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2007年6月

2007年6月 5日 (火)

ニュースレター第94号 6/29「シルクロードの音楽とキルギスの映画」をお楽しみ下さい

ユーラシアンクラブニュースレター第94号2007年6月1日


シルクロードブリッジは天上に限りなく近い虹の橋 大野 遼

    キルギスを知ってもらうために計画した「アジアの瞳」イベント。昨年3月から1年余り、手探りで、日本の旅行業界に理解を呼びかけて6ヶ月。キルギスがアジアの十字路、シルクロードのオアシスと考える友人たちとエコカルチャーキャンプ&フェスティバルの企画作りが始まって6ヶ月。キャンプの日時・場所が決まって3ヶ月。この3ヶ月で、最低50人の参加者を募集して、第一回目の今年のイベントを成功させるという無謀な計画が進んでいる。

    日本人がキルギスのことを知らないだけではない。日本政府の対応も、旅行業界の理解も、マスコミそしてさまざまなメディアも、キルギスという民族や国家、中央アジアについての正確な理解以前の興味を欠いている。

    私は、夢を見ている。日本人が、理解していようといまいと、興味を持っていようといまいと、日本人とキルギスの間には「避けがたい回廊」がつながっており、気づいたら多くの日本人がキルギスに立っていた。

    アジアにとっても日本にとってもそして当然キルギスの未来にとっても大変意味のある、時空を超えたシルクロードブリッジが、キルギス・イシククル湖と東京・中央区日本橋の間に架かった。この橋があるのを幾人かの人たちが気づくこととなり、今この橋を渡り始めている。

    「避けがたい回廊」に、このプロジェクトがだんだんと近づいている。まだまだ不十分であるが、いくつもの超えなければならないハードルも見えている。工夫と時間と労力と、そして少しばかりのファンドも必要だが、ファンドは元々ゼロからの出発。常に支えは、人間関係であった。

    シルクロードブリッジは、目には見えない人の橋でもある。またアジアの国家民族宗教を超える交流の橋でもある。キルギスや日本橋をシンボルとするアジアと日本という地域だけでなく、時空を超えて結ぶ歴史の橋でもある。そして今回は特に、アジアの人々が、地下資源依存型という地下の魔物の世界から、太陽が支配する天上の世界に戻る虹の橋(レインボウブリッジ)の夢を、このシルクロードブリッジに託したいと思う。

    清麗な水と緑豊かな自然に恵まれた地上の暮らし。太陽と水という生命の源である自然エネルギーを享受し、音楽や文学、さまざまな民族の精神文化に敬意を表し、優れた創作表現者が顕彰され、人々に支持される、若い頃に見た夢をもう一度このシルクロードブリッジに託したいと思う。

    シルクロードブリッジは、音楽の回廊、文学の回廊として発展させたいと考えており、創作表現を楽しみ、芸術家をサポートする「シルクロード芸術回廊」などの仕組みを立ち上げたいと希望している。日本橋発キルギスへ。そしてキルギス発アジアへ。シルクロードブリッジは、アジアの諸民族の精神文化を再評価する太陽プロジェクト、天上の楽園に限りなく近い、地上の自立型循環型社会に繋がっている。

    9月6日から14日の「アジアの瞳サマーキャンプ&フェスティバル」の準備は、初年度の集客の最終局面を迎えるとともに、プログラムの充実、安全で楽しい実施のために内容や実施方法のための綿密な打ち合わせが始まる。 6月2日には、東京・広尾のジャイカ地球の広場でサマーキャンプ&フェスティバルの説明会も開催します。三越劇場でのフェスティバルは、日本橋の文化のまちづくり事業として日本自転車振興会の支援内定が決まりました。アーチストの本公演に向けたリハーサルも本格的に始まる。

    6月29日(金)、サマーキャンプ&フェスティバルをより身近に知ってもらうために、東京・日本橋の三越劇場で、「アジア・シルクロードフェスティバル/シルクロードの音楽コンサートと映画の上映」が開催されます。 7月11日には、三越劇場のフェスティバルのあと第一回のアジア・シルクロードの音楽家による三越屋上ライブも敢行される予定で、モンゴル、ウィグル、ネパールの演奏家もこのライブを楽しみにしている。

    実行委員会のスタッフも少し強化され、在日キルギス共和国大使館、キルギス側実行委員会、シルクロードブリッジの東詰めでもある日本橋のある中央区、名橋「日本橋」保存会、三越、の関係者も粛々と準備を進め、そしてこのフェスティバルに興味を持つマスコミ関係者も現れています。

