、いくつもの前提条件を確認できないと舞台づくりの話し合いに入れない状況だった。

    しかしサハ側の責任者が誰であるのか、誰と話し合えばよいのかが分からない状態が続いた。ビデオ通りの公演を考えていることが分かったのは1月24日。本公演の二ヶ月前であった。この段階から、仕込みリハの環境整備、技術スタッフの確保、が始まり、現地での打ち合わせが実現したのが一ヶ月前という慌しさであった。

    今回の公演がそれでも実現できたのは、何よりも作・演出のアンドレイ・ボリソフ氏が柔軟で、台本の変更に応じてくれたこと、若い有能はアシスタントディレクターが進行表作りに対応してくれたこと、特に日本側の舞台技術スタッフが有能で、通訳諸氏が舞台製作に通じていたこと、さらに台本翻訳・字幕制作をお願いした山下さんがオロンホの研究者であったことなど、多くの人材が揃ったことに起因する。

     チラシ、チケットの完成が10日前、ポスターの完成が2日前など通常の広報、集客の手続きを欠いたものの、日経、共同通信、NHK,朝日新聞が情報提供で協力いただき、関係者がそれぞれのルートで集客に動き、結局キャパの八割を超える入場者632人を集めることもできた。最終的には、ユーラシアンクラブが、楽屋周り、受付業務も依頼されることになり、事務局を中心に汗をかいていただくことになった。

    今回の公演は、サハ共和国委員会からの依頼に対して、どの関係諸氏が欠けても実現しなかった。特に技術監督の八木清市氏、舞台監督の岩崎健一郎氏、照明担当の松尾隆之氏及び八木氏を紹介していただいた大野晃氏、無理な舞台公演を受けていただいた彩の国さいたま芸術劇場の山海隆弘氏、丹野重幸氏、白神久吉氏、敏腕な舞台通訳橘川玉枝さんと橘川さんを紹介していただいた寺田達雄氏、オロンホの専門家として台本、字幕に関っていただいた山下宗久氏、仕事をさせていただいた里村昭夫・在日サハ共和国委員会事務局長、安藤健理事、伊佐山輝洋理事ほか多くの方々に深くお礼を申し上げ感謝します。私やユーラシアンクラブの呼びかけに応え、雨の中を会場においでいただいた皆様にもお礼申し上げます。今後ともぞうぞよろしくお願いいたします。


アジア・シルクロード音楽フェステイバル・"大地の響き"公演

2005年10月11日午後6時半より・東京中央区 日本橋劇場(客席400)

    アジアのエンターテイナーたちの競演。さまざまな民族の多様で水準の高い音楽を聴き、
    ユーラシアに、アジア・シルクロードに日本音楽の基層を探ります。
    皆さんのお力で成功を。皆さんのご協力をお願い致します。
    半蔵門線「水天宮前」日比谷線「人形町」駅 東西線「茅場町」駅 都営浅草線「人形町」駅などから徒歩3分~7分

    主催:ユーラシアンクラブ/アジアシルクロード音楽フェステイバル組織委員会
    連絡先:ファックス03-5371-5548 E-mail:paf02266@nifty.ne.jp


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第十回

別海町訪問報告(2)バイオガスから直接水素へ 「魔法のメカニズム」が稼働     若林一平

    2005年2月1日午後、いよいよ「水素プラント」の見学である。牛糞から得られたメタンガス(バイオガス)から直接水素を取り出して燃料電池に送 る。この施設の水素生成装置は「メタン直接改質法」を利用している。この方法は北海道大学触媒化学研究センターの市川勝教授の発明になるものである。広瀬隆氏がいみじくも「魔法のメカニズム」と名づけた発明である(『燃料電池が世界を変える』、NHK出版)。

     水素プラントを担当している研究官の案内で「エネルギー地域自立型実証研究実験棟」の中に入る。この実験棟の中が水素プラントである。実験棟はバイオガスプラントの中心施設である「受入・エネルギー利用施設」のすぐ北側に隣接している。

     別海の水素プラントの特徴は2つある。 第一は、バイオガス中のメタンガスから二酸化炭素を全く発生しないで水素とベンゼンを生成する直接改質法の採用である。ベンゼンは「芳香族化合物」に分類される炭化水素で、6個の炭素の骨格に水素がついた6角形の形をしている。

     メタン直接改質法では多孔質のゼオライトを利用した触媒が使われている。5.4オングストローム(1オングストローム=1億分の1センチ)という細孔 の制御が重要だという。広瀬氏によれば、市川教授の研究成果は地中で石油が誕生したメカニズムを示唆する興味深いものであり、このメカニズムの解明から 燃料電池の大幅コストダウンが期待されると評価する。

    第二は、発生した水素をベンゼンなどの芳香族化合物と化合させ「有機ハイドライド」として貯蔵する方法である。有機ハイドライドは通常のガソリンと同様の液体で、高圧水素ボンベ無しで水素を高密度で保存できる。運搬と流通もこれまでのタンクローリーやガソリンスタンドの利用が可能なのだ。有機ハイドライドを加熱すればもとの水素と芳香族化合物へと容易に戻る。  【水素】+【芳香族化合物】 ←→ 【有機ハイドライド】

     要するに有機ハイドライドは高密度な水素を貯蔵し運搬するメディアなのである。別海ではベンゼンに類似したトルエンという芳香族化合物に水素を添加してメチルシクロヘキサンという有機ハイドライドの形で外部のタンクに貯蔵している(写真参照)。

     水素は外部タンクの有機ハイドライドから再生して、荏原バラード製の固体高分子型の燃料電池に供給される。現在、発電容量は最大8.5キロワットである。実証実験は平成16年度から始まった。平成17年度には連続運転時間を現在の最大96時間からさら延長する計画になっている。

     市川教授は、液体有機ハイドライドを利用して様々な燃料電池を結合する水素供給システム、既存の電力線に対するもうひとつのエネルギーインフラ、「シクロヘキサン・デカリンハイウェー」を提唱している。別海の実験はまさにもうひとつのエネルギーハイウェーの始まりなのだ。

    【写真説明】有機ハイドライド貯蔵タンク(2005年2月1日、筆者撮影)


燕京通信2「股割れズボン」と「ごろごろ」の文化摩擦(2)井出晃憲

    ところで、僕はごろごろするのが大好きだ。床の上に寝転んで、テレビを視たり何か読んだりぼうっとしたりする。北京に来てからは、居間に小さな敷物を敷き、その上でごろごろしている。すると妻は、「そんなところでごろごろしないで、ベッド(漢語での「床」)に行きなさい」と言う。だけどベッドの上じゃ感じが出ないんだよな。自分にとってあそこは眠る場所で、ごろごろする場所じゃない。

    辞書で「ごろごろ」の漢語訳を探すと、「醒着?在床上」という例文しか出てこない。やっぱりごろごろはベッドの上でするものなのか。試しに人に聞いてみると、敷物の上であっても床(漢語での「地」)でごろごろする人はいなかった。「北の地方の田舎ではオンドル(「?」)の上で皆ごろごろします。」と言う人はいた。でも、あれも床とは段差があるし、ごろごろする際に暖房が不可欠というわけでもないし。まあ今のところは、自分の小さな敷物を「ごろごろ」の縄張りとして確保し、子供が「股割れズボン」の割れ目から出すモノとは棲み分けて、両者の衝突を回避している次第だ。

    最近では、中国的な床(漢語での「地」)の感覚にも慣れてきて、子供の排泄も気にならなくなった。オムツをしないほうが赤ちゃんのお尻の肌に良いとの説も聞くし。ともかく子供が元気に育ってくれるのが一番だ。モンゴルでは、子供が悪魔に目を付けられないように、わざとおかしな名前を付けることがある。例えば「バース(うんち)」とか。うちの子はウハン(モンゴル語で「賢さ」の意)という良い意味の名前なのだけれど、別の意味でも良かったと思う。それで、子供が床にやっちゃったときにはこんな風に歌っている。「♪ウー君のウーはうんちのウー♪」。
    写真:「股割れズボン」はちょっと卒業して、小皇帝ならぬ小紳士になってみた 撮影:筆者


~~ベトナム訪問記(2)~~浦城いくよ(井上靖記念文化財団)

    ベトナム滞在四日目の午前中、ベトナム国家図書館で[井上靖全集」の贈呈式が行われた。国家図書館は私たちが宿泊していたメリアホテルから歩いてもすぐ近くにあり、広い敷地に建てられていた。玄関ロビーには椅子が並べられ、正面の壁には日本とベトナムの旗が飾られ、全集がきちんと並べられていた。出席者は60人位であった。

    まず日本の服部大使が「ベトナムにおいて、目下日本語を学びたいと言う若者が急増しており、ベトナムの希望にどのように応えていくかが私の大使としての大きな仕事の一つです。国家図書館に対して、これを機に日本関係図書を引きつつき寄贈したいと思います。」と挨拶された。つづいて国家図書館館長は「本日は日本大使館の御協力の下で、ベトナム国家図書館は著名な作家である井上靖氏の29巻の全集を井上家から寄贈していただきますことを大変嬉しく思います。この全集はベトナムの読者に読まれると信じております。更に沢山の読者に読まれるために井上靖氏の作品がベトナム語に訳されることを希望いたします。」と述べられた。

    私も先号に記した挨拶をした。今は種をまいた段階であるが、これからはベトナムで日本語や日本文学の研究をしたり、しようと思っている人達に本を読んで貰い、さらに翻訳をして貰うことが大切である。そして将来井上靖研究家がベトナムの国にも育ってくれることがなによりも嬉しいことである。ベトナムに文学書が寄贈されたのは初めてのようだ。

    このベトナム旅行は前セネガル大使夫人だった古屋さんとご一緒したのだが、彼女は「手を洗う会」を主催している。外交官夫人として開発途上国に滞在され、乳幼児の死亡率が大変高いのは、衛生状態がとても悪いからだと知り、食事も手づかみで長老者から食べ、最後は子供が食べるという国もある。食事の前に手を洗う習慣をつけることでずいぶん違ってくるのではないかという考えのもとで始められたボランティア活動である。彼女にとってかつて駐在した親しい国々の幼稚園や小学校を訪ね、タオルや石鹸、手の洗い方を書いた紙芝居や説明書などをわたす。また、クレヨン、画用紙などを沢山持つていき、子供たちに絵を描いてもらい、よい作品には賞を出して各国に持つて廻るという国際交流も深めておられる。

    私も彼女について、ハノイ市内の私立の幼稚園や郊外の小学校へ出かけて見学した。また、世界遺産になっているハロン湾へ出かけた折、そこで水上生活をしている子供たちの小学校の先生たち4人に話しを聞くことが出来た。この先生たちも水上生活をしながら、教えている。とにかく字の読み書きが出来るように指導しているという。水上で生活をしているのですぐ海の水を使ってしまうがとても汚い。手を洗う会の主旨を理解して貰おうとしたがとてもそこまでは出来ないし、自分たちでは決められないとの答えだつた。

    ハノイ市内の私たちの行った幼稚園は、大使館のそばの新興高級住宅地にあり、子供たちの服装や設備など日本の一般の幼稚園より、もっと贅沢な感じがした。ベトナムの中では大変な格差があると聞いていたが、改めて子供の上にも生活がのしかかって来ていることがよく分かった。

    私たちそれぞれの文化交流、ベトナム訪問も最後は大使館でのお茶会と人形展で幕をおろした。外務省の関係者、日本企業の駐在の奥様たち、色々な仕事でベトナムにおられる方に雑談をしながらお話をしたが、皆ベトナムはとても住みやすい所といわれた。私が最初に感じた、親しみやすい印象ともよくあっていた。今度はベトナムの南の方へぜひ行きたいと思う。


ネリングリー・南ヤクートの近代的な町 ジーマ・オダ(ロシア・サハ共和国)

    ロシア・サハ共和国から企業研修に来日しているジーマ・オダさんに大学卒業後就職し、結婚し、子どもたちが生まれ育った町、そして、現在ご家族が生活している南ヤクートの町・ネリングリーについて書いてもらいました。次回は日本の印象などについてお願いする予定です。(編集部)

    ロシアの5分の1をしめて、豊富な地下資源に恵まれているサハ共和国。西の地域はダイヤモンド、東は金と銀などの開発で有名であり、南の地域は石炭とさまざまな鉱物資源の埋蔵地があることでよく知られます。

