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2005年12月 5日 (月)

ニュースレター第76号2005年12月1日 モンゴル紀行2005 第3回 表情豊かな草原の雲

IMG_0168ユーラシアンクラブニュースレター第76号2005年12月1日


ユーラシアンクラブへの寄付、会費、事業スポンサーシップのお願い   大野遼

    日頃クラブの活動に理解と支持をいただきまことにありがとうございます。
    今回はお願いの文章を書かせていただきます。
    ユーラシアンクラブは、国家・民族・宗教を超えた理解・親睦・協力の促進、民族の共生・自然との共生を模索することを掲げて、2年間の準備期間を経て1993年2月に発足しました。

    数年前から、ユーラシアンクラブの活動拠点となる事務所は、新宿駅南口から徒歩4分ほどの近くに見つけた、6畳ほどのプレハブを使用しています。今年の3つの公演事業(サハ共和国主催「キース・デビリエ」、キルギス共和国民族アンサンブル「オルドサフナ公演」、ユーラシアンクラブ主催「アジアシルクロード音楽フェスティバル」)の打ち合わせ、ユーラシアンフォーラム「大地の学校」の打ち合わせ、そして毎月のニュースレター「ユーラシアンホットライン」の打ち合わせ発送作業など、クラブ関係者、留学生(元留学生)、モンゴル言語文化塾、などで使われています。交通至便な場所として今後も有効活用が期待されています。

    特に私としては、この拠点がユーラシア各地の仲間とともに、情報通信ネットワークを構築することが年来の夢であり、そのための拠点として役立てることを希望しています。

    現在この事務所は、クラブ事務局メンバーのカンパと会費によって運営されていますが、維持管理費は常に不足しているのが現状です。創設以来私も可能な限り私費をユーラシアンクラブの活動に投入し続けてまいりましたが、近年それもままならず、一部の有志に維持管理費を依存しています。この不況の折、気が引けることではありますが、クラブが活動し続けることができるよう、皆様のご寄付に頼りたいと思います。

    またかろうじてこの数年間つづけているアジアの芸能を通した理解促進の活動の分野だけは、いくつかのプロデュース事業を通して成果をあげることができましたが、活動の財源で苦労しています。

    特に、できれば毎年継続したい東京での「アジアシルクロード音楽フェスティバル」は、財源の面では博打のようなリスクを抱えて実施しています。幸いに今年は芸術文化振興基金の助成をいただき、結果として満席に近い聴衆がおいでになったおかげで、経費は収支トントンで終わりましたが、来年は助成がいただける保障もありません。

    私も一人で一年かかりっきりになる現状で他の仕事もできない時期が、重要な仕事の時期と重なったりして難渋しています。一定の財源があれば、一部の仕事をしかるべき専門家に委託しながら実施することも可能になります。活動に理解をいただける冠スポンサーを希望しています。一流のアジアのアーティスト、アジアの公的文化機関、アジアの留学生・元留学生などが協力し、「アジアの時代に、アジアシルクロードの終点日本橋・中央区で、アジアの心を養い、世界に発信するフェスティバル」は、時代の要請に適うものと考えております。

    今回のお願いに至らざるを得ない事情をご賢察の上、ご協力いただければ幸いと存じます。 どうぞよろしくお願いいたします。


ユーラシア短信 中国東北部の河川汚染が深刻、露側も非常事態宣言へ

    【中国・松花江の汚染はアムール川に達しようとしています。中国はもとより、クラブの友人たちが暮らしているハバロフスクやシカチャリアン村の飲料水が気がかりです。(編集部)】

    【ハルビン(中国東北部)=竹腰雅彦】中国吉林省・吉林市で13日に起きた石油化学工場爆発事故による大河・松花江の汚染が急速に拡大、24日未明、有害物質が黒竜江省ハルビン市の水道用の取水口に達し、水道水供給が停止、数百万人の生活に深刻な影響が出ている。

    中国政府は24日、松花江に流れ込んだ有害物質について、推定約100トンのベンゼン、ニトロベンゼンであることを明らかにした。
    ハルビンでは同日昼、環境基準の11.7倍の濃度のニトロベンゼンが検出された。同市では、22日に水道供給を停止、その後いったんは再開したものの、再び供給を止めた。同市内のスーパーには、水を求める人が殺到している。(一部省略)(読売新聞)11月24日