    9月の「アジアの瞳サマーキャンプ&フェスティバル」は必ず参加者の全ての方に喜ばれ、また訪れたい、参加したいという声が上がるように成功させたいと決意している。6月中に必ず50人という当面の目標の集客を達成して、次の段階に進みたいと思う。
    引き続き皆様のご援助をいただけますようお願いいたします。
    【写真】国際山岳年記念切手・ハンテングリ山7010㍍


伝統みらい素材を見直す バイオマス資源「ヘンプ麻」研究セミナーのご案内

    日 時:2007年6月16日(土)13:30~18:00
    会 場:日本大学会館第二別館 地下2F(東京都千代田区五番町12-5)JR総武線、有楽町線、都営新宿線市ヶ谷駅徒歩4分
    参加費:無料 
    定 員:120名(先着予約制、必ず予約をお願いします)http://www.npobin.net/apply/

    内 容:「日本の伝統と麻」井戸理恵子「ヘンプ繊維強化プラスチックの最新研究」赤星栄志「永続可能な住まい-麻と自然素材でつくる家」森本友広「薬物政策から見た大麻草規制の国際比較」野崎托之助「岐阜県に残る麻文化と麻炭の特徴と応用」田口龍治「オホーツク地域の麻栽培における土壌浄化効果」唐星児「ヘンプ繊維の自動車内装材・断熱材製造の基本技術・不織布製造について」市川郁弘「長野県在来の低THC品種の育成に向けて」根本和洋
    ※麻(ヘンプ)は、日本で縄文時代より使われてきた自然素材であり、先人の知恵や文化を受け継ぎ、最新技術を使った新しい活用法が提案されています。


エネルギー革命の時代に希望を~「ユーラシア大地の学校」開設に向けて 第三十六回

    アラブ首長国連邦で進む未来エネルギー構想:日本からは市川勝北大名誉教授が参画へ 報告者:若林一平

    北海道大学の市川勝名誉教授は、アラブ首長国連邦のアブダビ政府が主導する再生可能エネルギー導入と二酸化炭素排出抑制の大規模プロ ジェクト「マスダール計画」に、水素エネルギー利用を核とする提案により参画することを既に表明している(環境新聞、2006年 10月25日号)。今回はアラブ首長国連邦とマスダール計画について紹介する。

    アラブ首長国連邦(略称はUAE, United Arab Emirates)はアラビア半島を太めの長靴にたとえるならちょうど足の甲にあたる位置にある。ペルシア湾の入り口であり、まさに地政学上要衝の地と言っていいだろう。UAEは石油の産出国であり、最大の輸出先が日本である。

    また近年は、世界最大のショッピング施設「ドバイモール」、世界一の高さを誇る超デラックスホテル・七つ星ホテルの異名をもつ「バージュ・アル・アラブ」、等のレジャー施設により世界中から集客をはかり観光立国にも注力している。

    アラブ首長国連邦は7つの首長国からなる連邦国家、最大の首長国が アブダビ首長国であり、その首都がアブダビで連邦の首都でもある。このアブダビ首長国で進むのが「マスダール計画」である。

    マスダール計画は2006年4月にアブダビで発表された、 再生可能で持続可能なエネルギー技術を実現する国家プロジェクトである。2007年5月には「世界初のゼロ炭素ゼロ廃棄物都市目標」を発表した。ゼロ炭素ゼロ廃棄物都市は、新しい6平方キロメートルのエネルギー、科学および技術コミュニティであり、2009年の後半には公開される予定である。

    新たに開発される「グリーンコミュニティ」はこれまでにない全くユニークな構想でアブダビの中心地に建設される。このコミュニティは伝統的な「城壁都市」の計画手法を使いながら、既存技術の応用でゼロ炭素ゼロ廃棄物の持続可能な開発地域となる。

    グリーンコミュニティには、マスダール科学技術研究所、現在マサチューセッツ工科大学と共同で進んでいる科学研究大学院施設が入る。世界水準の研究室、関連分野の企業用の商業用地、軽工業用施設、等も含まれる。国際的なテナント群は注意深く選別され、先端技術の投資、開発、商用化を進める。マスダールのオフィス、従業員の住居、さらには科学博物館や教育娯楽(エデュテインメント)施設も建設される。

    マスダールのCEOスルタン・アルジャベル氏は、「このたびのグリーンコミュニティは世界でも全く前例のないものであり、持続可能な開発の生きた実例になるでしょう」と説明している。この街は外資100%可能そして税はフリーで、「世界初の炭素フリー都市実現をめざして、マスダールはエネルギーと持続可能な資源利用のための考え方そのものを変えてゆく、そしてそのことを世界に示していくのです」とアルジャベル氏は言う。

