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2005年7月30日 (土)

【バックナンバー】ニュースレター第68号2005年4月1日 別海町訪問報告 バイオガスから直接水素へ 「魔法のメカニズム」が稼働

ユーラシアンクラブニュースレター第68号2005年4月1日


~ サハ共和国の創作劇「キース・デビリエ-太古の響き」公演を終えて ~大野 遼

    サハ共和国主催「キース・デビリエー太古の響き」日本特別公演が無事終った。観客から高い評価を得て、ボリソフ文化大臣と国立劇場の役者、スタッフも満足して帰国した。

    クラブの会員でもあるバラムイギンさんから「里村さんとあって欲しい」と愛知万博への協力を要請されたのが昨年の12月。在日サハ共和国委員会代表である里村氏と会って協力を求められたのが同月23日。この時に、旧知の寺田さんからの要請でもあったことがわかった。この時点では、協力の内容は不明だったが、シベリアの先住民の音楽公演のプロデュースくらいに考えていた。

    年が明けて1月7日。サハ共和国委員会事務局の方々、寺田さんと面会し、サハ側の意向を確認しながら事業環境を整えることになった。しかしこの会議で寺田氏から戴いたビデオをその日の夜見て驚いた。内容は「シベリアン歌舞伎」とでもいうようなサハ独特の歌劇であり、舞台機構をフルに活用した立体的創作劇だった。が、私には関心のあるオロンホと呼ぶ英雄叙事詩の創作劇として興味がわいた。急遽、彩の国さいたま芸術劇場を一日のみ押さえた(結果として三日押さえ)。

     とはいえ、現地から送られてきた役者、スタッフ、及びグルンと呼ばれる別の芸能団体。40人から50人の集団が、この創作劇を行うのか、別の芸能団体の公演も一緒の舞台を考えているのか皆目分からない状態がずっと続いた。しかも、サハ側の舞台機構には、回り盆、上下左右に自在に動く吊り舞台や四分割されたセリなど、日本側で用意した舞台機構にはない機能が利用されていた。サハ側の希望と日本側の舞台機構上の制限、2時間40分の公演時間、仕込み時間の制限、等、いくつもの前提条件を確認できないと舞台づくりの話し合いに入れない状況だった。

    しかしサハ側の責任者が誰であるのか、誰と話し合えばよいのかが分からない状態が続いた。ビデオ通りの公演を考えていることが分かったのは1月24日。本公演の二ヶ月前であった。この段階から、仕込みリハの環境整備、技術スタッフの確保、が始まり、現地での打ち合わせが実現したのが一ヶ月前という慌しさであった。

    今回の公演がそれでも実現できたのは、何よりも作・演出のアンドレイ・ボリソフ氏が柔軟で、台本の変更に応じてくれたこと、若い有能はアシスタントディレクターが進行表作りに対応してくれたこと、特に日本側の舞台技術スタッフが有能で、通訳諸氏が舞台製作に通じていたこと、さらに台本翻訳・字幕制作をお願いした山下さんがオロンホの研究者であったことなど、多くの人材が揃ったことに起因する。

     チラシ、チケットの完成が10日前、ポスターの完成が2日前など通常の広報、集客の手続きを欠いたものの、日経、共同通信、NHK,朝日新聞が情報提供で協力いただき、関係者がそれぞれのルートで集客に動き、結局キャパの八割を超える入場者632人を集めることもできた。最終的には、ユーラシアンクラブが、楽屋周り、受付業務も依頼されることになり、事務局を中心に汗をかいていただくことになった。

    今回の公演は、サハ共和国委員会からの依頼に対して、どの関係諸氏が欠けても実現しなかった。特に技術監督の八木清市氏、舞台監督の岩崎健一郎氏、照明担当の松尾隆之氏及び八木氏を紹介していただいた大野晃氏、無理な舞台公演を受けていただいた彩の国さいたま芸術劇場の山海隆弘氏、丹野重幸氏、白神久吉氏、敏腕な舞台通訳橘川玉枝さんと橘川さんを紹介していただいた寺田達雄氏、オロンホの専門家として台本、字幕に関っていただいた山下宗久氏、仕事をさせていただいた里村昭夫・在日サハ共和国委員会事務局長、安藤健理事、伊佐山輝洋理事ほか多くの方々に深くお礼を申し上げ感謝します。私やユーラシアンクラブの呼びかけに応え、雨の中を会場においでいただいた皆様にもお礼申し上げます。今後ともぞうぞよろしくお願いいたします。


アジア・シルクロード音楽フェステイバル・"大地の響き"公演

2005年10月11日午後6時半より・東京中央区 日本橋劇場(客席400)

    アジアのエンターテイナーたちの競演。さまざまな民族の多様で水準の高い音楽を聴き、
    ユーラシアに、アジア・シルクロードに日本音楽の基層を探ります。
    皆さんのお力で成功を。皆さんのご協力をお願い致します。
    半蔵門線「水天宮前」日比谷線「人形町」駅 東西線「茅場町」駅 都営浅草線「人形町」駅などから徒歩3分~7分

    主催:ユーラシアンクラブ/アジアシルクロード音楽フェステイバル組織委員会
    連絡先:ファックス03-5371-5548 E-mail:paf02266@nifty.ne.jp