    ロ当局、水汚染対策に全力 下流のハバロフスク地方
    【モスクワ26日共同】中国東北部を流れる松花江が化学工場爆発により汚染された問題で、有毒物質が数日後に流れ着くとみられる下流のアムール川から飲用水を取っているロシア極東のハバロフスク地方の行政当局は26日、給水車を手配するなど対策に全力を挙げた。
    同地方政府は近く専門家を中国黒竜江省ハルビンに派遣、汚染の規模や対策について中国側と直接協議する方針だ。
    ハバロフスク地方では、約150万人が飲用水をアムール川に頼り、隣接するユダヤ自治州でも約1500人が同川の水を飲用にしている。

    ロシア紙イズベスチヤによると、ハバロフスク市内の商店からは飲料水がほとんど姿を消し、市民の買いだめはジュースやビールなどにも広がる気配を見せている。飲料水の価格を普段の倍近くに値上げする業者も出始め、行政当局は便乗値上げの監視を強化した。 (共同通信)11月26日

    【写真:汚染された松花江】ハルビン市上空から撮影した松花江。吉林市の石油化学工場の爆発事故によって流れ出したベンゼンなどの有毒物質がこの付近に到達、既に水道水の取水は停止された(24日、中国)(EPA=時事)


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第十八回

エネルギー生産&消費協同組合について(2)報告者:若林一平

    アメリカには2つの顔がある。帝国としての暴力的で凶暴な顔。もうひとつは草の根の活動に結集する人々の顔である。インターネットの誕生から普及の過 程をふり返ってみてもこのことはよくわかる。もともとインターネットは国防総省の事業として始まった。1960年代のことである。しかし現場での普及の 起爆剤になったのは地域の人々の自発的な協力であった。学校へのインターネットの普及がその典型であった。当時のゴア副大統領自身がケーブルを肩に担いでネットデーの活動に参加する姿が世界に報じられた。美術館や博物館の運営が広範囲の人々の寄付で成り立っていることを各地で実感された方も多いであろう。

    さて新しいエネルギー革命を目前にしてアメリカで草の根の取り組みが進んでいる。地域ごとに取り組まれる電力協同組合がその実態であり、全米規模の連 合体も既に活動している。地域の取り組みの代表格はシカゴである。シカゴの地域エネルギー協同組合は非営利のメンバー組織で、消費者と地域に対してエネルギーコストを節約するための情報とサービスを提供している。

    シカゴの協同組合はイリノイ州のエネルギー市場の急速な変化についての啓蒙活動、またエネルギーコストの管理方法についての消費者教育プログラムにも取り組んでいる。

    現時点での最大の取り組みはESPP(エネルギー・スマート・プライシング・プラン)と呼ばれる事業である。これは電力会社と連携して時間単位で変動する電力価格に対応して電力消費をコントロールして電気料金を節約する事業である。この動きは電力消費のピーク時における供給破綻を回避したい電力会社 の利益にも合致するものである。

    ESPPは2003年1月に地域電力会社と連携して始まった実験事業であり、1500世帯以上が参加している。実験事業から広範囲の消費者が参加する事業に拡大するのは2007年を予定している。

    エネルギー協同組合の動きは単に電力料金の節約運動にとどまるものではない。協同組合は、消費者の主体的行動により「自分たちのエネルギーの未来を自分たちでコントロールするためいまのチャンスを生かし行動を始めよう」と呼びかけている。

    【写真】ESPP事業は電力会社と連携して進む:エネルギー協同組合のサイトから (http:// www.energycooperative.org/index.php)


無錫(中国・江蘇省)くらし事情(2) イジンフ

    一般な無錫市民は月給1500-3000元(1元=13.5円)くらいだと思いますが、給料からみると物価は高いです。一般的なマンションーは一平方メートルおよそ3500元(内装が含まれていません。70平方メートルで6万元ぐらいかかるそうです。)で、場所がいいところは6000元ぐらいとなっています。

