« 2006年6月 | トップページ | 2006年9月 »

2006年8月

2006年8月31日 (木)

ニュースレター第85号2006年9月1日 「文化少年団アドベンチャークラブ」の活動とシカチアリャン支援

ユーラシアンクラブニュースレター第85号2006年9月1日


アフガニスタン、ネパール、サハの文化を普及する活動に参加 大野 遼

    この夏、民族の共生、自然との共生を模索する「大地のフォーラム730-06愛川」を転居先の自宅で開催しました。進行するアジアの時代。石油天然ガス依存の社会が太陽と水を大切にする時代に移行する中、国家民族宗教を超えて民族の共生・自然との共生を模索する試みで、今後各地をキャラバンしながら新しい時代を考えるフォーラムとして継続したいと考えています。

    今回は、長い戦争の時代を潜り抜け、誕生した新生国家アフガニスタンの現状について、日本アフガニスタン協会理事のアセヒ・ファルークさんが撮影した最新映像「アフガニスタン復興の現状」の紹介と解説、アフガニスタンで小学校建設に取り組む特定非営利活動法人イーグル・アフガン復興協会理事長・江藤セデカさんの話を聞くとともに、お2人お手製のアフガニスタン料理をご馳走になりました。当クラブの若林一平理事が自然エネルギーの開発の現状について報告しました。次回の「大地のフォーラム」は、キルギス共和国大使館で開催の予定です。日程等決まりましたらお知らせします。

    また私は、8月には宮崎県門川町と新潟県佐渡市で、アジアのアーティストと文化の普及の活動を行いました。
    8月7,8,9日には、宮崎県門川町で12月16日開催されるアジアシルクロード音楽フェスティバルに先立ち、プレイベントをネパールのバンスリ奏者パンチャラマさんと二人で訪問しました。フェスティバルのファン拡大を目的に地域の公民館で、子どもたちや地域住民と交流しながらの催しでした。

    子供たちは門川町総合文化会館を拠点に活動する文化アドベンチャークラブの小学生で、約40人が公民館での国際交流コンサートを支え、パンチャラマさんの大ファンになりました。公民館でのコンサートはいずれも好評で、文化会館に足を運んでいただける町民が一人でも増えるのを期待しています。

    8月15日から22日には、佐渡で開催された鼓童のアースセレブレーションに参加し、プレイベントとして開催されたハトラーエフ夫妻と鼓童の篠笛奏者・山口基文氏、太鼓の金子竜太郎氏とのセッション、木崎神社でのフリンジコンサート2回、港公園の野外での演奏1回、鼓童村での打ち上げパーティなどに参加しました。

    11月には「鼓童」のヤクーツク公演に同行
    ハトラエフ夫妻の演奏は大変好評で、持ってきたCDはプレイベントでほとんど売れ切れ。「良かったのでまた来ました」とアースセレブレーション期間内の「追っかけ」聴衆も随分生まれ、参加者の心を掴みました。鼓童とハトラエフ夫妻との交流はこれで3年目となりますが、サハ共和国文化大臣の支持を得て、11月には鼓童のヤクーツク公演(国際交流基金主催)が実施され、私もコーディネータとして同行します。ヤクーツク公演が契機になり、ウラジオストク、イルクーツク、サハリン四ヶ所での鼓童シベリアツアーが実現することになりました。


ナナイの村・シカチアリャンの歴史と文化、そして暮らし01 大野 遼

    ロシア極東の都市ハバロフスクから北東70キロ。アムールの岸辺に広がるナナイ人たちの村シカチアリャン。太古の昔から引き継いだアムール漁労民という暮らしと文化が危機に瀕している。自立の道を模索する309人の住民の苦しみと運命は、欧米的産業社会に巻き込まれたアジアの未来の不安と重なっている。 しかしこの村の歴史と文化、暮らしについてはまだあまりよく知られていない。そこでとりあえず私の知るところをご紹介することにした。

    私が初めてシカチアリャン村を訪ねたのは1991年の冬の夜だった。まだ北方ユーラシア学会の理事・事務局長であったが、学術研究から少数民族の自立を支援することに意義を感じはじめ、とりあえず一番身近な民族村を知らなければ話にならないと、民族村の文化と自立を支援する行政担当者に希望を伝え村に入った。

    旧ソ連崩壊直後とは言え、社会はまだ暗澹たる空気に満ち、規制の多い時代だったが、時に私は先住民に間違えられることもある視察で、愉快な経験もあった。真冬の訪問で一番最初に訪れたのは村役場だった。古ぼけた板張りの二重ドアを開けると8畳ほどの広さの小部屋にたくさんの住民が集まり、てんでんばらばらに声を荒げて集会の真っ最中。中には相当ウオッカを仕込んで議論に参加しているものもいた。

    議論の内容は今ひとつピンと来なかったが、今から思えば、1962年にロシア地方政府から自立した行政権を奪われて、1991年に40年ぶりに行政権が復活したばかりの村でのロシア人の新村長とナナイ人の住民との関係構築のための集会だったようだ。

    2メートルを超える軍人上がりのロシア人村長とはその後仲良くなったし、二代目のナナイ人女性の村長、三代目のその妹の現村長とも信頼関係は今も続き、多くの住民と家族ぐるみで親しく付き合うことになった。これまで16年間、毎年通うことになる村で、喜びと悲しみと怒りとたくさんの経験を積み重ねることになるが、これは別の機会に譲り、村に伝わる文化遺産や芸能についてその一端を何回かに分けてご紹介する。

