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2007年9月

2007年9月 1日 (土)

ニュースレター第97号マンジュアタ(イシククル湖南岸)は太陽崇拝の聖地

ユーラシアンクラブニュースレター第97号2007年9月1日


マンジュアタ(イシククル湖南岸)は太陽崇拝の聖地 大野 遼

    アジアの中心・十字路で、太陽と水を大切にするアジアの未来を考える。アジアの創造的精神の復活を高揚し、人と文化情報が集うエコカルチャーセンターをイシククル湖畔に整備するー。そのための第一歩となる民間ベースの催しが今年の「アジアの瞳サマーキャンプ&フェスティバル」です。先月末から8月はじめにかけて、イベントの調整を目的にキルギスを訪れました。

    先日、ロシア、中国、中央アジア4カ国が参加する上海機構の首脳会議がビシュケクで行われました。その準備でキルギス政府あげて大忙しといった中での訪問でしたが、キルギス側実行委員会の代表スルタン・ラーエフ文化大臣とは3回面会することができ、文化省とのチャンネルもできました。

    今年は、わずか3ヶ月の取り組みでしたが、来年は一年かけて、日本からアジアの一流のアーチストが参加競演するアジア・シルクロード音楽フェスティバルと、散文詩を募集し優れた作品を顕彰するシルクロード文学賞とシルクロード音楽賞を贈るアジア・シルクロード芸術祭を準備することなどを話し合いました。

    この結果、今回、エコカルチャーツアーの最終日のレセプションでのシルクロード文学賞の選考と井上靖の詩の朗読、民族アンサンブル・オルドサフナの公演の催しには、文化大臣自ら参加し、優れた散文詩にシルクロード文学賞文化大臣賞を贈り、参加者全員に記念品を贈ることを決めました。

    日本側も、在キルギス日本国大使館に後援と大使館特別賞の贈呈を依頼。現在検討中です。オルドサフナのリーダーには、井上靖の詩「新しい時代の初めに」をテーマとした作曲を依頼、快諾された。

    日本の凧の会会員によるキルギスでの凧揚げイベントについては、日本橋三越劇場でも紹介したキルギス映画「白い豹の影」の監督オケーエフの生まれたボコンバエヴァ町で、3つの学校の5,6年生300人を対象にワークショップと凧揚げを開催、国際交流の催しにすることになりました。ボコンバエヴァは映画監督のほか、詩人や音楽家など文化人を多く輩出している町です。 

    メーン会場となるマンジュアタは、太陽崇拝の聖地として有名な場所で、「昔、中国人とカルマク人の戦いで多くの人がなくなった時、一人の男の子だけが生存、鳥と一緒に飛び去り助かった」という伝承が残っていることや、効能があるとされる11の泉などから今でも授産祈願という民間信仰の場として中央アジア中から人々が訪れるという。

    鳥が太陽崇拝の場所に絡むと聞いて私は、サッカー日本代表のシンボルマークになっている熊野神社のご神体三本足のカラスや神武東征での神話での八咫烏(ヤタガラス)を思い出しました。烏孫の建国の王も子供の頃カラスに養われたという。太陽信仰に関わるカラスはアジア的規模で広がっており、「烏孫」という民族名も意味があるのではと現地で思いました。

    マンジュアタの翌日訪れる岩絵遺跡チョルポンアタも、イシククル湖を挟んで、宇宙のエネルギーが集まる場所として日の出を遙拝する南北ラインに乗っているのだと、現地で住民参加型旅行協会「シビチ」のリーダーから説明を受けた。後日懇談したキルギス共和国のイデオローグであったダスタン・サリグロフ氏も、「キャンプ地として意義のある場所を選んだ」と喜んでくれた。

    実はサリグロフ氏こそ、昨年3月、キルギス大使館アドバイザーとして提案したキルギスおよびイシククル州の発展のためのグランドデザインを戦略的提案として一早く積極的に受け入れてくれたキルギス政府の要人の一人であった。いわば今回の太陽プロジェクト「アジアの瞳」の一環としてのエコカルチャーイベントの原点となる出会いの実現であった。

