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2006年1月

2006年1月31日 (火)

ニュースレター第78号 アムール川先住民族村シカチアリャンが存亡の危機-生活維持と自立支援の募金を訴えます

ユーラシアンクラブニュースレター第78号2006年2月1日


アムール川先住民族村シカチアリャンが存亡の危機-生活維持と自立支援の募金を訴えます

―中国・吉林市の石油化学工場のニトロベンゼン流出で― 大野 遼

    新年早々、二人の友人と一緒にロシア連邦ハバロフスク地方シカチアリャン村を訪ねてきた。ハバロフスク市から下流70キロ。アムール漁労を伝統的な生業とする先住少数民族ナナイの民族村。16年ほど毎年通い続けてきたこの村が存亡の危機に立たされている。

    村の親しい友人たちはため息をつくばかり。中にはこの村を捨てハバロフスクに移り住むことを考えている漁民もいた。私は、アムール川の岸辺に展開するこの村がまさに凍りつきそうになっているように感じた。いつもはこの冬の村で、生きる力をもらって帰国することになるのに、今回ばかりは、美しい自然は目の前に広がっているのに初めて暗澹たる思いで帰国することになった。

    一面真っ白な雪に覆われたアムール川の氷上に漁民の姿がまったく見えなかったからだ。原因は、中国東北部の石油化学工場の爆発によるニトロベンゼン汚染。吉林市からウスリー川、そしてアムール川へと流出。12月22日の水質検査で通常の二倍以上と確認され、「向こう2年間、漁労の禁止、魚を食べることも禁止」と決まったからだ。

     アムールの汚染はさらに下流のコムソモールスクナアムーレまで広がっている。シカチアリャンの住民の間では、「アムールの魚を食べた犬が死んだ」「もともと中国の工場排水でアムールはフェノール汚染が進んでおり昨年の春猫が死んだのも魚を食べたせいだ」「流出した有毒物質の量は発表されているより何十倍も多いのではないか」など今のところ正確な根拠を欠いた風評も出ている。この冬を過ごすのに昨秋までに蓄えた魚を食べているが、春が近づくにつれて、食べられるものはパンだけになる。が、このパンを買う金もなくなる。「漁労禁止」は村の死活の問題となってくるのが確実だ。

    ロシア地方政府は、「隣町やハバロフスクで仕事をしたらよい」と言っているようだ。人口300人余り。私の体験によれば、春夏の漁労シーズンが終わり9月下旬の鮭遡上に際しては、村の男も女も100人近くがアムールの岸辺にテントを張り、焚き火で暖をとりながら、一晩中、網をかけては1時間おきに引き上げるような作業が続き、住民の民族的連帯感を共有する。冬には、凍結した氷に穴を開けて、網を差し入れた穴釣りで冬の漁労が続く。

    氷上に漁民の姿がない冬は、ナナイの歴史始まって以来のことである。「漁労禁止」で男や女たちが村外に仕事を求めるようになれば、村の歴史とともにアムールの岸辺の岩に刻まれた一万二千年前の岩絵(ペトログリフ)で知られ、アムール漁労とともに魚皮を使用した衣服や伝承、歌や踊り、オモロチカ(小船)を使った競艇など独特の漁労文化を形成した小さなナナイの先住民族の村が崩壊してしまう。

    アムールの上流で汚染原因となっている数々の中国の工場もさることながら中国政府の「東北振興」の責任は重大だ。ハバロフスク市のイシャエフ知事は「既に汚染対策で二億ルーブル(八億円以上)を支出した。中国への保障要求ではこうした支出を考慮する」と話し、プーチン大統領の極東全権代表イスハコフ氏は「保障要求額の積算が先決」と考えているようだが、先住少数民族の運命を脅かす漁労保障や将来の生業、生活、民族文化への配慮が希薄のように見える。

    村の試算では、1人の人間が食べていくのに一ヶ月最低5000ルーブル。300人の村人が二年間食べていくのに必要な生活費は3600万ルーブル(1億5千万円余)に達する。シカチアリャン住民の間では「テレビでカムチャッカの方から汚染のない魚が各家庭に届けられると放送していた」などと発言していた人もいたが、地方政府からそんな話は正式には一切ないという。

