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2009年1月

2009年1月 1日 (木)

ニュースレター第113号 「加藤九祚シルクロード・アカデミー」を開講

ユーラシアンクラブニュースレター第113号2009年1月1日

「加藤九祚シルクロード・アカデミー」を開講

    日時:2009年1月24日(土)
    2月21日(土)、3月13日(土)いずれも午後3時
    会場:ユーラシアンクラブ会議室
    教材:「加藤九祚一人雑誌 アイハヌム」(東海大学出版会 0463-79-3921)
    参加費:1500円 アカデミー終了後懇談があります。(別会費)
    お問い合せ・申し込み:TEL:03-5371-5548 FAX:046-285-4895 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jp 
    定員10名:定員になり次第締め切らせていただきます。
    【写真】キルギス共和国アク・ベシム遺跡を解説する加藤九祚先生 200709

ユーラシアンクラブのチェンジに期待-
今年の課題は実務グループの設置 大野 遼

    年末の忘年会は、昨年のクラブの活動状況を反映したささやかな懇談として、ユーラシアンクラブ会議室で行われました。懇談の冒頭の議題は、昨年9月末にアムールの少数民族ナナイの民族村シカチアリャンで、アンコールワット拓本保存会の方々が採取された岩絵拓本のご披露と10年前に北方ユーラシア学会が採取した拓本を併せた展覧会「アムール川のナナイの岩絵と暮らし展」の開催計画について意見交換を行いました。

    今年一年、展覧会の開催条件を整え、興味深い文化イベントになるよう工夫したい。またシカチアリャン村の若者の研修も実現し、村の経済的自立を支援する活動を今後も継続したいと思います。

    忘年会の懇談会には、名誉会長の加藤九祚先生も思いがけず顔を見せ、狭い会議室に20人ほどが肩を寄せ合うように集まり、各自が持ち寄った料理や飲み物で懇談しました。

    その際、昨年末私が提案したユーラシアンクラブの「存在・存続の意義」の問いかけについても話題となり、私の意見も批判にさらされ、会議室の維持、利用についても話し合われました。

    その結果、加藤先生自らのお申し出により、今年から「加藤九祚シルクロードアカデミー」(別記)と題した加藤九祚フォーラムが開始されることになりました。

    私は、10年前、インターカレッジ文化講座を100回継続したことがありましたが、今回決まった「加藤九祚シルクロードアカデミー」の意義は、「会議室」の利用法としても、ユーラシアンクラブの活動の上にとっても大変重要で、画期的と受け止めています。

    私は昨年クラブについて、「存在・存続の意義」を議論していただき、その上で当面の「会議室の意義」や時代の変化を踏まえた「クラブ名称の問題」などについて問題提起していましたが、クラブの現状の課題の第一はⅠ実務事務局の形成(「大野クラブ」の脱却)であり、次がⅡ日本人クラブの脱皮(理事・実務事務局の構成)Ⅲクラブの存続・継続体制の構築(理事経験者・協力者の役割、理事の交代と新理事の選出、熟年・中堅・若手の間の世代交代の仕組み)であると考えています。それが無理なら存在・存続の意義もないというのが私の考えです。

    ユーラシアンクラブの存在の意義については、まだ議論の端緒にあるのが現状だと思いますが、できれば継続して欲しいという希望をお持ちの方が多いという印象を持っています。

    しかし、それは率直に言ってユーラシアンクラブの活動に大いに感銘するところがあるとの評価までは得ていない。「組織」という言葉に抵抗感を持つ私は、団体の機能という観点で上記3点のほか、団体の活動も再検討が必要と考えています。

    ユーラシアンクラブの20年近い活動の中で積極的に評価できるのは、国家民族宗教を超えて民族の共生自然との共生を模索する。特に少数民族にウエートを置いて諸民族の理解親睦協力を目指す-というクラブのメッセージの意義、個別の事業を実施する経験を蓄積したこと、特に音楽を通した文化発信が企画としてもレベルにおいても高度化したこと、これらの活動が現在の会議室を拠点として利用するようになったことで実現したこと、理事会が安定し特にニュースレターが継続的に発行されていることなどであり、課題は、会議室を「会議」の場として利用するだけでなく、諸民族の文化発信の拠点として活用し、クラブ創設の当初から掲げているユーラシア各地の友人たちとの文化情報の人的ネットワーク構築の拠点として活用し、クラブを情報通信ネットワーク化し、会員がこの情報を享受することにクラブの存在意義を見出す時期です。

