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2008年5月

2008年5月 3日 (土)

ニュースレター第105号 テルメズ紀行2008-加藤九祚とその世界-カラバーク遺跡発掘調査 -ボランティア調査団員を募る

ユーラシアンクラブニュースレター第105号2008年5月1日


テルメズ紀行2008-加藤九祚とその世界- 第1回 若林 一平

現地から速報:本年10月、世界に先駆けカラバーク遺跡発掘調査 -ボランティア調査団員を募る

    2008年3月24日~28日、筆者はウズベキスタン・テルメズ現地に滞在し、加藤九祚先生が取り組む仏教遺跡発掘現場を訪ねた。

    最初の現地訪問はテルメズの北およそ100キロメートルに位置するデナウ郊外にある「加藤の家」。そこはまさにシルクロードのオアシスであった。中央アジアの乾燥の地にありながら滔々とあふれる地下水が大きなプールを形づくり、さらに周りの畑を潤しているのである。

    よって加藤の家そのものがオアシスの豊かなグリーンの中に屹立する「城」となっている。この「城」こそ、あのカラテパ遺跡とならぶ北のダルベルジンテパ遺跡発掘に長年にわたり取り組んできた拠点なのである。

    今回、「加藤の家」で待ちかまえていたのは、無論九祚先生その人、そして長年にわたる九祚先生の現地パートナーであるトゥルグーノフ先生である。そこで筆者は思いがけないビッグ・ニュースを知ることとなった。

    九祚先生が世界に先駆けたカラバーク遺跡発掘調査に取り組むというのである。その概要は次のようなものである。
    期間は今秋10月の1ヶ月間。調査はハルチャイアン遺跡をふくむカラバーク遺跡が対象。スルハンダリヤ川の畔、ヒッサール山脈の雪の山々を眺望する風光明媚な土地である。

    ボランティア調査団員を募り、発掘調査指導は現地の研究パートナーであるトゥルグーノフ先生があたる。発掘調査団の宿泊は加藤の家である。日曜日には九祚先生と共に周辺探訪、そして小セミナーを実施するという。ボランティア調査団員の募集の詳細は近日中に発表されるとのことである。

    尽きることのない九祚先生のシルクロード現地での発掘への熱いこころざし。誠に微力ながら加藤九祚カラバーク遺跡発掘調査応援の活動に参加したいと筆者は考えている(連絡先アドレス:ippei@shonan.bunkyo.ac.jp)。(以下次号)
    【写真1】デナウでくつろぐ九祚先生 
    【写真2】「加藤の家」の全景(いずれも筆者撮影)


日本とキルギスをつなぐ音楽歴史回廊
アジアの一級のミュージシャンと行くシルクロードツアー

    旅行日程:2008年8月26日(火曜日)~9月3日(水曜日)
    フェステイバル会場:イシククル州マンジュルアタ
    旅行費用:375,000円

    キルギスと日本の国交15周年を記念して行われた「シルクロードの十字路・アジアの瞳サマーフェスティバル―エコカルチャーツアー」が、折り鶴交流、歴史探検プログラム、音楽交流プログラムを組み入れて、今年も実施されることになりました。

    アジアの一流のミュージシャン(モンゴル馬頭琴ライハスローとホーミーの梅木秀徳、津軽三味線の木村俊介))が一緒に同行。

    歴史学者栗本愼一郎氏が歴史文化セミナー遺跡探査をご案内したり、散文詩を書いたりの、これまでにないツアーで、キルギス共和国観光庁、イシククル州、家族ぐるみで日本人を受け入れる団体シビチとの協力で開催します。
    【写真】左:ライハスロー 右:イシククル湖北岸の日の出

    【旅行日程】
    8/26(火)成田(13:30)-ソウルーアルマトイ(21:55)●到着後バスでビシュケクへ
    8/28(木)●マンジュアタ●フェス会場で、フェルト製作・ユルタ組み立て体験●キルギスの児童に日本の折鶴ワークショップ●マナス叙事詩朗詠など●料理づくり●モンゴル、キルギスの演奏家交流
    8/29(金) マンジュアタ~チョルポン・アタ●探検家プルジョワルスキー記念博物館●謎の    湖底宮殿遺跡、サカ・烏孫の古墳群
    8/30(土)●岩絵遺跡見学●国立公園チェンケミン