    今後の先住少数民族への地方政府の対策がどうなるかは不明で、かつ中ロ国境問題確定間もない中ロ政府間の交渉はどこか及び腰で、話し合いは長期にわたりそうだ。シカチアリャン村にはただでさえ貧しい家族がたくさんいる。村民が食べないわけにはいかない。食べて、村の仕事をどう確保するかも考えて、村で自立の道を開拓しなくてはならない。大豆等を中心とした私の農業センター構想もピッチを上げなくてはならなくなった。少数民族村を崩壊させてはならない。生活維持と食糧支援そして将来の自立プラン策定のために募金を始めさせていただきたいと思います。自立のための努力には、大豆やそばなど、アムール流域の自然環境に適した作物の栽培加工技術の研修なども必要だと考えています。ご理解をよろしくお願いします。

    最後に、アムール川は現在厚さ1.5メートルの氷が覆ってトラックも行き来するほどですが、来年4月下旬には音を立てて割れ、オホーツクの流氷となり北海道に漂着します。「流氷はアムールの贈り物」と言われ、豊富な栄養分が、別海町の鮭、ホタテ、えびなどを育て、クリオネ、アザラシ、オオワシなど豊かな海を演出してくれるのですが、今年の春にはこの「栄養分」に中国石油化学工場で爆発流出したニトロベンゼンも含まれることになります。中国は活性炭を送ったり、水量の豊富なアムール川で「薄まった」ことを強調する関係者もおりますが、「下流の少数民族の死活の運命」は、水で滅びる人類の運命と重なります。「下流の人」のことを考えて欲しいと強く思います。

    【シカチャリアン生活維持と自立支援(仮称)募金】送付先
    郵便口座名:ユーラシアンクラブ 口座番号:00190-7-87777 通信欄にシカチャリアン支援と明記してご送付下さい。
    皆さまのご理解とご支援をお願い申し上げます。

    【写真】対策を話し合う左から大野さん、村長のニーナ・ドゥルジニーナさん ウザ・グリゴーリさんたち 撮影:小島 崇文


2006年ユーラシアンクラブ新春交歓会のご案内

    新年明けましてお目でとうございます。今年も、どうぞよろしくお願いいたします。
    恒例の新春交歓会を下記の通り行いますので、ご参加下さいますようご案内申し上げます。
    新春交歓会ではクラブの今年の抱負や計画などをお話し、語り合い、協力の輪を広げる機会にしていただくとともに、アジア・シルクロード音楽フェステイバルの出演者の即興演奏も楽しんでいただくなど、和やかな交歓の場にしたいと思います。

    また、急を要する訴えもあります。中国化学工場の爆発で汚染された水は、アムールに流れ込み、川の恵みで生計を立てているハバロフスク近郊の先住少数民族村・シカチャリアンを『2年間の漁労禁止』という存亡の危機に直面させています。危機を救うための訴えもさせて頂き、皆様のご支援とお知恵を賜る機会ともしたいと思います。
    寒さ厳しい折、またお忙しいこととは存じますが、万障お繰り合わせの上ご出席賜りますようご案内申し上げます。


    日 時:2006年2月18日(土) 午後6時より 会 場:こどもの城 1階レストラン〈アンファン〉03-3797-5695
    ◆渋谷駅より徒歩10分 ◆表参道駅 B2出口から徒歩8分  
    ◆会費:日本人4,000円 留学生、在日ユーラシア人1,000円(当日申し受けます)
    ◆準備の都合上、お手数ですが2月10日までに、御出欠の御返事を、eメールまたはFAX等でお願い致します。
    特定非営利活動法人 ユーラシアンクラブ


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第二十回

樺太近況&2月18日「大地の学校準備企画委員会」へのお誘い 報告者:若林一平

    現在ロシア領のサハリンは日露戦争の結果、南半分は1905年から40年間日本領の樺太であった。ソ連時代には日本人の訪問が制限されていたサハリ ン(樺太)だが、現在は樺太の大泊(おおどまり、現コルサコフ)と北海道の稚内の間には定期航路が既に復活している。また北海道の千歳および函館と日本時代に樺太庁があった豊原(現在はサハリンの州都ユジノサハリンスク)の間には定期便が飛んでいる。気軽に往来できる環境が整ってきた。昨年9月に樺太を訪ねた筆者の印象では思いのほかサハリンの人たちは友好的であり町の雰囲気も悪くない。