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第十回

別海町訪問報告(2)バイオガスから直接水素へ 「魔法のメカニズム」が稼働     若林一平

    2005年2月1日午後、いよいよ「水素プラント」の見学である。牛糞から得られたメタンガス(バイオガス)から直接水素を取り出して燃料電池に送 る。この施設の水素生成装置は「メタン直接改質法」を利用している。この方法は北海道大学触媒化学研究センターの市川勝教授の発明になるものである。広瀬隆氏がいみじくも「魔法のメカニズム」と名づけた発明である(『燃料電池が世界を変える』、NHK出版)。

     水素プラントを担当している研究官の案内で「エネルギー地域自立型実証研究実験棟」の中に入る。この実験棟の中が水素プラントである。実験棟はバイオガスプラントの中心施設である「受入・エネルギー利用施設」のすぐ北側に隣接している。

     別海の水素プラントの特徴は2つある。 第一は、バイオガス中のメタンガスから二酸化炭素を全く発生しないで水素とベンゼンを生成する直接改質法の採用である。ベンゼンは「芳香族化合物」に分類される炭化水素で、6個の炭素の骨格に水素がついた6角形の形をしている。

     メタン直接改質法では多孔質のゼオライトを利用した触媒が使われている。5.4オングストローム(1オングストローム=1億分の1センチ)という細孔 の制御が重要だという。広瀬氏によれば、市川教授の研究成果は地中で石油が誕生したメカニズムを示唆する興味深いものであり、このメカニズムの解明から 燃料電池の大幅コストダウンが期待されると評価する。

    第二は、発生した水素をベンゼンなどの芳香族化合物と化合させ「有機ハイドライド」として貯蔵する方法である。有機ハイドライドは通常のガソリンと同様の液体で、高圧水素ボンベ無しで水素を高密度で保存できる。運搬と流通もこれまでのタンクローリーやガソリンスタンドの利用が可能なのだ。有機ハイドライドを加熱すればもとの水素と芳香族化合物へと容易に戻る。  【水素】+【芳香族化合物】 ←→ 【有機ハイドライド】

     要するに有機ハイドライドは高密度な水素を貯蔵し運搬するメディアなのである。別海ではベンゼンに類似したトルエンという芳香族化合物に水素を添加してメチルシクロヘキサンという有機ハイドライドの形で外部のタンクに貯蔵している(写真参照)。

     水素は外部タンクの有機ハイドライドから再生して、荏原バラード製の固体高分子型の燃料電池に供給される。現在、発電容量は最大8.5キロワットである。実証実験は平成16年度から始まった。平成17年度には連続運転時間を現在の最大96時間からさら延長する計画になっている。

     市川教授は、液体有機ハイドライドを利用して様々な燃料電池を結合する水素供給システム、既存の電力線に対するもうひとつのエネルギーインフラ、「シクロヘキサン・デカリンハイウェー」を提唱している。別海の実験はまさにもうひとつのエネルギーハイウェーの始まりなのだ。

    【写真説明】有機ハイドライド貯蔵タンク(2005年2月1日、筆者撮影)


燕京通信2「股割れズボン」と「ごろごろ」の文化摩擦(2)井出晃憲

    ところで、僕はごろごろするのが大好きだ。床の上に寝転んで、テレビを視たり何か読んだりぼうっとしたりする。北京に来てからは、居間に小さな敷物を敷き、その上でごろごろしている。すると妻は、「そんなところでごろごろしないで、ベッド(漢語での「床」)に行きなさい」と言う。だけどベッドの上じゃ感じが出ないんだよな。自分にとってあそこは眠る場所で、ごろごろする場所じゃない。

    辞書で「ごろごろ」の漢語訳を探すと、「醒着?在床上」という例文しか出てこない。やっぱりごろごろはベッドの上でするものなのか。試しに人に聞いてみると、敷物の上であっても床(漢語での「地」)でごろごろする人はいなかった。「北の地方の田舎ではオンドル(「?」)の上で皆ごろごろします。」と言う人はいた。でも、あれも床とは段差があるし、ごろごろする際に暖房が不可欠というわけでもないし。まあ今のところは、自分の小さな敷物を「ごろごろ」の縄張りとして確保し、子供が「股割れズボン」の割れ目から出すモノとは棲み分けて、両者の衝突を回避している次第だ。

    最近では、中国的な床(漢語での「地」)の感覚にも慣れてきて、子供の排泄も気にならなくなった。オムツをしないほうが赤ちゃんのお尻の肌に良いとの説も聞くし。ともかく子供が元気に育ってくれるのが一番だ。モンゴルでは、子供が悪魔に目を付けられないように、わざとおかしな名前を付けることがある。例えば「バース(うんち)」とか。うちの子はウハン(モンゴル語で「賢さ」の意)という良い意味の名前なのだけれど、別の意味でも良かったと思う。それで、子供が床にやっちゃったときにはこんな風に歌っている。「♪ウー君のウーはうんちのウー♪」。
    写真:「股割れズボン」はちょっと卒業して、小皇帝ならぬ小紳士になってみた 撮影:筆者


~~ベトナム訪問記(2)~~浦城いくよ(井上靖記念文化財団)

    ベトナム滞在四日目の午前中、ベトナム国家図書館で[井上靖全集」の贈呈式が行われた。国家図書館は私たちが宿泊していたメリアホテルから歩いてもすぐ近くにあり、広い敷地に建てられていた。玄関ロビーには椅子が並べられ、正面の壁には日本とベトナムの旗が飾られ、全集がきちんと並べられていた。出席者は60人位であった。