    炭化水素(=石油)の輸出大国であるUAEが炭素フリーの事業 を推進するという何とも大胆な、そして魅力的な事業ではないだろうか。
    【写真】UAEで七つ星ホテルの異名をもつ「バージュ・アル・アラブ」の空中写真(http://www.admc.hct.ac.ae/emel2005/ Default.aspxより)


ナナイの村・シカチアリャンの歴史と文化、そして暮らし10 大野 遼

    アヴァシーに苦しむ村で自治組織創設(1)

    5月の初め、シカチアリャン村を訪ねた。この5年ほど懸案になっている大豆栽培の可能性を探るためである。村長、住民代表とともに、ハバロフスク農業試験研究所を訪ね、37年間、アムール川流域で大豆を研究しているというコモリフ・オレグという研究者と会って詳しい情報を得た。

    アムール流域では予想を超える量の大豆が栽培されているのに驚いた。ハバロフスク市以東のアムール川下流(ハバロフスク地方)で、1万2千㌶、その西方ユダヤ自治州で3万8千㌶、アムール州で25万㌶、沿海地方で11万㌶といった具合。コモリフ氏は「地元住民が大豆に興味を持ってくれて嬉しい。全面的に応援する」と語った。

    これまでいくつか書いたシカチアリャンやナナイの紹介記事でその一端をお届けした彼らの精神文化、歴史的遺産は大変豊である。それは、黒水靺鞨、女真、金帝国そしてその後継民族が満州族となり清朝を形成して行く北東アジアの歴史と結びついている。

    アムールのナナイは、そうした歴史を知っており、シカチアリャン村でも、ペトログリフや伝承以外にも、アムールの岸辺で時折発見拾われる、用途不明の金属製品などで歴史とであう。

    今回の滞在中にも全村長の息子が古銭を持って現れ、年号を記述するのを頼んできたり、岸辺で拾ったという、亀趺に似た亀の青銅製品を見せに来たり、また新たに発見された「日本の女性によく似た岩絵」なども案内された。新発見の岩絵は私が帰国する日ハバロフスクの文物保護局の職員が視察に訪れていた。(以下次号)

    【写真】ハバロフスク地方政府農業省へ大豆プロジェクトの相談に行くニーナ村長(右)とビガさん。ハバロフスク市内で。提供:筆者


6/29「シルクロードの音楽とキルギスの映画」をお楽しみ下さい 大野 遼

    6月29日(金)、三越劇場で「キルギスー日本橋シルクロードフェスタ・アジアシルクロードフェスティバル/シルクロードの音楽とキルギスの映画」が開催される。

    今回の催しは、音楽を通してアジア・シルクロードの理解を目指す10年間の積み重ね、中央区での4年間に渡る働きかけ、たまたま昨年からキルギス共和国大使館の文化アドバイザーになったこと、さまざまな出会いを抜きには実現しないことである。

    この日本橋・三越劇場での開催の重要な契機になったのは、三味線であるが、これもたまたま今年4月から、東京藝術大学の大学院に、三味線の起源といわれるキルギスのコムズの演奏者カリマンさんが留学してくることを知ったのは今年2月頃であった。私は、この話を聞いた時、「これで本当のフェスティバルが日本橋でできる」と直感した。

    そこで今回は、日本における三味線についての歴史を簡単に紹介する。

    「三味線」という言葉が日本で初めて記録されたのは信長の時代である。永禄5年(1562年)琉球(沖縄)との貿易船で堺に伝わり、織田信長が朝廷に献上したと伝えられ、当時人形浄瑠璃の語りと伴奏を行っていた琵琶法師の手にするところとなった。

    「平家にのせて琵琶をひくごとくに、浄瑠璃にのせて三味線を引きはじめたるは、澤住がなすところ也」と当時の琵琶法師澤住険校が琵琶から三味線に楽器を替え、琵琶の撥を三味線に導入したという記録もあり、澤住険校は「浄瑠璃三味線の祖」とも呼ぶ。

    慶長年間には現在のような三味線が京都で普及し、そして江戸開府。この年に出雲阿国が歌舞伎を立ち上げ、人形浄瑠璃の影響で歌舞伎狂言が誕生するとすぐ、猿若勘三郎が1624年、京橋の中橋の南地「今でいえば日本橋三丁目の丸善のあたり」に中村座を立ち上げたのが江戸歌舞伎の起源。