    ちなみに樺太には4万人の朝鮮民族の人たちがいる。日本統治時代に炭坑労働者などの形で朝鮮半島から移住させられてきた人たちとその子孫である。彼らはソ連時代には活動も制限される暗い生活をおくっていた。ゴルバチョフのペレストロイカ以来、初めて明るさを取り戻したという。

    北海道の稚内からわずか150キロの樺太に東京ディズニーランド(駐車場含む)のおよそ3倍もの広大なエネルギー基地が誕生しつつある。サハリンⅡプ ロジェクトの基地である。「週間文春」の1月26日号に航空写真入りで現地取材記事が掲載されている。

    エネルギー基地では6000人の労働者が3交代で働いているというから壮観である。天然ガスが掘削される北から南へのべ1600キロのパイプラインが敷設され、最終的にはコルサコフ(大泊)から液化天然ガス(LNG)の形で船積みされて消費地へ向かう。

    樺太の沖合には巨大な原油と天然ガス資源が眠っている。二つの鉱区を合わせて、原油は11億バレル、天然ガスは3億4千万トンと推定されている。日本列島の需要の7年分ほどをまかなえる量である。サハリンⅡでは国際石油資本のロイヤルダッチシェルが主導して日本の三井そして三菱グループとJV(ジョ イントベンチャー)を組んでいる。名付けてサハリンエネルギー投資会社(SEIC)。納入先は東京ガス、東京電力、そして韓国のエネルギー企業へ。向こう25年間の契約である。

    天然ガスは炭素と水素の化合物である。つまり、天然ガス資源は巨大な水素資源でもある。東京ガスが開始した家庭用の燃料電池は天然ガスを改質して水素を取り出してエネルギー源とするものである。広瀬隆氏が言っている「化石資源との賢いつきあい方」がここで問われているのである。

    大地の学校では地域自立型、地域循環型のエネルギー生産・消費社会をめざしてつぎのような活動に取り組んでゆきます。
    (1)勉強会、(2)見学会、(3)講演会、(4)新しい技術の普及活動、(5)人的なネットワークづくり
    新年交歓会が開かれる2月18日午後3時から、青山こどもの城研修室802号室において「大地の学校準備企画委員会」を開きます。ふるってご参加ください。
    【写真】エネルギー開発が進むサハリン島の地図(http://www.hydrocarbons-technology.com/より)


ユーラシアンクラブ キルギス共和国大使館から感謝状贈られる 井口隆太郎

    新春六日に大野代表が、中国発アムール河汚染で危機に瀕してるロシア極東ハバロフスク州シカチアリャン村に見舞いと調査に行く為に、代わりに井口が在日キルギス共和国大使館の新年会に参加してきましたので報告致します。

    午後六時から始まるとの事でしたが、筆者の業界団体の五時からの新年会を三十分で切り上げて、一時間後に下目黒の大使館に着くと、既にパーテイは始まっていました。日本人招待者20名、大使館関係者10名のこじんまりとしたパーテイでしたが、和やかな雰囲気でキルギス産ワイン、馬の脂と肉の腸詰やサラダをご馳走になってきました。

    一般的に大使館と言うと物々しい警備と、塀の上に張り巡らされてる鉄条網のイメージがありますが、キルギス大使館は玄関の上のキルギス共和国の紋章と旗がなければ塀もなく、二台の駐車場があるだけで、フラフラッと訪問セールスが玄関ドアーをノックしてしまう気安さがあります。

    招待客の中に以前住んでいて、今は大使館として貸してる持主の方が居ましたが、個人住宅を大使館として転用してるのでアットホームな雰囲気は当然かも知れませんし、争いごとを嫌い誰でもウェルカムな国民性のキルギスの大使館としては最適な選択かと思いました。

    さて、到着後15分すると、我がユーラシアンクラブとは15年来の付き合いのあるモルドガジエフ・リスベク氏の司会でクタノフ・アスカル大使より新年のスピーチが始まりました。リスベク氏の妻君は同大使館一等書記官ケメロワ・ディナラ女史ですが、リスベク氏は確かNHKと仕事をしているシルクロード・メデイァ社の社長で、大使館ナンバツーの一等書記官を差し置いて、民間人が大使館の新年会の司会をするのはいくら大らかなキルギスでも如何なものかと思い巡らしていると、御本人から新春二日の辞令で在日キルギス共和国大使館一等書記官に任命されたと自己紹介がありましので、妙に驚いたり納得したりした次第でした。