    私は、キルギスがアジアの十字路、オアシスとして発展することの意味を太陽プロジェクトとして説明、アジアの芸術のオリンピック、太陽水素村、アジアの通信社の3つのプロジェクトを内容とする太陽村プロジェクトとして語り続けて調整に取り組んだ。その結果、B B Cキルギス放送局でインタビューを受けることになり、キルギスがアジアにとって大変大事な場所となることの意義について話すことができた。

    今回、首都ビシュケクからイシククル湖を一周しながら受け入れ環境調整のため多くの人とあったが「アジアの瞳」のメッセージはそれなりに浸透していることが感じられた。願わくは、次のステップにつながる成果を収められることをと、切に希望しています。
    【写真】マンジュアタにて 現地責任者のバケットさんと筆者


天唱大地 騰格爾(テンゲル) TENGER与蒼狼楽隊 音楽世界 9月8日(土) ご案内

    祝 内モンゴル自治区60周年記念
    2007年9月8日(土) 開場17:30開演18:00
    東京芸術劇場大ホール JR池袋駅西口徒歩1分 http://www.geigeki.jp/
    S席5,000円A席4,000円B席3,000円C2,000円
    本公演はモンゴル民族文化基金のチャリテイです。
    (中国国内のモンゴル民族のモンゴル語による教育事業及び伝統文化の振興事業を助成する基金)

    主催:モンゴル民族文化基金
    企画:(株)大蒙古・(有)富川エンタープライズ・(株)ジュンガリア
    後援:中国大使館・(株)世通旅行
    お問合せ・チケット:バー・ボルドー080-5062-7312

    テンゲル&蒼き狼バンド
    騰格爾テンゲル 馬頭琴/ブレントウグス キーボード/リユ―・シオ―グウアン ベース/ナラス ギター/イウエ―ル ドラム/ファン・ジュンイ パーカッション/荒井壮一郎


モスクワ紀行2007(3)プーシキンスカヤとルビヤンカ 若林 一平

    知らない街についたらまずは二つの場所を確認することにしている。スーパーマーケット(食料や日用品を買える店)と本屋である。スーパーに関してはモスクワの繁華街にある「エリセーフスキー」に足を運んだ。地下鉄駅のプーシキンスカヤから2分くらいのところにある。さしづめモスクワの「明治屋」と言いたいところだが。

    実はそれどころではない。ロシア革命前の1901年開店。内装はネオバロックで大型のクリスタルのシャンデリアが天井から下がっている歴史的な場所でもある。お土産品はともかくとしてやはりここは値段が高い品が多い。モスクワの中産階級の人たちの生活ぶりを知るには適当な場所であろうか。幸い宿泊したホテルの近くに24時間営業の庶民的スーパーが あったので助かった。

    プーシキンスカヤ駅は7年ほど前に12名もの犠牲者を出した爆弾テロのあったところでもある。駅の通路の供花が事件を思い出させる。

    本屋のほうだが。こちらは最大の店を押さえておきたい。モスクワで複数の人から聞いたのが「ビブリオグローブス」である。訳せば「図書の地球」という感じである。店の場所は何とルビヤンカ。あのおぞましい歴史を思い出させる「ルビヤンカ」である。ルビヤンカはただの地名なのだが。かつてのチェーカーそしてKGBのあったところだ。

    地下鉄のルビヤンカ駅を出ると目の前がKGBの建物。その前の広場にKGBの「創業者」であるジェルジンスキーの巨大な像がかつてあった。ソ連崩壊の象徴的な映像としてジェルジンスキー像を引き倒すシーンは世界中に放映された。今はその台座だけが残っている。KGBの建 物はFSB(ロシア連邦保安庁)が引き継いでいる。今にもここに捕われた人びとの絶叫が響いてきそうだ。