    首都のヤクーツク市から800キロ離れた山々地域で、ロシアとヤクートの若い町ネリングリーという町があります。今年、創設の30週年を祝います。町の歴史が浅くても、共和国の経済、文化、政治に大きな役割を果たしています。

    70年代に旧ソ連政府がこの地域の石炭と鉄鋼鉱物開発の企画を計って、設備投資し、日本政府と日本鉄鋼業組合の総合案件でネリングリー炭田の開発がはじまりました。日本側は設備投資をし、日本の日商岩井、住友重工業、丸紅、コマツなどが鉱業機械、大型ダンプトラック、電気機器などを納めて、専門家たちを派遣しました。

    当時のソ連は熟練専門家を派遣しました。共産党と青年同盟の呼びかけに答えて、大勢の若い人が新しい町、石炭鉱山、バム鉄道などの建設にあたりました。そんなたくさんの人々が人気のないところに暮らし始めるのに新しい町を建設する必要がありました。ソ連政府令で建築家が将来の町を設計し、すぐ建設が始まりました。それは1973年でした。最初、木造の二階建てアパートを建て始め、次は建設工場が整備されて、コンクリートからアパート作るようになりました。

    1974年の11月、ソ連政府令でネリングリー町と名づけられて、正式に町に昇格されました。当時の人口はわずか2万人しかいなかったのです。大半は当時広い旧ソ連至るところから呼びかけ集められたの20~30才の若い人々でした。その時代から間もなく30年がすぎました。エニセイ川からオホーツク海まで広がり伸びているタイガー「シべリア密林」の真中に近代的な町が現れました。現代、ネリングリー町はサハ共和国の立派な、近代的な町です。高いビルが立ち並び、広い街が南北東西へ走っています。(以下次号)


太古の響き 英雄叙事詩オロンホと口琴ホムス(1)直川礼緒(日本口琴協会会長)

    3月23日、さいたま芸術劇場で行なわれた、サハ民族の英雄叙事詩オロンホに材をとった創作劇「キースデビリエ?太古の響き」にスタッフとして参加した。公演直前になって、朝日新聞やNHKのニュースで取り上げられたとはいえ、宣伝が遅れ気味。ロシア式・サハ式の対応になれているつもりの者にとっても、ひやひやして公演の情報を待つ日々。裏方としての協力を依頼されたのも、本番まであと10日、というときであった。

    当日はあいにくの雨。にもかかわらず、多くの熱心な観客が集まった(700の座席に600人あまりが入ったという)。そして、肝腎の劇の内容は、素晴らしいのひとこと。自分の中のサハ人の血が、沸き立った。上・中・下、三層の世界をめぐる、壮大な叙事詩の物語をベースに、現代的なアレンジを大胆に取り入れた演出(文化大臣でもあるアンドレイ ボリソフ)は、見事。

    ときおり登場するスーツ姿に蝶ネクタイの若者の一群は、ときとしてオロンホの聞き手としての現代人を象徴するかと思えば、ときとして歌舞伎の黒子を思わせる。(その点、主人公の一人である、中の世界=人間界の英雄チュグダーンが、毛皮の衣装の下になぜスーツを着ているのかは、疑問が残った。物語が現代につながることの象徴?)

    物語の流れを理解する助けとなる、日本語字幕の存在も非常に有効だった。また、複雑な演出上の要求を、日本側の舞台スタッフとの間にたって橋渡しした、通訳の方々のご苦労は、大変なものだったに違いない。これらの縁の下の力持ちたちの名前が、プログラムに載っていないのは、残念。

    日本口琴協会代表としては、劇中の口琴の使用も見逃せない。劇は、そのほとんどが、出演者自身による、語り(朗唱)と、鳥や動物の鳴き声の模倣(不思議な情景を醸し出していた)、そしてシンセ(?)の効果音で進行していったが、最後になって、女傑キース・デビリエがチュグダーンにキスする場面など、3箇所ほど、重要な場面で口琴ホムスが鳴り響いたのは、さすがに口琴を国民楽器とする世界で唯一の民族・サハらしいと感じた。

     このような上質の公演が、1回のみ、というのも非常にもったいないと思った。チケットが1800円、というのもあまりにもリーズナブルすぎる。この日の舞台を楽しむことができた人々は、非常に贅沢な思いをしたわけだ。

    愛知万博に関連しての上演だったらしいが、チラシやプログラムでは特にそれを謳っている訳ではない。実際には、出演者の多くは、愛知万博のロシア館の一角で3月26日から4月2日まで開催された「サハの日々」のオープニングセレモニーに参加したあと、27日にはあっさりと帰国してしまった。あとには音楽家、舞踊家たちが残って、ロシアのパビリオンで一日二回、一時間程度のコンサートをやった(らしい)が、愛知万博の公式サイトをはじめどこを探しても、「サハの日々」に関する詳細はみつからなかった。偶然その時間にロシア館のサハコーナーに居合わせたもののみがコンサートを見ることができたわけだ。もう少し宣伝してもよいのではないだろうか?(以下次号)
    写真:三界をめぐる戦いに馳せ参じる英雄と女性シャマン 撮影:Neustroeva Natalia


CD・アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』発売中 

2003年のあの感動がよみがえります 只今好評発売中
中国、モンゴル、カザフスタン、ウズベキスタン、ウイグル、シベリアなどの音楽を楽しむとともに、ユーラシアに日本音楽の基層を探る壮大な実験

    タラー:中国・琴 バドマ:カルムイキア(ロシアの自治共和国)・ドンブラ ライ・ハスロー:モンゴル・馬頭琴 イスマトフ・バホデイル:ウズベキスタン・ギジャック アブドウセミ・アグドウラフマン:ウイグル・カシュガルラワップ アルキン・マンスール:ウイグル・タンブル オットホンバイラ:モンゴル・民謡 ゲルマン・ハトラーエフ:ロシア サハ共和国・シベリアンエコー
    ユーラシアの民族音楽アーチストの貴重な演奏をCDで再現 日本音楽の基層を探る旅がはじまります
    アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』
    ALCD・200405(2枚組み)税込価格2,000円 
    企画・製作協力:特定非営利法人ユーラシアンクラブ
    製造・発売元:ALM RECORDS/コジマ録音 〒166-0004杉並区阿佐谷南3-6-13
    お問合せ、お申込:TEL03-5397-7311 FAX03-5397-8223 E-mail:alm@kojimarokuon.com


編集後記:彩の国さいたま芸術劇場に雨の中お越しいただきありがとうございました。お陰さまで内容の上でも、集客の面でも成功しました。厚くお礼申し上げます。/中央アジア・キリギス共和国の政治情勢が心配です。事態が平和的、民主的に解決されるよう望みます。詳しい情報が入り次第お伝えしたいと思います。(高橋)


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ユーラシアンクラブニュースレター第68号2005年4月1日

~ サハ共和国の創作劇「キース・デビリエ-太古の響き」公演を終えて ~大野 遼

    サハ共和国主催「キース・デビリエー太古の響き」日本特別公演が無事終った。観客から高い評価を得て、ボリソフ文化大臣と国立劇場の役者、スタッフも満足して帰国した。

    クラブの会員でもあるバラムイギンさんから「里村さんとあって欲しい」と愛知万博への協力を要請されたのが昨年の12月。在日サハ共和国委員会代表である里村氏と会って協力を求められたのが同月23日。この時に、旧知の寺田さんからの要請でもあったことがわかった。この時点では、協力の内容は不明だったが、シベリアの先住民の音楽公演のプロデュースくらいに考えていた。

    年が明けて1月7日。サハ共和国委員会事務局の方々、寺田さんと面会し、サハ側の意向を確認しながら事業環境を整えることになった。しかしこの会議で寺田氏から戴いたビデオをその日の夜見て驚いた。内容は「シベリアン歌舞伎」とでもいうようなサハ独特の歌劇であり、舞台機構をフルに活用した立体的創作劇だった。が、私には関心のあるオロンホと呼ぶ英雄叙事詩の創作劇として興味がわいた。急遽、彩の国さいたま芸術劇場を一日のみ押さえた(結果として三日押さえ)。

     とはいえ、現地から送られてきた役者、スタッフ、及びグルンと呼ばれる別の芸能団体。40人から50人の集団が、この創作劇を行うのか、別の芸能団体の公演も一緒の舞台を考えているのか皆目分からない状態がずっと続いた。しかも、サハ側の舞台機構には、回り盆、上下左右に自在に動く吊り舞台や四分割されたセリなど、日本側で用意した舞台機構にはない機能が利用されていた。サハ側の希望と日本側の舞台機構上の制限、2時間40分の公演時間、仕込み時間の制限、等、いくつもの前提条件を確認できないと舞台づくりの話し合いに入れない状況だった。

    しかしサハ側の責任者が誰であるのか、誰と話し合えばよいのかが分からない状態が続いた。ビデオ通りの公演を考えていることが分かったのは1月24日。本公演の二ヶ月前であった。この段階から、仕込みリハの環境整備、技術スタッフの確保、が始まり、現地での打ち合わせが実現したのが一ヶ月前という慌しさであった。

    今回の公演がそれでも実現できたのは、何よりも作・演出のアンドレイ・ボリソフ氏が柔軟で、台本の変更に応じてくれたこと、若い有能はアシスタントディレクターが進行表作りに対応してくれたこと、特に日本側の舞台技術スタッフが有能で、通訳諸氏が舞台製作に通じていたこと、さらに台本翻訳・字幕制作をお願いした山下さんがオロンホの研究者であったことなど、多くの人材が揃ったことに起因する。

     チラシ、チケットの完成が10日前、ポスターの完成が2日前など通常の広報、集客の手続きを欠いたものの、日経、共同通信、NHK,朝日新聞が情報提供で協力いただき、関係者がそれぞれのルートで集客に動き、結局キャパの八割を超える入場者632人を集めることもできた。最終的には、ユーラシアンクラブが、楽屋周り、受付業務も依頼されることになり、事務局を中心に汗をかいていただくことになった。

    今回の公演は、サハ共和国委員会からの依頼に対して、どの関係諸氏が欠けても実現しなかった。特に技術監督の八木清市氏、舞台監督の岩崎健一郎氏、照明担当の松尾隆之氏及び八木氏を紹介していただいた大野晃氏、無理な舞台公演を受けていただいた彩の国さいたま芸術劇場の山海隆弘氏、丹野重幸氏、白神久吉氏、敏腕な舞台通訳橘川玉枝さんと橘川さんを紹介していただいた寺田達雄氏、オロンホの専門家として台本、字幕に関っていただいた山下宗久氏、仕事をさせていただいた里村昭夫・在日サハ共和国委員会事務局長、安藤健理事、伊佐山輝洋理事ほか多くの方々に深くお礼を申し上げ感謝します。私やユーラシアンクラブの呼びかけに応え、雨の中を会場においでいただいた皆様にもお礼申し上げます。今後ともぞうぞよろしくお願いいたします。


アジア・シルクロード音楽フェステイバル・"大地の響き"公演

2005年10月11日午後6時半より・東京中央区 日本橋劇場(客席400)

    アジアのエンターテイナーたちの競演。さまざまな民族の多様で水準の高い音楽を聴き、
    ユーラシアに、アジア・シルクロードに日本音楽の基層を探ります。
    皆さんのお力で成功を。皆さんのご協力をお願い致します。
    半蔵門線「水天宮前」日比谷線「人形町」駅 東西線「茅場町」駅 都営浅草線「人形町」駅などから徒歩3分~7分

    主催:ユーラシアンクラブ/アジアシルクロード音楽フェステイバル組織委員会
    連絡先:ファックス03-5371-5548 E-mail:paf02266@nifty.ne.jp


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第十回

別海町訪問報告(2)バイオガスから直接水素へ 「魔法のメカニズム」が稼働     若林一平

    2005年2月1日午後、いよいよ「水素プラント」の見学である。牛糞から得られたメタンガス(バイオガス)から直接水素を取り出して燃料電池に送 る。この施設の水素生成装置は「メタン直接改質法」を利用している。この方法は北海道大学触媒化学研究センターの市川勝教授の発明になるものである。広瀬隆氏がいみじくも「魔法のメカニズム」と名づけた発明である(『燃料電池が世界を変える』、NHK出版)。

     水素プラントを担当している研究官の案内で「エネルギー地域自立型実証研究実験棟」の中に入る。この実験棟の中が水素プラントである。実験棟はバイオガスプラントの中心施設である「受入・エネルギー利用施設」のすぐ北側に隣接している。