    さて、現在もキルギス大統領経済顧問を勤めておられる田中哲二氏の音頭で乾杯の後、大使館側から参列者の中で昨年キルギスに貢献のあった人に感謝状の贈呈がありました。 田中哲二氏や青山学院大学の袴田先生以下四名でしたが、その中に我ユーラシアンクラブの大野代表も、昨夏のキルギス民族芸能「オルド・サフナ」東京公演(錦糸町墨田区立トリフォニーホール公演)が成功裡に終った献身的尽力に対して、クラブを代表して受賞しました。

    受賞スピーチに際して今後のユーラシアンクラブとキルギス、そして在日大使館との協力関係は、芸能文化だけではなく水素発電等新エネルギー等の多面的重厚な関係をめざすと挨拶しておきました。パーテイは予定の午後八時を回っても帰る人も居ない盛況でしたが、次の新年会をめざして、残った好物の馬の腸詰を御土産に貰い、大使館を後にしました。

    先一昨年のグルジアでのバラ革命、一昨年のウクライナでのオレンジ革命、そして去年春のチューリップ革命と言われる、キルギスでのアカイエフ大統領からバキエーフ大統領への無血政権移譲即ち革命が起きましたが、対日本外交では大きな変化はなくアカイエフ時代の外交を踏襲してる様です。しかし、隣接するカザフスタンやロシアが原油高騰により経済の活況を呈しているのに、石油資源の無いキルギスは逆に苦しい立場に追い込まれてるようです。

    キルギスには中央アジアの真珠と言われるイシク・クル湖があって、特に北岸の湖畔は中央アジアでは有数の保養地であり観光地でもあります。この度バキーエフ新政権の方針により、世界に散らばるキルギス大使館はキルギス各州の振興と発展への代理窓口として、大使館所在各国に理解と支援を訴える仕事を付託されました。わが下目黒の大使館は中央アジアの真珠があるイシク・クル州を付託されました。

    どうか、この駄文を読んで中央アジアのスイスと言われるキルギスに感心と興味を持って戴いたなら、次は是非チューリップの咲き誇る中央アジアの真珠を観に行ってやってください。
    【写真】キルギス大使館から贈られた感謝状


ユーラシア短信 北部パキスタンにて寒さと闘う

    UNHCRパキスタン(17日)発:
    さらなる雨雪がパキスタン北部を襲うのにあわせ、UNHCRは越冬対策第二段階として、ストーブや灯油を配布し、キャンプで生活する人々が暖かく過ごせるようにしている。

    15日日曜日早朝に降り出した雨は、予報によると8日から10日間は降り続くという。高地では雪が降り、バタグラム(海抜1,100メートル)では、夜間、摂氏-4度まで気温が下がる。

    週末にかけて、UNHCRと事業委託NGOのBESTの職員は、マンセーラ近くのサイラン・バレーにある2つのキャンプで生活している207世帯にストーブと灯油を配布した。UNHCRは今週中にもサイラン・バレーに存在する8つのキャンプでこの第二段階の越冬対策を完了させる予定である。

    テント内でのストーブの使用に関しては火災の危険性がある。UNHCRは各キャンプに消防施設を設け、火災予防訓練を行い、消火設備を整備する。ストーブの配布と火災予防訓練は、今週、計14万人が暮らす144か所のキャンプで行われている。【UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)ニュース速報より】
    【写真】新しいストーブは命の恩人だとこの一家は言う? U NHCR/A.Rummery


ネパール音楽とパンチャ・ラマの学校支援活動(2) Pancha Lama パンチャ・ラマ

    パンチャラマ(バンスリ奏者)Pancha Lama
    85年にプロとなり「バンスリの天才」と称される。ネパールを代表するミュージシャンとして、テレビ、ラジオを始め、その演奏やレコーディングは数千曲におよぶ。インド、台湾、タイでもコンサートツアーを開催。横笛「バンスリ」のプロ奏者として海外でも活躍の後、94年来日。

    以来東京を中心に全国各地で演奏活動。「大阪花博」「国際協力フェスティバル」「淡路島花博」等に招待演奏。テレビCMにも出演。96年『チョウタリ バンド』(ネパール人と日本の混合バンド)を結成。1stアルバムCD『チョウタリ』は、今なお、ネパールの人々に愛されている。ジャンルを越えたセッションで、世界のミュージシャンと共演。02年2月には、さだまさしのCDにも参加。02年より、ネパールの子供達のための「チャリティコンサート」を開催し、収益金でネパール・サララヒの小学校を建設。03年1月のネパール小学校建設式典では、1万人が参加した。以降毎年、コンサート収益金の一部を、学校維持費に寄付している。

