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2006年6月

2006年6月30日 (金)

ニュースレター第83号2006年7月1日 シカチアリャン自立支援コンサートへのお力添えありがとうございました

ユーラシアンクラブニュースレター第83号2006年7月1日


シカチアリャン自立支援コンサートへのお力添えありがとうございました 大野 遼

    アムール汚染で存亡の危機にある村の自立支援チャリティ・コンサートが13日夕方、目黒区民センターホールで実施され、イラン、ネパール、ウィグル、モンゴル、そして日本の一級のアーチストが300人余の聴衆に感動を与えることができました。終演後のロビーは立ち去りがたい思いの聴衆であふれ、募金に応じる人が並び、出演者に賛辞の声が飛び交いました。

    午後のリハーサルは、ノーギャラの出演者とボランティア・スタッフが通常のコンサート以上に熱心な音作りに取り組み、特にユーラシアンクラブがライハスローさんに作曲を委嘱した「大地の響きー朝」、ネパールのパンチャラマ、サラバンラマを中心とした「アジアンビート」の合奏は、アムールの岸辺で暮すシカチアリャン住民に届けという気持ちを音色に込め、完成度の高い演奏となりました。出演者、お出で頂いた方々に心より感謝申し上げます。

    今回のチャリティ・コンサートでは多くの方の協力を得ました。特にコンサート当日舞台監督をお願いしていた米川寛さん(6月5日未明永眠)は、この5年ほど、日本人特に子どもたちがアジア・シルクロードの音楽の素晴らしさを知ることが重要だと多くの公演企画をプロデュースしました。昨年10月の日本最大のアジアのソリストの音楽フェスティバル「大地の響き」公演でも舞台監督を務めました。私やアジアのソリストの間では、エネルギッシュで快活、誠実な人柄から、頼りがいのある魅力ある先輩として受け入れられていました。

    今回のチャリティでも、大田こども劇場のお母さんや子どもたち45人にチケット頒布、力を発揮し、5月23日の打ち合わせにも参加。「アムール汚染は川のチェリノブィリ」と蓄積型汚染の本質を指摘し、活動の方向付けに貢献してくれました。コンサートの演目づくりでも、アムール汚染を、音楽を通して考える曲目として、ボニージャックスの演奏曲として有名な「アムールのさざなみ」をアジアのソリストが演奏するため、譜面の用意を担当、8日のリハーサル当日届けていただくことになっていました。

    米川さんは以前、ボニージャックスのマネージャーを務めていました。4日大阪に出張して帰宅、5日未明、心筋梗塞で永眠されました。「アムールのさざなみ」の合奏は実現しませんでしたが、いつか実現したいと思います。生前のお付き合いを胸に留め、努力したいと思います。

    今回のチャリティ・コンサートの共催団体として名を連ねていただいた東京アイヌ協会は、創設に私も参加し、会長の浦川さんとは、クラブ創設以来のお付き合いです。今回自立を支援しているシカチアリャン村をはじめ、沿海地方、サハリンの先住民族との交流のため二人で旅行したことがあり、シカチアリャン村の村長やコンサート当日電話でナナイの歌を歌ったドンカンさんとも親しく交流しています。

    浦川さんは千葉県君津市にカムイミンタラというアイヌの文化交流拠点を自力で開設、現在子どもたちが木工技術を体験できる工房をオープンする準備に取り組んでいます。7月8,9日がオープニングで、皆様のおいでをお待ちしています。今後シカチアリャン村との交流も含め、アジアとの交流センターにもなって欲しいと期待しています。

    このほかチャリティ・コンサートでは多くの方々のご協力で開催することができました。一人ひとりお名前を記しませんが、謹んで感謝いたします。

    7月17日から7泊8日で、アムール汚染から自立を目指すナナイ民族のシカチアリャン村を視察、また森林伐採で狩猟環境が変貌しているウデゲ民族のクラスニーヤル村を訪問します。食生活改善のための土壌調査も実施。4月以降進めてきた募金の一部をシカチアリャン村村長とユーラシアンクラブのシカチアリャン村代表ドンカンさんに届けてきます。

    シカチアリャン村が自立の方向として掲げているのが、1万2千年前に遡るとも考えられているアムールの岸辺に描かれた岩絵(ペトログリフ)やアムールの暮らしから生まれた文化を紹介する観光産業の振興です。観光企業や作業所などをつくる資金として当面200万円の募金を目標としていますがまだまだ手が届いていません。

    かつてシカチアリャン村を訪ねたことのある方や少数民族の歴史文化を調査研究してきた方からの募金もお願いし、早急に募金目標を達成したいと願っています。皆様のご理解とご協力を心からお願いします。 
    写真:フィナーレの熱演 撮影::若林一平


TBS『世界不思議発見』に加藤九祚先生が出演予定。

    7月15日(土)21:00より お楽しみ下さい。


国家・民族・宗教を超えて ユーラシアンクラブのご案内

    ユーラシアンクラブのさまざまな活動にご参加いただきたくお願い申し上げます。また、お知りあいの方々にユーラシアンクラブへのご紹介をお願い頂ければ幸です。

    夏のボーナス時期にもあたりますので、恐縮ですが、会費や寄付金などのご送金もよろしくお願い申し上げます。
    目的など:ユーラシアンクラブは国家、民族、宗教の境を超えて理解、親睦、協力を広げることを願い、『顔が浮かんで、声が聞こえる』人間のつきあいと、少数民族にウェイトをおいた交流の拡大を図ることを目的としています。各種講座、現地旅行、文化芸術交流などを通して、ユーラシアの人々との協力関係を築いてきました。