    8/31(日)●プラナの塔●玄奘三蔵が訪れたスイヤブ(砕葉城)といわれるアク・ベシム●ソグド人の都城遺跡といわれるクラスナヤレーチカ等栗本慎一郎氏の調査チームの案内で見学
    9/01(月)●ビシュケク市内観光●参加者の散文詩紹介朗読(選考とシルクロード文学賞の発表は日本で)●アジアの瞳フェスティバル鑑賞
    9/02(火)●自由時間●アルマトイへ移動、見学
    9/03(水)アルマトイから一路帰国●アルマトイ(23:10)-ソウル-成田(12:10)(現地の旅行実施は旅行会社キルギスコンセプト)

    【問い合わせ:アジアの瞳サマー・フェステイバル日本事務局】
    NPOユーラシアンクラブ・愛川サライ:〒243-0303神奈川県愛川町中津6314-1E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jpTEL/FAX046-285-4895 携帯(大野遼)090-3814-5322
    【旅行企画・実施】トラベル世界株式会社 総合旅行業務取扱管理者 渡辺孝雄


ユーラシアンフォーラム2008年前期 5月のプログラム
ご来場をお待ちします

    5月14日(水):ダリー語とアフガニスタンの民族① 多民族国家のアフガニスタンの現状と歴史 
    スピーカー:江藤セデカ(NPOイーグル・アフガン協会理事長)

    5月16日(金):モンゴル人とモンゴル語の世界 モンゴル語と日本語を含めアジアの近縁言語について紹介 
    スピーカー:フフバートル博士(昭和女子大学)

    5月30日(金):シルクロードの音楽と暮らし 演奏曲目「美しい天山の山」
    スピーカー:チンブラグ(タンブル演奏家)

    会場:ユーラシアンクラブ会議室(定員13人)
    時間:午後7時から1時間半 
    会費:1,000円
    フォーラム後スピーカー・演奏者と参加者の懇談会先着順(会場が狭いため、必ず事前にお申し込みください)

    【申し込み】ファックスかメールでお願いします。0462854895 か paf02266@nifty.ne.jp
    【問合せ】09038145322(大野遼)か上記メールファックスでお願いします。


アジアの西端・トルコ寸描2007(6)教育への取り組み 杉浦 龍平

    『児童労働撤廃国際計画(IPEC)の支援を受けて設立された、アンカラ市の「路上で働く子どもたちのためのセンター」は、1994~97年にかけて、プロジェクトが接触した子ども5,000人のうち1,200人が学校へ通い始めた。

    現在、大アンカラ市の予算で運営されている。他の市でも同様のプログラムが実施されている。』(http://www.ilo.org/public/japanese/ ILO駐日事務所)と教育への取り組みが強められているようです。

    1950年以降、トルコ農業の機械化により、大規模土地所有者はその恩恵にあずかります。小規模土地所有者と土地を持たない家族は、その恩恵を受けられず、やむなく都市郊外の不法占拠居留地であるゲジェコンド(一夜づくりの不許可の建物)になどに移住、定着します。都市で働く子どもたちは、その子や孫たちが多いと考えられます。

    トルコの学校教育は、小学校は男女共学の義務制で、6~11歳の5年間。しかし、就学は地方農村部で低く、農村部の親は年長の女子を家庭に留める傾向にあると言います。

    12~14歳の3年制中学校も男女共学で義務制。地方では中学校数そのものが不十分で、全体的に就学率は当該年齢の60%を越えないと言われ、政府は就学奨励のために、1983年からは14歳以下の子どもの雇用を禁止しました。

    16歳未満で結婚する女性も依然として多く、花嫁の両親は、配偶者側に金銭の支払いを要求する慣習も残っていると言われます。政府は女子を学校に通わせるためのキャンペーン「さあ、女の子たちを学校へ」を展開するなどその解消に努めています。

    個人による、地道な血のにじむような努力も重ねられています。
    07年秋、NHK・BS『娘たちよ大地に咲き誇れ~トルコ 少女への教育支援~』が日本で放映されました。女性の権利保護と自立を訴え、奨学金で教育支援活動を展開するひとりの女医トウルキャン・サイランさん(71歳)の活動を追ったものです。(以下次号)
    【写真】上:トルコの子どもたち・トプカプ宮殿で 下:ボスポラス海峡を運行するフェリーで談笑する若い女性


「鵡川アイヌ文化保存会」総勢15名を迎え、カムイミンタラ春祭り!