    まず日本の服部大使が「ベトナムにおいて、目下日本語を学びたいと言う若者が急増しており、ベトナムの希望にどのように応えていくかが私の大使としての大きな仕事の一つです。国家図書館に対して、これを機に日本関係図書を引きつつき寄贈したいと思います。」と挨拶された。つづいて国家図書館館長は「本日は日本大使館の御協力の下で、ベトナム国家図書館は著名な作家である井上靖氏の29巻の全集を井上家から寄贈していただきますことを大変嬉しく思います。この全集はベトナムの読者に読まれると信じております。更に沢山の読者に読まれるために井上靖氏の作品がベトナム語に訳されることを希望いたします。」と述べられた。

    私も先号に記した挨拶をした。今は種をまいた段階であるが、これからはベトナムで日本語や日本文学の研究をしたり、しようと思っている人達に本を読んで貰い、さらに翻訳をして貰うことが大切である。そして将来井上靖研究家がベトナムの国にも育ってくれることがなによりも嬉しいことである。ベトナムに文学書が寄贈されたのは初めてのようだ。

    このベトナム旅行は前セネガル大使夫人だった古屋さんとご一緒したのだが、彼女は「手を洗う会」を主催している。外交官夫人として開発途上国に滞在され、乳幼児の死亡率が大変高いのは、衛生状態がとても悪いからだと知り、食事も手づかみで長老者から食べ、最後は子供が食べるという国もある。食事の前に手を洗う習慣をつけることでずいぶん違ってくるのではないかという考えのもとで始められたボランティア活動である。彼女にとってかつて駐在した親しい国々の幼稚園や小学校を訪ね、タオルや石鹸、手の洗い方を書いた紙芝居や説明書などをわたす。また、クレヨン、画用紙などを沢山持つていき、子供たちに絵を描いてもらい、よい作品には賞を出して各国に持つて廻るという国際交流も深めておられる。

    私も彼女について、ハノイ市内の私立の幼稚園や郊外の小学校へ出かけて見学した。また、世界遺産になっているハロン湾へ出かけた折、そこで水上生活をしている子供たちの小学校の先生たち4人に話しを聞くことが出来た。この先生たちも水上生活をしながら、教えている。とにかく字の読み書きが出来るように指導しているという。水上で生活をしているのですぐ海の水を使ってしまうがとても汚い。手を洗う会の主旨を理解して貰おうとしたがとてもそこまでは出来ないし、自分たちでは決められないとの答えだつた。

    ハノイ市内の私たちの行った幼稚園は、大使館のそばの新興高級住宅地にあり、子供たちの服装や設備など日本の一般の幼稚園より、もっと贅沢な感じがした。ベトナムの中では大変な格差があると聞いていたが、改めて子供の上にも生活がのしかかって来ていることがよく分かった。

    私たちそれぞれの文化交流、ベトナム訪問も最後は大使館でのお茶会と人形展で幕をおろした。外務省の関係者、日本企業の駐在の奥様たち、色々な仕事でベトナムにおられる方に雑談をしながらお話をしたが、皆ベトナムはとても住みやすい所といわれた。私が最初に感じた、親しみやすい印象ともよくあっていた。今度はベトナムの南の方へぜひ行きたいと思う。


ネリングリー・南ヤクートの近代的な町 ジーマ・オダ(ロシア・サハ共和国)

    ロシア・サハ共和国から企業研修に来日しているジーマ・オダさんに大学卒業後就職し、結婚し、子どもたちが生まれ育った町、そして、現在ご家族が生活している南ヤクートの町・ネリングリーについて書いてもらいました。次回は日本の印象などについてお願いする予定です。(編集部)

    ロシアの5分の1をしめて、豊富な地下資源に恵まれているサハ共和国。西の地域はダイヤモンド、東は金と銀などの開発で有名であり、南の地域は石炭とさまざまな鉱物資源の埋蔵地があることでよく知られます。

    首都のヤクーツク市から800キロ離れた山々地域で、ロシアとヤクートの若い町ネリングリーという町があります。今年、創設の30週年を祝います。町の歴史が浅くても、共和国の経済、文化、政治に大きな役割を果たしています。

    70年代に旧ソ連政府がこの地域の石炭と鉄鋼鉱物開発の企画を計って、設備投資し、日本政府と日本鉄鋼業組合の総合案件でネリングリー炭田の開発がはじまりました。日本側は設備投資をし、日本の日商岩井、住友重工業、丸紅、コマツなどが鉱業機械、大型ダンプトラック、電気機器などを納めて、専門家たちを派遣しました。

    当時のソ連は熟練専門家を派遣しました。共産党と青年同盟の呼びかけに答えて、大勢の若い人が新しい町、石炭鉱山、バム鉄道などの建設にあたりました。そんなたくさんの人々が人気のないところに暮らし始めるのに新しい町を建設する必要がありました。ソ連政府令で建築家が将来の町を設計し、すぐ建設が始まりました。それは1973年でした。最初、木造の二階建てアパートを建て始め、次は建設工場が整備されて、コンクリートからアパート作るようになりました。