    会 員:趣旨に御賛同頂ければどなたでも御入会頂けます。ニュースレター及び各種催し物のご案内をお送り致します。
    年会費:一口6,000円以上。送金先:郵便振替00190-7-87777ユーラシアンクラブ


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第二十五回

急ピッチで進む家庭用燃料電池開発 4万時間耐久性、小型・軽量化実現へ 報告者:若林一平

    家庭用燃料電池の分野における注目すべき動きについて報告したい。ひとつ目は家庭用年燃料電池の研究開発の動きである。

    2006年6月8日、株式会社荏原製作所(以下、荏原)と荏原バラード株式会社(以下、荏原バラード)は、40,000時間の耐久寿命を持つ新たなス タック(型式:MK1030 V3)のプロトタイプ機の開発が完了し、バラードパワーシステム社(以下、バラード社)から荏原バラードに出荷されたと発表した。

    バラード社は、カナダに本社をおく固体高分子型料電池の開発製造のトップ企業である。昨年2月に見学会を実施した北海道別海町の「水素プラント」にお いてもバラード社の燃料電池が使用されている。同社は既に、自動車用、定置用および携帯用の納入で豊富な実績を持っている。ダイムラークライスラーや フォードとならんで、荏原とパートナーシップを組んで世界規模の商用化を推進している。

    今回のプロトタイプスタックは、昨年、バラード社と締結した「スタック開発契約」に基づき、開発されたもので、荏原バラードが、2008年度以降の商 用機市場投入に向けて、開発を進めている40,000運転時間の耐久性、高い信頼性、小型軽量化、低コスト化を実現する家庭用燃料電池システムの商用機 に搭載されるという。

    第3世代機と名づけられたスタックは、バラード社で新たに開発された加速試験の手法によって40,000時間の設計耐久寿命が確認され、第2世代機の スタックと比較して重量を40%軽量化し、容積も26%小型化することに成功している。今回の開発成果が注目されるのは、東京ガス、新日本石油が既に進めている家庭用燃料電池システムへの成果の還元であろう。発表によれば、荏原バラード は耐久性評価のため、共同開発先である東京ガス株式会社及び新日本石油株式会社に対し、このプロトタイプ(型式:MK1030 V3)を搭載した家庭用燃料電池システムの試作機を今年度中に提供する予定である。

    もうひとつ触れておきたいのが住宅産業の動きである。トヨタがミサワホームの支援に乗り出して1年が経過した時点で、トヨタ側から注目すべき発言が出 てきた(日経産業新聞、2006年4月21日)。トヨタ自動車の立花貞司専務(トヨタホーム社長)によれば、家庭用燃料電池普及について、トヨタとミサ ワの共同の取り組みを視野に入れているというのである。これは自動車自体の未来像ともリンクしてくるであろう。ホンダも家庭用燃料電池普及に取り組み、 ガススタンドならぬ水素スタンドを各家庭に構築することを展望している。未来は既に始まっているのだ。
    【写真】バラードパワーシステム社製スタック(記者発表資料よりhttp://www.ebara.co.jp/)左:今回開発した「MK1030V3」型(第3世代機)中:(第2世代機) 右:(第1世代機)


~~多摩市の諏訪中生 楽器を集めキルギスに贈呈~~東京新聞が報道

    授業で使う楽器が不足しているキルギス共和国の学校に贈るため、使わなくなった楽器を集めていた多摩市立諏訪中学校(川越孝洋校長)の生徒が十日、渋谷区広尾四の国際協力機構「JICA地球ひろば」で、アスカル・クタノフ駐日キルギス特命全権大使に寄贈目録を贈呈した、と東京新聞2006年6月19日付で報じています。

    記事によれば、 "仲介役"となったのは、多摩市在住で現在、青年海外協力隊としてキルギスで活動している石阪由美子さん。現地の学校で音楽と日本語を教えている石阪さんから昨年九月、「楽器が不足しており、使っていない楽器を活用させてもらえないか」という電子メールが市役所に届いた、という。

    吹奏楽部など音楽活動が盛んな諏訪中で楽器集めに取り組むことになり、生徒会は、今年一月の全校作品展でキルギスの展示コーナーを設けるなどして、保護者や地域の人々にも協力を呼び掛けてきました。

    こうして集まった楽器は、リコーダー、ハーモニカ、カスタネットなど十種類計百七点。生徒会役員がこの日、クタノフ大使に目録を贈呈しました。諏訪中で集めた楽器は、早ければ来月にも現地に届けられる予定。


シカチアリャン自立支援コンサート関係記事を各紙が報道

    6月13日のシカチアリャン村自立支援チャリティ・コンサートを各紙がとりあげました。左は東京新聞6月9日付の特報版記事で、前日のリハーサルの様子を写真取材して掲載して頂きました。下は読売新聞6月10日付都民版の告知記事です。