     別海の水素プラントの特徴は2つある。 第一は、バイオガス中のメタンガスから二酸化炭素を全く発生しないで水素とベンゼンを生成する直接改質法の採用である。ベンゼンは「芳香族化合物」に分類される炭化水素で、6個の炭素の骨格に水素がついた6角形の形をしている。

     メタン直接改質法では多孔質のゼオライトを利用した触媒が使われている。5.4オングストローム(1オングストローム=1億分の1センチ)という細孔 の制御が重要だという。広瀬氏によれば、市川教授の研究成果は地中で石油が誕生したメカニズムを示唆する興味深いものであり、このメカニズムの解明から 燃料電池の大幅コストダウンが期待されると評価する。

    第二は、発生した水素をベンゼンなどの芳香族化合物と化合させ「有機ハイドライド」として貯蔵する方法である。有機ハイドライドは通常のガソリンと同様の液体で、高圧水素ボンベ無しで水素を高密度で保存できる。運搬と流通もこれまでのタンクローリーやガソリンスタンドの利用が可能なのだ。有機ハイドライドを加熱すればもとの水素と芳香族化合物へと容易に戻る。  【水素】+【芳香族化合物】 ←→ 【有機ハイドライド】

     要するに有機ハイドライドは高密度な水素を貯蔵し運搬するメディアなのである。別海ではベンゼンに類似したトルエンという芳香族化合物に水素を添加してメチルシクロヘキサンという有機ハイドライドの形で外部のタンクに貯蔵している(写真参照)。

     水素は外部タンクの有機ハイドライドから再生して、荏原バラード製の固体高分子型の燃料電池に供給される。現在、発電容量は最大8.5キロワットである。実証実験は平成16年度から始まった。平成17年度には連続運転時間を現在の最大96時間からさら延長する計画になっている。

     市川教授は、液体有機ハイドライドを利用して様々な燃料電池を結合する水素供給システム、既存の電力線に対するもうひとつのエネルギーインフラ、「シクロヘキサン・デカリンハイウェー」を提唱している。別海の実験はまさにもうひとつのエネルギーハイウェーの始まりなのだ。

    【写真説明】有機ハイドライド貯蔵タンク(2005年2月1日、筆者撮影)


燕京通信2「股割れズボン」と「ごろごろ」の文化摩擦(2)井出晃憲

    ところで、僕はごろごろするのが大好きだ。床の上に寝転んで、テレビを視たり何か読んだりぼうっとしたりする。北京に来てからは、居間に小さな敷物を敷き、その上でごろごろしている。すると妻は、「そんなところでごろごろしないで、ベッド(漢語での「床」)に行きなさい」と言う。だけどベッドの上じゃ感じが出ないんだよな。自分にとってあそこは眠る場所で、ごろごろする場所じゃない。

    辞書で「ごろごろ」の漢語訳を探すと、「醒着?在床上」という例文しか出てこない。やっぱりごろごろはベッドの上でするものなのか。試しに人に聞いてみると、敷物の上であっても床(漢語での「地」)でごろごろする人はいなかった。「北の地方の田舎ではオンドル(「?」)の上で皆ごろごろします。」と言う人はいた。でも、あれも床とは段差があるし、ごろごろする際に暖房が不可欠というわけでもないし。まあ今のところは、自分の小さな敷物を「ごろごろ」の縄張りとして確保し、子供が「股割れズボン」の割れ目から出すモノとは棲み分けて、両者の衝突を回避している次第だ。

    最近では、中国的な床(漢語での「地」)の感覚にも慣れてきて、子供の排泄も気にならなくなった。オムツをしないほうが赤ちゃんのお尻の肌に良いとの説も聞くし。ともかく子供が元気に育ってくれるのが一番だ。モンゴルでは、子供が悪魔に目を付けられないように、わざとおかしな名前を付けることがある。例えば「バース(うんち)」とか。うちの子はウハン(モンゴル語で「賢さ」の意)という良い意味の名前なのだけれど、別の意味でも良かったと思う。それで、子供が床にやっちゃったときにはこんな風に歌っている。「♪ウー君のウーはうんちのウー♪」。
    写真:「股割れズボン」はちょっと卒業して、小皇帝ならぬ小紳士になってみた 撮影:筆者


~~ベトナム訪問記(2)~~浦城いくよ(井上靖記念文化財団)

    ベトナム滞在四日目の午前中、ベトナム国家図書館で[井上靖全集」の贈呈式が行われた。国家図書館は私たちが宿泊していたメリアホテルから歩いてもすぐ近くにあり、広い敷地に建てられていた。玄関ロビーには椅子が並べられ、正面の壁には日本とベトナムの旗が飾られ、全集がきちんと並べられていた。出席者は60人位であった。

    まず日本の服部大使が「ベトナムにおいて、目下日本語を学びたいと言う若者が急増しており、ベトナムの希望にどのように応えていくかが私の大使としての大きな仕事の一つです。国家図書館に対して、これを機に日本関係図書を引きつつき寄贈したいと思います。」と挨拶された。つづいて国家図書館館長は「本日は日本大使館の御協力の下で、ベトナム国家図書館は著名な作家である井上靖氏の29巻の全集を井上家から寄贈していただきますことを大変嬉しく思います。この全集はベトナムの読者に読まれると信じております。更に沢山の読者に読まれるために井上靖氏の作品がベトナム語に訳されることを希望いたします。」と述べられた。

    私も先号に記した挨拶をした。今は種をまいた段階であるが、これからはベトナムで日本語や日本文学の研究をしたり、しようと思っている人達に本を読んで貰い、さらに翻訳をして貰うことが大切である。そして将来井上靖研究家がベトナムの国にも育ってくれることがなによりも嬉しいことである。ベトナムに文学書が寄贈されたのは初めてのようだ。

    このベトナム旅行は前セネガル大使夫人だった古屋さんとご一緒したのだが、彼女は「手を洗う会」を主催している。外交官夫人として開発途上国に滞在され、乳幼児の死亡率が大変高いのは、衛生状態がとても悪いからだと知り、食事も手づかみで長老者から食べ、最後は子供が食べるという国もある。食事の前に手を洗う習慣をつけることでずいぶん違ってくるのではないかという考えのもとで始められたボランティア活動である。彼女にとってかつて駐在した親しい国々の幼稚園や小学校を訪ね、タオルや石鹸、手の洗い方を書いた紙芝居や説明書などをわたす。また、クレヨン、画用紙などを沢山持つていき、子供たちに絵を描いてもらい、よい作品には賞を出して各国に持つて廻るという国際交流も深めておられる。

    私も彼女について、ハノイ市内の私立の幼稚園や郊外の小学校へ出かけて見学した。また、世界遺産になっているハロン湾へ出かけた折、そこで水上生活をしている子供たちの小学校の先生たち4人に話しを聞くことが出来た。この先生たちも水上生活をしながら、教えている。とにかく字の読み書きが出来るように指導しているという。水上で生活をしているのですぐ海の水を使ってしまうがとても汚い。手を洗う会の主旨を理解して貰おうとしたがとてもそこまでは出来ないし、自分たちでは決められないとの答えだつた。

    ハノイ市内の私たちの行った幼稚園は、大使館のそばの新興高級住宅地にあり、子供たちの服装や設備など日本の一般の幼稚園より、もっと贅沢な感じがした。ベトナムの中では大変な格差があると聞いていたが、改めて子供の上にも生活がのしかかって来ていることがよく分かった。

    私たちそれぞれの文化交流、ベトナム訪問も最後は大使館でのお茶会と人形展で幕をおろした。外務省の関係者、日本企業の駐在の奥様たち、色々な仕事でベトナムにおられる方に雑談をしながらお話をしたが、皆ベトナムはとても住みやすい所といわれた。私が最初に感じた、親しみやすい印象ともよくあっていた。今度はベトナムの南の方へぜひ行きたいと思う。


ネリングリー・南ヤクートの近代的な町 ジーマ・オダ(ロシア・サハ共和国)

    ロシア・サハ共和国から企業研修に来日しているジーマ・オダさんに大学卒業後就職し、結婚し、子どもたちが生まれ育った町、そして、現在ご家族が生活している南ヤクートの町・ネリングリーについて書いてもらいました。次回は日本の印象などについてお願いする予定です。(編集部)

    ロシアの5分の1をしめて、豊富な地下資源に恵まれているサハ共和国。西の地域はダイヤモンド、東は金と銀などの開発で有名であり、南の地域は石炭とさまざまな鉱物資源の埋蔵地があることでよく知られます。

    首都のヤクーツク市から800キロ離れた山々地域で、ロシアとヤクートの若い町ネリングリーという町があります。今年、創設の30週年を祝います。町の歴史が浅くても、共和国の経済、文化、政治に大きな役割を果たしています。

    70年代に旧ソ連政府がこの地域の石炭と鉄鋼鉱物開発の企画を計って、設備投資し、日本政府と日本鉄鋼業組合の総合案件でネリングリー炭田の開発がはじまりました。日本側は設備投資をし、日本の日商岩井、住友重工業、丸紅、コマツなどが鉱業機械、大型ダンプトラック、電気機器などを納めて、専門家たちを派遣しました。

    当時のソ連は熟練専門家を派遣しました。共産党と青年同盟の呼びかけに答えて、大勢の若い人が新しい町、石炭鉱山、バム鉄道などの建設にあたりました。そんなたくさんの人々が人気のないところに暮らし始めるのに新しい町を建設する必要がありました。ソ連政府令で建築家が将来の町を設計し、すぐ建設が始まりました。それは1973年でした。最初、木造の二階建てアパートを建て始め、次は建設工場が整備されて、コンクリートからアパート作るようになりました。

    1974年の11月、ソ連政府令でネリングリー町と名づけられて、正式に町に昇格されました。当時の人口はわずか2万人しかいなかったのです。大半は当時広い旧ソ連至るところから呼びかけ集められたの20~30才の若い人々でした。その時代から間もなく30年がすぎました。エニセイ川からオホーツク海まで広がり伸びているタイガー「シべリア密林」の真中に近代的な町が現れました。現代、ネリングリー町はサハ共和国の立派な、近代的な町です。高いビルが立ち並び、広い街が南北東西へ走っています。(以下次号)


太古の響き 英雄叙事詩オロンホと口琴ホムス(1)直川礼緒(日本口琴協会会長)

    3月23日、さいたま芸術劇場で行なわれた、サハ民族の英雄叙事詩オロンホに材をとった創作劇「キースデビリエ?太古の響き」にスタッフとして参加した。公演直前になって、朝日新聞やNHKのニュースで取り上げられたとはいえ、宣伝が遅れ気味。ロシア式・サハ式の対応になれているつもりの者にとっても、ひやひやして公演の情報を待つ日々。裏方としての協力を依頼されたのも、本番まであと10日、というときであった。

    当日はあいにくの雨。にもかかわらず、多くの熱心な観客が集まった(700の座席に600人あまりが入ったという)。そして、肝腎の劇の内容は、素晴らしいのひとこと。自分の中のサハ人の血が、沸き立った。上・中・下、三層の世界をめぐる、壮大な叙事詩の物語をベースに、現代的なアレンジを大胆に取り入れた演出(文化大臣でもあるアンドレイ ボリソフ)は、見事。

    ときおり登場するスーツ姿に蝶ネクタイの若者の一群は、ときとしてオロンホの聞き手としての現代人を象徴するかと思えば、ときとして歌舞伎の黒子を思わせる。(その点、主人公の一人である、中の世界=人間界の英雄チュグダーンが、毛皮の衣装の下になぜスーツを着ているのかは、疑問が残った。物語が現代につながることの象徴?)