    ①さまざまな企画・事業が「会議室」の会議を通して実施され、
    ②「加藤九祚シルクロードアカデミー」、モンゴル語教室、ダリー語教室、馬頭琴教室、インド・ネパールの太鼓タブラ教室など「会議室」でさまざまな文化教室・フォーラムが行われ、
    ③人々に役立ち、感銘を与える諸民族の文化情報がクラブの人的ネットワークを基礎にユーラシアの第一次文化情報が「会議室」から発信されるーそれによって時代とともに次の世代が育っていく。日本人クラブも脱皮される。

    こうした活動を展開する上で、全体の活動を調整する実務的事務局グループを理事会の下に構成すること(上記Ⅰ)、これが今年のクラブの課題です。

    ここで今後のクラブの活動の体制と活動内容、その調整を行うことが「大野クラブ」脱却(Ⅰ)につながり、日本人クラブの脱皮(Ⅱ)と存続条件の整備(Ⅲ)につながると考えています。そのためには、私も含め「老兵は去る」ことが重要な時期だと思います。実務的事務局の発足。それができなければクラブの存在・存続の意義はない。私が今後も活動し続けるということとは別の問題です。クラブの「チェンジ」を期待しています。

    これまでご支援いただいた各位に深く感謝するとともに今後もご理解とご協力を賜りますようお願いいたします。
    【写真】シカチアリャン岩絵拓本 撮影:井出晃憲


テルメズ紀行2008-加藤九祚とその世界-第8回 若林 一平

カラテパ訪問(2)-僧院・お布施・いのちの証し-
    カラテパで目の当たりに見る遺跡群はすべてが知的興奮の対象である。壮大な僧院が眼前にいきいきと展開しているのだ。九祚先生はその語義から説き起こして、カラテパのメインストゥーパ(仏塔)に言及し次のように述べる。

    カラテパのメインストゥーパも、はるか遠くからでも見える丘上にそびえ、古テルメズの住民だけでなく、アムダリヤを上り下りする船にたいして「仏教支配のシンボル」として強い感銘を与えたことであろう。(『アイハヌム2007』、63頁)

    簡潔な表現の中にカラテパのメインストゥーパの往年の姿が生き生きと描写されている。カラテパを訪ねた者はじっと目を閉じて上の表現を脳裏の中で展開することができるのだ。ちなみに、文明交流の象徴と言われる「アイハヌム」はアムダリヤ上流200キロメートルのアフガン側で発見されている。アイは月、ハヌムは夫人だという。「月夫人」なんと優雅な命名であろう。

    僧院の中を歩いてみる。僧房は一人一室だったという。壁をくり抜いた壁龕(へきがん)というものがあって、かつて仏像や灯明が置かれていた。灯明に照らし出された仏像の数々が目に浮かぶ。

    発掘現場でいくつも目にすることができるのは柱礎である。クシャン朝特有の形だという。柱を見ることはできないがその曲線をも思わず想像してしまう艶麗とも言うべき美の世界である。

    午前10時、現地ガイドに引率されて10数名の日本からのツアー客が現れた。九祚先生が事も無げに案内を買って出る。小一時間丹念な説明が続く。お別れに近い頃九祚先生が「カラテパ発掘の歌」を歌う。♪♪パミールの山を流れ出て・・・。みな真剣に聞いている。感極まって涙を流している女性たち。

    一行がバスで現地を去るとき誰ともなく米ドル札が集められて九祚先生に手渡される。いつまでもバスの窓から手を振る人びとの姿。「九祚先生、お布施ですね」とぼくは思わず言ったものである。人びとはそこに無垢で無償の聖職者を見たのではないだろうか。

    限りない砂塵と闘う発掘作業は激務でもある。昼食時間をみな楽しみにしている。マットを広げてパン、サラダ、缶詰の肉類が並べられる。九祚先生の食べっぷりが豪快だ。特製の米かゆの上に野菜や肉をてんこ盛りにしてうまそうに口に運んでいる。まさしく加藤九祚・いのちの証しと言うべきであろう。