    この他、共同通信社が加盟各社に配信し、西日本新聞 河北新報、秋田魁新報、岩手日報、神戸新聞など、ほとんどの地方紙に掲載されました。ありがとうございました。
    また、ウェブ上でも多くのサイトでご紹介いただきました。厚くお礼申し上げます。
    シカチアリャン村自立支援募金は引き続き行います。ご協力をお願い申し上げます。
    【シカチアリャン自立支援募金】送付先
    郵便口座名:ユーラシアンクラブ 口座番号:00190-7-87777 通信欄にシカチャリアン支援と明記してご送付下さい。


台 湾 漫 談(1) 和光大学非常勤講師 富川力道

    2006年4月16日から19日にかけて、台湾へ3泊4日の旅に出かけた。大学時代の「悪友」牧原の誘いで呉人と三人で行くことになったのは、出発の約一ヶ月前のある飲み会の席上であった。牧原が学長を務める、ウランバートル市にあるモンゴル文化教育大学と台北の南開大学間で結ぶ姉妹校提携儀式と台北で開かれるチンギス・ハーン祭りに参加できるとあって、話はとんとん拍子に進んだ。親友三人の同行とあってはいろいろな楽しみが待っているだろうし、気がつけば、台北正中国際空港に降り立っていた。迎えのマイクロバスに乗り込んでホテルに到着したのは深夜の一時ごろだった。

    仕事熱心な牧原は早速翌日の連絡先を確認しようとしたが、連絡先はメールを見ないと分からないことが判明した。おまけにノートパソコンは持参していなかった。幸い大学の名前を覚えていたので、翌日午後に蒙蔵(モンゴル・チベット)委員会蒙事処を訪れて確認することになった。何事も慌てないのがモンゴル人のいいところだろうか?!

    翌朝は朝食後、蒋介石を讃えるために建てられた正中記念堂や世界一高いという台北101超高層ビルを見学した。午後は約束どおり2時に蒙蔵委員会に向かった。10数階もある立派な建物の四階に事務所はあった。通路の大きなラクダの写真が目に飛び込んできた。蒙蔵委員会は、総統府直轄の組織として民国17年(1928年)に設立されたが、その前身は清朝時代の理藩院まで遡ることができる。その主旨は、モンゴル・チベット地域における経済・教育発展の支援、モンゴル・チベット文化の宣伝および保護、信仰の尊重、民族の共存と主権の維持を目標としているという。

    ぼくらは、蒙事処顧問の傳壽山さん(モンゴル名はトゥブシンバヤル)の事務所を訪ねた。きれいなチャハル方言で話すこの方は内モンゴルのシリンゴル地方から9歳の時に母親らと台湾に移住したそうだ。牧原とは数年前からの知り合いだった。部屋にはモンゴル書籍、チンギス・ハーン像や馬頭琴が飾ってあり、完全なモンゴル的な空間だった。

    台湾のモンゴル人のほとんどが国民党政権下の内モンゴル人で、大陸での国民党の敗北と共に台湾に移住してきた、いわゆる「蒙籍人」である。最近アメリカなど海外への移住が増加しているようだが、現在約500世帯あまりの1000人以上が暮らしているという。チンギス・ハーン祭りは「蒙籍人」が半世紀もの間祭り続けてきたのだ。牧原と呉人が南開大学の場所を聞き出している時、ぼくは頭の中で明日の祭りのことばかり考えていた。(以下次号)
    写真:通路の大きなラクダの写真 写真提供::筆者


ユーラシア短信 ギリシャ・ますます悪化する移民・難民の拘禁 アムネステイ・インターショナル日本

    EU東南部の国境に位置するギリシャの地理的条件は、ギリシャを、迫害を逃れ、保護を求めてEUに来る難民やその他移民が最初に足を踏み入れる地にしている。パスポートやビザなどの書類を持たずにギリシャに到着した者のほとんどはギリシャ当局により拘禁され、その多くは最長3ヶ月間にわたって収容される。

    すし詰め状態の収容施設においては、被収容者は運動をしたり、個人的衛生を保つことが出来ない―多くの被収容者は、体を洗う為のお湯が限られていることに起因する疥癬などの健康上の問題を訴えている。

    いくつかの収容施設では子供も大人と一緒に収容されており、子供に特有の精神的なニーズに対応した特別なケアはなされていない。アムネスティ・インターナショナルが接触した子供の1人は、発汗やけいれん、号泣など、明らかなストレスの兆候を見せていた。


ユーラシア短信 世界の難民数は26年間で最低を記録、一方で国内避難民は増加 UNHCR

    UNHCR国連難民高等弁務官事務所が発表している「世界の難民状況」は、2005年の難民数は、2004年の950万人から減少して840万人となったが、援助対象者全体としては1950万人から2080万人へ、130万人増加している。この支援対象者の増加は、自国内で難民と同様な生活を強いられている「国内避難民」が増加したことによる。UNHCRは、紛争による国内避難民も援助対象者としており、その数は2004年末時点では13か国540万人であったが、現在はその数は16か国660万人。

    難民や避難民の大多数は、発展途上国にいる。2005年の集計では、UNHCRの援助対象者の約半数を占めているのが、アフガニスタン人(290万人)、コロンビア人(250万人)、イラク人(180万人)、スーダン人(160万人)、ソマリア人(83万9000人)の5つの国籍に集中している。コロンビアには200万人以上の国内避難民がおり、最多の避難民を抱える国となっている。次いで、イラク(160万人)、パキスタン(110万人)、スーダン(100万人)そしてアフガニスタン(91万2000人)である。(UNHCR)