    1974年の11月、ソ連政府令でネリングリー町と名づけられて、正式に町に昇格されました。当時の人口はわずか2万人しかいなかったのです。大半は当時広い旧ソ連至るところから呼びかけ集められたの20~30才の若い人々でした。その時代から間もなく30年がすぎました。エニセイ川からオホーツク海まで広がり伸びているタイガー「シべリア密林」の真中に近代的な町が現れました。現代、ネリングリー町はサハ共和国の立派な、近代的な町です。高いビルが立ち並び、広い街が南北東西へ走っています。(以下次号)


太古の響き 英雄叙事詩オロンホと口琴ホムス(1)直川礼緒(日本口琴協会会長)

    3月23日、さいたま芸術劇場で行なわれた、サハ民族の英雄叙事詩オロンホに材をとった創作劇「キースデビリエ?太古の響き」にスタッフとして参加した。公演直前になって、朝日新聞やNHKのニュースで取り上げられたとはいえ、宣伝が遅れ気味。ロシア式・サハ式の対応になれているつもりの者にとっても、ひやひやして公演の情報を待つ日々。裏方としての協力を依頼されたのも、本番まであと10日、というときであった。

    当日はあいにくの雨。にもかかわらず、多くの熱心な観客が集まった(700の座席に600人あまりが入ったという)。そして、肝腎の劇の内容は、素晴らしいのひとこと。自分の中のサハ人の血が、沸き立った。上・中・下、三層の世界をめぐる、壮大な叙事詩の物語をベースに、現代的なアレンジを大胆に取り入れた演出(文化大臣でもあるアンドレイ ボリソフ)は、見事。

    ときおり登場するスーツ姿に蝶ネクタイの若者の一群は、ときとしてオロンホの聞き手としての現代人を象徴するかと思えば、ときとして歌舞伎の黒子を思わせる。(その点、主人公の一人である、中の世界=人間界の英雄チュグダーンが、毛皮の衣装の下になぜスーツを着ているのかは、疑問が残った。物語が現代につながることの象徴?)

    物語の流れを理解する助けとなる、日本語字幕の存在も非常に有効だった。また、複雑な演出上の要求を、日本側の舞台スタッフとの間にたって橋渡しした、通訳の方々のご苦労は、大変なものだったに違いない。これらの縁の下の力持ちたちの名前が、プログラムに載っていないのは、残念。

    日本口琴協会代表としては、劇中の口琴の使用も見逃せない。劇は、そのほとんどが、出演者自身による、語り(朗唱)と、鳥や動物の鳴き声の模倣(不思議な情景を醸し出していた)、そしてシンセ(?)の効果音で進行していったが、最後になって、女傑キース・デビリエがチュグダーンにキスする場面など、3箇所ほど、重要な場面で口琴ホムスが鳴り響いたのは、さすがに口琴を国民楽器とする世界で唯一の民族・サハらしいと感じた。

     このような上質の公演が、1回のみ、というのも非常にもったいないと思った。チケットが1800円、というのもあまりにもリーズナブルすぎる。この日の舞台を楽しむことができた人々は、非常に贅沢な思いをしたわけだ。

    愛知万博に関連しての上演だったらしいが、チラシやプログラムでは特にそれを謳っている訳ではない。実際には、出演者の多くは、愛知万博のロシア館の一角で3月26日から4月2日まで開催された「サハの日々」のオープニングセレモニーに参加したあと、27日にはあっさりと帰国してしまった。あとには音楽家、舞踊家たちが残って、ロシアのパビリオンで一日二回、一時間程度のコンサートをやった(らしい)が、愛知万博の公式サイトをはじめどこを探しても、「サハの日々」に関する詳細はみつからなかった。偶然その時間にロシア館のサハコーナーに居合わせたもののみがコンサートを見ることができたわけだ。もう少し宣伝してもよいのではないだろうか?(以下次号)
    写真:三界をめぐる戦いに馳せ参じる英雄と女性シャマン 撮影:Neustroeva Natalia


CD・アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』発売中 

2003年のあの感動がよみがえります 只今好評発売中
中国、モンゴル、カザフスタン、ウズベキスタン、ウイグル、シベリアなどの音楽を楽しむとともに、ユーラシアに日本音楽の基層を探る壮大な実験

    タラー:中国・琴 バドマ:カルムイキア(ロシアの自治共和国)・ドンブラ ライ・ハスロー:モンゴル・馬頭琴 イスマトフ・バホデイル:ウズベキスタン・ギジャック アブドウセミ・アグドウラフマン:ウイグル・カシュガルラワップ アルキン・マンスール:ウイグル・タンブル オットホンバイラ:モンゴル・民謡 ゲルマン・ハトラーエフ:ロシア サハ共和国・シベリアンエコー
    ユーラシアの民族音楽アーチストの貴重な演奏をCDで再現 日本音楽の基層を探る旅がはじまります
    アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』
    ALCD・200405(2枚組み)税込価格2,000円 
    企画・製作協力:特定非営利法人ユーラシアンクラブ
    製造・発売元:ALM RECORDS/コジマ録音 〒166-0004杉並区阿佐谷南3-6-13
    お問合せ、お申込:TEL03-5397-7311 FAX03-5397-8223 E-mail:alm@kojimarokuon.com


編集後記:彩の国さいたま芸術劇場に雨の中お越しいただきありがとうございました。お陰さまで内容の上でも、集客の面でも成功しました。厚くお礼申し上げます。/中央アジア・キリギス共和国の政治情勢が心配です。事態が平和的、民主的に解決されるよう望みます。詳しい情報が入り次第お伝えしたいと思います。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
会費はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスで頂ければ幸いです
ユーラシアンクラブニュースレター第68号2005年4月1日