    ビブリオグローブスにはオジェゴフのロシア語辞典が積み重ねてあった。手に取ってみると厚みは10センチはあろうかと思われる大部 のものだ。323ルーブル。1ルーブルが4.5円として1500円でつりがくる勘定である。これは安い。帰宅後測ってみたらちょうど7cmの厚みがあった。

    店頭には村上春樹や吉本ばなな等の日本文学も多い。三島などの純文学のほか横溝正史などの大衆文学も結構ロシア語に翻訳されているのには驚いた。これらは日本文化研究の層の厚さとひろがりを如実に物語る。

    ロシア語でなくともいい。英語圏についてはどうか。この日本列島では「実用化」の美名のもとに文学(文字)離れをおこして久しい。モームやサローヤン、そしてオーウェルやグリーンなど、高校時代に無理矢理読まされたことが思い出される。こうした若い頭脳の経験が後でアングロサクソン社会の深層について考えるヒントになっているのだ。こうした経験は「駅前留学」をどんなにやっても得られるものではない。

    一方、文学部をおいている老舗の大学で非英語圏研究への圧迫は近年ひどいものがあるという。まさに文化の空洞化である。皮肉なことに国際化のかけ声とは裏腹にこの列島の文化状況の島国化は加速しているとぼくは見ている。日露、日英、日米、日中。いずれも文化の落差は拡大するばかり。実に悲しいことである。

    さて文化という言葉だが。何か平和であたたかいものを連想するかもしれないが。事実は違う。文化こそ帝国支配の尖兵であり、洗練された搾取構造を自ら体現するものである。文化は美しくそして邪悪である。
    写真説明:残雪に覆われたジェルジンスキー像の土台(2007年 3月、旧KGB前のルビヤンカの広場で筆者撮影)


UNHCR国連難民高等弁務官事務所、イラク人の子どもたちを学校に受け入れるヨルダンの決定を歓迎

    ヨルダン(20日)発:
    UNHCRは、20日、イラク人の子どもたち数万人を地域の学校に受け入れることを許可したヨルダン政府の決定を歓迎すると発表した。ヨルダンの教育省は、ヨルダン全土で少なくとも5万人のイラク人学生が学校への入学手続きを取ると見込んでいる。

    新学期は19日に始まり、イラク人学生は9月15日まで入学できる。イラク人の子ども達もヨルダン人学生と同じカリキュラムに従い、学校施設もヨルダン人と同じように使うことが可能となる。初等教育、中等教育、職業訓練、非公式教育等も必要に応じて受けることができる。UNHCRと国連児童基金(UNICEF)は、公立・私立学校のシステムを強化し、さらに拡大していくためにヨルダン政府に対し技術支援および経済支援を行っている。

    ヨルダンは推計75万人のイラク難民を受け入れている。多くは2003年以降イラク国内で起こった暴力を逃れてきた人々だ。そのうち約半数は子どもたちであるとみられているが、両親がヨルダンの滞在許可を持っているか、学費を支払わない限り学校に通うことはできないため、実際に教育を受けることが出来るイラク難民の子どもたちの数は非常に限られている。

    UNHCRと関係機関は、ヨルダン、シリア、エジプト、レバノンといったイラク難民を受け入れている政府を支援するため、先月1億2900万米ドルの資金要請を行った。この資金で、これらの国々に逃れている15万5000人のイラク人の子ども達が2007年から2008年の1年間学校に通うのを支援する。

    200万人以上のイラク人が主にヨルダン、シリアといった近隣諸国に避難しているが、そのうち50万人が学齢期であり、教育の機会が限られているか、閉ざされているのが現状である。

    ヨルダンの教育部門に対し、UNHCRは教育設備の拡充、学校を続けられなくなった女子学生や若者へのコミュニティの活動を通じた復学等の支援に焦点を当てる。また、貧しく脆弱な立場にある家庭への支援などを実施する。
    【写真】アンマンの公立高校での第一日目に、教室で席に着いたイラク人学生 ?UNHCR/M.Hamed


