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2008年1月

2008年1月 1日 (火)

ニュースレター第101号 今年はユーラシアンクラブの改革を模索

ユーラシアンクラブニュースレター第101号2008年1月1日


今年はユーラシアンクラブの改革を模索 大野 遼

    年の末、キルギス共和国アスカル・クタノフ大使、リスペク一等書記官、大使館アドバイザーである私と四人で外務省を訪問し、日本キルギス国交15周年を機会に取り組んだ文化、環境をテーマにしたプロジェクトの推進のため協力を要請しました。

    昨年は、キルギス共和国がアジア・シルクロードの十字路であり、日本にとってはアジアの未来型パートナーであることをアピールする活動を続けました。

    6月の日本橋三越劇場でのアジア・シルクロードフェスティバルと9月キルギスで実施した「アジアの瞳サマーキャンプ&フェスティバル」の催しを通して、日本(中央区日本橋)とキルギスの間には音楽の回廊で結ばれた長大なシルクロード・ブリッジが架かっていることを示し、年末のユーラシアンクラブ忘年交歓会には、矢田美英中央区長とクタノフ大使が来席、中央区とキルギスの交流発展への期待が表明されました。今回の外務省への協力要請も含め、この二年間の活動の節目となったと喜んでいます。

    外務省への要請は、アジアの十字路であるキルギスとアジアーシルクロードの終着駅である日本(中央区日本橋)が協力して、アジアの未來にとって重要な文化芸術の振興、リニューアルエネルギーの研究開発、アジアのIT通信社の育成のために協議したいというもので、具体的には①アジアの創造的精神を顕彰するためキルギスと日本橋を軸としてアジア・シルクロード音楽フェスティバル「アジアの瞳」を開催する②キルギスも日本も、そしてアジアの未來にとっても緊要な太陽エネルギー・水素エネルギーを含めたリニューアルエネルギーの研究実験センター「太陽水素村」の設置③アジアの人と文化の交流をさらに活発化するために有益な情報通信事業を発展させるためにアジアのIT通信事業育成のため協力推進―の3プロジェクトです。

    それぞれのプロジェクトの意味はこれまでも書いたり、話したりしてきているので繰り返しませんが、アジアの時代にふさわしい協力事業となると確信しています。

    ユーラシアンクラブとしては、これらの事業に関わり必要可能な活動については取り組む考えですが、この数年来考え、構想してきたクラブの新展開について今後推進したいと思います。それは大野や日本人中心のクラブからアジアの諸民族中心のクラブへの衣替えです。

    まだ方向性の提案にとどまっていますが、昨年末の忘年交歓会でも話したとおり、アフガニスタン、タジキスタン、キルギス、ウィグル、モンゴル、サハといった国や民族が存在する南北のラインは、アジアの未來の交流と安定のために大変重要なアジアのセンターラインと考えています。

    地理的にはヒンズークシ、ヒマラヤ・パミール、天山、アルタイ、バイカル湖から中央シベリアといった歴史的地勢学的に意味のある地域です。この地域に住む人々との協力で、アジアが今、未來につながる緊急テーマである、水、環境、文化芸術の顕彰、情報の交換に取り組む考えでクラブ改革を協議したいと思います。

    その際に、従来から提案してきた「国家民族宗教を超えて、民族の共生、自然との共生を模索する」との考えや、限りなく少数民族にウェートを置く、未来を担う子供達を視野に入れた活動を志向するという観点は変わりません。根本的な点は、日本人が、日本という国家の枠組みで、支援やシルクロードの交流などを語る今のクラブの姿から脱皮するということです。紙面上は、誤解されるのでさらには書きませんが、別な表現で言えばインターナショナルな事務局にしたいということです。

    私自身は、個人でできる範囲の活動の可能性を広げたいと考えています。昨年7カ月かけて改修準備したアジアシルクロードアンテナショップ・チャイハナ「愛川サライ」が一応保健所の許可も取れて、さらにオープンのため条件整備中です。