    シカチアリャン村を世界的に有名にしたのは、村外れのアムール川の岸辺に展開する岩に刻まれた岩絵(ロシア語でペトログリフ)である。私が初めてシカチアリャンの岩絵を見学したのは、冬のシカチアリャン訪問のあと、アムール川の氷が融けたばかりの翌年5月。そこで初めて、かねて記憶にあったトナカイの全身画やサルのような顔面、などを目にした。これらはシカチアリャン村とナナイ族の宇宙開闢や三つの太陽、創世神話や現代まで引き継がれた「遠い古代の痕跡、彼らの先祖の文化の残存物」(A.P.オクラドニコフ)だった。(以下次号)
    【写真】トナカイの岩絵 撮影:筆者

エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第二十七回

根室沖の悲劇を聞いて旧西独の東方外交を想起する 報告者:若林一平

    2006年8月16日、敗戦記念日の翌日、北方領土の貝殻島付近海域で、北海道根室の漁船「第31吉進丸」がロシア国境警備隊に銃撃・拿捕された。漁師の一人が被弾して死亡した。船長と 2名の乗組員の拘束は依然として続いている(8月23日現 在)。

    漁民たちの日々はギリギリの判断の連続。生活をかけた緊張の日々であることは想像に難くない。さまざまな経緯の中での不運な事故であることは間違いない。誠に痛ましい。

    しかし根本的には戦後処理の未解決のツケが生活現場に及んだとしか言いようがない。戦後の日ソ国交回復が1956年。このとき鳩山一郎首相(民主党の鳩山由紀夫の祖父)がモスクワで日ソ共同宣言に調印して日ソの戦争状態を終了させた。しかし、北方領土問題が未解決とな り、以来半世紀の間、平和条約を締結できずに今日に至っている。

    同じ敗戦国のドイツの場合はどうか。1970年、冷戦時代の西独のブラント首相は「東方外交」と称して当時のソ連を相手に集中的に戦 後処理を敢行した。

    西独がソ連との間に結んだのが「独ソ武力不行使条約」である。ブラント西独首相が東独を承認したうえで、このとき有名な「オーデル・ナイセ線」を確定した

    オーデル・ナイセ線の承認は、いわばソ連の領土的既得権を大幅に承認するものであった。あわせてポーランドの国境はドイツに食い込むように大幅に西へ移動。ポーランドとも国交回復、同趣旨の条約を結んだことは言うまでもない(1972年)。ただし、ブラントは東西ドイツの将来における統一の可能性を留保する書簡を条約に添付することを忘れなかった。

    冷戦の最中に、西独による東独承認と一体化して、全ドイツの立場でソ連と合意しているところが凄いとしか言いようがない。

    その後の歴史はどうか。僅か20年後の1990年、西独が東 独を吸収する形で統一ドイツ誕生。1991年、ソビエト連邦崩壊。1993年、ヨーロッパ連合誕生。ドイツは伝統ある強い通貨「マルク」を捨て、1999年には通貨統合、2002年にはユーロ紙幣の流通開始。

    ちなみに統一通貨ユーロの総元締めヨーロッパ中央銀行本部はドイツのフランクフルトに置かれている。まさに実(じつ)を取り、ゼニを大切にするドイツの姿が浮上して見えるではないか。

    ぼくは最近思うのだが。石原人気といい、また小泉人気といい、ヘンな「潔さ」や「毅然」とした態度みたいな精神的な価値が人びとの判断基準として優先されているように思えてしょうがない。こんな精神的価値は幼稚で薄っぺらで儚いものに過ぎない。はっきり言って集団自殺願望に行き着くのがオチであろう。

    ぼくらに足りないのは実利を大切にするということ。イコール長期的視野である。そこからこそ長続きのする健康な精神的価値も生まれてくる,とおもうのだ。
    【写真】ナイセ川(オーデル・ナイセ線)、http://members.surfeu.de/ ichikawa/halle/010104.htmlより。


シルクロード、各国連合で世界遺産登録申請へ 朝日新聞8月3日

    中国を起点としてユーラシア大陸東西の文明を結び、全長7000キロ以上を誇る古代の交易路、シルクロード。沿線各国の連合によるシルクロード世界遺産申請は2日、新たな進展を迎えた。

    カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、イタリアなど、シルクロードが通過するアジア・欧州諸国の代表は2日、中国代表とともに新疆ウイグル自治区・吐魯番(トルファン)に集まり、ユネスコ世界遺産センターと中国国家文物局が開いたシルクロード世界遺産申請のための国際協議に出席した。代表者らは各国が共同で活動綱領を作成することで一致し、これによりシルクロードの連合申請は実質的な準備段階に入ったこととなる。

    各国代表が検討した4つの論点は以下のとおり。
    1、国境を越えた大型の文化交易路という、新しいタイプの遺産としての保護、管理、申請のための経験。
    2、シルクロード沿線にある関連文化遺産の価値認定。
    3、申請活動のシステムと作業プロセス。
    4、遺産申請のためのタイムスケジュール、経費・予算、プロジェクトの実施などの行動計画をたて、最終的には関連国家の共同活動綱領を作成する。