~ サハ共和国の創作劇「キース・デビリエ-太古の響き」公演を終えて ~大野 遼

    サハ共和国主催「キース・デビリエー太古の響き」日本特別公演が無事終った。観客から高い評価を得て、ボリソフ文化大臣と国立劇場の役者、スタッフも満足して帰国した。

    クラブの会員でもあるバラムイギンさんから「里村さんとあって欲しい」と愛知万博への協力を要請されたのが昨年の12月。在日サハ共和国委員会代表である里村氏と会って協力を求められたのが同月23日。この時に、旧知の寺田さんからの要請でもあったことがわかった。この時点では、協力の内容は不明だったが、シベリアの先住民の音楽公演のプロデュースくらいに考えていた。

    年が明けて1月7日。サハ共和国委員会事務局の方々、寺田さんと面会し、サハ側の意向を確認しながら事業環境を整えることになった。しかしこの会議で寺田氏から戴いたビデオをその日の夜見て驚いた。内容は「シベリアン歌舞伎」とでもいうようなサハ独特の歌劇であり、舞台機構をフルに活用した立体的創作劇だった。が、私には関心のあるオロンホと呼ぶ英雄叙事詩の創作劇として興味がわいた。急遽、彩の国さいたま芸術劇場を一日のみ押さえた(結果として三日押さえ)。

     とはいえ、現地から送られてきた役者、スタッフ、及びグルンと呼ばれる別の芸能団体。40人から50人の集団が、この創作劇を行うのか、別の芸能団体の公演も一緒の舞台を考えているのか皆目分からない状態がずっと続いた。しかも、サハ側の舞台機構には、回り盆、上下左右に自在に動く吊り舞台や四分割されたセリなど、日本側で用意した舞台機構にはない機能が利用されていた。サハ側の希望と日本側の舞台機構上の制限、2時間40分の公演時間、仕込み時間の制限、等、いくつもの前提条件を確認できないと舞台づくりの話し合いに入れない状況だった。

    しかしサハ側の責任者が誰であるのか、誰と話し合えばよいのかが分からない状態が続いた。ビデオ通りの公演を考えていることが分かったのは1月24日。本公演の二ヶ月前であった。この段階から、仕込みリハの環境整備、技術スタッフの確保、が始まり、現地での打ち合わせが実現したのが一ヶ月前という慌しさであった。

    今回の公演がそれでも実現できたのは、何よりも作・演出のアンドレイ・ボリソフ氏が柔軟で、台本の変更に応じてくれたこと、若い有能はアシスタントディレクターが進行表作りに対応してくれたこと、特に日本側の舞台技術スタッフが有能で、通訳諸氏が舞台製作に通じていたこと、さらに台本翻訳・字幕制作をお願いした山下さんがオロンホの研究者であったことなど、多くの人材が揃ったことに起因する。

     チラシ、チケットの完成が10日前、ポスターの完成が2日前など通常の広報、集客の手続きを欠いたものの、日経、共同通信、NHK,朝日新聞が情報提供で協力いただき、関係者がそれぞれのルートで集客に動き、結局キャパの八割を超える入場者632人を集めることもできた。最終的には、ユーラシアンクラブが、楽屋周り、受付業務も依頼されることになり、事務局を中心に汗をかいていただくことになった。

    今回の公演は、サハ共和国委員会からの依頼に対して、どの関係諸氏が欠けても実現しなかった。特に技術監督の八木清市氏、舞台監督の岩崎健一郎氏、照明担当の松尾隆之氏及び八木氏を紹介していただいた大野晃氏、無理な舞台公演を受けていただいた彩の国さいたま芸術劇場の山海隆弘氏、丹野重幸氏、白神久吉氏、敏腕な舞台通訳橘川玉枝さんと橘川さんを紹介していただいた寺田達雄氏、オロンホの専門家として台本、字幕に関っていただいた山下宗久氏、仕事をさせていただいた里村昭夫・在日サハ共和国委員会事務局長、安藤健理事、伊佐山輝洋理事ほか多くの方々に深くお礼を申し上げ感謝します。私やユーラシアンクラブの呼びかけに応え、雨の中を会場においでいただいた皆様にもお礼申し上げます。今後ともぞうぞよろしくお願いいたします。


アジア・シルクロード音楽フェステイバル・"大地の響き"公演

2005年10月11日午後6時半より・東京中央区 日本橋劇場(客席400)

    アジアのエンターテイナーたちの競演。さまざまな民族の多様で水準の高い音楽を聴き、
    ユーラシアに、アジア・シルクロードに日本音楽の基層を探ります。
    皆さんのお力で成功を。皆さんのご協力をお願い致します。
    半蔵門線「水天宮前」日比谷線「人形町」駅 東西線「茅場町」駅 都営浅草線「人形町」駅などから徒歩3分~7分

    主催:ユーラシアンクラブ/アジアシルクロード音楽フェステイバル組織委員会
    連絡先:ファックス03-5371-5548 E-mail:paf02266@nifty.ne.jp