    物語の流れを理解する助けとなる、日本語字幕の存在も非常に有効だった。また、複雑な演出上の要求を、日本側の舞台スタッフとの間にたって橋渡しした、通訳の方々のご苦労は、大変なものだったに違いない。これらの縁の下の力持ちたちの名前が、プログラムに載っていないのは、残念。

    日本口琴協会代表としては、劇中の口琴の使用も見逃せない。劇は、そのほとんどが、出演者自身による、語り(朗唱)と、鳥や動物の鳴き声の模倣(不思議な情景を醸し出していた)、そしてシンセ(?)の効果音で進行していったが、最後になって、女傑キース・デビリエがチュグダーンにキスする場面など、3箇所ほど、重要な場面で口琴ホムスが鳴り響いたのは、さすがに口琴を国民楽器とする世界で唯一の民族・サハらしいと感じた。

     このような上質の公演が、1回のみ、というのも非常にもったいないと思った。チケットが1800円、というのもあまりにもリーズナブルすぎる。この日の舞台を楽しむことができた人々は、非常に贅沢な思いをしたわけだ。

    愛知万博に関連しての上演だったらしいが、チラシやプログラムでは特にそれを謳っている訳ではない。実際には、出演者の多くは、愛知万博のロシア館の一角で3月26日から4月2日まで開催された「サハの日々」のオープニングセレモニーに参加したあと、27日にはあっさりと帰国してしまった。あとには音楽家、舞踊家たちが残って、ロシアのパビリオンで一日二回、一時間程度のコンサートをやった(らしい)が、愛知万博の公式サイトをはじめどこを探しても、「サハの日々」に関する詳細はみつからなかった。偶然その時間にロシア館のサハコーナーに居合わせたもののみがコンサートを見ることができたわけだ。もう少し宣伝してもよいのではないだろうか?(以下次号)
    写真:三界をめぐる戦いに馳せ参じる英雄と女性シャマン 撮影:Neustroeva Natalia


CD・アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』発売中 

2003年のあの感動がよみがえります 只今好評発売中
中国、モンゴル、カザフスタン、ウズベキスタン、ウイグル、シベリアなどの音楽を楽しむとともに、ユーラシアに日本音楽の基層を探る壮大な実験

    タラー:中国・琴 バドマ:カルムイキア(ロシアの自治共和国)・ドンブラ ライ・ハスロー:モンゴル・馬頭琴 イスマトフ・バホデイル:ウズベキスタン・ギジャック アブドウセミ・アグドウラフマン:ウイグル・カシュガルラワップ アルキン・マンスール:ウイグル・タンブル オットホンバイラ:モンゴル・民謡 ゲルマン・ハトラーエフ:ロシア サハ共和国・シベリアンエコー
    ユーラシアの民族音楽アーチストの貴重な演奏をCDで再現 日本音楽の基層を探る旅がはじまります
    アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』
    ALCD・200405(2枚組み)税込価格2,000円 
    企画・製作協力:特定非営利法人ユーラシアンクラブ
    製造・発売元:ALM RECORDS/コジマ録音 〒166-0004杉並区阿佐谷南3-6-13
    お問合せ、お申込:TEL03-5397-7311 FAX03-5397-8223 E-mail:alm@kojimarokuon.com


編集後記:彩の国さいたま芸術劇場に雨の中お越しいただきありがとうございました。お陰さまで内容の上でも、集客の面でも成功しました。厚くお礼申し上げます。/中央アジア・キリギス共和国の政治情勢が心配です。事態が平和的、民主的に解決されるよう望みます。詳しい情報が入り次第お伝えしたいと思います。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
会費はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスで頂ければ幸いです

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【バックナンバー】ニュースレター第67号2005年3月1日 サハ共和国の創作劇「キース・デビリエ-太古の響き」公演

ユーラシアンクラブニュースレター第67号2005年3月1日

3月23日 彩の国さいたま芸術劇場 大勢の方の観賞を


~サハ共和国の創作劇「キース・デビリエ-太古の響き」公演 ~大野 遼

    3月23日(火)午後6時から、彩の国さいたま芸術劇場大ホールで、サハ共和国国立ドラマ劇場の創作劇「キース・デビリエ-太古の響き」が公演される。技術的な問題がたくさんあったが、舞台の制約について共通の認識を共有することで解決のため努力中である。サハ側が、舞台の制約を念頭に今後どのような提案をするかを待つと同時に、最終的な進行表を取りまとめ、至急当日の解説パンフレットや字幕を完成したいと考えている。私は21日から28日まで、シベリア・ヤクーツクの劇場を訪ね、脚本家、演出家との打ち合わせを行う予定である。舞台監督や照明技術のスタッフも同行し、本番に備えるための会議を行うことになっている。

      今回依頼された創作劇の下敷きは、ヤクートの英雄叙事詩「オロンホ」の一つ「キース・デビリエ・ブハティール」。善神の最高神ウルング・アイー・トヨンによって天界から追放され中界(地上)に派遣されたキース・デビリエが、下界からやってきた邪心の怪物サラハナ・キューンニュクがそそのかし、悪事を行うようになった子どもたちを治めるために戦い、太陽神一族の仲介で平和が訪れるというストーリー。

      オロンホフトという語り手が口承で伝えたものを記録したものだが、三界を駆け抜けて英雄が活躍したり、太陽神や英雄の追放というモチーフなど、記紀の稗田阿礼と太安万侶、アマテラスやスサノオを髣髴させる興味深い内容となっている。シビリが太陽神一族の息子たちの住む中界(地上)であったなど、シベリアの起源物語の一つとしても面白い。  ヤクーツクにいるのは3日間しかなく、打ち合わせをみっちり行いたいと考えているが、ニコライ・バラムイギンさんら旧知の友人たちとも再会できるので楽しみにしている。

      まもなくチラシも完成する見込みである。多くの方々に鑑賞していただきたいと希望している。火曜日の6時からという時間帯で最悪の集客条件であるが、興味と時間のある方があればぜひお勧めして戴きたいと思っている。 どうぞよろしくお願いします。


アジア・シルクロード音楽フェスティバルを東京で

10月11日 日本橋公会堂公演に向け 毎月練習日 大野 遼

    東京でアジア・シルクロード音楽フェスティバルを開催しようという、演奏者からの呼びかけを受け、1月29,30日の二日間、主催ホールの担当者、作曲家の三木稔先生、尺八の坂田誠山さん及び馬頭琴奏者ライハスローさん、タンブルのアブライテイ・マイマイティニヤズさん、カシュガルラワップのアブドセミさん、ドンブラのアイテイムラティ・トルハリさん、ホーミーの梅木秀徳さんらと意見を交換した。

      フェスティバルは、アジアの優れた演奏家で構成された「アジア・アンサンブル」とアジアの諸民族のソリストのグループ「大地の響き」で構成され、アジアの音楽の表現力の高さ、多彩さ、などを目指してこの数年コンサートを続けている。演奏の評価は高く、多くの聴衆が、感動の声を上げ、継続を求めている。しかし、集客に苦労していることが続いている。特に主催地の担当者にとっては、事業を継続する障害になっている。出演者や企画制作者側は、こうした実情を理解した上で話し合いを続け、地域の聴衆を拡大し、演奏の幅を協力して広げていくことになった。

      二日目の話し合いは「大地の響き」の今後の活動について演奏者の積極的な意見が示され①月に一回の練習日を設けること②演奏の場を広げるため積極的に働きかけていくこと③10月11日(火)中央区日本橋公会堂で「アジアシルクロード音楽フェスティバル-大地の響き公演」を成功させるためさまざまな工夫をしていくことなどで合意した。(アジアアンサンブルは11月11日、狛江市文化会館でコンサートを予定している)

    この話し合いの結果を受けて私は、4月以降、アジア・シルクロード音楽フェスティバルを日本全国に普及する仕事を開始します。また、月一回の練習日を通して、さらにステージアップした奥行きやふくらみのある、オンリーワンのアジアの音楽づくりを目指そうと思っています。10月11日の大地の響き公演については東京都中央区や中央区教育委員会、中央区文化・国際交流振興協会などとの共催、後援をお願いし、中央区の子どもたちや区民の間で、普及のための活動ができるように話し合いを続けるつもりです。

      アジア・シルクロード音楽フェスティバルは、日本の音楽がアジアシルクロードの一部であり、多様で水準の高いものであることを知ってもらい、アーティストへの支持とアジア諸民族への理解を拡充することを目的にしている。

      日本ではこれまで、アジアシルクロードの終着駅は奈良や京都だと議論されてきたが、江戸開府に伴い、全ての社寺文化や能狂言、雅楽、歌舞伎など全ての芸能が近世邦楽などの形で江戸東京に継承されている。したがって、アジアシルクロード地域の文化は、日本の文化もその一部だということにとどまらず、江戸東京がアジアシルクロードの終着駅だというといった特色があります。アジアシルクロードの延長回廊というべき東海道の終着駅である「お江戸日本橋」の日本橋公会堂での「アジアシルクロード音楽フェスティバル」は格別の意義があると思っております。

    フェスティバルの開催と継続のためにできることは出演者とともに何でもやろうという決意で、アーチストと一緒の路上ライブも計画しています。スポンサーシップも今後働きかけたいと思います。支援していただける方がおられればお知らせください。出演者と一緒にお願いにうかがいます。どうぞよろしくお願いします。


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第九回

別海町訪問報告(1)バイオガスプラント=資源循環への挑戦 若林一平

    北海道別海町。根室海峡を挟んで国後(クナシリ)島を望む北海道最東端の町で、国土交通省と北海道開発土木研究所が水素エネルギー社会に向けた世界最先端の実験を進めている。2005年1月31日から三日の日程で、筆者を含むクラブメンバー四人は別海町を訪問、バイオガスプラントと水素プラントの視 察、そして実験に参加する農家訪問を実施した。今回から三回にわたって報告したい。

    1日目(31日)は移動日である。根室中標津(なかしべつ)空港へは東京羽田から1日1便。本州を通過して太平洋上へ,やがて北海道釧路が見えてくる とそこは根釧台地。ユーラシアを思わせる広大な原野は一面雪でおおわれている。1時間40分で空港着。幸いに天候は快晴。地平線の見える直線道路を快走 してバスで40分で別海に到着する。

    2日目(2月1日)。いよいよ施設見学と農家訪問。まずは午前のバイオガスプラントの見学から始まる。9時半に「資源循環施設」に到着。最低気温がマ イナス十度を下回る現地では至る所がアイスバーンになっており歩行には細心の注意が必要である。

      施設内で乳牛からの糞尿をメタン発酵させ,バイオガス(メタンガス他)を取り出して「電気と熱水」に変換しエネルギー源とする。一方メタン発酵後の処 理液は「消化液」と呼ばれ悪臭の少ない良質な液体肥料として農家に還元される。

      施設の中心にあるのが「受入・エネルギー利用施設」である。ここで参加農家10戸の乳牛千頭からの糞尿を受け入れる。見学中に「資源」を搬入するバ キュームカーが我々の眼前に現れた。「受入・エネルギー利用施設」の周辺に、メタン発酵、消化液貯留、などのためのタンク群が展開する。

      説明を担当した主任研究員によれば、乳牛1頭1日あたり60キログラムの糞尿が「生産」される。100頭では1日6トン。大変な量である。糞尿6トン から得られるバイオガスは160立方メートル。ガスタービンを回して発電される電気は一般家庭20戸分の電力需要に相当するというのだから驚きである。 同時に回収される熱水は一般家庭45戸分の風呂給湯をまかなえるという。稼働しているのは「コンバインド・ヒート・パワーシステム」である。まさにコ ジェネレーション・システムである。バイオガス回収システムは最小規模で乳牛200頭で実用化システムとして成り立つという。

      別海町では11万頭を超える乳牛が飼養されている。発生する糞尿は既に自然処理の限界を超えている。資源循環の取り組みは環境対策への取り組みでもあ る。家畜糞尿が環境汚染問題にまでなっているのである(後の回で詳述)。

      次回はバイオガスから水素を直接回収する画期的システムを紹介する。
    【写真説明】バイオガス回収後「無害化」された消化液貯留タンク(左と右)、中央は「受入・エネルギー利用施設」(2005年2月1日、筆者撮影)


 別海町・バイオガスプラント見学 ムンクデルゲル

    クラブの新年会の翌々日に大野さん、若林先生、福井さんに僕を加え、四人チームで北海道別海町にある北海道開発土木研究所を見学した。二泊三日の旅だったが、エネルギー研究の実態に触れることができ、今までの出版物から得た情報・知識を、もっと具体的にイメージすることができた。

    新しいエネルギーと言えば、クラブの若林先生が二年前から紹介してきた課題で、今は「大地の学校」講座の主な内容となっている。それはエネルギー(石油・石炭)危機、地球環境の破壊に陥る今の世の中にあって、新しいエネルギー源を探求することであり、新しいエネルギー源を把握できることは、次世代の世界経済を左右できることである。そして人類が住んでいるこの惑星と仲良く、末永く暮らせるかに関わる問題である。このような新しいエネルギーの研究は、アメリカなどでは着々と進んでいると伝えられている。