    シルクロードは、中国の古都・長安(現在の陝西省西安市)から、南アジア・中央アジアを経て欧州へと通じる。全長は7000キロ以上で、中国国内部分は4000キロ以上に上る。陸上においては世界最長の貿易ルートであるとともに、世界最大の文化交流の道、科学技術交流の道といわれる。


松花江の支流で工業排水で汚染事故 中国紙など各紙が報道

    吉林省にあるアムール川の支流である松花江の支流で21日、水質汚染事故が発生しました。吉林市当局よると主な汚染物質はジメチルアニリンで、周囲約5キロにわたり水質汚染が広がり、川の一部は赤く染まって泡が浮いている状況だったと言います。23日付で新華社が報じ、中国各紙や読売新聞、西日本新聞なども報じています。

    警察、消防など関係当局は松花江とその支流に活性炭を入れるなどして、汚染物質の除去作業を行った結果、松花江では23日夜までの段階で汚染物質は検出されていません。汚染の原因は蛟河市にある食品添加剤工場が排水を支流に流していたためとみられます。警察当局などはこの工場の責任者を含む計7人を拘留し、調べています。(編集部)


台 湾 漫 談(3) 和光大学非常勤講師 富川力道

    4月18日午前10時。わたしたちは民族衣装のデールに着替えてタクシーでチンギス・ハーン祭の会場がある台北市晶華酒店に到着した。すでに大勢の方が集まってきており、アメリカ在住の蒙籍台湾人も十人ほどこの日のためにわざわざ帰省していた。その中に民族衣装を身にまとった友人のチンゲルトご夫妻もいた。久しぶりの再会を喜び合いながら、在籍モンゴル人たちを紹介してくださった。

    この日は農暦3月21日に相当する。『成吉思汗大祭特刊』(蒙蔵委員会、中華民国58年8月7日)によると、テムジンが21歳の時、タイチウト族の攻撃に遭ったが、自分の勇気と知恵とタイチウト族のソルカン・シラ父子の助けを得て危険を逃れたのがこの日であった。以後チンギス・ハーンが天神のご加護に感謝してこの日に天神を祀るようになったが、後代の人がチンギス・ハーン祭として定着させたのである。台湾におけるチンギス・ハーン祭はこの伝統に則って60年間行われてきたという。

    会場の北側に『致祭成陵大典』という大きな漢字で書かれた横断幕が掲げられている。10段からなる黄色祭壇の最上段にはチンギス・ハーン像が祭られ、祭壇には線香、青果、菓子類が供えられている。祭壇の10メートルほど手前に「祭主」の文字が書かれた板張りがあった。祭祀は『チンギス・ハーン出陣の唄』の演奏とともに始まった。

    最初は蒙蔵委員会許志雄委員長が祭主を務め、チンギス・ハーン祭壇に献花、献香(線香をあげること)、献爵(三本足の酒器に入れた酒をささげること)、献帛(モンゴル人の用いる儀礼用絹(ハダッグ))と祭文を捧げた。儀式は15分ほどで終わったが、すべて国語(中国語)で行われた。続いて漢字横断幕が取り外され、今度は、『聖主成吉思汗大祭典禮』『Bogd o'vog Chingis khaanii ikh takhiliin yoslol』と漢字と縦モンゴル文字で書かれた横断幕が現れた。

    祭主はデールを身にまとった蒙籍モンゴル人の長老が務めた。式次は先ほどと同じものの、儀式はすべて国語とモンゴル語で行われた。前者が政府の公的行事として、後者は民間行事として位置づけられているようである。あるモンゴル人長老は、いままでのモンゴル式の儀礼はすべてモンゴル語で行われてきたが、今年は国語が併用されて政治的色合いを含んできたと不満げであった。祭祀終了後にはモンゴル国の曲芸団によるパフォーマンスが行われた。参加者は200人ほどだったが、最後に場所を移して饗宴が催された。
    いつの日か日本でもチンギス・ハーン祭祀を開きたい。(完了)
    【写真】チンギス・ハーン祭壇に礼拝する長老


ユーラシア短信 UNHCR国連難民高等弁務官事務所 レバノン避難民への支援が急務

    避難所を出てわが家の被害状況を確認しに帰るレバノン人
    UNHCRレバノン(15日)発:停戦が発効した直後から、1か月の爆撃中に非難していたレバノン人が一斉に帰還を始めている。ベイルート南部に展開するUNHCR支援チームによると、何万人もの人々が生活していた避難所はほぼ空の状態になったと言う。13万人の避難民が出たベイルート市内でも状況は同じである。シリアへ避難していた18万人の人々も帰還を開始している。

    UNHCRは、シリアからの帰還民を支援するため、レバノン各地へのバスを運行している。UNHCRの推計によると、15日現在で避難生活を続ける人々は約52万2000人。停戦協定前には、シリアへの18万人を含め、約100万人が避難していた。

    UNHCRは、レバノン-シリア国境4箇所にて24時間体制で水、補水塩、高エネルギービスケットなどの入った帰還パックを配布し、特別な援助の必要な人々がいないか監視を行っている。レバノン国内では、UNHCR支援チームが帰還民が通る主な地点でビニールシートやマットレス、水など配布し、不発弾に対する警告を促している。

    UNHCRは航空機をチャーターし、ヨルダンやキプロスからテント、マットレス、倉庫用テントを輸送した。倉庫用テントは支援ニーズの大きい地域に近いレバノン南部に張られ、物資を保管する。