    5月の連休にカムイミンタラは、北海道勇払郡むかわ町の「鵡川アイヌ文化保存会」総勢15名を迎え、春祭りを催します。日本列島の北方先住民族アイヌの文化に触れるまたとない機会です。

    カムイミンタラ」とはアイヌ語で「神々の遊ぶ庭」。アイヌモシリ(北海道)の中央にそびえる大雪山の雄大な頂を、先住民族アイヌの人々は古来よりこう呼んできました。2005年7月末、この「カムイミンタラ」という施設はオープンしました。関東圏に住むアイヌが自由に集い、生活文化の伝承や儀式ができる場所をとの思いで、東京アイヌ協会会長の浦川治造が中心となって運営を始めました。

    ①2008年5月4日 (日)12時~午後5時(夜、交流会あり)リムセ(踊り)、ウポポ(歌)、ユカラ(アイヌ語での物語)など
    ②2008年5月5日 (月) 12時~文化講演会「アイヌと自然」

    出  演 鵡川アイヌ文化伝承保存会:北海道勇払郡むかわ町のアイヌ古式舞踊にある保存会。むかわ町の保存会は平成6年に国の「重要無形文化財」に指定され、昨年には「北海道文化財保護功労者」にも選ばれており、活発に活動を続けている保存会。

    村山二朗(篠笛):レブンカムイというアイヌ語のグループを率いて活動する篠笛のスペシャリスト。毎年7月に道南上ノ国で行われる「コシャマイン慰霊祭」にも何度も自費参加している。

    カテリーネ(歌、ヴァンドーラ):ウクライナの弦楽器バンドゥーラを引きながら美しい歌声で故郷の古曲を歌う。

    参加費:アイヌ料理と飲み物付きで1.500円  (お子さんは無料です)JR久留里線上総亀山湖駅、タクシー12分カムイミンタラ:〒292-0537千葉県君津市黄和田畑沖ノ台3-1電話0439-39-3988 http://www.kamuymintara.com/index.html


ひとり"ハルピン氷雪大世界"と瀋陽・大連・旅順をゆく(3) 京免 宣昭

    今日の最高気温は-15℃最低気温は-25℃
    午後4時半過ぎ、重武装(2枚の上下の下着着用、上着、コート、耳まで被る帽子、ネックウオーマー、カイロ、靴カイロ等)で、徒歩にて兆麟公園へ出掛けた。入場料は55元(850円)で看板は「中国・ハルピン氷灯芸術遊園会」となっていた。

    ここで旧式の自動カメラが冷えて動かなくなってしまった。そこで、カイロを二つ挟み込んで暖めて、やっと一回のシャッターが切れる状態であった。

    会場は色鮮やかな照明に彩られ極彩色で中国風建物が氷で作られており、氷雪祭りの一環として十分堪能することができた。重装備にもかかわらず、しんしんと冷え込み約一時間程度の滞在が限度であると感じた。

    夕食は、尚志大街の入口に中国レストランを見掛けていたのが大正解であった、それは食したいものが、幾つかの大鍋で煮られており、その中から選択できるものもあったからである。衛生状態もOKである。鶏肉と根菜の煮物、卵スープ、豚足のぶつ切りとご飯を注文した。

    直ぐに急須入りの熱い中国茶を持ってきたが、流石に日本人が珍しいのか、給仕の若い女性:小姐(シャオチェ)が漢字で「日本」と書いてニッコリ笑ったのが印象的であった。お腹がすいており完食したので、びっくり顔をしていた。これで50元(750円)であった。

    夕食のレストランからホテルまでの途中、中国風コンビニでミネラル水を買った。ホテルの入口を入る手前に半畳ほどの空間に小さな店舗があることに気づいた。そこには、母と小学校低学年の男の子がいた。

    ミネラル水も売っていたが、気がつかず、しまったと思いながらミカンとチョコレートを購入した。明日から必ず何かを買おうと心に決めた。後のことであるが、その男の子は時おり学校には行っていないと思われた。やはり、こういう現実があるのかと納得せざるを得なかった。

    今日のハルピンは、零下10数度から零下30度の世界、昨日の日本は8度前後、この大きな落差。多くの人々がこの過酷な現実で生活をしている。自分自身が想像していた、鼻水や目が凍りつくであろうという予想は見事にはずれ、人間の強靭さ、生命の神秘さに今更ながら驚き、実感したのであった。(以下次号 きょめん のりあき 越中を自慢する会会員)
    【写真】上:兆麟公園会場 下:松花江上の仮設スケート場 提供:筆者