    【写真1】柱礎の姿は思わず見とれてしまうばかりに美しい
    【写真2】発掘現場の食事風景、正面向かって右が九祚先生、左がピダエフ先生、手前の左から古曳さん、奥野さん、塩川さん、そして中野君(1と2共に、2008年3月27日、筆者撮影)


ユーラシア短信 ロシア経済も悪化、失業者500万人超

    金融危機は、エネルギー景気に支えられたロシア経済も飲み込みこんでいます。プーチン首相は国内の自動車産業保護に動きましたが、思わぬ反応も出ています。

    ロシア極東地方の中心地・ウラジオストックで、今月20日と21日に中古自動車の輸入関税の引き上げに反対する集会が開かれました。ウラジオストックでは、日本からの中古車の輸入販売で生活する人が5万人いるといわれています。

    21日にはおよそ1000人が無言の抗議を始めましたが、無許可を理由に61人が警察などに一時拘束されました。「関税引き上げは極東にとって死に等しい」(デモ参加者)「社長なので子供と家族の将来を心配しています」(デモ参加者)

    原油高などに支えられて右肩上がりだったロシア経済も、この秋から悪化に転じました。特に自動車産業への影響が大きく、国産車の主要工場は来年1月いっぱい操業停止に追い込まれています。

    この3か月間でロシアの失業者は100万人増え、500万人を超えました。モスクワ市内で進んでいた大型建築の凍結も始まっており、ロシア経済は今、曲がり角に来ています。

    就任から半年、内政課題の克服に取り組んできたプーチン首相にとって、2009年は思いのほか厳しい年になりそうです。 (24日01:54)TBSニュース http://news.tbs.co.jp/newseye/


アフガニスタン:最も厳しい時期に食糧危機に襲われる ユニセフ

    【2008年12月9日 アフガニスタン発】アフガニスタンの人々に、多くの困難が次から次へと押し寄せています。戦争や暴動ですでに疲弊している中、最も厳しい時期である今、新たな困難―食糧危機―が彼らを襲っているのです。

    非常に問題の多いこの国の中でも、最も平和であると言われている地域のひとつ、バーミヤンにでさえ暴力や衝突が起き、人々は、ポケットやお腹の中にまでその影響を感じています。

    食糧価格の高騰
    国境を越えた反政府勢力による攻撃と、ひどい干ばつが重なり、食糧価格は一般の人々には手の届かないところにまで押し上げられています。

    さらに、今年の干ばつの影響で、土壌は色あせてからからにひび割れており、ほとんどの収穫物は枯れ果てた状態で、岩だらけの風景を飾っています。さらに、じゃがいも以外の主要作物は全てトラック輸送で運びこんでいる状態です。

    人々の生活を圧迫
    武力衝突、長く厳しい冬、凍結した道路・・・人々はいつもどうにかこうにか対処してきました。しかし今回は、今までとは全然違うと、人々は話します。

    「食糧を運んだトランクが襲撃されるために、トラックは、襲われないように違う道を通らなければならない状況です。この影響で、燃料と単価が上がっています。」町から車でおよそ2時間半の山の中で商売を営んでいるアメエン・イクバルさんは話します。「食糧価格は、ピークに達していて、人々の生活を圧迫しています。みなさん、お金をほとんど稼いでいないので、私の店にもめったにお客がきません。」(略)

    食糧を備蓄
    村人たちは、じゃがいも、そのほか備蓄できる作物はなんでも備蓄しています。しかし、支援団体は、今回の食糧危機が、子どもたちの栄養不良を悪化させるだろうと懸念しています。実際に、アフガニスタンの5歳未満児の67パーセントが低体重で、そのうち、54パーセントが慢性的な栄養不良の状態にあります。これは、世界でも最もひどい栄養不良率です。

    ユニセフ、その他の国連機関、アフガニスタン政府は、最悪な状況に備えて、物資を備蓄していますが、情勢不安のために、人道支援活動を行える場所が狭められ、支援が必要な場所へのアクセスが閉ざされています。

    「この状況は深刻です。政府、国連、NGOが共同で、食料危機が起きている22の州で栄養状態の調査を行いました。」ユニセフ・アフガニスタン事務所のブランダオ・コ栄養担当官は話します。「これから先、より多くの栄養不良の5歳未満児が出て来るでしょう。中度の栄養不良児も増加しています。」(略) http://www.unicef.or.jp/children/children_now/