    レバノン避難民の帰還が注目される中、UNHCRは数千人の避難民にも支援を行う
    UNHCRレバノン(24日)発:大多数のレバノン避難民が帰還を急ぐ一方、未だ数千人が不安定な停戦状況や家を失ったことにより、国内で避難を続けている。UNHCRは帰還した人々に対して、テントや毛布、ビニールシートなどの救援物資を配布すると同時に、帰還できない避難民の訪問を続けている。政府は避難民の約9割、およそ100万人が停戦後の初日に帰還したと推定している。 ベイルート周辺で避難所となっていた学校などからも人がいなくなっている。

    しかし、帰還した避難民の多くの家は崩壊しているか、または住むことができないほどの状態となっている。UNHCRでは家に戻ろうとした人々の多くは、現在、友人や親戚らのもとで暮らしているものとみているが、実状を把握するには至っていない。

    また、イスラエル軍が、国連平和維持軍の配置が到着するまでレバノン南部にとどまっていることを受け、停戦の持続性に対して不安を感じている人々もいる。

    シリアでは、今週末からUNHCR職によるレバノン避難民の調査が開始される予定である。また、当初、避難民があふれたベイルート近郊では、避難民とその受け入れ先のニーズの調査を行っている。ベイルート郊外のショーフ山岳地域には、まだ5000人の避難民がいる。(UNHCRニュース速報日本語版http://www.unhcr.or.jp/より)
    【写真】レバノン人帰還民にビニールシートやマットレス、水などの物資を配布するUNHCR職員 ? UNHCR/ R.Alsalem


キルギスへの誘(いざな)い 写真で見る中央アジアのオアシス05

    4人の少女たちのうれしい歓迎
    キジルスの渓谷でテントを張り、夕食の支度を始めようとしていた矢先。川の対岸で生活する遊牧民の少女たち4人が突然現れた。手作りの パンとバターを持って。
    これこそ、おもてなし、ホスピタリティである。彼女らの笑顔がうれしい。
    (写真:4人の少女たち、中央は同行したモチヅキさん 1998年、若林一平撮影。)


「文化少年団アドベンチャークラブ」の活動とシカチアリャン支援 門川ふるさと文化財団 河野眞一

21世紀は「子ども」が主役、やがて「アドベンチャークラブ」が宮崎県門川町の四季を彩る 01

    7月のシカチアリャン村激励ツアーで、門川アドベンチャークラブから「砂絵」などの贈り物が、村の子どもたちに届けられました。この機会に、同クラブの活動の様子とシカチアリャン村支援のつながりなどを、クラブの主宰者でもある河野さんに寄せて頂きました。(編集部)

    門川町総合文化会館が地域と芸術文化の「つなげ役」として、会館の管理運営を務めて16年目ですが、全国公立施設協会芸術情報プラザアドバイザーとして活躍されていた大野遼さんからご指導いただくようになって10年近くになります。

    平成13年4月、大野さんのご協力により「民謡お国めぐりシリーズ7 C-WAVEが贈るウィグル・モンゴル・江差追分と九州民謡の夕べ」にウィグル、モンゴルの演奏家にご出演いただいたのを契機に、アイヌ民族や中央アジアなど多彩な国や地域からゲストをお迎えするようになりました。今年4年目を迎える「アジア・シルクロード音楽フェスティバル」も大野さんの企画協力によるものです。

    さて、開館とほぼ同時期に発足したアドベンチャークラブは、町内の各小学校の上級生を対象に定員30名の希望者を募り、地域の自然や歴史に親しみながら会館が主催するイベントに合わせて、一年を通して合宿を行って来ました。今年は定員を超える70名が登録されていますが、中には町外からの参加も見られ、最近では中・高生や社会人になったOBたちも、時間を見つけては活動を自主的に手伝ってくれるようになりました。

    団員はそれぞれスポーツクラブや学習塾との調整を図りながら、毎回30人前後が経費負担の上で合宿に参加しています。クラブ活動の主な目的は、幼少年期からの多彩な社会活動が、環境に順応して生きる糧となり次代の町のリーダーとして健全に育っていくことで、とくに、国内外の芸術性の高い音楽や演劇などを、身近に体験することで、芸術文化の裾野拡大に資することをも視野に入れています。「子どもが変われば町が変わる、総合的文化の町づくり100年の計」を自らの目標と定め、職員一同が精励しています。 

    中でも日本の先住民族アイヌ文化振興については大野さん、浦川治造さんを中心に東京アイヌ協会の皆さんが来町を重ね、チプ(丸木舟)やチセ(小屋)を子どもたちや地域の方々と一緒になって造りました。その折々にカムイノミ(神への祈り)を行い、アイヌの伝統芸能の披露も行われています。