      今回の見学先の北海道別海町は、30度を越える日が一週間位しかない寒冷地域で、農業に不適切である。空港に着陸し、初めて寒い空気を吸い込んだ瞬間、ジュンガル盆地のある町に着いたような錯覚を覚えた。延々と続く大地の風景が、中国大陸の奥地のようで故郷を思い出させる。

      見学対象・「積雪寒冷地における環境・資源循環プロジェクト」は、家畜糞尿からメタンガス、そして電気を作り出す実験施設である。同時に、この施設ができたことにより、長年悩まされてきた家畜の糞尿の処理問題が解決できたのである。

    モンゴルなど中央アジアの遊牧民族にとって、牛糞は昔から重要な燃料であり、暖房から炊飲まで欠かせないものである。牛糞から電気を作ることは、モンゴルなど中央アジア地域では可能で、キルギス共和国で既に類似した実験が進んでいるようである。ここで問題なのは、同じ地域で一日に集められる牛糞が、一定の量に満たないとできないという原料不足の問題が生じることである。

    定住化が進む今、定住場所と飼養している牛の種類(別海町はホルスタインとジャージー種)とも関わることである。ホルスタインとジャージー種の牛はたくさん食べて、ミルクをたくさん出すので、その割に糞尿もたくさん排出する品種であるが、この種の牛が大陸の高原気候に適合するかどうかは疑問である。モンゴル国と中国の遊牧地域に飼養して、失敗したこともあるようだ。

    今まで小型風力発電機と小型太陽光発電機は安くて小型のため、遊牧民に人気が高い商品である。遊牧という生活スタイルを変えない限り、運びやすい、小型のものが必要であるだろう。

    別海町のこの実験施設は、ただ発電に止まらず、燃料電池の原料である水素に変え、運搬することまで実験している。この実験が北海道の酪農の生活に直接関連することで将来性は充分ある。この研究の延長線上で、大陸奥地に生活する人々に、便利さを与える成果をあげることを期待したい。


ベトナム訪問記(1) 浦城いくよ(井上靖記念文化財団)

    このたび「ベトナム訪問記]を書くにあたって、私がなぜベトナムを訪問することになったかをまず簡単に述べさせて頂き、次に私の見たままのベトナムを書いてみたいと思う。

    父井上靖の死後十年余りをかけて編集された井上靖全集39巻が平成7年から12年にかけて新潮社から刊行された。父は生前、日本はこれから世界の多くの国々と付き合いながら、お互いを理解しあって行かなければいけない。諸外国の人々に日本を理解してもらうためには小説家としては、少しでも日本の文学を読んでもらいたいと考え、文学を通して日本を理解して貰うことに力を注いできた。私共は父の願いを少しでも果たそうと、この全集を世界各国の日本語及び日本研究に実績のある27カ国の55機関の大学や研究所、図書館などに国際交流基金を通して贈呈をしてきた。 

    このたびは父が晩年政府の委員会で、一緒に仕事をした事のあるベトナム駐在大使のお世話でベトナム国家図書館に全集を寄贈することになり、本年1月21日から28日まで私にとっては初めてのベトナム訪問となった。それぞれが文化交流の仕事をされる、あわせて8名の方とご一緒した。

    ベトナムは南シナ海に面した非常に細長い形をした国だが、私の行ったのは北に位置するハノイ。ベトナム社会主義共和国の首都で千年を超える歴史を持つ古都である。孔子廟や古いお寺もある一方、フランス植民地時代に建てられた洒落た洋館もペンキを塗り替えて今も多く使われている。

    驚いたのは新開地に建てられている住宅で、間口が2間半足らずしかない。個人が住宅用に購入できる土地の面積と道路に面した長さが決められているからで、高さは制限がないので4階でも5階でも建てられる。個人商店の場合も同じで細いビルがたち並んでいる。もっと経済が発展する将来はどうなるのだろうか。

    この国に入って最初に目に入ってくるのは昼夜を問わないバイクのラッシュである。1台に2人も3人も乗せ、一家で赤ん坊まで乗せて移動しているのも目に付く。信号機のある交差点も余り信号を守られていないのでなかなか渡ることが出来ない。

    とにもかくにもこれから伸びようとする活気の溢れた勢いのある国だ。何処まで行っても店、店、店で朝は7時から夜10時過ぎまで開いている店も多い。街で売っている物も良く見ればなかなかオシャレであれもこれもと、欲しくなる。 お料理の美味しいのはいうまでもない。最近はかなり減ったそうであるが、アオザイを着た女性の美しさには私でも見とれてしまう。不思議なことにこの国では肥った人を殆ど見かけない。何故だろう。

    私たちは大使館のお世話でベトナムに滞在したのだが、ベトナムにある日本の大使館は庭も建物も大きくて立派だった。

    私の目的であった国家図書館での贈呈セレモニーや見学、そして保育園や小学校への訪問、ハロン湾での水上生活者の小学校の先生方との交流などを次回に書かせて頂きます。


CD・アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』が3月8日発売

    2003年のあの感動がよみがえります 3月8日発売 只今予約受付中


    中国、モンゴル、カザフ、ウズベキスタン、ウイグル、シベリアなどの音楽を楽しむとともに、ユーラシアに日本音楽の基層を探る壮大な実験

    タラー:中国・琴 バドマ:カルムイキア(ロシアの自治共和国)・ドンブラ ライ・ハスロー:モンゴル・馬頭琴 イスマトフ・バホデイル:ウズベキスタン・ギジャック アブドウセミ・アグドウラフマン:ウイグル・カシュガルラワップ アルキン・マンスール:ウイグル・タンブル オットホンバイラ:モンゴル・民謡 ゲルマン・ハトラーエフ:ロシア サハ共和国・シベリアンエコー


    ユーラシアの民族音楽アーチストの貴重な演奏をCDで再現 日本音楽の基層を探る旅がはじまります


    アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』
    ALCD・200405(2枚組み)税込価格2,000円 
    企画・製作協力:特定非営利法人ユーラシアンクラブ
    製造・発売元:ALM RECORDS/コジマ録音 〒166-0004杉並区阿佐谷南3-6-13
    お問合せ、お申込:TEL03-5397-7311 FAX03-5397-8223 E-mail:alm@kojimarokuon.com


2005年ユーラシアンクラブ新春交歓会開かる 

    1月29日午後5時半から2005年ユーラシアンクラブ新春交歓会がオリンピック記念青少年総合センターで開かれました。名誉会長の加藤九祚先生をはじめ、70名を超える参会者が新旧友人と交換し、協力の輪を広げることができました。

    また、今年はアジア・シルクロード音楽フェステイバル2005東京公演を成功させるための懇談会と会場を同じにしたこと     もあり、大勢の演奏家や愛知県岡崎市、宮崎県門川町、福島  県田島町のホール主催者、企画担当者が参加し、例年よりも盛大で多彩な演奏も楽しめました。

    クラブ代表の大野遼さんから今年の重点課題を紹介、作曲家・三木稔先生のアジア・シルクロード音楽フェスを中心にしたご挨拶、事務局・若林さんの「大地の学校・エネルギー革命の時代に希望を」の報告のあと加藤先生の音頭で乾杯しました。

    参会者は、西はイラン、アゼルバイジャン、アフガニスタンから東の中国・ウイグル、内モンゴル、日本まで、まさにユーラシアの広い範囲の人たちで賑わいました。在日キリギス共和国大使館のケメロバさん、リスベクさんご夫妻もお子さん連れで参加され、交換のひと時を過ごしました。

    ご挨拶や自己紹介とともに、尺八の坂田誠山さん、馬頭琴のライ・ハスローさんをはじめアジア・シルクロード音楽フェスの出演演奏家の方々が多彩に演奏し、大いに楽しい時間を過ごすことができ、音楽を通してお互いを理解しあう交換の場となりました。 東京アイヌ協会の浦川治造さん、事務局の井口隆太郎さんから大量のビールやお酒の差し入れを頂きました。末筆ながら申し上げ、お礼のことばと致します。(編集部)


燕京通信2 「股割れズボン」と「ごろごろ」の文化摩擦(1)井出晃憲

    こちらに来た当初、気になったことがある。それは、妻の実家では子供のオシッコやウンチを家の床にさせていることだ。新聞紙などもひかずにそのまま。もちろん後でモップや雑巾で掃除するのだが、どうも非衛生的な気がしたのだ。日本と違って、中国では室内でも履物を履いて過ごすというような表面的な風習の違いではなく、もっと根本的な床についての観念が違うんじゃないか。

    そう思って辞書で調べてみた。すると、外の地面は「地」、建物の床も「地」、寝る台が「床」だった。寝る台はつまりベッドのこと。日本ではベッドは近代以降に入ったものだから外来語しかないのだろう。「寝台」という言葉はあるけれど、「寝台車」くらいにしか使わないし。それなら漢語にも「??」という語があって、その語はやはり「???」くらいにしか使われない。だから「寝台」と「??」はイコールと考えていいみたい。さて、「地」と「床」に話を戻すと、外の地面については「地」で同じだけれど、室内に関しては漢語と日本語で一段ずれていることがわかる。だから、建物の床は外の地面と同じものという観念なのだろう。

    さてここで、「股割れズボン」(「???」)の登場だ。なぜ床に排泄するかと言えば、中国の小さな子はたいてい股の部分が開いたズボンを穿いていて、脱がずにそのまま用を足せるからだ。ある意味これは大変便利なものだ。うちの子も、寒い季節は下にオムツをするけれど、夏場はお尻まる出しだ。これまでも、路上でそういう子を見かけたし、ちょうど用を足している場面にも何度か出くわした。特に女の子のときは目のやり場に困ったなあ。しかしながら、これまでの目撃は戸外だけで、家の中でどうしているかまでは知らなかった。我が家の例を含め身近な人達への聞き取りだけなので、もちろん一般化はできないけれど、外の地面は家の中にまで延長されて、「股割れズボン」の効用も屋内外両方で通じるもののようだ。(以下次号)


編集後記:イラン・ケルマン州で地震があり、大きな被害がでた模様です。一昨年の古都バムでの地震が記憶にありますが、日干し煉瓦の建物が被害を大きくしているようです。支援が急がれます。/3月23日彩の国さいたま芸術劇場に是非お運びください。シベリアの起源物語がどのように演じられるのか興味深いところです。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼 住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
会費はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスで頂ければ幸いです

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【バックナンバー】ニュースレター第66号2005年2月1日 ロシア・サハ共和国英雄叙事詩創作劇を3月公演

ユーラシアンクラブニュースレター第66号2005年2月1日

ロシア・サハ共和国英雄叙事詩創作劇を3月公演

~ 彩の国さいたま芸術劇場で、ハトラーエフ夫妻も参加 ~大野 遼 

    olonho_tirashi 3月23日午後7時から、彩の国さいたま芸術劇場大ホールで、日本とロシアの交流記念事業としてロシア連邦サハ共和国国立オインスキー記念サハ・ドラマ劇場特別公演「サハ民族大英雄叙事詩オロンホから 創作劇/キース・デビリエ-太古の響き」(ゴールデン・マスク賞受賞)が、愛知万博への出展の一環として行われる。

    新春早々に、舞台公演のプロデュースを委嘱され、会場の確保、稽古場の確保、舞台技術専門家や通訳・翻訳者の決定、製作上の基本的問題点の洗い直しと、精力的に行っている。もっともあと2ヶ月を切った短期間ながら、ロシア側・サハ側との舞台製作及び進行管理の打ち合わせはほとんど行われていないに等しい状況で、多々問題もある。しかし、日本でサハを紹介するために尽力していたバラムイギンさんやよく知る先輩の推薦や要望もあり、何とか成功させたいと思うようになった。

    ご存知のとおりオロンホは、サハ(ヤクート)民族の英雄叙事詩であり、三界(天界、中界、下界)を英雄(人間一族の支配者という意味では神々)が駆け巡り、太陽神一族の正義が、跋扈する下界の悪者を平定して、中界(地上)が平和になったというストーリーで、なんとも記紀の神話(アマテラスやスサノオなど)を髣髴させるモチーフが含まれている。平和な地上を「シビル」と把握するところなど、日本人にシベリアの理解に新視点を提供するかもしれない、などと考えた。舞台を通して日本人が、ロシアの奥深さ、多様性に対して新しい発見がもたらされることを期待している。