    モンゴル、ウィグル、ネパールというシルクロード茶のチャイハナを開店し、一級品の干しぶどうやアンズ、キルギスの蜂蜜や私の仲間であるアジア・シルクロードのアーチストのCDを販売したり、コンサートやキルギスやアムール川、サハ共和国などの旅行を企画制作します。今私が住んでいる町で、地域の子供達やお年寄りとともに楽しい普及型プログラムを年間に数回実施するつもりです。

    世界が未來につながっているとすれば、一番のネックであり、悩ましい存在は、表面的には国家であり、実際には利己的な人間、特に地下資源依存型社会で利益を享受する人とグループだと思っています。

    日本でも、中国でも、ロシアでも、アメリカでも、欧米諸国でも。どんな国でも、国家という組織が、貴族や二代目、三代目の特権グループを形成するのは、利益代表が運営するからであり、そして恐らくそこには私も含め、ほとんどの人が組み込まれているのですが、限りなく、地下資源依存型社会からの脱皮は、庶民の願いだと思い、その方向で活動したいと考えています。

    人間は、生きている限り寝言を言うものだという意味で、読みとばしていただければ幸いです。
    本年もどうぞよろしくお願いします。

    【写真】オルド・サフナの演奏をバックに伝統民族ファッションのショウ 「アジアの瞳2007」イベントから ビシケクにて


キルギスの山でサンタを探せ、観光局がコンテスト主催

    【12月11日 AFP】「サンタクロースはキルギスにいる」とスウェーデンの会社が発表したことを受け、キルギス観光局がサンタ探しコンテストに乗り出した。

    キルギス観光局は首都ビシケクで記者会見を開き、「観光局はずっと前からサンタがここに住んでいることを知っていたが、スウェーデンの科学者がついにそれを証明した。キルギスがサンタの本当の家であることを知ってもらうため、やるべきことはたくさんある」と説明した。

    スウェーデンの技術コンサルタント会社スウェコは前週、サンタがクリスマスまでに世界25億人の子どもにプレゼントを届けるためには、キルギスを拠点としなければならないはずだと発表した。サンタのそりは、秒速5800キロで走る計算になる。

    サンタは北極に住んでいるというのがかつての定説だったが、サンタとトナカイたちが北極を拠点としてクリスマスの間に世界を1周するのは不可能だ。

    一方、サンタがキルギスを出発し、地球の自転と逆方向に回れば、48時間ですべてのプレゼントを届けられるという。http://www.afpbb.com/article/lifeより


アジアの西端・トルコ寸描2007(2)世界で8番目の観光立国 杉浦 龍平

    トルコ人が日本人に親近感を抱く理由はいくつか言われていますが、だいいちに、1890年(明治23年)9月の「エルトゥールル号事件」があげられます。これはオスマントルコのスルタンが日本に派遣した軍艦エルトゥールル号が、和歌山県の串本沖で台風のために遭難し、犠牲者500名以上を出した悲惨な事故を巡る救助のことです。

    串本の村人に助けられた69名の生存者たちは、手厚い看護を受けた後に、日本の船でトルコまで送り届けられました。日本人の親切を、トルコ人は今でも忘れることはできず、小学校の教科書でこのことを教えています。
    土日友好の基点として記憶され、語り継がれていることが最大の理由と考えられます。

    ところで、日本ではこの事件はほとんど知られていません。むしろ、トルコの観光資源が注目され、その面から関心が高まり、観光客が増えているようです。それは、三方を海に囲まれ、無数の湖水と河川、中部にはパムカッレやカッパドキアなどの豊かな自然があり、古代ヒッタイト文明やギリシャ・ローマ時代の遺跡が連なり、キリスト教、イスラム教の変遷とその歴史・文化が幾層にも刻み込まれているからと考えられます。

    世界的にもトルコ観光は注目され、年間2,500万人からの海外観光客が訪れ、2005年で181.5億㌦を稼いでいると言われています。観光業が実に産業の1/3を占めています。そして近い将来、最も外国からの入り込み客の多い、イタリアやスペインと肩を並べ、4,000万人台になるだろう、と言われています。日本を訪れる観光客500万人の遙か上をゆきます。