    また、国際交流基金助成事業「アジア・シルクロード音楽フェスティバル」2004を記念してクリエイティブセンター門川で開催された国際交流会議は、ルイス・マイグア(南米エクアドル)、浦川治造(東京アイヌ協会会長)、ハトラーエフ夫妻(サハ共和国)、ライ・ハスロー(内モンゴル)、アイティムラティ・トルハリ(新疆ウィグル)、ウメル・ママット(新疆ウィグル)アブライティ・マイマイティニャズ(新疆ウィグル)、タラー(内モンゴル)、ゴワー(内モンゴル)、伊藤公朗(日本)、梅木秀徳(日本)、泥谷吉人(日本民謡協会理事)、田上久美子(小学校教諭)、東佐吏、黒木美咲、安田景、姫野真由、藤原茜、新門千波、尾崎暉、山田茜、岩田智菜美、小池栞、佐藤陽平、安田伸、山田希、堀江夢花(文化少年団アドベンチャークラブ)以上の出席者によりユーラシアンクラブ代表大野遼さんの通訳・司会により開催されました。(以下次号)
    【写真】チプ舟(アイヌの丸木船)おろし、安全祈願のカムイノミ(神への祈り)お祈りは浦川治造さん


編集後記:松花江の支流にまた汚染物質が流失したとの報道。報道されない汚染や過去の汚染を考えると、その広がりと蓄積は想像を超えるものなのかも知れません。アムール川の国際的な水質管理が急がれます。/世界の目がイランに注目する中、ハタミ前大統領が来日しました。東京講演の案内を頂きましたが、聴けず残念でした。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
会費、ご寄付はこちらへお願い致します。ご連絡はメールを希望します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 1日 (火)

ニュースレター第84号 2006年8月1日 シカチアリャン自立支援 今後はロシアのNPОを通して協働

ユーラシアンクラブニュースレター第84号2006年8月1日


シカチアリャン自立支援 今後はロシアのNPОを通して協働 大野 遼

    17日から一週間の予定で極東先住民族村を旅行しました。日程の半分はシカチアリャン村の訪問にあてられ、村長、村民との面会、集会、視察、協議などを行い、1月の視察以来日本で行ってきたアムール汚染の現状を告発するユーラシアンクラブの活動を説明するとともに、今後の活動の進め方について相談、「観光を中心とした村の自立のための方策についての合意書」を村長、シカチアリャン村のユーラシアンクラブ幹事、大野が署名しました。

    この結果、これから1年半の間に、シカチアリャン村では、村長、シカチアリャン村の有志を募り、ロシアの非営利活動法人を創設し、ユーラシアンクラブが維持、村民が管理する村外れのキャンプに事務所を設置し、クラブの会員もロシアの非営利活動法人のサポート会員になることで自立のための活動を支援して行くことになりました。

    ユーラシアンクラブでは、この間呼びかけた募金の一部20万円を、新しい非営利活動法人設立のための準備資金として提供するとともに、今後行う募金もこの非営利理活動法人を通して自立のための活動資金として提供、5年計画で支援活動に取り組むことになりました。

    自立のための活動計画は、村長や村民有志、ユーラシアンクラブの間で協議し、村が望んでいる観光振興、村民の食生活改善や新しい産業振興のための農業普及プロジェクト、アムール漁業に代わる養殖事業プロジェクトなどに取り組む予定で、ロシア連邦政府が進める先住民族村発展プロジェクトも視野に、農業振興や養殖事業振興に協力する日本側パートナーを探すなど協力することになりました。

    シカチアリャン村は、大都市ハバロフスクから最も近い(70キロ)先住民族村ですが、旧ソ連時代に自立した行政機能を停止され、1990年独自の行政機関が設置されましたが、歴史的文化的遺産ガーシャ遺跡や世界的文化遺産ペトログリフ(岩絵)の帰属がシカチアリャン村にあることを認められないなど先住民族の生活権(圏)、文化権が制限された状態が続いていました。このため、自立のための村民意識も低い状態が続いていました。

    このためニーナ村長がリーダーシップを発揮し、5年間の"静かな闘い"を経て、今年1月1日付で、シカチアリャン村の行政区が確定し、歴史的文化遺産が地図上に村の文化遺産として記載することを認めさせることで画期的自立の一歩を刻んだばかりでした。

    昨年秋の中国の石油化学工場のニトロベンゼン流出は、年間150億トンの工場排水を流出する深刻なアムール汚染を告発し、新たな産業振興で自立を目指すシカチアリャン村再生のきっかけとなっています。

    今回の訪問では、チャリティ・コンサートの模様を記録したビデオの上映などのあと、参加者と村長、訪問したユーラシアンクラブの参加者との間で集会が行われ、ニーナ・ドゥルジニーナ村長が「長い間、社会主義、共産主義の体制下で、与えられることに慣れて、自分の運命を自分で決定する力が弱くなっていた。これからは、自分たちの力で生きる条件を作っていけなくてはいけない」と呼びかけました。

    私は、「村民が自分たちの運命を決定する活動が大切だ。村民や日本人との交流の拠点としてキャンプを利用し、ぜひ非営利活動法人の活動拠点として利用して欲しい」と呼びかけた。今後、若者を含め、非営利活動法人の参加者や活動の内容について協議して、非営利活動法人創設の準備が始まる予定で、可能なら村長自身が非営利活動法人の代表になるとの発言もありました。

    シカチアリャン村の発展への理解は地方政府レベルでは大変低く、これまでも「自立の促進」ではなく、「意識レベルが低いので代わってやっている」という考え方が支配していました。村民の間でも、現在の暮らしの窮状や将来への展望が見えないなどの理由で、アルコールに依存する傾向も顕著でした。

    しかし、16年前、自立の意思が村民の間からユーラシアンクラブに示されて、民族文様を刺繍した物入れなどを作る縫製工場をつくる試みも行われましたが、工場立地を地方政府役人を含めた第三者が目的外利用する妨害行為が続き混乱していました。ようやく5年前、維持を大野とクラブが行い、管理を住民が行う用地管理の形が確定しましたが、混乱責任者の負の遺産が尾を引き、十分な活用ができていませんでした。