    この特別公演には、昨秋、アジアシルクロード音楽フェスティバルでヤクーツクから招聘したハトラーエフ夫妻も創作劇の音楽部分を担当する役割で参加しそうである。

    編集部注:愛知万博には、ロシア・サハ共和国から同共和国の永久凍土から発見されたユカギルマンモスが出展される予定。頭部の体毛や完全な耳などを残し、保存状態が極めて良いマンモスで、今から大きな注目を集めています。


2005年ユーラシアンクラブ新春交換会のご案内 

    新年明けましておめでとうございます。 
    今年も新年にあたり、下記の通り新春交換会を行いますのでご参加下さいますようご案内申し上げます。

      新春交換会ではクラブの今年の抱負や計画をお話し、語り合い、新旧友人と交歓し、協力の輪を広げる機会にしたいと思います。アジア・シルクロード音楽フェステイバルの出演者、ホール主催者、企画担当者なども大勢参加される予定です。会場での即興演奏も期待できますので、振るってのご参加をお待ち申し上げます。 

    なお、会費は日本人4,000円、留学生及び在日ユーラシア人500円です。当日申し受けます。ご出席の際は、事前にメール等でご連絡賜りますようお願い致します。
    特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 


    日時:1月29日(土)午後5時半~7時半頃 
    会場: 国立オリンピック記念青少年総合センター 国際交流棟レセプションホール
    渋谷区代々木神園町3-1 TEL03-3467-7201小田急線 各駅停車参宮橋駅 下車徒歩約7分 地下鉄千代田線代々木公園駅下車(代々木公園方面出口)徒歩約10分


新年を迎え、
シズカ楊静さんがスイス・ルツェルンから新春メッセージ 

    (前略)
    いま私はスイスのルツェルンで、 Wolfgang Sieber氏 -彼は有名なオルガン奏者です-と共に、2月のコンサートに向けて準備しています。曲目はバッハ作品と、アジアの作品を予定しており、とても感興をもようおされるものです。

    また同時に、室内楽のソリスト、Lucerne氏とともに、琵琶協奏曲にも取り組んでいます。こちらは3月1日にホノルルから戻った後、20日にコンサートの予定です。

    その間、チューリッヒでPierre Favre氏とのコンサートもあります。このような良い仕事を、私の新しい活動拠点であるスイスで続けることができて、とても幸せです。そして、私たちの演奏する「アジア・シルクロード音楽フェスティバル」を日本で毎年開いていただき、大野さんに心から感謝しています。これは、実にすばらしいことですね!
    また今度、皆さんと再会できるのを楽しみにしています。 シズカ楊静(英文和訳:YM)

    編集部注:シズカ楊静さんは、天才的な中国琵琶の奏者で作曲家、スイス在住。アジア・シルクロード音楽フェステイバルに毎回出演しています。


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第八回

水素経済に向けて動き出したアジアー第1回国際燃料電池展から 若林一平

    第1回国際燃料電池展(FC EXPO 2005)が、世界から230の出展企業・団体を集めて、1月19日から21日まで東京ビックサイトで開催された。まずは水素経済に向けて動き出したア ジアの動きを日本、韓国、中国の政策担当者の基調講演に探ってみよう。

    日本の経済産業省資源エネルギー庁燃料電池推進室長の安藤晴彦が「燃料電池・水素社会への日本の挑戦~国家戦略とビジネスチャンス~」と題して講演した。安藤は、化石燃料中心の「炭素のサイクル」から環境制約のない「水素のサイクル」へとエネルギー構造の大転換が始まっているとして注目すべき発言を行った。欧米諸国が依然として原子力発電に高い優先順位をおいているのに対して、「原子力を考える前に水素を考えるべし」と発言したのである。化石燃料の社会的コストとして、原発事故や核廃棄物の問題があるとした。これまで原子力発電を推進してきた政策担当者自身の発言として,それがたとえリップサー ビスであるにせよ、時代の転換を示唆する画期的なものと言えよう。安藤はまた、化石燃料を食い尽くす近代農業のありかたについても批判して,「水素サイ クル」への転換を支持した。

      韓国商業工業技術省科学技術研究所のセオン・アーン・ホン所長は、「韓国における水素と燃料電池への取り組み」という演題で、韓国も水素経済をめざすという趣旨の講演を行った。2012年に向けて燃料電池自動車が1万台、定置型燃料電池は4000台という数値目標が示された。日本のトヨタを追走する現代自動車の役割への強い期待が表明された。

      中国科学院大連化学物理研究所新エネルギー源研究室の明平文室長は、「中国の燃料電池政策と最新開発動向」と題する講演の中で、電力不足問題の深刻さ については、75%を石炭に依存する中国の現状は効率・廃棄物・分配のいずれにおいても問題をはらんでいると指摘した。燃料電池車の数値目標は2010年時点において千台という控えめな数字が発表された。一方、外国企業の技術開発や市場開発への参画を期待していることを強調した。これは現在の中国政府の「改革開放」路線を水素経済の分野においても再確認するものである。既に参画しているサムスン、ダイムラー・クライスラー、BP、GM、VW、など韓 国や欧米の企業名を列挙して、日本企業の出遅れを示唆したのである。

      以上はすべて国家政策段階における技術開発の議論である。エネルギー分散化による社会構造変化に関連した問題についての議論は見られなかった。しかし、展示会場内で行われた研究成果発表フォーラムにおいて、地域自立型の循環社会をめざす興味深い研究の紹介が行われていた。これについては次回に報告したい。


燕京通信1 自己の思考の相対化に向けて(2)井出晃憲

    また、日の丸・君が代から国旗・国歌の必要性に話が及んだとき、私はこう発言した。 「そもそも、旗や歌のようなシンボルでまとめなければまとまらない集団など、まとめる必要はない。私はたまたま「日本人」として生まれただけで、顔も名前も知らない「日本人」とただ「日本人」という一つの共通点だけでは連帯感を感じない。私は自己の主体性で選び取った集団だけに連帯感を感じる。その際、国籍も民族も関係ない。」

    それを聞いて、「なるほど、そういう意見もあるんですか。」と一学生が驚いた風に答えたのみで、ほかの学生達はきょとんとしていた。これはもちろん、中国での国旗・国旗を含めた愛国心のあり方を踏まえた上での発言だった。こちらでは、リベラルな感じのする人達の間でも本当にナショナリズムが顕著だし、その表現もストレートだ。敗戦時、すでにその"処女性を失った"と言われもする戦後日本のナショナリズムの屈折したあり方と対比して考えると興味深い。

    さらに、こちらの日本研究では武士道精神への興味が高く、身近な学生達のうち何人かもそれをテーマにするそうだが、私にはあまりなじみがない。例えば『葉隠』について質問を受けたりするのだが、私は読んだことすらない。振り返ってみると、学校教育でも武士道について詳しく習ったことはなかった。むしろ高校の日本史の授業では、先生が江戸時代の思想として安藤昌益の『自然真営道』について熱心に語っていたことなどを思い出す。私の場合、武士道と聞くと、その内容や受容者層を異にするだろうが、明治以降の軍国主義との連関をつい考えてしまう。彼らに批判的に検討するのかと聞いてみると、そうではなく日本人の心性一般を客観的に理解するためだと言う。果たして日本人の心性なるものはどこにあるのだろう。

      最近、『<民主>と<愛国>』(小熊英二)という戦後思想の変遷を詳述した本を興味深く読んだ。現代の日本では既定とされる概念や枠組みが、いかに形成されてきたのかが記されている。私の場合、豊かさや平和や自由や民主主義がすでに前提となった時代に生まれた。そして戦後教育というものを受け、90年代の国民国家問い直しの議論などを見聞しつつ、自己の思考を形成してきたわけだ。そうした自分を育んだ諸々の環境を顧みるきっかけが、こちらの異なった社会に身を置くことで与えられた。書物を読んで過去を辿ることなく、"いま・ここ"の視点から自己の思考を相対化してみることができる。そうした意味で、たいへん勉強になっていると感じる。(次号に続く)


バー・ボルドーさん
「クビライ・カーン」役でNHKジュニアスペシャルに出演

    前モンゴル民族文化基金理事長、和光大学非常勤講師のバー・ボルドーさんが1月30日からスタートするNHKジュニアスペシャル「文明の道」(5回シリーズ、毎週日曜日午後6:00~6:45放送)の最終回「モンゴル帝国・平和の秘密を探れ!」にクビライ・カーン役で出演しています。 

    5回とも「平和」「共存」をメインテーマにしており、優れて世界史の勉強になると思います。子供向け番組ですが、大人も十分楽しめます。ご家族揃ってご覧下さい。

    NHKジュニアスペシャル(NHK教育テレビ)「文明への道」の構成は以下の通り。
    1/30第一集「アレクサンドロス大王~『英雄』になりたかった男~」 2/06第二集「シルクロード大冒険~ローマ帝国とソグド人の謎~」 2/13第三集「シンドバットの都・バグダッド~繁栄の秘密を探れ~」 2/20第四集「エルサレム 奇跡の平和」 2/27第五集「モンゴル帝国・平和の秘密を探れ!」


2005年明けましておめでとうございます。
~各地から新春メッセージ~

    在日本キリギス共和国大使館
    リスベク・モルドガジエフ デイナラ・ケメロバさんご夫妻

    あけまして、おめどとうございます。
    旧年中はお世話になり、ありがとうございました。
    本年もどうぞよろしくお願い致します。
    皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

    中国新疆ウイグル自治区ウルムチ市 ウイルダン&ミライさんご夫妻
    明けましておめでとうございます。
    在日中はいろいろお世話になり、その想いでの日々一生忘れられません。ありがとうございます。

      あっという間、日本から離れて、もう二年になりました。私たちもお陰さまで元気に楽しく毎日を過ごしています。日本で生まれたウイニラちゃんももうすぐ三歳になります。機会がありましたら、ぜひ新疆にいらっしゃってください。


「通詞(つうじ)ない通詞」一日北京秋日(3)井口隆太郎

    さて、井出家は市内外環空港方向にある街の社会科学院専用アパート群の、外人教師用アパート三階2LDKの間取の部屋にありまして、奥さんのソヤラさんが最近就職活動を始めたので、内蒙古フヘヘト市の実家からお母さんが子供の面倒を見るため来てるので大人三人子供一人の計四人で生活してますが流石に窮屈そうでした。

    折角、お義母さん、ソヤラさんが作ってくれたご馳走もほとんど手を付ける事なく挨拶をして写真を撮って井手家を後にしました。井手家訪問の時間を大幅に短縮した結果、次の探索地である京劇鑑賞地に移動するには、予約してある時間には余裕があり、約一時間をバスと地下鉄を乗り継いで行きました。目的地は天安門広場横にある人民大会堂の更に大きな道を隔てた西隣にありました。ビルの二階の劇場と言うよりレストランシアターと言うべきか、各テーブル毎に干菓子とお茶を出してくれて、リラックスしながら観劇できます。しかし、京劇だけでなく物真似、曲芸、漫才ありで新宿の末広亭を彷彿させてくれました。

    約一時間で終演となり、空腹を満たすために北京末広亭の裏道に入ったところ、そこは旅館、床屋、食堂が乱立する下町でした。何軒かの食堂を冷やかして小奇麗と思われる清真料理店に入りビールと火酒と羊の串焼き、羊と大根の塩味鍋を注文しましたが流石それで腹いっぱいとなり、予定していたソバ・御飯ものをキャンセルして退散しました。羊と大根の鍋は、羊のぶつ切りと大根の大振りの角切りを塩味の白湯で煮てあるだけのものですが、美味しくて二人で汁を残すことなく食べてしまいました。

    其の後腹ごなしに街の探検をしましたが、裏道に入ると薄暗く煉瓦作りの清朝からの建物かと思うような古い家が林立し、中には四合院もあって、酔っ払い二人としては電柱か塀におしっこを引っ掛けたくなる雰囲気でしたが、あくまでも外国人ですので裏道の公衆便所に入ると、噂の便所がありました。小便用はともかく、奥に穴が五つ程度だけ開いているのが大便用で、一番奥の穴に野球帽を被り、穴を跨いで尻を捲ってしゃがんでくわえ煙草で瞑想してる小太りの中年男性がいました。

    実は、翌朝もこの街に隣接する瑠璃廠と言う街に、蟋蟀(こおろぎ)の決闘を見に行ったのですが、時期はずれで見る事ができず、芸術的な蟋蟀(こおろぎ)の虫篭だけ買ってかえりましたが、朝食も前夜の清真料理店で済まし、再度何軒?かの公衆便所の偵察を敢行してみました。朝だけに大の総ての穴に男が跨いでいましたが、五人も六人もしゃがんでる姿は壮絶でした。