ユーラシア短信 リウマチ熱治療に情熱 キルギスから研修にきた女性医師

    中央アジアのキルギスではソ連からの独立後、リウマチ熱の患者が約3倍に急増している。こうしたなか、リウマチ性疾患治療の国際的研究機関である聖マリアンナ医科大難病治療研究センター(川崎市宮前区)で、キルギス人女性医師、ナズグル・オムルザコワさん(35)が治療法や予防法を学んでいる。

    小児性疾患の一種であるリウマチ熱の罹(り)患(かん)率は終戦直後、日本でも高かったが、治療法が確立され、現在、ほぼ根絶している。ところが、キルギスでは91年の独立後、患者が急増し、06年には人口10万人当たり643人と高い割合で罹患。一時的に完治しても、成人すれば今度は心疾患などで突然死する要因になるとされる。(略)

    このため、同センターは人道的見地からキルギスとの"医療外交"を推進。リウマチ性疾患の専門医であるナズグルさんを招聘(しようへい)。リウマチ熱撲滅のために、治療や予防のノウハウを学んでもらうことにした。

    ナズグルさんはキルギスの医療の実態について、「ソ連時代は医療は無料だったのに、今では高額な治療費を払わなくてはいけない。そのため、多くの人々が十分な治療が受けられないでいる」と言う。

    今後、リウマチ熱の国家的治療システムの確立に向けて中心的な役割を担うことが期待されるナズグルさん。「リウマチ熱患者は他の中央アジア諸国でも増加している。この経験をもとに、日本と中央アジアの架け橋になって、少しでも患者の命を救いたい」と意気込みを語っている。
    産経ニュース2008.4.17 18:15 http://sankei.jp.msn.com/world/europe/080417


アジア・シルクロード交歓会 チャイハナ愛川サライのモンゴル文化ナーダム

    アジアシルクロード愛川サライは、NPOユーラシアンクラブ(インターネット上では「ユーラシアンホットライン」で検索できます)の活動を大野遼が居住する愛川町でも展開するため立ちあげたチャイハナ(シルクロード喫茶店)です。

    チャイハナは下谷集落の静かな環境で、愛川サライが応援するアジアシルクロードのミュージシャンの音楽を聴き、モンゴル、ネパール、ウィグルのお茶を飲み、西域・トルファンの最高級グリーンレーズンなど試食できます。秋には、愛川町文化会館でアジアシルクロード音楽フェスティバルを計画中です。

    日時:2008年5月10日(土)午後2時から
    会場:愛川町中津6314-1 愛川サライ 電話・FAX046-285-4895 大野遼携帯09038145322
    内容:アルタイ・モンゴルのホーミー(ホーメイ/倍音奏法)演奏家、歌手、モンゴル相撲専門家、モンゴル子供寄金(モンゴルの修学支援活動)、モンゴル馬頭琴演奏家ら、日本で活動するモンゴル人によるスピーチと演奏。
    会費:会費千円 お茶・おつまみ付


加藤九祚先生のウズベキスタン・カラバーク遺跡発掘調査支援の集い
「アイ・ハヌム会」などが準備

    1頁の記事の通り、08年10月に加藤先生は、現地パートナー・トウルグーノフさんとともに「カラバーク遺跡」の発掘を行います。つきましては、ボランティヤの発掘調査隊員を含む日本からの支援を要請しております。以下の日程で支援の集いを行います。

    5月末ウズベクから帰国の加藤先生も駆けつけます。
    皆さまのご参加をお待ちします。

    日 時:6月7日(土)13:30開場 14:00開演 17:00迄
    会 場:JR東中野駅前 山手通り キャラヴァンサライ・パオ
    9F 驢馬駱駝(ろまらくだ) 03-3366-1310
    挨 拶:加藤 九祚(国立民族学博物館名誉教授 予定)
    講 演:古曳 正夫(元シルクロード月刊雑誌「ハルブーザ」を主宰。現在、カラテパ遺跡をボランテイア発掘)「ウズベキスタンの水利・マハッラ・おやじ・バクトリア街道を語る」

    会 費:1,000円(飲み物、スナックを用意しています)
    問合先:新宿区大久保1-1-45 (株)ソフィア 川崎 知
    電話 03-5292-7858 satoru@sophia-net.com


天山山脈の東と西-中国西域からキルギスへ(5) 真矢 修弘

    【再び天山を越え、ウルムチへ】
    空から天山とイシククル湖を見る
    旅の帰路も私は再び一人になり、今度は空から天山を見てみたいと思った。
    だが、機上からの天山山脈は手にとるように間近には見えたが、赤茶けた低い山の連なりに見え、思ったほどの見ごたえや迫力はなかった。