アイヌ木彫り教室 千葉県君津市カムイミンタラ(無料)で

    アイヌの伝統文化の継承を目指す、君津市のカムイミンタラで、北海道在住のアイヌ工芸家をお呼びして木彫教室を開きます。どなたでも無料で受講できます。

    7月7日(金)12:00~16:00 出入り自由、無料。
    7月8日(土)木彫りのイナウを使ったアイヌの祈りの儀式(カムイノミ・イチャルパ)12:00~16:00。無料。
    7月9日(日)10:00~12:00頃まで、その後和太鼓やアイヌ民族の唄や踊り、楽器演奏があります。無料。
    会場:千葉県君津市黄和田畑仲ノ台3 カムイミンタラ(国道465線、蔵玉小学校近く)
    お問い合わせ:TEL:0439-39-3988カムイミンタラ


キルギスへの誘(いざな)い 写真で見る中央アジアのオアシス03 若林一平

    イシククル湖と自然の恵み
    イシククル湖は琵琶湖の10倍近い広さを持つ。
    水はどこまでも透明。
    自然の恵みの宝庫である。
    水面に釣り糸を垂れていると大地の快感が伝わってくる。
    写真:イシククル湖の釣り風景 1998年、若林一平撮影。


ハバロフスクにて(2) 井口隆太郎

    前回は憧れのハバロフスクの空港に着くも、空港ロビーで写真を撮っているとロシア人ではなく、北朝鮮の高麗航空関係者に恐らくフィルムを抜き取るぞ、と云われるような厳重な注意をされて、ロシアの空港で、なんでロシア人でなく外国人である北朝鮮の人に注意されなければならないのかとショツクを受けつつ、その後タクシーに乗れば道路事情が悪く、前方の車が跳ねた石ころがタクシーのフロントガラスに当たり、大穴が開き冷たい風と暖房用の石炭の臭いが車内に充満したまま、インツーリストホテルに着いたところまでお話ししました。

    ついでにフロントガラスに大穴を開けられたタクシーの、中年の運転手のその時の仕草と表情は今でも思い出します。冷戦が終わり、ソ連の足元には巨額の対外債務と物不足とインフレがひた寄せて、新品のフロントガラスを直ぐに手に入れるには法外な高額の代金を用意するか、次に来る冬を穴の開いたままで過ごして、フロントガラスを待たねばならないので、絶望的に叫び不運を嘆いたのでしょう。
    熱い戦争も冷たい戦争も負けた国の底辺の人々に大きな負担がかかるのを垣間見た次第でした。

    そして次の絶望的ショックはインツーリストホテルのフロントで待っていました。フロントでチェツクインをすると、東京から代金を払って予約していたロシア語通訳は、モスクワのインツーリスト本社から連絡がないので手配してないと言うのです。太ったオバサンは。身振り手振り有りっ丈の英語、フランス語と日本語を混ぜながら、モスクワに電話を入れて通訳代金の入金を確認して、一刻も早く 通訳を手配してくれと嘆願しましたが、確かそれは私の仕事ではない、と言うばかりで取り合ってくれませんでした、あの太ったオバサンは。

    周りには日本人らしき東洋人は居らず、これから三日間朝食だけで我慢して一日中ホテルの部屋に居るしかないのか等、後ろ向きで絶望的な思考が頭の中をグルグル廻り始めました。

    仕方なく部屋に入り旅装を解き、再度フロントで通訳の交渉をするも通じないので、気落ちした心を気分転換に、フロントの隣にある土産物店に入り 商品を眺めてると、何と日本語で「何をお探しですか」と金髪の若い女性店員が声を掛けてくれました。地獄で何とかではありませんが、経過説明をして何とか日本語の出来る友人とかの紹介を頼んだところ、その彼女が三日間売店を休んで通訳してくれる事になりました。

    お陰で車と運転手も手配できてほぼ予定通りのハバロフスク観光が出来ました。
    とりわけ近郊の湖の畔の保養所の白樺の森の番人にご馳走になった、採りたての白樺ジュゥスは香りも味も甘く印象深いものでした。インツーリストホテルの土産物店の彼女のお陰でラーゲリ生活のハバロフスク旅行が一転して嬉々とした観光旅行になり、何事も最後まで諦めてはいけないことを教訓としました。(以下次号)
    写真上:ハバロフスク空港は北朝鮮人ばかり 写真左:フロントガラスを割られたタクシー 提供:筆者


編集後記:ようやく日本のワールドカップ戦が終わった。この間、テレビは国民の全てがサッカーファンかのように、連日連夜サッカーで明け暮れました。お陰で大事なニュースが隠されてしまったのではないでしょうか。シンドラー社、米牛肉輸入再開、日銀福井総裁しかり、そして村上ファンドの生みの親・オリックス宮内氏しかり。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
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2006年6月 1日 (木)

ニュースレター第82号2006年6月1日 6月13日チャリティ・コンサートの成功に皆さまのお力をお貸し下さい

ユーラシアンクラブニュースレター第82号2006年6月1日


6月13日チャリティ・コンサートの成功に皆さまのお力をお貸し下さい 大野 遼

    6月13日開催されるチャリティ・コンサートの打ち合わせで、出席者の一人は「アムールの汚染は川のチェルノブィリだ」と発言した。しかし、アムールは、チェルノブィリほど遠くの話ではない。昔「隅田川の水はテムズに通ず」といった人がいた。こうした比喩は人々の住む環境が世界とつながっているということを表現する時に良く使われる。テムズは、インダス川でも、アマゾンでも、黄河でも良い。そしてアムールは、まさしく隅田川、築地市場とつながっている-。アムール汚染は、アジアの問題であり、日本の問題でもある。