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第十回

別海町訪問報告(2)バイオガスから直接水素へ 「魔法のメカニズム」が稼働     若林一平

    2005年2月1日午後、いよいよ「水素プラント」の見学である。牛糞から得られたメタンガス(バイオガス)から直接水素を取り出して燃料電池に送 る。この施設の水素生成装置は「メタン直接改質法」を利用している。この方法は北海道大学触媒化学研究センターの市川勝教授の発明になるものである。広瀬隆氏がいみじくも「魔法のメカニズム」と名づけた発明である(『燃料電池が世界を変える』、NHK出版)。

     水素プラントを担当している研究官の案内で「エネルギー地域自立型実証研究実験棟」の中に入る。この実験棟の中が水素プラントである。実験棟はバイオガスプラントの中心施設である「受入・エネルギー利用施設」のすぐ北側に隣接している。

     別海の水素プラントの特徴は2つある。 第一は、バイオガス中のメタンガスから二酸化炭素を全く発生しないで水素とベンゼンを生成する直接改質法の採用である。ベンゼンは「芳香族化合物」に分類される炭化水素で、6個の炭素の骨格に水素がついた6角形の形をしている。

     メタン直接改質法では多孔質のゼオライトを利用した触媒が使われている。5.4オングストローム(1オングストローム=1億分の1センチ)という細孔 の制御が重要だという。広瀬氏によれば、市川教授の研究成果は地中で石油が誕生したメカニズムを示唆する興味深いものであり、このメカニズムの解明から 燃料電池の大幅コストダウンが期待されると評価する。

    第二は、発生した水素をベンゼンなどの芳香族化合物と化合させ「有機ハイドライド」として貯蔵する方法である。有機ハイドライドは通常のガソリンと同様の液体で、高圧水素ボンベ無しで水素を高密度で保存できる。運搬と流通もこれまでのタンクローリーやガソリンスタンドの利用が可能なのだ。有機ハイドライドを加熱すればもとの水素と芳香族化合物へと容易に戻る。  【水素】+【芳香族化合物】 ←→ 【有機ハイドライド】

     要するに有機ハイドライドは高密度な水素を貯蔵し運搬するメディアなのである。別海ではベンゼンに類似したトルエンという芳香族化合物に水素を添加してメチルシクロヘキサンという有機ハイドライドの形で外部のタンクに貯蔵している(写真参照)。

     水素は外部タンクの有機ハイドライドから再生して、荏原バラード製の固体高分子型の燃料電池に供給される。現在、発電容量は最大8.5キロワットである。実証実験は平成16年度から始まった。平成17年度には連続運転時間を現在の最大96時間からさら延長する計画になっている。

     市川教授は、液体有機ハイドライドを利用して様々な燃料電池を結合する水素供給システム、既存の電力線に対するもうひとつのエネルギーインフラ、「シクロヘキサン・デカリンハイウェー」を提唱している。別海の実験はまさにもうひとつのエネルギーハイウェーの始まりなのだ。

    【写真説明】有機ハイドライド貯蔵タンク(2005年2月1日、筆者撮影)


燕京通信2「股割れズボン」と「ごろごろ」の文化摩擦(2)井出晃憲

    ところで、僕はごろごろするのが大好きだ。床の上に寝転んで、テレビを視たり何か読んだりぼうっとしたりする。北京に来てからは、居間に小さな敷物を敷き、その上でごろごろしている。すると妻は、「そんなところでごろごろしないで、ベッド(漢語での「床」)に行きなさい」と言う。だけどベッドの上じゃ感じが出ないんだよな。自分にとってあそこは眠る場所で、ごろごろする場所じゃない。

    辞書で「ごろごろ」の漢語訳を探すと、「醒着?在床上」という例文しか出てこない。やっぱりごろごろはベッドの上でするものなのか。試しに人に聞いてみると、敷物の上であっても床(漢語での「地」)でごろごろする人はいなかった。「北の地方の田舎ではオンドル(「?」)の上で皆ごろごろします。」と言う人はいた。でも、あれも床とは段差があるし、ごろごろする際に暖房が不可欠というわけでもないし。まあ今のところは、自分の小さな敷物を「ごろごろ」の縄張りとして確保し、子供が「股割れズボン」の割れ目から出すモノとは棲み分けて、両者の衝突を回避している次第だ。

    最近では、中国的な床(漢語での「地」)の感覚にも慣れてきて、子供の排泄も気にならなくなった。オムツをしないほうが赤ちゃんのお尻の肌に良いとの説も聞くし。ともかく子供が元気に育ってくれるのが一番だ。モンゴルでは、子供が悪魔に目を付けられないように、わざとおかしな名前を付けることがある。例えば「バース(うんち)」とか。うちの子はウハン(モンゴル語で「賢さ」の意)という良い意味の名前なのだけれど、別の意味でも良かったと思う。それで、子供が床にやっちゃったときにはこんな風に歌っている。「♪ウー君のウーはうんちのウー♪」。
    写真:「股割れズボン」はちょっと卒業して、小皇帝ならぬ小紳士になってみた 撮影:筆者


~~ベトナム訪問記(2)~~浦城いくよ(井上靖記念文化財団)

    ベトナム滞在四日目の午前中、ベトナム国家図書館で[井上靖全集」の贈呈式が行われた。国家図書館は私たちが宿泊していたメリアホテルから歩いてもすぐ近くにあり、広い敷地に建てられていた。玄関ロビーには椅子が並べられ、正面の壁には日本とベトナムの旗が飾られ、全集がきちんと並べられていた。出席者は60人位であった。