    写真 UNICEF video バーミヤンで、ポテトを拾う幼い女の子。ひどい干ばつと食糧配給トラックへの襲撃で、食糧の供給がより難しくなっています。


ウズベク最近事情03 インフレと暮らし

    ウズベクの人びとの暮らしは、大変なインフレの中にあります。2000年49.5%、2001年47.5%、2005年から遡る10年間の平均で37.2%という状況です。2005年で181ヶ国中第5位という不名誉な成績です。(IMF2006年9月World Economic Outlookより)

    暮らしにとって食費が第一ですが、食費の中で大きな比重を占めるのが小麦と食用油で、主食のナンの原料である小麦の価格の動向は家計に直に響きます。

    小麦はカザフから輸入していいて、カザフの小麦は1㎏120円~150円程度。田舎では現金収入が限られているので、国産小麦を買って製粉してもらい、その一割を料金として支払い、残りの9割でナンなどを自分の家で焼きます。

    ラグマン、ポロフなどウズベクでは料理になんでも油を使います。オリーブオイル1㍑2,000円、綿花油1㍑300円、ひまわり油1㍑350~500円です。野菜は比較的安いですが、冬になると高くなるのでピクルスなど漬け物として保存し、それを食べます。肉は高く1㎏800円前後です。

    国家公務員の初任給が月額10万~15スム、小中学校の先生が20万スムほどの収入の中で、ナン1個最低でも400スム(33円)もしますので、暮らしに占める食費は大きな比重です。

    食料品価格の値上がりはひどく、昨年の11月と今年の10月を比較してみてもカザフスタン製小麦粉1.5倍、ひまわり油1.5倍、豚肉1.45倍、玉葱2.0倍とすざまじく、交通機関も路線バス1.4倍、路線タクシー1.5倍、公衆電話2.0倍、一般家庭用ガス1.46倍です。

    政府も遅ればせながら年金額をアップさせ、元大学教授クラスで117,600スムから158,000スムと1.34倍に引き上げました。(タシケントにおける消費物資価格の推移 ジェトロ・タシケント2008年10月)http://www.jetro.go.jp/world/russia_cis/uz/)

    多くの庶民にとって、都市での暮らしは食費を稼ぐだけでもやっとで、仕事を二つ持って凌ぐなど、人びとの暮らしは大変苦しいのが実態です。

    インフレ下の預金は銀行に預けては損をするばかりです。ドル預金は定期で年間9%、預けたとき最初に9%を支払らわれます。普通預金は2%。スムの定期預金は20%以上ですが、インフレ率が高いのでスム預金はせず、専らタンス預金ならぬ布団預金をしています。

    ちょっとお金のある人は、ドルで銀行預金し、大きい買い物はドルで支払います。政府レートでは1㌦=1,325スムですが、実際には1㌦=2,500~3,000スムであり、ドルでタンス預金をする人も多いようです。(文責:杉浦 龍平 以下次号)
    【写真】タシケントのバザール青果売り場


2009年カラバーク遺跡発掘支援ボランティア募集 
発掘支援8日間の旅

    2009年4月8日(水)~4月15日(水)
    旅行費用:¥296,800 
    発掘支援金:一口¥50,000(支援金として寄付します)一口以上 その他燃油サ-チャ-ジ。

    この旅行は加藤九祚先生が企画し、研究パ-トナ-であるトゥルグ-ノフ先生が進めるウズベキスタン・デナウ郊 カラバ-ク遺跡発掘 ウズベキスタン・日本共同調査を支援し、参加者の皆様も発掘ボランティア-とし発掘に協力することを目的とした企画手配旅行です。

    発掘支援の旅 旅行日程
    発掘支援のあと世界遺産のシャフリサーブスやサマルカンドを見学し、帰国します。是非ともご検討下さい。
    0408(水)タシケント経由テルメズへ 着後、デナウの加藤の家
    0409(木)カラバーク遺跡の概要解説 トウルグーノフ先生
    0410(金)~0412(日)体験発掘で支援
    0413(月)エルクルガン遺跡 シャフリサブズ遺跡 サマルカンド・アフラしアブの丘・博物館 レギスタン広場
    0414(火)タシケントへ タシケント泊
    0415(水)タシケントから成田 関空へ