    石油化学工場の爆発・ニトロベンゼン流出によるアムール汚染は、中国の改革開放、「東北振興」のモラルを欠いた悪しき結果だ。日本でも昭和40年代に、目を覆いたくなる環境汚染が人類の未来への不安、絶望感を産み、若者の感受性を刺激した。世界に通じる「ミノマタ」「コウガイ」という日本語は、経済活動優先の政治と行政が、いかに問題が多いかを語る言葉だ。アムール汚染の現状は、アジア規模で進んでいる「コウガイ」の一端を示している。

    実は4,5年前から、魚の異臭や奇形魚が指摘され、アムール川から取水する上水に不安を持ち、地下水しか引用していないロシア人が増えていた。「漁労禁止解除」を決めたそのハバロフスクの地方政府の内部では、飲用水のアムール取水を控え、小川からの取水も選択肢として検討されるようになっているようだ。

    「漁労禁止解除」の後でもハバロフスクの新聞は魚を手にした漁民の姿を掲載し「食べては駄目」とキャンペーンを張り、特集記事やインターネット上の情報でも魚を食べ続けてきた住民の多くが肝臓に異常を生じていると指摘している記事さえあった。

    「漁労禁止解除」の根拠は無いのに等しい。アムールの漁労民ナナイは、魚を獲っても売れず、食べることもできない。食べざるを得ない住民は、孫の代まで被害を引きずる「ミノマタ」的悲劇の最中にある。今ではロシア人の間でも、「汚染原因の除去」が議論に上るようになってきた。しかし、アムールの先住民族の存立の危機について注意を払う人は少ない。

    アムール汚染によるシカチアリャン村の危機は、いくつかの側面を持っている。一つは、進行するアジアの時代がアジア的規模で環境汚染が進行しているという警鐘を鳴らしているという点にある。二つ目は、最初に触れたアムールの汚染が隅田川河口の築地鮮魚市場を通して日本人の健康不安にもつながっているという点だ。年間150億トンともいわれるアムールへ流出した中国の工場排水は、海を汚染し、オホーツクで獲れた魚介類は築地などを通して日本人の食卓に届いている。

    三つ目は、シカチアリャン村の危機は、ナナイという民族文化の危機だという点だ。近現代の国家という枠組みは、民族を分断し、先住少数民族と文化を崩壊させる歴史を刻んできた。しかし日本という国家も含め、全ての国家の文化的豊かさは全て少数民族から恩恵を浴していると断言できる。少数民族の理解と敬意こそアジアの健全さを維持する基盤だ。その意味では、シカチアリャン村の危機は、アジア規模で進む文化的不健全さを象徴している。

    昨秋の中国・石油化学工場の爆発は、決して一過性の事件ではなく、アムールで恒常化している汚染とその意味を告発するきっかけになっただけである。

    私と一緒に、アジアの諸民族の文化の多彩さ、水準の高さ、奥行きの広さを発信している音楽家たちは、この現状を心で受け止めた。彼らは、喜んでノーギャラでチャリティ・コンサートに臨み、アジアの水質環境の危機、文化の危機を克服しようという300人の村シカチアリャンの住民に共感の音楽的メッセージを届ける。

    万感のソロ演奏から、合奏、即興の演奏。アムールの上流の民族ともいえるモンゴルから、アジアの風を送るヒマラヤネパール、イラン、ウイグル、そして世界の民族音楽の創造的価値を発信する新潟県・佐渡の音楽集団鼓童の篠笛奏者らが「アジアンビート」や「大地の響き」をアムールに届ける。当日は、演奏される舞台からアムールにホットラインをつなぎ、住民の生の声を会場に届ける予定である。ぜひ多くの方に来場していただけることを願っている。

    また、募金を一円でも多く村に届けたいと考えており、コンサートを支えるボランティアスタッフを募集します。特に、音響・照明や舞台設営、受付などで力を貸していただければ幸いです。
    【写真】「鼓童」から特別出演の篠笛演奏の山口幹文さん。鼓童文化財団提供


アムールに届け、支援のミュージック・キャラバン

イラン、モンゴル、ウイグル、ネパール、そして日本のアーチストが熱演

    出 演:ライ・ハスロー(馬頭琴演奏家、作曲家 中国・内モンゴル)梅木秀徳(ホーミー、口琴演奏家 日本)アブライテイ(タンブル演奏家、中国・新彊ウイグル) シャーサーバリー・ハミド(サントゥール、ネイ(笛)演奏家イラン)パンチャ・ラマ(パンスリ(笛)演奏家 ネパール) タラー(中国古筝、中国・内モンゴル) 山口幹文(「鼓童」 篠笛演奏)