    住宅が高くて買えないひとは買えない、買える人は何軒ももっています。中国で貧富の差は、かなり激しくなっています。私がすんでいる借りたマンションは、60平方メートルぐらい、家賃は2500元で、無錫でやや高いほうです。大家さんは普通の公務員ですが、おなじような家を3軒もっているし、高級車にも乗っています。大家さんの給料からみるとなかなかできないことです。賄賂をうけている人だと思います。皆さんは可笑しいと思うかもしれませんが、中国制度の下では普通なことと考えられます。もちろん、公務員はすべてが賄賂をうける人ではなく、権利を持つ一部分のひとだけです。

    現在、無錫には日本人会名簿によると、会員企業は179社があり、長期滞在日本人は4000人いるそうです。私が勤めている会社は鋼製扉メーカーで、従業員は250人います。長期滞在の日本人は社長を含め5人しかおりません。製品の8割は日本向けに輸出しています。2割ぐらいは進出している日本企業に納めています。

    朝、会社のバスを乗って出勤します。会社は朝8時から始まって、午後5時までで終業です。土日は休みです。日本人以外の従業員は一般的に残業をしません。中国人従業員は残業という意識がないとはいえないですが薄いです。

    中国人従業員の大部分は、国民性か怠けているのか、奴隷性が抜けていないのか、見ていないときちっと仕事をしない傾向があります。職場のなかで日本人と中国人の矛盾は深刻な問題となっているようです。中国の従業員は、雇用関係があるので当面は反発しないけれども、指示を怠ります。日本人と中国人の間にある無形の壁は厚いようです。うちの会社だけではなく、日系企業はみんな同じです。日本企業で技術を磨き、職場をやめる人が多いので、日本企業は修業場と言われています。
    【写真:無錫を流れる運河】(以下次号)


モンゴル紀行2005 第3回(最終回)表情豊かな草原の雲 若林 一平

    ツーリストキャンプのレストランはメニューが豊富である。肉に野菜に豆類とパン。肉料理では羊肉のバーベキュー風味ばかりではなく牛肉のシチューも出 てきた。これらの食材は中国から輸入したものである。日用品の多くも中国から来ている。ガイドの青年の話からも今のモンゴルが「中華経済圏」の一角に位置していることは疑いない。

      一方で韓国系のショッピングセンターそして電気製品の進出もめざましい。モンゴルでも大流行のカラオケの器材は韓国製が多いとのこと。帰国する日の夕食に案内された韓国人の経営するレストランもサービスは満点。日本人の板前さんが日本からのお客向けに寿司を握ってくれるという気合いの入りようである。

      さて草原の最終日にゲル訪問を希望した。モンゴルに来たからにはゲルで馬乳酒を飲みたいからだ。ガイドのイヘイさんがツーリストキャンプの近くの民家 までみんなで歩いて行こうという。ボーズづくりでも一緒だった女性たち3人と僕ら親子にイヘイさんを加えて総勢6人で草原の散歩が始まる。なだらかな丘を越えると眼下に曲がりくねった小川が見える。小川に向かってなだらかな斜面を下りながらバッタを追いかけたり草の種子を空に飛ばしたりしてノンビリと進む。草原の花たちとの出会いもある。代表的名花はエーデルワイスであろうか(写真1)。和名はセイヨウウスユキソウ。ヨーロッパアルプスの名花としても知られるキク科の多年草である。可憐な中にも強さを秘めた風格がある。

      ふと空を見上げると真綿を広げたような白い雲が広がっている(写真2)。今しがたふと湧いてきたようだ。目を凝らすと真綿のちぎれた部分の生まれたての水蒸気が太陽の光線を受けてキラキラと輝いている。草原の雲は表情が豊かである。見ていて飽きないのである。空気が澄んでいるからだろうか。空の青色 が濃いからだろうか。雲が生き生きとして自分の目線も雲の仲間になって高い空から観察している気分になってくるのが不思議だ。

      東京にも空があることは事実であろう。東京の雲にも表情があるはずだ。しかし草原に来てみて気づくのは自分の目線が低くなってしまっていることだ。僕 だけかもしれないが。文明の陥穽(おとしあな)なのだろうか。草原では遠くがよく見える。目線が自然に高くなる。ゲルの入り口が低いのはもちろん防寒上の配慮があるだろう。しかし目線が高いからこそ身を低くして入ることに意味があるのではないか。ゲルの入り口で茶室の「躙(にじ)り口」を思い出した。目線の高さと身を低めることの対照の妙である。