    お問合せ・お申込みは 東京都知事登録旅行業第3-4240ソフィア㈱ 川﨑までTel03-5292-7858
    支援の募金活動は引き続き行っています。1口5,000円で振込先は郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブです。「カラバグ発掘支援」とご明記下さい。よろしくお願いいたします。
    【写真】ダルヴェルジン・テパ出土の「月氏」王子


シカチアリャン採拓紀行 その1 井出 晃憲

    まだ薄暗いうちにクラブキャンプ地を出て、朝露の降りた草を踏みしめ河辺に降りてみる。冷えた空気が心地良い。靄の中にアムールの滔々とした流れが見えた。午前8時、ちょうど9月末の太陽が赤々とした顔を出したところである。

    さっそく皆で河辺にごろごろと点在する岩の下見を始めた。そのいくつかには岩絵(ペトログリフ)がくっきりと刻まれている。鬼のような形相で睨みつけ我々を迎えてくれているものもある。(写真)。さあ、これからお前たちの拓本を採ってやるぞという決意が沸いてきた。

    今回のシカチアリャン訪問は、村のアムール河畔に存在する1万2千年前のものとされる岩絵の拓本を採るのが目的だった。私自身は大阪のアンコールワット拓本保存会の田中会長をはじめとする6人の専門家の皆さんのアテンドという立場である。

    たまたま私がこの時期に時間的余裕があったので、クラブの有志の方々からの援助によってアテンドとして参加することができた。ここでお礼を申し上げたい。

    私自らは拓本についての知識は何もなく採拓に参加するのは初めての体験だった。ただ、クラブに関わるようになった直後の1995年に一度シカチアリャンへの旅行に参加したことがあったため、村に対する思い入れもあり、十数年経った村の変貌の様子を見たい気持ちも強かった。

    シカチアリャン村は、数年前の中国黒竜江省の化学工場の事故の影響による河川の水質汚濁のために、主たる生業である漁業が禁止されて存亡の危機に立たされている。それは直ちに同地のナナイ民族およびその文化や言語の危機に直結する。

    岩絵の採拓は、貴重な文化遺産を日本に紹介するというのが目的だが、将来的には文化財保護とその観光化によって村の振興に役立てるという意味合いもある。

    現在クラブでは、村の次世代を担う有望な青年を日本に招いて農業と養殖漁業を研修させるという計画も進んでおり、今回の採拓もこうした地域振興の長期的展望に立った取組みの一環なのである。

    訪問は今年9月29日から10月3日まで。気候がよくアムールの水位が最も低くなる時期を選んだ。ただ、採拓にかけられる実働日はわずか3日という慌ただしさで、後に述べるようにいくつかのトラブルにも見舞われた。そうした中、計画に賛同して協力していただいた上記保存会の方々には本当にお世話になった。改めてお礼を申し上げたい。

    出発の29日にはすでに最初のトラブルに見舞われた。新潟からハバロフスクまでの空路がハバロフスク航空の倒産でウラジオストック航空に移管されたという事情で、飛行機の出発が5時間近くも遅れてしまったのだ。

    深夜にやっとハバロフスクに到着し、バスに乗り換えてシカチアリャンに到着したのはもう日が変わってからである。保存会の方々は年配であるし、うち3人は前日大阪から夜通し車で新潟まで来られていたこともあって、皆さんお疲れの様子であった。

    それでも30日の到着翌早朝には、冒頭に記したようにもう下見に出かけたのだ。いよいよ採拓の開始である。
    【写真】最初に見つけた鬼のような形相の岩絵 撮影:筆者


編集後記:深刻な経済不況に直面しているアメリカの就職人気企業ランキングで異変が起きています。ベストテンの中に、高額な給料を出す一流企業を抑え、二つのNPO(非営利団体)が入り、Teach for Americaは第2位にランクされています。大学の成績優秀者が卒業後の2年間、教員免許無しに、貧困地区にある公立の学力底辺小中校で教師になるというプログラム。年収は2万5000ドル(約280万円)。4,000人の募集に35,000人が殺到。給料のためだけではなく、社会的な働きがいを求めています。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼 住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL:03-5371-5548 FAX:046-285-4895 E-MAIL:paf02266@nift y.ne.jp ホームペイジ:http://eurasianclub.cocolog-nifty.com/ 郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ。 会費、ご寄付はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスを希望します。
2009 01 01 Non Profit Organization Eurasian Club

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