    まず日本の服部大使が「ベトナムにおいて、目下日本語を学びたいと言う若者が急増しており、ベトナムの希望にどのように応えていくかが私の大使としての大きな仕事の一つです。国家図書館に対して、これを機に日本関係図書を引きつつき寄贈したいと思います。」と挨拶された。つづいて国家図書館館長は「本日は日本大使館の御協力の下で、ベトナム国家図書館は著名な作家である井上靖氏の29巻の全集を井上家から寄贈していただきますことを大変嬉しく思います。この全集はベトナムの読者に読まれると信じております。更に沢山の読者に読まれるために井上靖氏の作品がベトナム語に訳されることを希望いたします。」と述べられた。

    私も先号に記した挨拶をした。今は種をまいた段階であるが、これからはベトナムで日本語や日本文学の研究をしたり、しようと思っている人達に本を読んで貰い、さらに翻訳をして貰うことが大切である。そして将来井上靖研究家がベトナムの国にも育ってくれることがなによりも嬉しいことである。ベトナムに文学書が寄贈されたのは初めてのようだ。

    このベトナム旅行は前セネガル大使夫人だった古屋さんとご一緒したのだが、彼女は「手を洗う会」を主催している。外交官夫人として開発途上国に滞在され、乳幼児の死亡率が大変高いのは、衛生状態がとても悪いからだと知り、食事も手づかみで長老者から食べ、最後は子供が食べるという国もある。食事の前に手を洗う習慣をつけることでずいぶん違ってくるのではないかという考えのもとで始められたボランティア活動である。彼女にとってかつて駐在した親しい国々の幼稚園や小学校を訪ね、タオルや石鹸、手の洗い方を書いた紙芝居や説明書などをわたす。また、クレヨン、画用紙などを沢山持つていき、子供たちに絵を描いてもらい、よい作品には賞を出して各国に持つて廻るという国際交流も深めておられる。

    私も彼女について、ハノイ市内の私立の幼稚園や郊外の小学校へ出かけて見学した。また、世界遺産になっているハロン湾へ出かけた折、そこで水上生活をしている子供たちの小学校の先生たち4人に話しを聞くことが出来た。この先生たちも水上生活をしながら、教えている。とにかく字の読み書きが出来るように指導しているという。水上で生活をしているのですぐ海の水を使ってしまうがとても汚い。手を洗う会の主旨を理解して貰おうとしたがとてもそこまでは出来ないし、自分たちでは決められないとの答えだつた。

    ハノイ市内の私たちの行った幼稚園は、大使館のそばの新興高級住宅地にあり、子供たちの服装や設備など日本の一般の幼稚園より、もっと贅沢な感じがした。ベトナムの中では大変な格差があると聞いていたが、改めて子供の上にも生活がのしかかって来ていることがよく分かった。

    私たちそれぞれの文化交流、ベトナム訪問も最後は大使館でのお茶会と人形展で幕をおろした。外務省の関係者、日本企業の駐在の奥様たち、色々な仕事でベトナムにおられる方に雑談をしながらお話をしたが、皆ベトナムはとても住みやすい所といわれた。私が最初に感じた、親しみやすい印象ともよくあっていた。今度はベトナムの南の方へぜひ行きたいと思う。


ネリングリー・南ヤクートの近代的な町 ジーマ・オダ(ロシア・サハ共和国)

    ロシア・サハ共和国から企業研修に来日しているジーマ・オダさんに大学卒業後就職し、結婚し、子どもたちが生まれ育った町、そして、現在ご家族が生活している南ヤクートの町・ネリングリーについて書いてもらいました。次回は日本の印象などについてお願いする予定です。(編集部)

    ロシアの5分の1をしめて、豊富な地下資源に恵まれているサハ共和国。西の地域はダイヤモンド、東は金と銀などの開発で有名であり、南の地域は石炭とさまざまな鉱物資源の埋蔵地があることでよく知られます。

    首都のヤクーツク市から800キロ離れた山々地域で、ロシアとヤクートの若い町ネリングリーという町があります。今年、創設の30週年を祝います。町の歴史が浅くても、共和国の経済、文化、政治に大きな役割を果たしています。

    70年代に旧ソ連政府がこの地域の石炭と鉄鋼鉱物開発の企画を計って、設備投資し、日本政府と日本鉄鋼業組合の総合案件でネリングリー炭田の開発がはじまりました。日本側は設備投資をし、日本の日商岩井、住友重工業、丸紅、コマツなどが鉱業機械、大型ダンプトラック、電気機器などを納めて、専門家たちを派遣しました。

    当時のソ連は熟練専門家を派遣しました。共産党と青年同盟の呼びかけに答えて、大勢の若い人が新しい町、石炭鉱山、バム鉄道などの建設にあたりました。そんなたくさんの人々が人気のないところに暮らし始めるのに新しい町を建設する必要がありました。ソ連政府令で建築家が将来の町を設計し、すぐ建設が始まりました。それは1973年でした。最初、木造の二階建てアパートを建て始め、次は建設工場が整備されて、コンクリートからアパート作るようになりました。

    1974年の11月、ソ連政府令でネリングリー町と名づけられて、正式に町に昇格されました。当時の人口はわずか2万人しかいなかったのです。大半は当時広い旧ソ連至るところから呼びかけ集められたの20~30才の若い人々でした。その時代から間もなく30年がすぎました。エニセイ川からオホーツク海まで広がり伸びているタイガー「シべリア密林」の真中に近代的な町が現れました。現代、ネリングリー町はサハ共和国の立派な、近代的な町です。高いビルが立ち並び、広い街が南北東西へ走っています。(以下次号)