    遺跡の整備も着々と進んでいるようで、私が5年前に訪れたときと比べても整備の進み具合が分かります。例えばエフェソスの場合でも南側入り口付近にある「アゴラ」の列柱がかなり復元されていたり、「クレテス通り」の左手の「丘の上の邸宅」付近の調査が済んで道幅が広がり、見事なモザイク画が広い範囲に見られるなどの変化を見せていました。

    パムッカレも同様で、遺跡に向かって東側の入り口から、そのまま温泉の流れ出る石灰棚の観光ポイントに行けるように、遊歩道が整備されていました。足湯を楽しんだ後、ネクロポリス(墓地)へも棚湯の上の遊歩道を辿ることもできます。(以下次号)

    【写真】上:エフェソス遺跡・クレテス通りから、二階建て列柱のある図書館を望む。下:雪の朝のカッパドキア 観光バルーンが無数に浮かびます。提供:筆者


ナナイの村・シカチアリャンの歴史と文化、そして暮らし15
北方論の東西の関係はバイカル起源論が軸 大野 遼

    前号で、シカチアリャン村のナナイを含めた「ツングース族」の形成は、バイカル湖周辺を源郷とする「東進」「南進」の結果であるという、シベリア考古学の父故オクラドニコフの総括を紹介した。このほか新石器時代末期までの日本列島と北アジアをめぐる議論には、私が記者時代に紹介した二つの「バイカル起源論」もある。

    1つは、考古学者加藤晋平氏が提唱した考古学的なバイカル起源論。約3万年前にバイカル湖周辺で出現した、カミソリの刃のような小型石片を効率よく連続してはがす細石刃技法が、東方へ徐々に拡大して約一万四千年前に日本列島に達し、この細石刃文化をもたらした人々が縄文文化の基層を形成したという説だ。これをさらに補強する説として可児通宏が指摘したアムール流域の円孔文土器流入やさまざま北アジアと日本との考古学的系譜論が示されている。

    2つ目は、元大阪医科大学の学長で法医学の松本秀雄氏が、血清の遺伝子型をもとにしたバイカル起源論。北方型モンゴロイドを特色づける遺伝子st型の出現頻度を各国との共同研究で跡付けて、出現頻度の頂点がバイカル湖周辺のブリヤートを頂点としてアイヌを含む日本人に拡大する円錐形を呈することを確認し、日本民族の源流はバイカル湖周辺にあると提唱した学説である。

    オクラドニコフが総括した「ツングースのバイカル湖源郷」説と、上記二つのバイカル起源論の間の違いは「時期差」にあって、前者が新石器時代、後者が旧石器時代に遡って構想されていることである。

    これによれば、先住民族の保護に奔走した故野村義一氏や貝沢正、アイヌ新法成立に貢献した元参議院議員故萱野茂氏らが考えていたプロトアイヌである縄文人の子孫と後からやってきたツングースが少しずつ混血しながら変貌していったのが日本人ということを示し、いずれもバイカル湖と関わることになる。

    日本列島でアイヌにとってもっとも親近感を感じる相似性を持っているのは琉球人であると、しばしばアイヌから聞いたことであるが、考古学者や人類学者の中にもそう考える人がいる。

    数年前、東京アイヌ協会の浦川治造会長とシカチアリャン村からサハリンまで旅行し、住民と交流したことがある。アムール流域でアイヌの子孫である人々と会ったこともあるが、多層的な先住民と最後にやってきたロシア人やウクライナ人などが暮らす北アジアの多様な豊かさを継承するためにぜひ時空を超えたエコカルチャーセンターが必要だと考えたものである。

    昨年、ハバロフスクやコムソモリスクナアムーレにそうした施設が計画中だと聞いたが、ロシアに故オクラドニコフのようなバランスのとれた大学者がなくては無理かもしれない。

    いずれにせよこれらのバイカル「源郷説」「起源論」は、バイカル湖東方から東流するアムール川や草原、タイガという自然環境と深い関わりを持ち、北アジアにパラボラアンテナのように開いた日本列島の地勢学的ポジションと無関係ではない。