    杉山丹後、薩摩浄雲という浄瑠璃三味線の演奏者が江戸に進出し、一中節、豊後節、常磐津そして最後に清元と歌舞伎音楽の形成とともに江戸歌舞伎が完成します。

    19世紀に入り、1842年、浅草に移転するまで、日本橋は江戸歌舞伎揺籃の地となりました。アジアの近世は三弦の時代、キルギスの楽器コムズを起源とする音楽回廊で結ばれた日本橋はアジア・シルクロードの終着駅、江戸歌舞伎はアジアの賜物とも言える。

    29日、三越劇場での催しで、冒頭に書いたように、「シルクロードブリッジ」が繋がることを期待している。アジア・シルクロードのさまざまな音楽と、近世アジアの音楽を象徴する三弦の調べをお楽しみください。
    【写真】キルギス・コムズ演奏家 カリマンさん


日経など各紙が『アジアの瞳サマー・フェステイバル』を報道 問いあわせ多数

    5月2日、日経新聞夕刊をはじめ各紙が「アジアの瞳サマー・フェステイバル」を報道しました。共同通信社が配信したもので、北は北海道新聞から西は西日本新聞まで、ほとんどの地方紙が掲載しました。この記事を見た読者からの問い合わせが数多く寄せられました。以下は各紙の報道の概略です。

    各紙とも、「キルギスで文化交流ツアー 井上靖の生誕百周年記念」とタイトルし、「シルクロードを舞台にした作品を多く残した作家・故井上靖さんの生誕100周年を記念し、シルクロードの要衝、中央アジアのキルギスにあるイシククル湖で文化交流するツアーを、アジアの少数民族との交流を進める特定非営利活動法人(NPO法人)ユーラシアンクラブ(東京、大野遼代表)とキルギス文化省などが企画、参加者を募っている。

    同クラブによると、井上さんはイシククル湖を訪れたいと願っていたが実現しなかった。同湖の面積は琵琶湖の約9倍、透明度が高く、湖底には都市が沈んでいるといわれている。」と結んでいます。


ユーラシア短信 ユニセフ、イラク国内と隣国に避難した子どもたちの窮状を訴える

    【2007年5月23日 ジュネーブ・ニューヨーク・アンマン発】
    日々国内各地で続く武力衝突。またそれに伴う避難によって子どもを取り巻く環境が限界を超えて悪化しているとユニセフは訴えました。1950年代よりイラクで子どもたちの支援活動を続けているユニセフは、イラク国内や、隣国のヨルダン・シリアに避難している子どもたちを支援するために、今後半年間に計4,200万ドル(54億6500万円あまり)の資金が必要になると訴えました。(略)

    2003年以来、イラクの人口のおよそ15%にあたる400万人あまり(半数が子ども)が、住みなれた家を追われ隣国に避難しました。こうした人々の多くは、隣国の中でも比較的貧しい地域、または武力衝突の影響を受けた地域に避難しました。結果、既に経済的に疲弊していたこうした地域の教育・医療サービスは更に疲弊。

    イラク国外へ避難した人々は、「先行き」が見えない不安な毎日を過ごしています。多くの避難民は、明確な法的立場を与えられていないため、保健・医療サービスを受けられず、また子どもを学校に通わせることもできずにいます。

    一方、こうした避難民の中には、医師、看護師、技術者、教師といった、イラク国内の子どもたちが健やかに成長していくために欠かせない技術を持った人々が何千人も含まれています。武力衝突によって多くの人々の命を奪われただけでなく、こうした「専門家」の流出により、イラクの子どもたちの生存と発達が非常に脅かされているのです。(中略)

    イラク政府は、先週、今年初めてのコレラと疑われる症例が発見されたと発表しました(今回発見された全ての患者は子どもです)。これから厳しい夏を迎えるにあたって、コレラの大量発生が懸念されています。上水道や下水・ゴミ処理などのシステムが悪化、または機能していないため、安全な飲料水を飲める子どもが僅か30%に過ぎないと見られています。(後略)

    【写真】? UNICEF Iraq/2007/Dhayi
    http://www.unicef.or.jp/library/pres_bn2007/pres_07_56.htmlより


キルギスへの誘(いざな)い 写真で見る中央アジアのオアシス14 若林一平

    イシククル湖畔の朝

    昇り立ての朝日がまぶしい。大気は限りなく透明である。
    草を食む羊たちの朝は忙しい。
    湖畔の朝は実に清々しい。
    (写真:1998年、若林一 平撮影)


ウランバータルの変貌 韓国資本の急速な進出 井口隆太郎

    さる5月2日から5日までの予定で、モンゴル航空の都合により実は6日まで二年ぶりのウランバータルと、その西にあるフスタイ国立公園の野生原生馬(現地語でタヒとか発見者の名前からプルジュワルスキ馬といわれる)の群れを見る旅行に行って参りました。ここではウランバータルの急速な変貌について報告します。