    ただ、遠くに、ぼんやりと海のように霞んで広がるイシククル湖が見えた。さすがに琵琶湖の十倍近い広さをもち、「キルギスの海」とも呼ばれることがうなずけた。

    ついで、天山の北側を西に越えられるただ一本の道とされる峠が、実に細い一筋の糸のように、途切れ途切れに山あいを白く縫いながら続くのが見えた。このことは隣の席に座ったキルギスの青年が、機外を熱心に見ようとしている私に窓際の席を譲ってくれた上、親切にも教えてくれた。

    (この青年は中国の新疆ウイグル自治区の都であるウルムチの友だちに会いに行くのだと言った。そういう行き来もあるのかと改めて思った。)

    「天池」を訪ねて
    ウルムチ(烏魯木斉)は、高層ビルも林立する大都会だと聞いて私は寄る気がしなくなり、往路では寄らないでしまったが、ウルムチから100キロほど離れた郊外にある「天池」という場所だけは気になって、キルギスからの帰路にわざわざ寄った。

    その名前にまず惹かれた。「天の池」という名の示すように、実際、標高2千メートル近い地点にある世界第2位の高山湖でもあり、深い山に囲まれた美しい湖だという。そして聖なる山・天山に抱かれた、道教の聖地の一つでもあるようだ。

    しかし、苦労して訪れてみて、人の多さとその俗化ぶり、観光地化のひどさに辟易した。だが帰国してから、この湖の奥まで行った知人の情報によると、奥まで行けば、すばらしい景観と静けさが得られるようだ。

    遊牧民であるカザフ族の生活圏でもある。ともあれ私は、天山の両端を飾る、大小2つの真珠ともいうべき湖水に接することができた。

    カメラ紛失=映像記録喪失の末に
    ところで、私はこのウルムチの市内で、デジタルカメラを盗まれ、今回の旅の映像による記録のすべてを失った。市内の大きなバザールの一角のひときわ貧しい裏通りの雑踏が気に入り、ゆっくり見て通り過ぎた30分以内の出来事であった。

    背中にかけた小型リュックサックのポケットからカメラが抜き取られていた。私は同じ道を戻って何度も探したが、すでに何の手がかりも得られなかった。

    ふしぎなことに、わずかな時間しか経っていないのに、私が立ち止まった店や屋台に限って、売り子の少年とか屋台そのものが消えているので、まるで狐につままれたような気分になった。

    暗くなってから、通りがかりの英語のわかる中国人に付き添ってもらって、地元の警察署まで念のため届け出た。ちょうど停電の最中で、真っ暗闇で一寸先も見えない調べ室に手探りで通されたが、他にも待たされているらしい人の気配はしていて、女性の係官が何事もないかのようにローソクを1本持ってきて、慣れているらしく、その光の下で小半時もかけて、実に小さな文字の盗難届けを書いてくれた(帰国後、中国語のわかる知人に読んでもらったら、驚くほど正確に聴取され記載されていた)。

    こういうものをもらっても、カメラはいうまでもなく失った映像が戻ってくるわけではないが、別な思い出と一種の記念品が出来たとはいえる。それにこの街もバザールも、苦い思いを伴いながら、今では懐かしくさえある。

    盗まれた当初は、私も茫然自失したが、時間が経つにつれて、それならそれでよかろうという心境になった。残るものは、自分の目の網膜に写ったものと、心の中の思い出だけである。

    そういうこともあって、このように、いつになく立ち入った旅の記録を草することにもなった。そして、いつの日か再び、天山とその先への旅に改めて出かけたいと夢想している。(2007年 秋)(完)
    【写真】天池


編集後記:発行が遅れました。お詫び申し上げます。/真矢さんの「天山山脈の東と西-中国西域からキルギスへ」が今号で完結です。波乱に富んだ旅が、ユーモラスな独特の筆遣いで、大変楽しめました。ありがとうございました。/ロシアの活況を呼び込もうと日本海側沿岸地域が輸出に沸きはじめています。島根県浜田港では中古車の輸出ラッシュ。貨物船の空きスペースで野菜や生花も輸出。他の日本海側都市も動き始めたようです。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼 住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL:03-5371-5548 FAX:046-285-4895 E-MAIL:paf02266@nift y.ne.jp ホームペイジ:http://eurasianclub.cocolog-nifty.com/ 郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ。会費、ご寄付はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスを希望します。
2008 05 01 Non Profit Organization Eurasian Club

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