    北方論の「東西の関係」を示す北アジアと日本列島を結ぶ事例は、考古学、人類学、言語学、農業、精神文化を含む民族学まで含めすでに多く紹介されている。


アフガンからぶどう農家が研修(2) 神戸市CODEの活動

    CODEアフガン「ぶどう畑再建プロジェクト」の最近の活動から、アフガンのシャモリ平原から農家を招いて行った、ぶどう農業研修の概要をお伝えいたします。

    ぶどう農園の見学
    研修二日目は、佐用町のぶどう栽培政策について町職員から説明を受けた後、ぶどう生産農家を訪問し、ぶどう農園を見学しました。見学しながら栽培について熱心に説明を聞き、たわわに実りつつあるぶどうの袋かけ作業を体験しました。その後、ぶどうから作った自家製ジュースやジャムを食べながら、農家の方々と交流しました。

    有機農業の実践について学ぶ
    研修五日目は、日本で唯一ぶどうの有機栽培を指導されている恵泉女子大学社会学部の澤登早苗先生に、ぶどうの有機栽培とその大切さについて講義を受けました。次に、元JA職員で長年有機農法について研究、実践をしている本野一郎さんから持続可能な農業である有機農業についてお話しを頂きました。

    シャモリ平原でも戦乱が始まる30年ほど前には、豊富に家畜も飼育され、糞尿を活かした農業がされていました。しかし、現在は戦乱で土地が荒廃したため化学肥料などを使わざるを得ません。今後の地域生活の復興と、子どもたちへの土地と農業技術の継承を考えれば、少しでも有機農業に転換してゆくことが必要であり、日本での実践例を参考にして今後に役立ててゆくことが求められます。

    佐用町の農業経営を学ぶ
    研修六日目は、大豆などの農産物加工施設で味噌、豆腐作りの見学をし、実際に作業服を着て職員に指導してもらいながら豆腐作りの体験をしました。佐用町はさまざま大豆製品で全国的に知られています。このような多くの智恵が投入された、多様な農産物加工技術を学ぶことで、シャモリ平原での自立再建への糸口を、少しでも見出してもらえればと思います。(以下次号)
    【写真】ぶどうの袋掛け体験の様子 提供:CODE

    ・・アフガニスタンぶどうプロジェクト・・
    首都カプールの北1時間にあるシャモリ平原のぶどう農家に、資金を貸し付け、新しい苗や水の確保、肥料購入、労働力雇用などにあて、ぶどう畑の再生を図るものです。収益が出た段階で返済し、他の農家に貸し付けます。管理は地元NGO、農協、農家などで構成する運営委員会が行います。基金は一口3,000円から。
    詳しくはhttp://www.code-jp.org/disaster/afgr/index.html TEL078-578-7744までお問い合せ下さい。


ユーラシア短信 キルギス議会選挙、3政党が議席を獲得

    【12月21日 AFP】16日に投票が行われた中央アジアのキルギスの議会選挙で、最新の開票結果が20日、発表され、3政党が議席を得たことが判明した。

    選挙管理委員会によると、クルマンベク・バキエフ大統領が率いる「アクジョル」が71議席、野党の社会民主党が11議席、共産党が8議席を得たという。

    野党「アタメケン」は、全国で2番目に高い9%の得票率を得たが、オシで規定の0.5%に届かなかったため1議席も獲得できなかった。http://www.afpbb.com/article/politicsより


ユーラシア短信 雪山のひとつを「サンタクロース山」と命名へ

    【キルギス・ビシュケク(AP)】中央アジア東部キルギス共和国の観光当局が、同国内の山のひとつを「サンタクロース山」と名付ける計画を立てている。当局は19日、この山の標高を測定するため、調査団を派遣。クリスマスイブには、頂上にキルギスの国旗を入れたカプセルを埋める予定。