    御存知のように我国の五倍の国土に約250万人の人口とその10倍の羊・馬・牛・駱駝・山羊の五畜が生活している国がモンゴルです。社会主義離脱後の自由化により、首都ウランバータルへの人口の集中化で、全人口の三割強80万人が生活しているといわれます。

    チンギスハーン空港は二年前と変らないものの、車で20分ほどの市内に近づくにつれ、道筋の車と人の多さ、ビル、アパートの建築現場の多さに驚きました。更に中心部に向うと、古の我が国のカミカゼタクシーを彷彿させる自動車優先マナーは変らないものの、二年前の倍の交通量で信号二回待ちの交差点もあり、モンゴル語で「渋滞」という言葉を編み出さなければならない事態のようです。

    道路をはじめ橋、電気、上下水道、通信等のインフラ整備が追いつかないウランバータルは「重体」の様相を呈してきたようです。

    通りがかりの観察者としてこの活況の原因についていろいろと考えてみました。

    先ず、走っている乗用車は六割か゛HYUNDAI始め韓国製、後はロシア、ドイツ、日本が入り混じっています。数少ないスーパーの食料品売り場の商品は、二割程度が韓国製で日本製は無いに等しい。衣料品はやはり中国製に軍配あり。携帯電話も韓国と中国が競り合っています。

    建築工事現場の鋼材は地の利で中国製が多かったのですが、意外と海路を経てきた韓国製もありました。韓国人観光客やビジネスマンも多かった。我が国の温泉や主要駅に最近ハングル表示が多いですが、こちらでもネオンサインやレストランのメニュにもハングル表示が多く見られました。

    韓国の海外進出、特に中国や極東ロシア、中央アジアでの動きは活発ですが、モンゴルでの活動はそれ以上ではと思いつつ、ウランバータル市内中心から十五分程のソ連蒙古祖国防衛記念公苑、夏は恋人達が集う場所である市内の名所ザイサンの丘に登り、四方を見渡すと、確定というか確信いたしました。

    二年前には丘の周囲は何も無く、トゥーラ川の氾濫原だったのが、何とキンキラキンの高さ25mの仏陀立像、韓国人墓地、引退した旭鷲山が開発している高層低層の住宅街、幾多のアパート、マンションの建設現場、そして極めつけは、我が国で良く見るグリーンの金網で覆われた、百人近くができる高くて広いゴルフ練習場です。総て韓国企業の投資だそうです。

    蛇足ながらゴルフ場が無いのに何故ゴルフ練習場があるや、との質問に通訳曰く夏になれば国中がフェアーウェイとグリーンになり南に行けばバンカーだらけ、と説明されました。聞く処によると現在のチンギスハーン空港の南に韓国資本により新空港の建設計画があるそうです。

    我が国のモンゴルに対する経済進出は商社による鉱山開発程度で、その他は横浜のスルガコーポレーションという建設会社がウランバータルの旭鷲山ランドの近くに、ジャパンタウンという日本人用の投資マンションと戸建住宅を、九月から建設すると聞く程度です。政府借款やODAではトップなのに、民間経済進出は韓国の足元にもおよびません。

    我が国の政府借款や国技館マネーがウランバータル経済を潤し、それを韓国資本が救い上げ循環させている構図なのか、知る由もありませんが。モンゴル人は伝統的に中国人を受入れず、特に清朝の時代にはその版図に組み込まれ、決定的な中国人嫌いとなり現在に及んでいます。

    逆に韓国は元朝の時代に永くモンゴル人に過酷な搾取圧制をされたのに、我が国には過敏な対応をするのに、モンゴルには何もなかったような対応をしてるのは不思議です。遠い国モンゴルを通して隣国韓国を知る、次回のウランバータル旅行の楽しみがまた増えました。(完)
    【写真】ザイサンの丘からの眺め 上が2年前、下が今回


編集後記:カザフスタン議会は、大統領の3選を禁じた規定をナザルバエフ現大統領(66)に限って撤廃する憲法修正案を可決した、と報じられています。一方、大統領選に意欲を示していた娘婿を「銀行幹部誘拐容疑」で国際手配し、「終身大統領」に道を開こうとしています。石油、天然ガス、ウランなどの地下資源に恵まれた同国の今後が注目されます。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL:03-5371-5548 FAX:046-285-4895 E-MAIL:paf02266@nift y.ne.jpホームペイジ:http://eurasianclub.cocolog-nifty.com/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ。会費、ご寄付はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスを希望します。

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