    本コンサートは、収益金を村に寄付し、自立の一助にするために行うものです。皆さまのご参加とお力添えをお待ち申し上げます。
    チケット:前売り1,800円 当日2,200円 チケットぴあ(Pコード229-100)
    日  時:6月13日(火曜日)18:00開場 18:30開会 
    会  場:目黒区区民文化センター 目黒区目黒2-4-36
    最寄り駅:JR山手線 東急目黒線目黒駅徒歩10分 バス権ノ助坂下車徒歩5分
    主  催:ユーラシアンクラブ 共  催:東京アイヌ協会
    後  援:財団法人 鼓童文化財団
    お問合せ:ユーラシアンクラブEL/FAX:03-5371-5548 電話は090-1201-0524 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jp
    お申し込:郵便振替で口座名ユーラシアンクラブ 口座番号00190-7-87777までシカチアリャン支援コンサートとしてご送金下さい。


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第二十四回

アジアの覇者=サムスンが燃料電池に取り組む 報告者:若林一平

    小泉首相に靖国神社参拝の再考などを求めた経済同友会の提言を巡り、首相官邸と同友会の対立が深まってきた。首相が「商売と政治は 別」と反論したことに、同友会の北城恪太郎代表幹事(日本IBM会 長)は23日の記者会見で「経済も含めて国の政策は決めるべきではないか」と再反論。(5月23日、asahi.comより) 北城氏の提言は当然のことであろう。軍事大国を放棄して経済大国になった日本なのだから、経済の舵取り抜きに政治は語れない。

    考えてみれば、小泉改革の名の下にグローバル化という国民財産の叩き売りを進めてきたコイズミサンなのだが。国民の関心を見事に内向きに誘導してきた。アジアで今起きていることをマスコミも知らせていな い。

    韓国初の純利益1兆円企業はサムスンである。samsungは、液晶モニターや半導体では今や誰もが知る国際ブランド。サムスンはアジアの覇者とも言われる。研究開発拠点を日本でも構築していることは言うまでもない。サムスンによる燃料電池開発技術者のリクルート活動が進んでいた矢先にビッグニュースが入ってきた。サムスンが、携帯用超小型燃料電池の開発で、新興の燃料電池メーカーMTI Microと提携を発表したのである。(2006年 05月19日、www.itmedia.co.jp)

    用途は携帯電話用である。世界的に億単位の需要が期待できる分野で ある。燃料電池への水素の供給はメタノールのカートリッジを使用す る。これでユーザーは携帯への充電の煩わしさから解放される。

    MTI Microは無線用の超小型燃料電池に特化した米国のベンチャー企業(本社はニューヨーク州のアルバーニー)。メタノール燃料 電池の開発にかなり前から着手しており、2002年にはすでにモバイルデバイス用バッテリーの試作品を披露している。この小さな企業は 米政府機関での採用にも目を向けており、軍事用途のバッテリー解決策 として同社技術の売り込みを策している。

    韓国からの話題をもうひとつ。現代自動車はワールドカップの公式スポンサーである。本大会に出場する32カ国の代表選手やスタッフらが利用するバスなど、計1,250台の車両を提供、「トゥサン・ 水素燃料電池車両」二台もデビューする。
    【写真】横浜市鶴見区にあるサムスン横浜研究所(http:// www.syri.co.jp/)


心中穏やかならぬ年の旅はじまり「極寒のトラは氷結したアムール川に潜んでいた!」4 河野眞一

    【ニーナ村長からのメッセージ】大野遼訳
    (編集部:このメッセージは1月にシカチアリャンを訪ねたときのものです。)
    1930年代ソ連国家は先住少数民族の望む一家族に牛一頭を与えてくれた。子供らは無償で学校へ行けた。ナナイ民族の人達はそう言うことに馴れてしまって、国家は望む通りのことをした。ナナイの民もコルホーズ政策の終わりとともに仕事を無くした。

    そして当時の子供が大人になった今、シカチャリアン村の先住民にとっては自分で仕事をつくることも大変難しい。仕事をすることができなくなったりしても村の将来的展望について考える人や発展的会談をする人が少なくなった。だから生活の糧を得るためには狩猟や漁労にのみ頼るしかなくなった。自ら仕事を創ろうともせず、ウォッカに身を任せてアルコール中毒になった者も多い。

    目下、村の人々の暮らしを支えてきたアムール川がニトロベンゼンで汚染され、漁労が24ヶ月禁止されたことはシカチャリアン村の先住民の死活問題であり、村の存亡の危機である。村が危機に陥った今、村や人々がこれから新しい出発の時を迎えるとしたら仕事を見つけるしかない。人々が自分を信じて仕事をすることが必要だが、今は希望もないし仕事もないし何も無い。

    今後生活を支えるため、当面考えられる収入源は観光による方法しか思いつかない。しかし正直言って今村の人たちは、自分の仕事をどうするか、家族をどうやって守るかが手一杯で、村全体の将来のために何をどうすると言う余裕がない。(完)
    【写真】シカチアリャン村小学校の子どもたち


自立支援と理解、親睦~アムール・沿海州エコカルチャーツアー のご案内

    アムール・沿海地方エコカルチャーツアーを実施します。ツアーには村民との交流の他、岩絵の見学、原生林の散策などのほか、寄せられた募金を村に届けます。

    旅行期間:2006年7月14日から21日の8日間
    旅行経費と開催条件:1人215、000円(マイクロバスチャーター料金、ボート借上げ・同行漁師・漁師報酬、宿泊・食事、等滞在費用含む/ビザ代、ロシア国内手数料、ロシア大使館手数料、空港税別)。
    旅行企画:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 
    催行人員:5~10人。同行者:大野 遼
    ※ 注1現地の事情でスケジュールがかわることがあります。
    ※ 注2寝袋等野外トレッキングに必要な備品、その他釣具(ビキン川用)・双眼鏡・医薬品・トイレットペーパー・ヤッケ等防寒具・防虫ネット等ご用意ください。