    かつて旧ソビエト連邦の一部だった同国では、山に「ウラジミル・レーニン」や「ボリス・エリツィン」など、共産党指導者の名前がつけられている。

    国民の75%がイスラム教であり、旧ソ連圏の同国で、なぜ「サンタクロース」なのか? 観光当局では、観光産業の拡大を目指しており、その一環だとしている。

    「サンタクロース山」の命名により、この山がある地域に観光客を誘致するだけではなく、国際サンタクロース会議の開催も目指すという。

    そのほか、夏でも雪が残ってる山であることから、世界中からサンタクロースを集めて、煙突登り競争やソリレース、クリスマスツリー飾り付け大会などの催しを開きたいとしている。 http://www.cnn.co.jp/businessより


ユーラシア短信 ウズベキスタン大統領選、現職カリモフ氏が大勝

    【12月25日 AFP】23日に投票が行われたウズベキスタン大統領選挙で、現職のイスラム・カリモフ氏が圧倒的な大差で3選目を決め、新たに7年の任期を務めることになった。

    中央選管が24日発表した開票結果によると、カリモフ氏の得票率は88.1%で、前回の2000年の選挙での91%を下回った。同国を18年間率いているカリモフ氏は、ほかの3候補と争ったが、各候補の得票率は3%にとどまった。

    同氏は、独立メディアやほかの政党を抑圧。選挙を監視した欧州安保協力機構は、「今回の選挙は、OSCEが定める民主選挙の基準を満たしているとはいえない」と批判している。
    (c)AFP/Antoine Lambroschini http://www.afpbb.com/article/politics/より


ユーラシア短信 水力発電部門への投資呼びかけ?大統領が3度目の訪日

    中央アジアの山岳国タジキスタンではソ連崩壊後内戦が続いたが、1997年に和平を達成し、現在は本格的な経済発展の軌道に乗り始めている。豊富な水系を生かした水力発電事業に外資を誘致し、周辺国へ電力を供給することで、安定した経済基盤の確立を目指している。

    12月4?5日訪日したラフモン大統領は東京都内で、日本の関係者に対して新たな投資先として考えてほしいとアピールした。
    http://www.jetro.go.jp/topics/ ジェトロ・注目ビジネストピックスより


天山山脈の東と西-中国西域からキルギスへ(1) 真矢 修弘

    天山山脈は、中央アジアへの入り口ともいえる中国西部の新疆ウイグル自治区とその隣のキルギス共和国(旧ソ連領・キルギスタン)に跨る山脈で、最高峰は7千メートルを超え、西南部では世界の屋根といわれるパミール高原に連なっている。

    中国の西域地方は中国人にとってもかつては最果ての地であり、人跡未踏の辺境であったが、今もその大部分が広漠たるタクラマカン砂漠によって占められていることに変わりはない。唐の玄奘はこの砂漠と天山やパミールを越えてインドまで赴いたという。

    私は十代のころからの憧れの地であった中央アジアとかシルクロードというとき、まず頭に思い浮かぶのは、その玄奘のことばと思われる「天に飛鳥なく、地に走獣なし」という極限の世界であり、次にラクダやロバの行き交う異民族の世界を思い浮かべるほどだ。

    ユーラシア一周の旅を目ざして
    私は4年前に、アジアの内陸部を経巡ってから西の世界に出る旅をしたいと思ったが、折からのイラク戦争の勃発とサーズの流行によって東からの道は閉ざされ、やむなく(といってもそれ自体も夢であった)シベリア鉄道に乗って、北回りのユーラシア大陸一周の旅を試みた。

    が準備不足もあって、トルコからカスピ海沿岸まで達した辺りでどの方向にも進めなくなり、旅は未完に終わった。その続きの旅を少しずつでもしたいと思ったが、今度は、念願だった東から西に向かうことにした。幸い、以前から顔なじみだったユーラシアンクラブがキルギスへの文化交流の旅を9月に企画していたので参加させてもらうことにした。

    ただし、空路で直行する交流団とは別に、私一人は北京から西安を経て、中国の西域まで長距離列車を乗り継いで、すべて陸路でキルギスまで行くことにした。前の旅もそうであったが、未知の土地に空からいきなりポンと入りたくなくて、できるだけ地表を少しずつ進んで目的地に到達したかった。頭の隅に玄奘の旅があったことは否定できない。