    女便所を探検すると痴漢と間違われるので敢行しませんでしたが、是非、次回北京に来る時は傍観者や偵察でなく出演者として自演する覚悟を決めました。北京オリンピックの再開発の波に飲み込まれず、あの公衆便所達よ、必ず生き残っていてくれとその街を後にして、当日の夕刻には成田の飛行場の味なき、匂いなき公衆便所で多少羊の匂いのする用をたして家路に就いた次第でした。
    井出さん、強烈な体験旅行をさせてくれて有難う御座いました。(完)


オットホンバイラ(モンゴル・オルテインドー歌手)
CD発売記念ライブ

    驚異の歌唱 オルテインドー歌手・オットホンバイラののびやかな歌声が 
    モンゴルの大草原へと誘う
    日時:2005年2月4日(金)開場:18:00 開演19:00
    会場:南青山MANDALA 
    チケット:3,700円(1ドリンク付)
    お問合せ:南青山MANDALA 03-5474-0411
    CD「草原の風」は2,500円(レンズレコードから発売)
    CDのお問合せは044-877-0850レンズレコードまで

炭焼きを始めて 南波悠二郎

    共同通信時代の友人・大野さんに誘われて昨年末、ユーラシアンクラブへ正式に入会しました。正式にというのは、クラブの発足以来これまでも色々な催しに参加しており、顔見知りも多くいるからです。取材現場にいた頃は、大野さんに頼まれ極東少数民族の紹介記事を地方紙へ配信。演奏会にも出掛け、北東アジアへの関心を持ち続けてきました。

    今回の入会は、昨年秋に退社して、千葉で里山保全活動を始めたことがきっかけです。かなり前から、森林の荒廃が著しいことが気懸かりでした。戦後、林野庁の拡大造林策によりスギ・ヒノキばかりを増やした果てに、安い輸入材に負けて山の手入れが行われなくなりました。里山の雑木林でも、薪や炭の材料として伐採されなくなり放置されたままです。荒れた山では豪雨による土壌流出が起こっています。十数年前から、山を整備するため森林ボランティアの活動が全国で広がってきていました。

    退職するに当たり、千葉市に山林を持つ高校時代の友人と話しました。彼は、市民に呼び掛けて雑木林と田畑を提供し、里山グリーンクラブを主宰しています。田んぼの米作りや野菜畑、そば打ちなどのほかに、雑木林の炭焼きも行っていました。千葉県が一昨年、里山保全条例を制定し、県内の森林活動団体をまとめる中で、彼がその代表に選ばれていました。山武スギで有名な千葉の森林や林業をよみがえらせるために、山仕事を手伝うことにしました。

    早速始めたのは、炭焼きの手ほどきを受けることでした。里山の雑木林を整備するには、伐採したコナラ、クヌギなどの薪炭材を活用することです。そのために、県森林研究センター主催の森林整備公開講座を受け、チェーンソーを購入し安全講習も受講しました。先輩会員の指導を受けて、昨年11月に孟宗竹をドラム缶窯で炭焼き。ドラム缶は本格的な窯と比べるとはるかに簡単なのに、一昼夜かけた焚きつけと温度管理は大変でした。

    翌朝、窯の温度が急上昇して、竹は燃え尽き灰になったかと思い、がっくりきました。1週間後に開けたところ、3分の2の竹炭が現れ、とても満足しました。2回目の炭焼きを行うために、年末から雑木林へ通ってコナラ材をチェーンソーで切り集め。1月半ばに実行しましたが、出来具合はまだ分かりません。今回は予想外に炭化時間が早まりました。いい炭を作るには、何度も失敗して体で覚えなければならないようです。

    こうした森林の管理・保全活動は、樹木が二酸化炭素を固定することで、地球の温暖化防止に役立ちます。ところが、日本は国土の7割の森林を抱えながら、海外から安い材木を買い続けています。そのため放置された山林が多く、国産の木材を再び活用しなければなりません。身近な木工家具や道具を作ったり、炭や木酢液の販路も広げたりして、森林の再生を考えています。

    炭焼きを始めて間もなく、ユーラシアンクラブで「大地の学校」計画を進めていることを知りました。極東少数民族の生活や仕事を支えるのに、大豆などの農作物の生産技術を伝える必要があります。その際、農業や生活のエネルギーとして燃料電池の実用化が極めて重要です。若林さんの勉強会に参加してみて、石油に替わる動力源として夢のエネルギーがあることを知りました。

    クラブでは、極東の森林を保全しながら少数民族の生活を向上させる方策を検討しています。電線やガス管の必要がない動力装置が出来ることで可能性が一気に広がります。そんな中で、炭焼きなど日本の農山村で行われてきた木材の活用法が役立つだろうと思われます。


アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』がCDに

    2月11日発売予定 只今予約受付中  
    2003年のあの感動がよみがえります
    ALCD・200405(2枚組み)税込価格2,000円 
    企画・製作協力:特定非営利法人ユーラシアンクラブ
    製造・発売元:ALM RECORDS/コジマ録音 〒166-0004杉並区阿佐谷南3-6-13
    お問合せ、お申込:TEL03-5397-7311 FAX03-5397-8223 E-mail:alm@kojimarokuon.com

編集後記:1月29日の新春交歓会が迫ってきました。今年は、同じ会場でアジア・シルクロード音楽フェスの出演者、主催者、企画者が一堂に会した懇談会が29,30日に行われ、第一日目の夜に新春交歓会が開かれます。出演者や各地の主催者と膝を交えての交歓もできますし、即興の演奏や裏芸も期待できそうです。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼 住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
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【バックナンバー】ニュースレター第65号2005年1月1日 新年明けましておめでとうございます 大野 遼

ユーラシアンクラブニュースレター第65号2005年1月1日


新年明けましておめでとうございます 大野 遼

    新年明けましておめでとうございます。
    昨年は、活動の基盤整備のつもりで事務局を中心とした活動を構築することを掲げて努力しました。その結果実現したこと、実現しなかったことがありました。

    実現したことは、日本語文化塾がスタートしたこと、自立型エネルギーをユーラシアの諸民族の間で導入するためのプロジェクト推進会議としての「ユーラシア大地の学校」が動き始めたこと、アジアシルクロード音楽フェスティバルを途絶えることなく実施できたこと、在日の留学生、交流団体との新たな関係が生まれたこと、私自身が農業センター設置のため準備に乗り出していることも付け加えたいと思います。

    実現しなかったことも多くありますが、力量に応じた活動の展開を心がけます。ユーラシアンクラブを設立した目的は、諸民族の理解親睦協力の促進のための協力の枠組みとして機能させることにありますが、日本人もユーラシアの現地も、人類はさまざま貧困に遭遇しており、私も多くの問題に遭遇し、原因を直視しながら対応に苦慮することがしばしばです。事務局を中心とするフェーストゥフェースの話し合いで解決したいと思います。

     昨年の活動を基礎に、動きつつあることをいくつか紹介します。

    1 アジアシルクロード音楽フェスティバルは、水準の高い、奥行きのある、多彩なミュージックキャラバン事業として、音楽を通した理解促進の事業として今年から来年にかけてさらに普及するための準備を進めています。私は今年、さらに精力的に地域に音楽を中心としたアジア理解の促進事業にまい進します。あるところではミュージックキャラバン、あるところではアウトリーチとフェスティバル、そのための拠点がいくつか出てくると思います。東京では、10月11日、中央区の日本橋劇場で出演者と理解ある聴衆と協力したアジアシルクロード音楽フェスティバルを実施するべく、泊り込みで合宿したいと思います。

    2 アジアシルクロード音楽フェスティバルについては、かねてアフガニスタンで開催したいと希望していました。現在そのための準備が進行中です。

    3 諸民族が、石油天然ガスの呪縛から解き放たれるかどうかが人類の命運の分かれ目だと考えていますが、新春早々北海道別海町を訪問し、循環型エネルギーの応用の一端を視察する計画です。また技術開発に取り組む企業も訪ねます。「大地の学校」では今後、自立型エネルギーのための調査に取り組みます。

    4 アムール・沿海州の少数民族との交流は、シカチアリャン村のキャンプが住民に管理を委託する方向でさらに話し合い、今後は農業センターや民族文化交流、民族文化や原生林に触れたい人々との交流拠点になるようにしたいと思います。

     このほかにもいくつかありますが、一番推進したいのは「ボイスオブユーラシア」事業であり、事務局を中心とした活動として情報発信事業の芽を今年こそ出したいと思います。無理はしませんが、この延長線でユーラシアンフォーラムを復活させたいというのが願いです。本年もどうぞよろしくお願いします。


-50度。輝く厳寒のサハ共和国から新年の挨拶を送ります ニコライ・バラムイギン

    Уважаемый господин Оно,
    尊敬する大野さん

    Уважаемые члены Евразийского Клуба!
    尊敬するユーラシアンクラブ会員の皆さん

    Приветствую Вас из далекой Республики Саха, где стоят 50-градусные морозы и очень короткий световой день.
    -50度。輝く厳寒のサハ共和国から挨拶を送ります。

    2004 год был для Республики Саха годом резкой активизации внешнеэкономических связей, годом обмена делегациями с деловыми кругами стран Азиатско-Тихоокеанского региона и стран Евразии.
    2004年のサハ共和国は対外経済関係で非常に活発な年となりました。アジア太平洋地域及びユーラシア諸国のビジネス代表団との交流があった年でした。

    Для нашей семьи 2004 год был знаменателен рождением сына Марата.
    私の家族については今年3月息子のマラタが誕生しました。 2005年にはサハ共和国から日露交流事業の一環として愛知万博に、マンモスを出展します。私たちはユーラシアンクラブとサハ共和国の間で、将来文化交流や経済事業の分野で関係が発展することを期待しています。
    私たちはユーラシアンクラブの会員一行が露日協会ヤクーツク支部を通しておいでいただければ幸いです。

    Поздравляем Вас с наступающим 2005 годом и желаем Вам счастья, удачи, исполнения желаний, здоровья, успехов в труде и личной жизни!
    新年のお祝いを申し上げるとともに皆様の御幸せ、成功、希望の成就、健康、公私にわたり順調にいくことをお祈りします。
    ヤクーツク市 ニコライ バラムイギン
    サハ共和国対外経済省副大臣 露日協会ヤクーツク支部代表
    (露文和訳:大野 遼)


エネルギー革命の時代に希望を~ 「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第七回

エコロジーに向かうビジネスと生活の流れ:"エコプロダクツ2004"に12万人集う  若林 一平

    環境配慮型の一般消費財、産業材の製品、サービスの展示会"エコプロダクツ2004"が東京ビッグサイトで開催された(2004.12.9~ 2004.12.11)。主催は(社)産業環境管理協会と日本経済新聞社。出展企業や団体の総数は500を超え、来場者数は三日間で12万人を超えた。 筆者は二日目の午後に会場を見学した。

    出展者は先端技術を競う世界的企業から草の根のエコロジー運動に取り組むNGO・NPOまで、実に多彩である。会場全体がまるで巨大な縁日のにぎわいと言っても言い過ぎではない。

    今回イベントの最大の目玉は、東京ガスから発表された「家庭用燃料電池コージェネレーションシステム」の商用機の市場投入の開始であろう。これは、東 京ガスが荏原バラードおよび松下電器と共同開発を行ってきた固体高分子型燃料電池(PEFC)を用いた家庭用燃料電池コージェネレーションシステムを世 界に先駆けて2005年2月8日より市場に投入するというものである。燃料電池の発電容量は1KW、貯湯槽の容量は200リットルである。

    コージェネレーションシステムとは、燃料電池から発生する電気と熱エネルギーを効率よく生活に還元し、同時に環境への負荷を低減しようとする画期的な 商品である。今回は2005年度末までに200台について、東京ガス供給地域内のメンテナンス体制の整った地域でサービスが開始される。東京ガスと一般 利用家庭との間で「FC(Fuel Cell、燃料電池)パートナーシップ契約」が締結される。これにより、システム利用に関する運転データや使用感などの意見を収集、その結果は本格普及 への研究開発に反映される。2008年以降には、年間で数千から数万台を目指す本格的な普及期を想定している。