    今回の合意書によって、用地を村民有志が活用管理する非営利活動法人が中心になることが合意されたことで、自立の活動のレールが見えたことになります。

    ロシア連邦政府も、最近になってハバロフスクにアジア太平洋地域国際文化センター設置やアムール下流にナナイ文化センター設置と併せて、シカチアリャンの発展プロジェクトに着手しました。

    2週間前、ロシア連邦極東連邦管区の専門家が訪れ「村の発展に必要なことは何か」と直接聴取、私たちが訪問中に再度訪れ、岩絵の保護管理、仕事の確保、住環境の改善で,具体案を提示し、3~5年計画で取り組む方針を示しています。村民が非営利活動法人を設立し、ユーラシアンクラブと協力する合意書は時宜を得た形です。

    ユーラシアンクラブは今後、シカチアリャンの自立と発展、シカチアリャンを中心とした極東の少数民族の理解、親睦、協力活動の発展のためにさまざまな活動を検討実施していきたいと考えています。今後ともどうぞご支持をお願いします。

    なお、今回のツアーには、宮崎県門川町から3人が参加され、海に臨む門川町の子どもたちからの砂絵「かどかわの海」をプレゼントするなど、村の子どもたちを激励する新たな交流が始まりました。末筆ながら、門川町からのご参加に改めてお礼申し上げます。
    【写真】門川町アドベンチャークラブの子どもたち手作りの砂絵を、嬉しそうに受けとる子どもたち 撮影:河野眞一


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第二十六回

エコファミリーにオススメ「家庭用燃料電池設置者募集」(東京ガス) 報告者:若林一平

    2006年7月25日日経夕刊5面。ついに出たと言うべきか。この広告、「家庭用燃料電池設置者募集 未来の快適エネルギー生活を、今から始めよう。-東京ガスのマイホーム発電-」というまことにストレートなコピーである。

    東京ガスの家庭用燃料電池は記者発表や展示会の場面では既に公表されていたものである。「燃料電池」は普通の意味での電池ではない。電池と言えば消耗して交換されるものと相場が決まっている。しかし、燃料電池は水素発電システムであり、水素を与え続ければ永遠に電気を生み出し続けるのである。もうひとつ熱の発生というおまけもついてくる。水素自身は空気中の酸素と反応して水になるだけである。まさにクリーンエネルギーと呼ばれる所以(ゆえん)である。今回の場合、水素は都市ガスの改質によって作られる。

    電気と熱の発生も含めた全体のしくみを「コージェネレーションシステム」と呼んでいる。東京ガスによれば、コージェネレーションシステムでは排熱の有効利用で、電気と熱を併せた総合効率を70~80%まで期待できる。都市ガスをそのまま利用した場合と比べておよそ二倍の効率を実現している計算である。

    今回の設置条件は次の通りである。 1.設置場所が東京ガス供給エリア内で東京都、神奈川県、千葉県および埼玉県南部 2.戸建住宅に設置 3.1階屋外に設置スペースを確保(概略スペース 幅3.5m×奥行1.3m×高さ2.6m)

    10年契約で費用は100万円。年間10万円、月々8,333円の計算である。契約者には一般客とは異なる料金体系が適用される。76立方メートルまで3%引き。76立方メートル使用でちょうど9,500円に達する。76立方メートル以上では9,500円で定額となる。

    76立方メートルという値は子供二人の核家族ではほぼ上限値であろう。この核家族で燃料電池導入により月々数千円の省エネルギー効果を期待できるであろう。さらに上記設備投資分8,333円を全額回収するためには核家族プラス老夫婦程度の世帯規模があればほぼ問題ないであろう。

    費用の100万円は「機器の保守・修理点検費用等の一部」ということで、水素発電システムとしての燃料電池本体費用は東京ガス負担である。世帯規模が大きめで、未来生活を楽しむエコファミリーにはオススメのシステムである。
    【写真】7月25日日経夕刊の広告


群馬アジア映画祭8月6日:文化創造考えるきっかけに キルギス映画も上映 毎日新聞

    アジア映画の上映を通して、地域文化の創造や豊かな地域社会のあり方などを考えるきっかけにしようと、「第12回群馬アジア映画祭」が8月6日、藤岡市藤岡のみかぼみらい館で開かれる。今回のテーマは「シルクロード、子供に見せたい映画を厳選」。午前10時20分から午後7時40分まで、映画4本を上映するほか、サロンコンサートがある。

    上映作品は、妻と母の立場を通し、父と息子、家族のあり方や信頼の絆(きずな)を中国の大自然の中に叙情豊かに描いた「山の郵便配達」(99年、中国)▽冬のテヘランの建設現場で働く若者の、少女へのいちずな愛と慈しみを描いた「少女の髪留め」(01年、イラン)

    ▽キルギスの雄大な自然の中で17歳の少年が初恋や友情、父親との葛藤(かっとう)を経て、大人へと成長する過程を描いた青春映画「旅立ちの汽笛」(01年、キルギス、仏、日本の共同製作)▽68年の京都を舞台にした日本人と在日朝鮮人の高校生のけんかと友情と切ない恋を描いた「パッチギ!」(04年、日本)。