太古の響き 英雄叙事詩オロンホと口琴ホムス(1)直川礼緒(日本口琴協会会長)

    3月23日、さいたま芸術劇場で行なわれた、サハ民族の英雄叙事詩オロンホに材をとった創作劇「キースデビリエ?太古の響き」にスタッフとして参加した。公演直前になって、朝日新聞やNHKのニュースで取り上げられたとはいえ、宣伝が遅れ気味。ロシア式・サハ式の対応になれているつもりの者にとっても、ひやひやして公演の情報を待つ日々。裏方としての協力を依頼されたのも、本番まであと10日、というときであった。

    当日はあいにくの雨。にもかかわらず、多くの熱心な観客が集まった(700の座席に600人あまりが入ったという)。そして、肝腎の劇の内容は、素晴らしいのひとこと。自分の中のサハ人の血が、沸き立った。上・中・下、三層の世界をめぐる、壮大な叙事詩の物語をベースに、現代的なアレンジを大胆に取り入れた演出(文化大臣でもあるアンドレイ ボリソフ)は、見事。

    ときおり登場するスーツ姿に蝶ネクタイの若者の一群は、ときとしてオロンホの聞き手としての現代人を象徴するかと思えば、ときとして歌舞伎の黒子を思わせる。(その点、主人公の一人である、中の世界=人間界の英雄チュグダーンが、毛皮の衣装の下になぜスーツを着ているのかは、疑問が残った。物語が現代につながることの象徴?)

    物語の流れを理解する助けとなる、日本語字幕の存在も非常に有効だった。また、複雑な演出上の要求を、日本側の舞台スタッフとの間にたって橋渡しした、通訳の方々のご苦労は、大変なものだったに違いない。これらの縁の下の力持ちたちの名前が、プログラムに載っていないのは、残念。

    日本口琴協会代表としては、劇中の口琴の使用も見逃せない。劇は、そのほとんどが、出演者自身による、語り(朗唱)と、鳥や動物の鳴き声の模倣(不思議な情景を醸し出していた)、そしてシンセ(?)の効果音で進行していったが、最後になって、女傑キース・デビリエがチュグダーンにキスする場面など、3箇所ほど、重要な場面で口琴ホムスが鳴り響いたのは、さすがに口琴を国民楽器とする世界で唯一の民族・サハらしいと感じた。

     このような上質の公演が、1回のみ、というのも非常にもったいないと思った。チケットが1800円、というのもあまりにもリーズナブルすぎる。この日の舞台を楽しむことができた人々は、非常に贅沢な思いをしたわけだ。

    愛知万博に関連しての上演だったらしいが、チラシやプログラムでは特にそれを謳っている訳ではない。実際には、出演者の多くは、愛知万博のロシア館の一角で3月26日から4月2日まで開催された「サハの日々」のオープニングセレモニーに参加したあと、27日にはあっさりと帰国してしまった。あとには音楽家、舞踊家たちが残って、ロシアのパビリオンで一日二回、一時間程度のコンサートをやった(らしい)が、愛知万博の公式サイトをはじめどこを探しても、「サハの日々」に関する詳細はみつからなかった。偶然その時間にロシア館のサハコーナーに居合わせたもののみがコンサートを見ることができたわけだ。もう少し宣伝してもよいのではないだろうか?(以下次号)
    写真:三界をめぐる戦いに馳せ参じる英雄と女性シャマン 撮影:Neustroeva Natalia


CD・アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』発売中 

2003年のあの感動がよみがえります 只今好評発売中
中国、モンゴル、カザフスタン、ウズベキスタン、ウイグル、シベリアなどの音楽を楽しむとともに、ユーラシアに日本音楽の基層を探る壮大な実験

    タラー:中国・琴 バドマ:カルムイキア(ロシアの自治共和国)・ドンブラ ライ・ハスロー:モンゴル・馬頭琴 イスマトフ・バホデイル:ウズベキスタン・ギジャック アブドウセミ・アグドウラフマン:ウイグル・カシュガルラワップ アルキン・マンスール:ウイグル・タンブル オットホンバイラ:モンゴル・民謡 ゲルマン・ハトラーエフ:ロシア サハ共和国・シベリアンエコー
    ユーラシアの民族音楽アーチストの貴重な演奏をCDで再現 日本音楽の基層を探る旅がはじまります
    アジア・シルクロード音楽フェステイバル2003『大地の響き』
    ALCD・200405(2枚組み)税込価格2,000円 
    企画・製作協力:特定非営利法人ユーラシアンクラブ
    製造・発売元:ALM RECORDS/コジマ録音 〒166-0004杉並区阿佐谷南3-6-13
    お問合せ、お申込:TEL03-5397-7311 FAX03-5397-8223 E-mail:alm@kojimarokuon.com


編集後記:彩の国さいたま芸術劇場に雨の中お越しいただきありがとうございました。お陰さまで内容の上でも、集客の面でも成功しました。厚くお礼申し上げます。/中央アジア・キリギス共和国の政治情勢が心配です。事態が平和的、民主的に解決されるよう望みます。詳しい情報が入り次第お伝えしたいと思います。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
会費はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスで頂ければ幸いです

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