ナナイの村・シカチアリャンの歴史と文化、そして暮らし12 大野 遼

    力を失ったアムール虎
    アムール川に住むナナイ人のゲリンと呼ばれるグループの中の「シャーマンの氏族」と呼ばれる「サマンデョ」氏族の世界観についてまとめた本がある。エカテリーナ・サマール著「氏族樹の下で」。この本は、シカチアリャン村の民族文化リーダーであるドンカンさんからプレゼントされた。なかなか時間がとれず読み込むまでには至っていないが、ナナイと呼ばれる人々が、いかにアムール川流域を活動の舞台にしているかがわかる下りがあるので要旨を紹介する。

    サマンデョ氏族の祖先は、「9人の兄弟と妹」。兄弟は、アムール川をそれこそ「股にかけ」、スキーを履いてひとっ飛びで山の頂上まで行ったと思うと雪解けのアムールの氷を鈎で引っかけてアムール川の流れを止めたりして遊んでいた。

    しかしある時9人の兄弟がウサギの生皮を剥ぐなどの悪行をしたせいで全員死んでしまうと、妹は「モネ」や「コンカイ」と呼ぶ楽器を奏でて泣き尽くした後、オモロチカと呼ぶ舟で上流に移動し、魚を捕って仮小屋暮らしをしていた。すると足にとげの刺さった虎が。棘を抜いてやったのがきっかけに、小屋の入り口にオオシカの肉が置いてあった。

    虎は毎日のようにやってくるようになり、囲炉裏の反対側に横たわり朝帰りする毎日。やがて息子「シライゴ モハ」(氏族の創始者)が誕生した。モハは虎の助けで成長し、別の氏族の娘と結婚し、9人の息子が生まれた。息子たちは、河口から源流まで、一日でマンゴー(アムール川のこと)を駆けめぐり、アムールの土地を守る英雄になった―。

    これは、ナナイ民族をはじめとする日本海対岸の少数民族の間に普通にあるトーテミズムの一つであって、「虎の氏族」「熊の氏族」「狐の氏族」などと語られる。私が親しくしている前村長も「虎の氏族」であった。

    実は、シカチアリャン村のアムール川の岸辺に展開する岩絵の動物あるいは人間の顔のように見える岩絵が実は虎や熊の顔を描いたもので、こうした氏族のトーテムであったという考えもある。ナナイの人々の世界観、伝説を示すといわれるシカチアリャンの岩絵のもう一つの顔である。

    しかし残念ながら人々を守るこのトーテムは、今や力を失って、ナナイの人々を守ることができなくなっている。アムール川に依存して共生してきたナナイの人々の生活は、地下資源に依存したアジア規模の開発によって汚染が進み、一変しようとしているからだ。養殖型漁業、大豆などの農業生産の導入、観光収入の確保、など、新しい暮らしを模索した経済的自立が焦眉の急となっている。

    私は、5月に訪問した結果、この17年間取り組んできた自立支援の活動を根本的に見直すことが必要だと判断した。大人ではなく、研修などシカチアリャン村の若者に未来を託す支援である。私も、親しい村人も年をとりすぎた。地下の魔物と戦う若者に期待する新しい太陽プロジェクトを検討したい。ナナイの人々は、岩絵にみられるように、氏族のトーテムの前に三つの太陽の子孫なのだから。
    【写真】絶滅に瀕するシベリア虎 中国の切手から


「アジアの瞳サマー・フェステイバル」旅行説明懇談会、キルギス共和国大使館で開かる

    8月4日、「アジアの瞳サマー・フェステイバル」旅行説明懇談会が開かれ、猛暑の中、大阪や静岡からも参加され、会場一杯の盛況でした。

    最初に前日にキルギスから戻られたアスカル・クタノフ大使から、国を挙げて歓迎するとの熱い挨拶を日本語でいただきました。つづいて、実行委員長の大野 遼さんから、現地の調査・調整報告がありました。その後、ご出席の方々の自己紹介とキルギス旅行の動機や抱負を語っていただきました。気温や服装、通貨や両替、おみやげ等いろいろな質問も出て、約3時間の会は参加者同士の交流の場ともなり、和やかななかに散会しました。