    【スケジュール概要】村の状況、天候等で相談の上、変更の場合があります。            
    第一日目:7月14日(金)新潟~ハバロフスク。イントゥーリストホテル泊。
    第二日目:7月15日(土)シカチアリャン村役場、幼稚園、博物館見学。民族芸能鑑賞。ペトログリフ見学等。
    第三日目:7月16日(日)漁民のボートでアムール川視察。村民と交流、土壌・気象調査、深井戸予備調査。
    第四日目:7月17日(月)シカチアリャン村からクラスニーヤル村へ移動。
    第五日目:7月18日(火)クラスニーヤル村村民との交流。
    第六日目:7月19日(水)ビキン川遡上。猟師小屋、原生林探索。伐採現場調査。
    第七日目:7月20日(木)夕方シカチアリャン村に移動、シカチアリャン泊。
    第八日目:7月21日(金)ハバロフスク空港へ移動。帰国
    【写真】シカチアリャン村の岩絵 撮影:河野眞一


特集 アム・ダリアに魅せられて 中央アジアと加藤九祚 季刊民族学116 2006春号

    国立民族学博物館友の会機関誌「季刊民族学」が名誉教授であり、当クラブの名誉会長でもある加藤先生の特集を組んでいます。

    「君は、はるばる日本からやってきて、スルハン・ダリヤ地方の古いダルヴェルジン・テパやカラ・テパで考古学的発掘に従事している加藤九祚氏について聞いたことがあるかもしれない。彼の犠牲的精神に富む、広範な知識は、われわれの歴史全体や古代の遺跡を含むのみならず、文化的・精神的遺産に関しても深い理解を示している。

    加えて、これらの事物を外国の人びとに伝えることに大きく貢献し、また、ウズベキスタンと日本両国の学問的関係を発展させることにおいても実り多い成果を上げたことにより、ウズベキスタン共和国の大統領令に基づいて〈友好〉勲章をさずけられた。

    そもそも齢(よわい)80を超えるこの人物に故郷を捨てさせ、冬の風雪、夏の炎暑、春秋の降雨や悪天候にさらされつつ、荒野にすまわせ、その手にクワをもたせて、古代の遺跡を少しづつ掘り進め研究させている力はいったい何なのだろう? (以下略)」この文章が特集の巻頭を飾っています。これは、現在ウズベキスタンの小学6年生用公民教科書に掲載されている加藤先生の紹介文です。

    特集は、「ホラズムとメルヴの旅」文・加藤九祚 写真・大村次郷 「対談 あくなき探求心-シベリアからカラ・テパへ」加藤九祚 帯谷知可 写真・大村次郷 「ウズベキスタンでのカトー・センセイの仕事」文・エドウヴァルド・ルトヴェラゼ 「ウズベキスタンの今」文・帯谷知可 写真・大村次郷 で構成されています。

    全体として、中央アジアについての深く広い、文献にもとづく知識と、実際に足で歩き、発掘して事実で確認してゆく、丹念な積み重ねという加藤先生の研究姿勢や業績が、その人柄とともに良く理解できる構成になっています。

    「ホラズムとメルヴの旅」では、ウズベキスタン側の遺跡ヒワなどとともに、一般には馴染みの少ない、トルクメニスタン側のウルゲンチ、アシュガバード、メルヴなどを訪ね、遺跡の歴史とともに、現在の遺跡の状況を詳しくレポートしています。

    大手の旅行会社が、ようやく去年からウズベキスタンのサマルカンドなどへ行くシルクロード・ツアーの募集をはじめたところでもあり、遺跡の今を知る上でも貴重な見聞録です。この中で、干上がるアラル海の惨状をつぶさに見、原因を鋭く考察しているのが印象的です。また、「トルクメニスタンの国民の電気、ガス、水道、塩は無料、ガソリンは1ドルで60㍑買える」など庶民の暮らしぶりにも触れていて、先生の姿勢と人柄が覗えます。

    京都大学地域研究総合情報センター助教授の帯谷知可さんとの対談は、シベリアから復員して今日に至る、先生の研究生活などが語られ、先生の略歴と人柄、翻訳や執筆から発掘へと、まさに飽くなき探求心はいったいどこから出てくるのか、その驚異的な熱意に驚かされます。

    遺跡や、そこを訪れる現地の人たちの日常の営みなどもとらえた大村次郷さんの写真も印象的で、中央アジアを知る上で貴重な記録となっています。(文:編集部)
    【写真】テルメズ近郊にある岩塩の坑道を行く加藤先生(写真は特集記事とは関係ありません。)


クリシュナ・リラ KRISHNA LILA コンサート

    少年の頃プリンダヴァンの森でいつも笛を吹いて遊んでいた神の化身・クリシュナ。歓びに満ちたその笛の音と微笑みは多くの女性たちのハートをとりこにしました。今ここにクリシュナの世界をパンチャ・ラマのバンスリの音色にのせてお届けします。
    空に一番近いヒマラヤからバンスリの音色を・・・