      小川を越えて放牧している牛たちの間を通ってもうひとつの丘を少しだけ登って民家のゲルについた。仕事に出ている両親の留守を守るおばあさんと3人のお孫さんたちが出迎えてくれた。モンゴルでも中央アジアでもゲル(あるいはユルタ)のもてなしはいつもうれしい。心まで温まる塩味の乳茶そして乾燥チーズ。それから何と言っても馬乳酒で草原を実感できるのだ。愚息にもこの日だけは特別に馬乳酒を飲む(というよりなめる)ことを許した。馬乳酒の「ひとな め」はいつまでも彼の心に残ったようだ。

      テレルジのゲルに3泊した後、ウランバートルそして韓国のインチョン(仁川)空港を経由して東京へ。目線の高さだけは忘れたくないと心に誓いながら。
    【写真1】草原の名花エーデルワイス【写真2】テレルジ上空に生まれたちぎれ雲(2枚とも2005年8月イッペイ撮影)


ユーラシア短信 グテーレス高等弁務官とアンジェリーナ親善大使、パキスタン地震被災地を訪れ支援を約束

    パキスタン地震の被災地を訪れたグテーレス高等弁務官とアンジェリーナ・ジョリー親善大使は、破壊の規模に衝撃を受け、これまで25年以上にわたりアフガン難民を受け入れてきたパキスタンへの支援を誓約した。

      ジョリー親善大使は「家でテレビを見ているだけでは、被害の規模は決してわからない。信じられない光景だ。ヘリコプターから見ると、家という家が瓦礫と化し、立っている建物など一つもない」と語った。高等弁務官は、ムザファラバード、ガリハビブラ、バラコットなどキャンプを訪れ、ジョリー親善大使はアライ峡谷の村への食糧と毛布の空輸に参加した。

      高等弁務官と親善大使はパキスタン当局、UNHCR、NGOが緊密に協力しているが、しかしこの大惨事の被害を乗り越えるためにはさらに援助が必要であると強調。UNHCRの最優先課題としては、厳しい冬の間に犠牲者を出さないことであると述べた。

      今年は43万人以上のアフガン難民がパキスタンから帰還している。グテーレス高等弁務官は、この帰還の動きを持続させるためにはアフガニスタンの開発に国際社会が支援しなければならないとも語った。(25日パキスタン)

    【写真:パラコットの惨状を前に衝撃を受けるグレデーレス高等弁務官】

    UNHCR(国連高等難民弁務官事務所)ニュース速報より


STOP HlV/A1DSエイズ予防啓発チャリティコンサート2005『大シルクロード音楽奏踏祭』

    その昔「シルクロ一ド」は東西の文化・技術・人を交流させる道でした。「シルクロード=道」を介して、今回は日本から世界へ「ストップエイズ」、そして「平和」を呼びかけます。ウイグルからカシュガル歌舞団をはじめ著名な演奏家、舞踏家が出演します。
    第一部 過去 「シルクロードの夜明け」(シルクロードの伝統的音曲と和楽器との競演)
    第二部 現在 「1000年の時空を越えて/愛・平和~シルクロード」(カシュガル歌舞団の華麗なる歌と踊り)
    第三部 未来 「すべての人々の願いを込めて」(出演者、観客が一体となる感動のフィナーレ)
    12月2日(金)東京 立正大学 
    12月3日(土)千代田区 三宅坂ホール
    12月5日(月)千代田区 三宅坂ホール
    12月8日(木)東京 文京シビックホール
    12月9日(金)東京 文京シビックホール
    主催:大シルクロード音楽舞踏祭実行委員会 
    チケット:チケットぴあ
    大シルクロード音楽舞踏祭事務局:〒113-0024 東京都文京区西片1-17-4-704TEL:03-5802-3418 FAX:03-5802-5487 090-8087-1257(担当:郷)E-mail: mail@rising.to