    大野 遼さんの報告は概略以下の通りです。
    7月25日から8月3日までキルギスを訪ね、9月のツアーの調整をしてきました。調整の内容は①イシククル湖周辺を移動する際には、救急医療の医師を同行することや救急車や警察官の常駐を要請したこと(警察官の常駐要請は、治安上の懸念からではなく、万が一に備えてのものです。)

    ②文化大臣に散文詩のシルクロード文学賞文化大臣賞の贈呈を要請したこと③移動途中のトイレの場所、オプションの決定④環境セミナー「アジアの時代と太陽水素村」の開催場所、主催団体の調整⑤凧揚げ会場と主催者の確認⑥在キルギス大使館、ジャイカ駐在事務所、日本センターへの協力要請⑥宿泊場所、おみやげ購入場所などのチェックーなどで、滞在中フルに動きました。

    この結果、博物館の黄金のマスクなど普段は非公開の資料を特別に見せてもらえる方向になりました。またアクベシム発掘の栗本愼一郎氏は、現地スタッフが協力する方向での検討を約束しました。

    文化大臣と国際文化交流部長との話しや、凧揚げについては、一頁に報告の通りです。地域住民が家族ぐるみで観光客を受け入れるcbt(シビチ)の団体は、さまざまな歓迎のイベントを検討してくれることになりました。

    科学アカデミーの大統領科学技術顧問のオルモンベコフ氏や環境庁のカミリャ女史には、キルギスの幅広い人々がセミナーに参加するよう働きかけるよう要請しました。

    ビシケクとマンジュアタでは日本語を学ぶ学生に日常語通訳のボランテイアとして、数人ついてもらうよう日本センターに要請しました。

    【編集部注】訪問地の気温と服装:ビシケクで800㍍前後、イシククル湖で1600㍍の海抜があり、ビシケクの緯度は札幌とほぼ同じなので、9月の最低気温は10℃前後になります。朝晩の冷え対策が大事で、セーター、ヤッケ、ホカロンなども必要です。
    【写真】イシククル湖とマンジュアタ Coogle Earth より


キルギスへの誘(いざな)い 写真で見る中央アジアのオアシス17 若林一平

    ビシュケクの竜安寺

    ビシュケク在住の映画監督カリジンさんは日本文化についての造詣が深い方である。お気に入りは竜安寺の石庭である。自ら撮影した竜安寺の写真パネルをオフィスの壁に飾っている。
    (写真:1998年、若林一平撮影)


日本人を兄弟と思っているキルギスの人に贈り物を  門川町「文化少年団アドベンチャークラブ」の活動(1)河野眞一

    この一年間の文化少年団の活動とシカチアリャン村との交流
    昨夏のエコツアーに松村・森両氏と3名で参加してシカチアリャン村(ロシア・ハバロフスク市近郊)の近代的な学校を訪問した時のことです。学校のホールで村の子供たちの熊狩りや漁労などの伝統芸能で歓迎を受けた後、集まった村の人々と大野代表が同席して、村の自立と発展を目指すための会議が進められる中、現地のリーダーや若い人にも少しずつその理解が広がっているのを感じたものでした。

    翌日、村の少年団長に大野代表を通じて狩猟の舞が大半を占める村の伝統芸能の一つに、農作業の舞踊を創作して加えて見ると将来、営農に対する意識が生まれないだろうか、そして村の数少ない農業者の一人である老婦ババカチャはその指導者にふさわしいなどと談笑したりして、文化少年団からの「かどがわの海」の砂絵を贈り、そのお返しにビカさんから門川の子どもたちへ素晴らしい手作り民芸品(写真左)を受け取りこれからの交流を約束して村を後にして一年が経ちました。