    対象地域は、東京、神奈川、千葉、および埼玉南部であり、契約料は10年間で100万円。燃料電池に関わるガス料金は一般料金から3%の割引が適用さ れており、月額請求の上限は9,500円(税込み・使用量80立方メートル相当)と設定されている。  燃料電池の家庭への普及は予想を超える速度で進行している。一方、ノートパソコンや携帯電話への燃料電池の導入も、日本電気、富士通、など各社一斉に 取り組みを始め、各社の試作機の展示が目を引いた。パソコン、カメラ、携帯、などのモバイル機器の充電用のケーブルの煩わしさから解放される日も近そうである。

    草の根団体の展示から未来志向の注目に値する取り組みを紹介しておきたい。それは「太陽光発電所ネットワーク」というもので、その趣旨では「化石資源 に頼らない、自然のエネルギーから生まれた自家製の電気を活かす、楽しみ、ノウハウ、データ…、太陽光発電所長たちの声を束ね、世界へ発信します」と 謳っている。自立分散型のエネルギーのネットワークの先駆けである。驚いたことに太陽光発電設置率で日本は世界一なのである。太陽光パネルの生産世界一 (筆者が前回報告)に加えて、きわめて明るい知らせと言えよう。

    【写真説明】東京ガスが松下電器と共同開発した家庭用燃料電池コージェネレーションシステム(エコプロダクツ2004会場で筆者撮影)


燕京通信1 自己の思考の相対化に向けて(1)井出晃憲

    井出さんは、現在北京の「中国社会科学院」に勤務し、親子三人北京で暮らしています。勤務先では「研究生院外国専家」として大学院で「日本語」と「日本文化研究」を講義しています。このほど、北京での勤務と生活を通じてのレポートを寄せて頂くことにしました。ご期待ください。(編集部)

    北京に赴任したのは、ちょうどサッカーのアジア・カップの試合で反日暴動が起こった直後だった。講義を始める前にはある研究者の方から、「反日的学生がいるかもしれないので注意したほうがいい」とも言われた。そんなわけで、少々戦々恐々としながら初講義に臨んだのだった。しかしながら、日本研究を志す大学院生達と深く接していくうちに、一般の反日感情とは縁遠いと感じたことはもちろん、自分のこれまでの考えを問い直すきっかけを与えられもした。学生達との話からいくつかの例を挙げて、思うことを述べたい。

    例えば、以下のようなやりとりがあった。学生「日本は"普通の国"ではありません。」私「どういう点でですか。」学生「軍隊がないからです。」私「軍隊の有無が普通の国であるかどうかの基準ですか。」学生「そうです。」私「日本では憲法を遵守して、平和国家として世界に臨もうという主張もありますが…。」学生「そんなことでは甘いです。早く正規軍を持つべきで、そうしないと良好な中日関係も築けません。」

    そして、自民党の新たな憲法改正案で自衛軍の創設が謳われたことを私が話すと、彼は満足気な様子だった。彼にとっては、日本の正規軍の保有はアメリカの傘の下から離れることを意味するのだ。もちろん、多くの学生は日本が正規軍を持つことに反対するが、集団的自衛権を持たないことを根拠に"普通"ではないとする点では一致している。かつて日本の国連加入に際して、そのことが問題となったのは事実だが、私はこれまで日本が"異常な国"だと考えたことは一度もなかった。いつか日本が"普通"で他のほとんどの国が"異常"とされる日も来るのかな、と思ってみたりもする。(以下次号)


2005年の年明けにあたり、新年のお祝いを申し上げます 
シェルゾド・ザヒドフ

    2005年の年明けにあたり、このユーラシア情報紙をお読みくださる全ての方に、新年のお祝いを申し上げます。
    皆さま新年おめでとうございます。

    日本と、私の祖国ウズベキスタンは、それぞれアジアの両側に位置していますが、日本の人々と、私の祖国ウズベキスタンのみならず、広くユーラシア各地に暮らす人々とを繋ぎ、結びあうよう、このユーラシアの情報紙は編集されています。これは、このニュースレターのとても大きな役割です。

    日本とユーラシアの様々な地域の、それぞれに異なる文化を結ぶ架け橋をつくろうと、大野さんと共にユーラシアンクラブで活動している私の仲間が、日本にいます。彼らは、日本で学ぶ留学生が抱えるいろいろな悩み、難問を解決できるよう支援もしています。クラブの皆さんには、いつも心にかけていただき、その献身的なご親切に、心から感謝しています。

    新しい年が、皆さまにとってよい年でありますよう、心からご多幸を願っております。
    シェルゾド・ザヒドフ(ウズベキスタン)
    (英文和訳:YM)


「通詞(つうじ)ない通詞」一日北京秋日(2)井口隆太郎

    ちなみにそれ以降も物売り、押し売り、客引きは決して当方には声を掛けず、近づいて声を掛けるのは井出氏ばかりでした。彼はハツキリ不要(プゥヤ-)と言わないので強引な客引きは300メーター近くも付きまとって来た事もありました。

    さて、軍事博物館には過去中国が戦った戦争のコーナーがあり、当然日中戦争コーナーもあり、首切りや南京虐殺の写真を見なければならないかと覚悟しましたが、全くそのような写真はなく、淡々としたものでしたが、出口付近の恐らく軍事プロパガンダコーナーに「・・・・・殲滅、大和島」と敵前上陸の写真をバックに書いてあるのには驚きましたが、日本以外にも大和島ってあるのでしょうか。

    肝を冷やして博物館を出て地下鉄を乗り継ぎ、市内の北の駅で下車して、井出氏が調べた航空博物館方面行きのバスに乗ったところ、中国の松下電器といわれるハイヤール社の19インチ液晶テレビが二台綺麗な画面で大きな音で放送してたのと、妊婦が乗ったら下車するころには流産してしまうような乱暴な運転で、お陰様で眠る事もなく約45分で終点に着きました。

    しかし、そこはアパートが立ち並ぶ、市内で飛行機が三百機も置ける広大な場所ではなく、人に聞くと目的地とは全く違う場所であることが分かりました。結局タクシーで高速道路を乗り継ぎ、40分の彼方には霞んで万里の長城が見える田舎にたどり着きました。小高い山の山腹を刳り貫いた格納庫があるので、以前は空軍基地と思える場所で、憧れのミグ、ツポレフ、イリューシン、ヤコブレフの飛行機達を堪能して来ました。井出さんのお陰で苦労して来た価値がありました。ちなみに地下鉄は一人二元、バスは一元、タクシは高速道路代を入れて約百元でレートは一元十三円でした。

    通詞ない通詞のお陰で郊外の航空博物館に辿り着いたのは昼を過ぎてましたので、予定を二時間経過しており、帰途は市内の井手家まで、博物館前にただ一台客待ちしてたタクシを捉まえて八十元で値切り倒して、約一時間後に井手家近くに辿り着きました。

    そして、第三の探訪地の銭湯に入りました。銭湯というより我国のサウナでしょうか、韓国租界に立地するので垢すりをやってましたが、温くて少ないお湯ですがタイルの湯船で温まってきました。脱衣所でサンダルに履き替えるのですが、浴場入口でサンダルを脱いだら、中までサンダルを履いていけと脅かされました。入浴料も高いし所謂銭湯ではなさそうでした。井手通詞の説明では、こちらでは風呂はほとんど入らないとのこと。この話しがキッカケで翌日の朝迎えに来た井手通詞は、我がホテルの部屋で湯船に熱いお湯を溜めて一風呂浴びてきました。

    銭湯から井手家は歩いて十分強との事ですが、時間が無くて市内に沢山走ってる原動機付き輪タクに乗りました。後部座席には狭いですが二人乗れて、以外と乗り心地がよくて、風呂上りの火照った顔に隙間風が心地よく、料金も二人で五元?だったか百円弱で、安いのも乗り心地のよさでしょう。北京市内の足は地下鉄、バス、トロリーバス、タクシ、原動機付き輪タクがあり、どれも安くて安心して乗れますが、お互いに譲らない、隙あらば前方に入り込む北京交通マナーの前には地下鉄が一番安全のようです。(以下次号)


アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』がCDに

2月11日発売予定 只今予約受付中  2003年のあの感動がよみがえります

    ALCD・200405(2枚組み)税込価格2,000円 
    企画・製作協力:特定非営利法人ユーラシアンクラブ
    製造・発売元:ALM RECORDS/コジマ録音 〒166-0004杉並区阿佐谷南3-6-13
    お問合せ、お申込:TEL03-5397-7311 FAX03-5397-8223 E-mail:alm@kojimarokuon.com


アフガンに自立のための職業訓練学校を(3)
イーグル・アフガン復興協会代表・江藤セデカさんに聞く

    2005年3月には開校したい
    セデカさんは、当面250万円ほどあれば建物の建設費と当面の運営経費を確保できるといっています。彼女の希望は来年3月に職業訓練校を開校することです。

     女性には世界中に通用する刺繍の技術を身につけさせたい、電動ミシンで洋裁の技術やリフォームの技術も身につけさせ、クリーニングの仕方や洋服のラベルの読み方なども教えたい。男性には、何よりもコンピューターのソフトの技術とともに修理の技術を身につけさせたい、そしてテレビや自転車、灯油ストーブの修理の技術などなどがあります。数えあがればきりが無いほどです。

    セデカさんは言います。今の大統領選挙にはいくつもの問題があるのは承知しています。しかし、考えても頂きたい。実に23年間の内戦を超えて、初めて自分の意思で大統領を選ぶことできるんです。特に女性にとっては初めて、自らの意思で選ぶことのできる選挙なんです。1000万人を超える人たちが投票したんです。何日も道の無い、地雷の危険に危険におびえながらも。暖かく見守って欲しい。もう逆戻りさせたくない、という思いが伝わってきました。(以上、2004年10月)

    20倍から30倍の物価高に悲鳴
    最初の取材から約二ヶ月経ちました。セデカさんは12月3日から約2週間カプールへ行ってきました。おもな目的は、支援の品々を届けること、カルザイ大統領の就任式を取材するテレビクルーを案内すること、そしてなによりも職業訓練学校の候補地を見て、絞込み、具体的な準備を進めることでした。

    カプール市12地区に学校の有力な候補地を見つけ、そこを視察してきました。お金の準備さえ出来れば、直ぐにでも仮校舎をつくり、学校が開けます。しかし、この間カンパを募って貯めてきたお金では、塀を作ることもままなりません。猛烈な物価高が押し寄せているからです。

      2002年と比較してカプールのホテルは50倍から100倍、家賃は20~30倍と跳ね上がっています。物価高は今後も続き、開校日を先に伸ばせば物価高に追いつかず、結局職業訓練学校を開くことが出来ずに終ってしまうのではないか、という心配があります。

      仮校舎で、とにかく開校を
    運営するスタッフや職業教育に熱心なアフガン人は既に確保しています。問題は塀と日干し煉瓦ででも、とにかく校舎を作り、授業を始めることです。そのためには当面約100万円を集めることです。そして、3月21日に学校を開校したい、と言います。セデカさんの目には、かつてタリバン時代に学校にも行けず、貧しい暮らしを強いられている年若い母親たちが、仲間たちと笑いながら、ミシンを踏む姿が浮かんでいるようです。(写真撮影:江藤セデカ 文責:高橋)

    【編集部より】NPOイーグル・アフガン復興協会では会員募集とともに、職業訓練学校建設のために寄付金をお願いしています。また、零下20℃を超える厳寒のアフガニスタンの人たちに、毛布やセーターなどの支援も呼びかけています。寄付金の送り先は下記の通りです。

    口座名:特定非営利活動法人イーグル・アフガン復興協会
    口座番号:東京三菱銀行四谷支店 051-1117116
    郵便振替:00150-0-551990 口座名は上記の通り
    文具、衣料品などのご寄付は、アフガニスタン現地のNGO eagle rehabilitation organization(イーグル社会復帰協会)まで直接お送り下さい。詳しくはイーグル・アフガン復興協会のホームペイジをご覧下さい。
    特定非営利活動法人イーグル・アフガン復興協会
    〒162-0066新宿区市谷台町16-5 1F TEL03-5919-4525 FAX03-5366-6452


編集後記:カプールの物価高は猛烈で、このままではいつ職業訓練学校を開校できるか分からない、なんとしても3月21日には開校したい、そんな強い意思がひしひしと伝わってきました。先日カプールから帰ったばかりのセデカさんです。皆さんのお力で塀や日干し煉瓦のひとつひとつを積み上げて頂ければ幸です。(高橋)


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