燕京通信 大興安嶺紀行 その1 漠河まで  井出 晃憲

    北京もかなり寒くなってきた。そして、今年の初夏の反日の熱狂もどこへやら、といった感じだ。10月の小泉首相の靖国参拝のときも何事も起こらなかった。前回までは反日騒動にからんでナショナリズムに関する考察を書き連ねてきたけれど、それはしばらくお休みし追々考えていくとして、今回からは旅の記録を記したい。

      今年8月に数日間、大興安嶺を旅した。それは、かつて1942年に同地を探検した京都大学の北部大興安嶺探検隊の探検記録を読んで触発されたからだ。

    その探検隊は学生を主体としたもので、当時、人跡未踏で"白色地帯"と言われ、軍の防御線の外側だった同地を辿った画期的な探検と云われる。ルートはハイラル近くのドラガチェンガ(三河鎮)から黒龍江に面した中国最北端の漠河までの800kmほどで、馬やトナカイを使い2ヶ月近くかけた行程だった。

    自分も京大の探検的伝統の最末端に連なっているし、今その場所がどうなっているのかこの眼で確かめたいと思ったのが旅の動機だ。私の場合は探検の終着点だった漠河にまず行き、そこから南下する道を選んだ。

    8月7日、チチハルから鈍行列車に乗り込んで一路北上した。市街を出ると一面トウモロコシとヒマワリの畑が果てし なく続く。数時間走ると大地に起伏が見られるようになり山脈が近いことがわかる。南斜面にシラカンバやマツなどが生えている以外は草原が広がっている。青空の下のこの森林ステップの景観は素晴らしい。探検記には公園的景観として描写されている。

    暗くなって夜遅く街の明かりが見えてきた。加格達奇という場所だ。山中にしてはとても大きな街だ。探検記には、もしも交通機関が整備されれば大興安嶺は林業で栄えるだろうという予言が述べられている。実際に60~70年代から林業を中心に開発が進み、この辺りは大きく変貌したと聞く。

    一夜明けると、車窓は鬱蒼とした森林の山脈に覆われていた。ところどころ停車する駅ごとに、真新しく整備された町並みが見られた。朝8時過ぎに漠河県駅に到着した。かつて棲林集(チーリンジ)と呼ばれ、探検記には入植者4戸からなる小さな集落でオロチョンの集合地でもあるとのこと。棲林とはオロチョンのことだという。現在はこの場所も木材の集積地の町となっている。

    ここから黒龍江沿いの漠河までは舗装された道があり、車で1時間半ほどで行ける。道の入口に検問所があった。国境地帯だからと察したが、これは火器の検査だった。煙草とライターは持ち込み厳禁だという。事前に運転手に促され急いで隠した。

    漠河までの途中に老溝(ラオコウ)がある。19世紀後半にゴールドラッシュで賑わった場所だという。探検記には、世界各地から一攫千金を狙った荒くれ者の山師たちが集まって最盛期には1万人以上に達し、彼らはどこの国にも属さずに自治を行い、ジェルトゥガ(漠河のロシア語名)共和国と呼ばれたそうだ。探検された当時はすでに寂れていたものの、この一帯は国境地帯であることと採金業の名残りで開拓者精神に溢れた緊張感のある場所として描かれている。

    現在では、老溝は小さな集落で、沼地に一台の古びて錆付いた機械船が浮いており、ベルトコンベアーで土砂を汲み上げては中に取り込み後部から排出している。これから砂金を観光資源として活用するという。

    そこから20kmほど北上して目的地の漠河郷だ。道中よくバイクのライダーたちと行き交う。聞くと広東省など南方からのツーリングが多い。漠河の入り口には「南に三亜(海南島の地名)あり、北に漠河あり」という看板。探検された時代から60年あまり、漠河はすっかり観光地となっていた。


編集後記:中国・松花江の河川汚染はアムールに流れ込み、周辺の人々の健康と暮らしに、大きな被害をもたらそうとしています。汚染物質が人体に重大な影響を与えるベンゼン、ニトロベンゼンであることを、中国当局が発表したのは爆発から10日以上たってからでした。この間に何人もの人々が生水を飲んだことでしょう。(高橋)

 


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼 住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
会費、ご寄付はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスを希望します。

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