    パンチャ・ラマ(バンスリ ネパールの竹笛) サラバン・ラマ(タブラ ネパールの太鼓) 川西 堅(ギター)
    日  時:2006年6月29日 18:30開場 19:00開演
    会  場:杉並区・浜田山会館 杉並区浜田山1-36-3
    最寄り駅:京王井の頭線 浜田山駅から歩5分
    チケット:前売り2,500円 当日3,000円
    お問い合:有限会社P.S.MUSIC 03-3425-3469 090-6533-7076 E-mail:ticket@chutari.jp
    【写真】右はネパールの楽器・タブラ


キルギスへの誘(いざな)い 写真で見る中央アジアのオアシス02 若林一平

    キルギスの温泉保養地と薬師如来像
    キルギスの首都ビシュケクからおよそ60キロメートルにある、緑 の山々に囲まれたイシック・アタは温泉の豊富な保養地である。

    シルクロードの旅人が、そしてモンゴルの将軍たちが骨休めをした、文字通り心温まる隠れ家だ。仏教もここを通って極東の僕らのところまで辿り着いたのだ。
    (写真:まさにシルクロードの記録。岩に掘られた薬師如来像。8世紀のものと言われる。1998年、若林一平撮影。)


ハバロフスクにて(1) 井口隆太郎

    ハバロフスクは私にとって印象深い街です。戦後生まれですから抑留されたことはありませんが、未だソ連の時代に、しかし、ゴルバチョフ政権末期ですから既に個人でロシアに入国できた平成二年の四月末に憧れの極東ロシアの土をハバロフスク空港で踏むことが出来たのです。

    忘れもしない小学校に入学直前の昭和二十八年春に町に号外の鈴の音が鳴り響き町中の大人達は通りに出て号外を我先に手にして読んで小躍りして喜で、万歳をしてるオジサンも居ました。人が死んだのに何で皆喜ぶのか不思議で理解出来ない光景を見て後にソ連のスターリン首相が死んだ号外だつたと知りました。

    小学校に入学して社会科の世界地図のアジア版の極東ソ連はアムール河もハバロフスクもシホテアリニ山脈も表示されてなく唯唯赤く塗りつぶされていました。ついでに大陸中国は中共(中国共産党)、台湾は国府(国民政府)とソ連とは別の色で表示されていましたが何故か北京や台北の主要都市だけはソ連と違い記入されていました。

    話は前後しますが昭和二十八年四月一日にNHK(その昔は日本薄謝協会と内外から揶揄されてましたが使い込み不払い運動の最近の動きとは隔世の感が有ります)のテレビ放送が開始されましたが、それ以前の映像メディアは映画しか有りませんでした。映画の前に必ずニュースをやります。竹脇無我のお父さんの竹脇正作?アナウンサーの名調子で低音の魅力的声でナレーションがつきました、余計な事ですが。

    印象的で未だに忘れられないのは朝鮮戦争のニュースで特に京城が北朝鮮軍に陥れられ白衣民族と言われる朝鮮人の人達が爆破された橋を伝って逃げてくるシーンでした。空にはアメリカのセイバージェツト戦闘機と互角の戦いをしたソ連製のミグ15戦闘機、陸は同じくソ連製のT-34戦車がそれぞれ赤い星のマークをつけて怒涛の如く押し寄せて、子供心に日本まで攻めてくるのではないかとニュースを見た夜は興奮して眠れませんでした。幕末から明治にかけての日本人がロシア帝国に対して持っていた恐怖心もこんなものだったのでしょうか。

    後にソ連は鉄のカーテン、中共は竹のカーテンを敷いて覗き見さえ出来なくなりました。スターリンの死や朝鮮戦争がロシアとの源体験者にとってカーテンを敷かれた情報途断は辛いものがあり、例えば黒澤明監督の「デルスゥ・ウザラ」は何回も見に行きましたが百聞は一見に如かず、ロシアを自分の目で見て足で歩き回り、鼻で匂を嗅ぎたい欲望は永年に渡って積もりました。これに風穴を開けてくれたのがアメリカのレーガン大統領であり当時のゴルバチョフ書記長でありました。お陰で冒頭の平成二年に永年の夢、憧れの極東ロシアのハバロフスクに行くことができました。

    当時は未だ一般旅行者の行動範囲の制限があったようですが知識として知っていたナナイ族の村シカチ・アリャーンには必ず行くべく旅行社に通訳の手配も頼んで勇んで、当時は今のハバロフスク国際線ビルの隣にあった現在保存されてるドームで入国手続きをして出て写真を撮ってると、北朝鮮の高麗航空関係者が沢山居て、ここで写真を撮ってはいけないと注意されたのが最初のカルチャーショックでした。二番目はインツーリストホテルに行く為、タクシに乗って直ぐ、飛んできた石で車のフロントガラスが壊れ、風に吹かれて石炭臭い街中を走ったことです。そして三番目のショツクはホテルのフロントで始まりました。

    【写真】「橇仕舞い舟も仕舞いて漁村閉じる」 5月初旬のシカチアリャン村アムールの船着き場 かつては20~30隻の船がもやっていたが、今は一隻もない。撮影:筆者


編集後記:6/13チャリテイ・コンサートまであと十数日。アジアのアーチストが熱演します。お力をお貸し下さい。/今号は「季刊民族学」特集『アム・ダリアに魅せられて』を紹介します。今年84歳。5月でも地表温度50度を超え、時折熱風が吹く、テルメズ近郊のカラ・テパ遺跡の発掘は並大抵ではありません。全く頭が下がります。(高橋)


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