    この一年間、少年団は門川町総合文化会館が主催する音楽、演劇公演などの鑑賞に併せて、月に1,2回文化会館に合宿して活動してきました。中でも昨年12月に開催したアジア・シルクロード音楽フェスティバルのプレ事業、「ふれあい国際交流コンサート」は、大野さん、パンチャ・ラマさん(ネパール出身)をゲストに迎え、町内3地区の自治公民館で8月に実施しましたが、その運営(街宣、受付、アンケートの準備、回収など)のほとんどを少年団が自主的に行い、小学生とは思えない一面に関係者を驚かせたものでした。

    門川の文化少年団も自給自足を目指しながら自らの心を育む
    また、合宿中は会館の隣の草むらを耕してドングリの杜を育てるとともに、畑づくりに精出しています。畑は残飯を堆肥化して有機農業(EM菌処理、無農薬)を試しています。

    初めはミミズや牛糞堆肥を泣きながら手にしていた子どもたちも、今ではミミズが育つようにと汗と堆肥にまみれながらも、慣れない土作りの成果としての新鮮な野菜(苺、玉ネギ、トマト、キュウリ、ナス、ネギ、ジャガイモ、とうもろこし、大根、スイカ、瓜、オクラ等々、)の収穫に歓声を上げ、水洗いもそこそこに野菜カレー、ポテトサラダなどの材料として自給自足を楽しんでいるようです。

    シカチアリャンとの次なる交流に夢を馳せながら、折に触れてシカチアリャンの話をしたり写真を見たりして心の交流に努めています。しかし、こどもたちの限られた農業体験やその報告でシカチアリャンの人々をどれだけ元気づけられるか分りませんが、昨年届けた野菜収穫シーンのビデオレターに続く第2弾は、土作り、草取り、潅水作業など少し有機農業に近づいてきた活動の様子などを収録中です。

    キルギスに届けたい「若山牧水」の心、アドベンチャーの思い
    文化少年団は、シカチアリャンへのビデオレター第2弾を届ける準備を進めていますが、これまで取り組みが遅れていました文芸について、「井上靖」生誕100年記念の「アジアの瞳」サマーキャンプに参加することを契機に、中原中也(生誕100年)との交友も深かった、隣町の日向市東郷町出身の歌人「若山牧水」の短歌入りの短冊を工作しました。

    「日本人は兄弟」というキルギスの人たちに少年団手作りのその作品(写真右)と書家・西村、和紙ちぎり絵・伊東両氏の共同制作の牧水短歌団扇を届けてきたいと思います。
    (かわのしんいち 「文化少年団アドベンチャークラブ」主宰)
    【写真】左:シカチアリャンから交流の約束に贈られた民芸品 右:キリギスに届ける短冊

    【編集部注】「文化少年団アドベンチャークラブ」は、門川町内の各小学校の上級生を対象に、門川町総合文化会館が主催するイベントに合わせて、一年を通した合宿を通じ、地域の自然や歴史に親しみながら、子どもたちが次代の町のリーダーとして健全に育っていくこと願ってスタートした団体。最近では中・高生や社会人になったOBたちも、自主的に手伝うようになっています。


編集後記:17回にわたって連載した「キルギスへの誘い」は今号で終了します。若林さん、ありがとうございました。/NY株式市場で始まった株価の暴落は欧州、東京に及び、今後に深刻な影響を及ぼしそうです。発端となったアメリカのサブプライムローンは、債券化され、利回りの高い金融商品として、銀行や年金基金、大学基金など、米欧日のまともといわれるところが買っています。いつ、いくら焦げ付くか分からない怖さが覆っています。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL:03-5371-5548 FAX:046-285-4895 E-MAIL:paf02266@nift y.ne.jpホームペイジ:http://eurasianclub.cocolog-nifty.com/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ。会費、ご寄付はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスを希望します。

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