    入場料は、大人1200円(前売り1000円)、小中高校生600円(同500円)。館内にはアジアティーやアジアの特産品などのコーナーが設けられる。

    同映画祭実行委員会(藤岡市民映画上映会)は95年7月に発足。これまで17カ国の49作品を上映。問い合わせは同館(0274-22-5511)【畑広志】
    毎日新聞7月20日朝刊


『世界一生活費が高い都市はモスクワ』にロシアの新聞が論評 ジーマ・オダ

    世界一生活費が高い都市はモスクワ――マーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティングが6月26日発表した調査で、こんな事実が明らかになった。このランキングに関して、ロシア新聞社がこう書いています。

    調査は200以上の項目で行われていました。評論家によると、不動産価格の高騰とモスクワに来着者が増していることが高いランキングを招きました。

    ロシアのグローバル科学究所長の経済・政治学者ディリャーギン氏は「調査会社研究者の計算の結果は正確に実情を反映していると思います。計算は最近上がっているばかりの不動産の価格に基づいて行われた他、ルーブルも米ドルに対して高くなったことも影響を及ぼしました。」と言っています。

    ロシア国民のほんの僅か5%がロシア国の大金を持っています。独占事業が独占禁止法で制限されていないので、不動産関係の独占企業は5%の購買力のある、上層の購買力相応の水準まで価格を上げています。今回の調査は地元住民の日曜品調査ではなく、在モスクワ外国人のためのものです。外国の生活費を調べて海外派遣の日当を計算する外国企業には調査データが必要です。

    今年の年頭にイギリスの雑誌Economistが行ったモスクワ市の平均的な市民の生活費の調査では、モスクワが29位のランキングでした。


台 湾 漫 談(2) 和光大学非常勤講師 富川力道

    4月17日午後4時過ぎに牧原と呉人の三人で、今回の台湾紀行の主な目的である開南大学を訪問した。同大学総務局長で応用日本語学部主任の余金龍氏がわれわれに応対してくださった。きれいな浴衣姿の二人の女子学生がお茶を入れてくれたり、カメラを持った男子学生が入念に写真を撮ったりするなど大学側の周到な準備が窺えた。

    学長にごあいさつを済ませた後、場所を会議室へ移し、余主任が大学についてご丁寧に紹介してくださった。そして余主任と牧原学長が姉妹校提携覚書に署名し、固く握手を交わした。

    開南大学は、2006年4月13日開南管理学院から改名されたばかりの総合大学である。民国6年(1917年)に開南高級職業学校として創設され、今日まで約90年の歴史を有している。現在、16の学部、11の研究所、4つの大学院(修士課程)があり、24万余冊の蔵書と800種類の定期刊行物(外国語を含む)を有する図書館がある。

    図書館の地下一階には、日本の大学にほとんど見られない大学運営の「開南電視台」(TV局)があり、「同時通訳」「時事転送」「Week in Review」などの番組のほか、大学の動向をリアルタイムに放送することになっている。大学教育棟の各階にコンピューターが設置され、学生や外部訪問者は行先がすぐ検索できるようになっているのも新時代の大学を印象付ける。

    日本との関連でいえば、人文社会学院に応用日本語学部が設けられ、日本語、日本文学、日本史などのカリキュラムや大学院(修士課程)がある。同学部の余主任は日本の二松学舎大学で三島由紀夫を研究し、博士号を取得された方で開南大学では日本文学を教えている。同大学は、世界の17箇所の大学と姉妹校を結んでおり、毎年100名以上の学生を海外へ留学させている。とくに早稲田大学、大阪産業大学など日本の大学との交流が深く、日本からの留学生も受け入れているという。

    モンゴル文化教育大学は開南大学になってからの最初の姉妹校提携だそうで、毎年五人の学生を無料で受け入れたい旨を伝えた。現在、台湾に200名以上のモンゴル国からの留学生や社会人がいるそうで、今回の姉妹校提携は今後のモンゴル国と台湾の文化教育交流にも大きな意味があるように思われた。

    台湾では、日本フリークを哈日(ハーリィ)現象と呼んでいる。それは流行を追い求める青少年だけではなく、かなり古い世代にも浸透しているという。町には「美味の屋」などのように日本語もどきの看板が目に付く。店頭に志村けんさんの馬鹿殿様の写真が並べられているのもあった。時間さえあればのんびりと台北の町を歩きたかった。(以下次号)
    【写真】海南大学図書館 提供:筆者


ユーラシア短信 UNHCR国連難民高等弁務官事務所 レバノン避難民へ人道的対応を訴える

    UNHCRジュネーブ(24日)発
    グテーレス高等弁務官、レバノンの避難民に対し人道的対応を訴える

    24日、グテーレス高等弁務官は、「UNHCRは500トン以上の救援物資をシリアとレバノンの国境に配備しているが、数万人の避難民にこれらの物資を届けるべき安全な輸送ルートが確保できていない」と述べた。

    これまでにシリアに送られた救援物資はマットレス2万枚、毛布2万枚、テント5000張、ビニールシート5000包、ポリ容器1万個、調理用品5000セットである。

    レバノン危機においてUNHCRが今後3か月間で必要としている活動費18.9万米ドルは、レバノンと近隣諸国にいる避難民のうち、特に支援の必要性が高い15万人に対する活動に充てられる。国連の推計では、今回の危機によって約70万人が避難を強いられている。