    ヒマラヤの大地に育まれた彼の音楽は、「大らかで素朴」「自然の空気の美しさに満ち溢れている」と日本でも圧倒的な人気を誇る。

    弟のサラバンラマ(タブラ奏者)Shrawan Lama
    1993年に、ネパールの首都・カトマンドゥへ上京し打楽器の勉強を始め、97年「カジノ・アナ」 での演奏をきっかけにプロ活動を開始。98年、イラバード サンギートマハビダヤ大学院・音楽科を卒業し、コンサート、ラジオ・スタジオのレコーディングで活躍。01年来日。以降、兄パンチャ ラマと共に日本で活動。02年リリースのさだまさしCDにも参加。ネパール多民族の持つ「数百通りのリズム」に精通し、その技術は「目にも止まらぬ指さばき」「人が対話しているよう」と評されてる。ネパール音楽に留まらず、世界のミュージシャンとも意欲的に共演している。

    日本の笛とバンスリ
    バンスリは、尺八や篠笛と同様、たくさんの音色・表現を創ることができます。竹笛の音色は、とても素朴で、人の心を清らかにし、その澄んだ音色は、心に響く魂の音色で人々を魅了します。また、祭りには欠かせない楽器であります。

    バンスリは、息づかい指使いともに難しい楽器で、とても美しく優しい音色が特色。ネパール独特の音階を引き立て「心を癒すきれいな音色」として人々として魅了します。そこには、バンスリにしか出せない音色があります。尺八の指孔は、表側に4個、裏側に1個、計5個あり、音域はおよそ2オクターブ半。篠笛の指孔は、表側に7個あり、音域は3オクターブ弱。そしてバンスリの指孔は、表側に6つで、音域は2オクターブ。

    タブラ
    高音と低音のふたつの太鼓を、指や手のひらで叩く打楽器で、多彩な音色を奏でる太鼓。インドの楽器として知られていますが、ネパールでも古典音楽などに多く使われネパール音楽には欠かせない楽器。身に付いてくると、言葉を話すように、タブラで自由に表現できるようになる。(以下次号)

    CDの紹介■2nd.アルバム JHARNA "ジャルナ"
    "ジャルナ"は滝を意味します。ネパールの至るところに滝は存在します。滝があるところにヒマラヤがあり、とても清々しい、気持ちがいい。壮大な渓谷の木々のすき間から覗く滝は、まるで絹のリボンのように見える。自然の持つ驚異はものすごいパワーを与えてくれます。そんなパワーの源をイメージしたCDです。
    ¥2,800(税込み)→ ¥2,500(税込み)PRODUCE: Pancha Lama PS-0002
    Copyright (C) 1999 P.S.MUSIC Corporation. All Rights Reserved.

    ■3rdアルバム YATRA "ヤトラ"
    "ヤトラ"は旅を意味します。旅こそ人生そのもの、自然が舞台。旅は、未知なる世界を提供し、人が持つ本来の力を取り戻す感覚・・・。共感できる人と出会いあり、出会った最高の仲間は、偶然ではなく、必然の出会いかもしれない。そんな出会いをイメージしたCDです。
    ¥2,800(税込み)→ ¥2,500(税込み)PRODUCE: Pancha Lama PS-0004 Copyright (C) 2001 P.S.MUSIC Corporation. All Rights Reserved.

    【CDの申し込み】 有限会社P.S.MUSIC 東京都世田谷区船橋1-12-10-203 TEL/FAX 03-3425-3469 E-mail:pancha@big.or.jp FAX かメールでお願いします。
    【写真】CD JHARNA "ジャルナ"のジャケット


編集後記:『大興安嶺紀行』は都合により休ませていただきます。/アムールへの汚染が、川の恵みで生きてきた先住民族シカチャリアンの人々を、飢餓線上にたたせようとしています。【シカチャリアン生活維持と自立支援(仮称)募金】は、村への直接送金の方法も検討しています。口座が開設でき次第お知らせします。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
会費、ご寄付はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスを希望します。

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