    【天山を列車で行く】
    西域の東寄りのトルファン(吐魯番)から西端のカシュガル(喀什)までは、約20時間かけて天山の山裾を行く列車に乗った。天山の山中と砂漠のはずれのオアシス地帯を縫うように進む、乗りごたえ十分の列車だ。これこそ、シルクロード鉄道の名に恥じない。(ちなみに、このところNHKテレビで連続放送されている「中国鉄道大紀行」なるものを私は旅の前に一度も見たことがなかった。帰国してから見たら、おもしろいだけでなく参考にもなるのを知った。)

    水があると植物があり、そこに動物もいて、人がいる
    沿線の大半は当初は砂漠地か泥の山に思えたが、半日も走ったころからか、時おり緑地帯が見えたと思っていると、やがて町が現れ、そして駅になる。川も中国特有の泥で黄濁した川でなく、水の澄んだ谷川になってきた。遠くに見える雪を頂く山々からの雪解け水が、きっと周辺を潤すのだろう。

    とにかく水があると緑が現れ、わずかな草地と、そして馬や羊や鳥の姿が少しは見られるようになり、やがて人の住む集落にもなる――その単純な関係が、絵にかいたかのように反復される。要は、水があると、植物があり、そこに、動物もいて人がいる、という関係だった。

    列車は最高で標高3千メートル近い地点を通るようだ。車内には時おり観光案内のような放送が流れていたが、中国語のわからない私には内容は不明だった。日本の喜多郎の例の音楽が流れたときには、苦笑するしかなかったが。

    列車の中で
    この列車は夜行列車なので寝台をとったが、3段ベッドの最上段で不便だから、外を見たくて、私はほとんどの時間を通路や食堂車で過ごすことになった。ちなみに、食堂車はあっても、多くの人は予め持参するか駅や車内の売り子から買い求めるインスタント・ラーメンを、各車両に備えられた給湯器から熱湯を注いでは、自分の席で3食とも食べる人が多かった。食堂車で食べる人も、おかず1品とご飯だけという人がほとんどだ。ビールを飲む人もツマミなしだ。

    同じ車室(コンパートメント)内の客の半分くらいは仕事で中国東部から来たようであった。一人は綿花の買い付けだといい、別の一人は会社の出張だという。若い女車掌もだいぶ油を売っては話に加わった。

    時間もたっぷりあったから私は漢字による筆談でずいぶんいろいろな話ができた。ただし現代中国語の普通の文字(簡体字)だとほとんど理解できないので、私は再三、旧字体でと注文をつけながらの筆談である。字体の問題ではないが、「即席麺」という私の表現に対して、中国では「即食麺」というのだと教えられたりもした。

    【国境越え】
    長距離夜行バスでキルギスへ
    終点のカシュガルから、最後に天山を越えて、キルギスに入るのは長距離バスを使うことにした。天山の北側を国際列車でカザフスタン経由で入国する方法もあり、興味もあったが、私は多少の困難は予想されてもより手触りも感じられそうな、天山の南側から入る道を選んだ。いわゆる天山南路である。

    中央アジアと中国を結ぶ要衝の地、中国西端の町カシュガルからは、パキスタン行き、キルギス行きなど各種の国際バスが出ていた。そして、天山を越えてキルギスに向かう峠道にも2つあるようであったが、私はより南側のタジキスタン寄りのイルケシュタム峠という所を経由するバスに乗ることになった。(以下次号)
    【写真】国際山岳年記念切手・天山山脈・ハンテングリ山


編集後記:バリで行われたCOP13。インドネシアの英字紙に、米国のブッシュ大統領、日本の福田首相、カナダのハーパー首相の顔写真を並べて、国際合意を妨害する三国を批判する意見広告が掲載されました。【我々は、アメリカ、カナダ、日本の3カ国に対して、2020年までの本格的な温室効果ガス排出量削減目標案の合意を阻止しないように、また、他国がいかなる妥協案をも受入れないように、との緊急要請をいたします。】と。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL:03-5371-5548 FAX:046-285-4895 E-MAIL:paf02266@nift y.ne.jpホームペイジ:http://eurasianclub.cocolog-nifty.com/郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ。会費、ご寄付はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスを希望します。

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