    UNHCRは、避難民の保護活動と避難所の設営を担当する。この活動には、レバノン、シリアや周辺諸国の難民や避難民、特に女性や子ども、老人の安全の確保も含まれる。また、国境付近のモニタリング、国境に到着した人々のシリアへの入国を支援し、身元確認、登録、関係機関への連絡などの活動を行っている。

    UNHCRの緊急事態対応チームは、国境沿いの4か所でモニタリングを行っている。1日に約1万5000人から2万人がシリアに入国していると報告されており、そのほとんどはレバノン人だという。シリア赤心月社がこれらの人々の支援にあたっているが、多くのシリア人も、避難民を自宅に受け入れている。また、公共の建物や施設、学校に避難している人々もいる。(UNHCRニュース速報より)

    【写真】ベイルートの高校で、避難民女性が食事の支度をするなか、少年が質素な生活環境と乏しい物資に対して憂さ晴らしをする様子 @ UNHCR


キルギスへの誘(いざな)い 写真で見る中央アジアのオアシス04 若林一平

    リテラシーとしての弓と矢
    IT時代。リテラシーが大切だという。
    イシククルの岩に描かれた弓と矢。これこそ永い間人びとのリテラシーだった。
    生きてゆくための必須の道具。世界を探索し世界と交流するための弓と矢に習熟していること、これが基本の基本である。
    (写真:イシククルの岩絵 1998年、若林一平撮影。)


ハバロフスクにて(3) 井口隆太郎

    さて、素晴らしきかなどんでん返しの子供の頃からの夢が適ったロシア・ハバロフスク初体験旅行でしたが、ロシアはその後揺り戻しはあるも、着実に社会主義を捨て資本主義化に進みました。但し本来的な資本主義・自由主義社会かと言えるかは専門家の言に待たねばなりませんが、冷戦の結果の敗戦から間違いなくロシア社会は後退から発展に向ってます。

    六年前の夏の通貨危機から、プーチン大統領のリダーシップにより石油等の世界的な保有量の資源を有効的、戦略的にこなして、この冬のウクライナに対する天然ガス供給外交は、EC諸国のロシアへの警戒感を惹起迄させましたが、モスクワを中心とするヨーロッパロシアからハバロフスクのある極東ロシアまで、資源国としての恩恵を大いに受けつつあるようです。

    ソ連崩壊後、数年してハバロフスク市内のメインストリートには、大きな穴が修理もされず空いて、歴史ある建物は修復もされずに傾き、倒潰した建物も多々みました。町のスーパーには物がなく、自由市場に行けば高いが物は揃い、町の人々は中国から流れてくる安っぽい服や靴を着て、買えない人は乞食のような服装で町を歩いて、ソ連の時には居なかった乞食も沢山現れ、ハバロフスクの人々はこの時に冷戦の敗戦を実感した筈です。

    しかし、主に石油価格の高騰でこの数年間のハバロフスクは一変しました。郊外に向う幹線道路にはソ連時代にはなかった標識とガードレールが整備され、勿論道路には穴はなく、そこかしこにドライブインとガススタンドが出来て、ソ連時代の物流は鉄道しかなかったのに20フィートコンテナを積んだトレーラーが縦横に走るようになりました。人々が消費を始めた証拠です。

    ハバロフスク市内の伝統ある建物は修復され、金色のロシア正教寺院は市内のそこかしこに造営され、レストランも沢山出来ていつも満員で、東京より物の溢れている韓国系スーパーもいつも満員、実質本位の食料品や日用品を売ってた自由市場はソ連時代のバツヂや軍用品を売る店も出て、余裕ができたから懐古的な物が売れ出したのでしょう。街も計画によって整備され、公園も新しい道路もビルも出来て、正に発展に向かって活気が充満してる街となりました。

    しかし、我国にとっては逆の動きとなつているようです。インツーリストホテルには東洋人は多いのですがフロントで会話の言葉を聴くと中国語、韓国語で、レストランに行っても大きな声で喋っているのは、中国のビジネスマンであり、最上階のクラブでカラオケを唄ってるのは、韓国人が多くなりました。市内にインツーリストホテルより高級なホテルが出来たから、日本人はそちらに泊まっているのかも知れませんが。

    世界的に我国の後を追ってきているのは韓国であり中国です。ハバロフスクでも同じような現象が起こっているようです。そのうち、通訳の手配を忘れられても突如日本語で助けてくれる天使は、ホテルに居なくなってしまうのでしょうか。

    今後のハバロフスクやロシアの発展は、日本の対外的地位とどう絡みあうのか、ハバロフスク・ウォッチングは今後も目を離せません。(完)
    【写真】スーパーには北洋の冷凍魚だけ。 肉はありません。 91年当時の市内スーパー 提供:筆者


編集後記:今回のツアーには宮崎県門川町から3人が参加されました。門川町アドベンチャークラブの子どもたちのビデメッセージや砂絵などを持って、いわば子どもたちの代表としての参加でもありました。新潟からの発着のため、余分に東京に二泊する10日間の旅でした。お忙しい仕事を休んでのご参加に改めて感謝申し上げます。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL/FAX:03-5371-5548 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpホームペイジ:http://homepege1.nifty.com/EURASIANCLUB/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ 
会費、ご寄付はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスを希望します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年6月 | トップページ | 2006年9月 »