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2009年10月 1日 (木)

ニュースレター第122号 オヨンビルグ(モンゴル民謡歌手)&モンゴル民族衣装芸術団公演

ユーラシアンクラブニュースレター第122号2009年10月1日


オヨンビルグ(モンゴル民謡歌手)&モンゴル民族衣装芸術団公演

    モンゴル民謡―オルティン・ドーの大御所オヨンビルグがついに来日!
    人気沸騰中のモンゴル民族衣装芸術団との初のコラボレーションが実現!

    オヨンビルグは、1980年代中から「わが故郷の眺め」などの歌で内モンゴルで一世を風靡し、「美声の王」として人気を博した有名な歌手です。

    一方、モンゴル民族衣装芸術団は、近年内モンゴルを拠点に活躍しているファッション、舞踊、歌謡、鼓などを組み合わせた独特の芸術団。モンゴル、エヴェンキ、オロチョンなど少数民族の伝統衣装を尊重しながらも芸術的にアレンジ。2007年7月、第6回香港国際『金紫?花』コレクションに出演し、三つの演目で金賞を受賞など数々の賞を獲得。

    10月23日(金) 新宿文化センター 小ホール 
    開演 18:30 開演 19:00
    前売券2500円 当日券3000円全席自由席

    交通:東京メトロ副都心線 新宿三丁目駅徒歩6分E1出口 東京メトロ丸ノ内線 新宿三丁目駅徒歩11分B3出口
    主催:(有)富川エンタープライズ (株)サイハン・ハーン   
    お問い合せ:080-5062-7312 monbuhk@yahoo.co.jp
    【写真】モンゴル民族衣装芸術団


先住民族問題は国家の民主主義の原罪 大野 遼

    9月中旬、元東京アイヌ協会会長の浦川治造さんが自力で開設した千葉県君津市の「カムイミンタラ」で第一回ピースサミットが行なわれ、アメリカ、カナダの先住民族代表として参加した北アメリカの先住民族ワベナキ族のトム・ドストウ氏、カイオワ/ウィチタ族のローレン・キーボーン氏は、

    「先住民族はホワイトハウスから良い反応を感じておりオバマをプッシュしたい」と黒人大統領に期待を表明し、浦川氏も「民主党の鳩山代表は北海道が地盤。鳩山さんに希望をかけるしかないと思っている」と語っていた。

    たまたまであるのか歴史の必然なのかわからないが、アメリカと日本で同時に発生した歴史的な政変は、私のこれまで嫌いな言葉であった「グローバル」な影響を起こすかもしれないとの予感も感じている。少なくとも「民族の共生」「自然との共生」にとっては、追い風のようにさえ思う。

    前号の原稿の最後に、北海道の人口が明治初年頃の56倍にも膨らんだと書いた。既に近世:蠣崎(松前)氏の支配以降の植民で、北海道のアイヌ以外の人々は、アイヌの5倍に達していたから、アイヌにしてみると280倍に上る人々がアイヌの生活圏に侵入してきたことになる。

    一方的に「日本人」「日本国土」にされたがために、「同化」という名の百年史が始まった。改名・改俗・日本語の強制、平行して進んだ生活圏の喪失による貧困と差別の助長。現在ウィグルで進行していることはアイヌが辿った運命がさらに大掛かりだということに尽きる。

    また前々号では、「新彊ウィグル自治区発足(1955年)以前には2%(1949年;4%とも)に過ぎなかった漢民族は、現在では過半数(40%とも)を超え、小中学校でも漢語の教育が始まり、2003年からは大学での授業は漢語のみとなった。「植民」の結果の漢語教育であり、ウィグル人の若者の沿岸部への就職斡旋は、漢民族という海がウィグル人を吸収する形になっている。」と紹介した。これはアイヌ百年史の縮図を示している。

    現代の国家は無数の民族あるいは国家、宗教、さまざまな文化に属する人々を抱えており、これらの人々への配慮や、最終的に国境線を「宣言」することによって形成された民族の分断への配慮は、その成り立ちから言って、国家の責任なのだと思う。

    中国や日本、そしてアジアの豊かさのもとは、時空を織りなしたさまざまな民族史と人々そのものであり、国家が一人ひとりの尊厳と特に先住民族・少数民族への敬意を大事にするイデオロギーと政策を磨くことによって実現すると考えている。

    しかし実際は、国家を支配する優勢な勢力が、古代の国家同様「護国」と「現世利益」を掲げながら、自分たちが帰属する民族や支配的勢力にウェートをおいた利益のために国家を運用してきたことが否めないのであって、日本でもアメリカでも、これまでの利益代表が国家を支えていることから考えて、本格的に先住民族を視野にした民族の共生や多文化共生社会に転換することはすぐには期待できない。

    「民主主義」が数による多数決である以上、北海道の小選挙区から選出されている12人の国会議員の中にはアイヌの代表は入るべくもない。アイヌの生活や文化の自立や自治のための政治的枠組みは日本には存在していない。いわば先住民族の問題は一国の「民主主義」以前の原罪のようなものである。

    かつて参議院全国区から萱野茂さんが(故人)当選し、アイヌ文化振興法成立に大きな足跡を残した。このほど浦川治造さんは、「アイヌの代表を国会に送る百円募金」を提案し、私は積極的に賛同し、第一回ピースサミット参加者の総意として決議された。今後どう展開するかはまだ未定だが、日本における「民主主義」のメルクマールとして期待したいと思う。

    とはいえ一方で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」(2008年6月)を受け、政府は、アイヌの人々が先住民族であるとの認識を示し、国連宣言における関連条項を参照しつつ、これまでのアイヌ政策を更に推進し、総合的な施策の確立に取り組むための具体的な施策を検討中だ。次号で国連宣言からみたアイヌ施策について紹介する。【写真】生きとし生ける全てへの祈り「アイヌのカムイノミ」 撮影:河野眞一 2009年9月


「アセアン」紀行2008 第6回 クアラルンプールでおもう-中産階級の勃興と東アジア共同体 若林 一平

    2009年8月30日総選挙で大勝した民主党政権。この政権が掲げる「東アジア共同体」というスローガン。歴史の歯車の動きはときに非常に興味深いものがある。圧倒的有権者が特に意識して選択したわけではないであろうが、総選挙の結果は東アジア共同体を選択した。

    東アジア共同体はすでにリアリティになっている。というのが今回アセアンツアーを通しての感想である。ひとことで言うと中産階級(ミドルクラス)の勃興である。

    タイペイでシンガポールで、そしてクアラルンプールで。特に21世紀に入ってからの変化が劇的である。

    見た目の印象では「レクサス」などの高級車の増加は東京をしのぐ勢いである。実際世界銀行のデータによれば「4人家族の年当たりに換算すると、3000~6000ドル、6000~1万2000ドルの所得の家計」をあわせた人口はアセアン諸国合計でおおよそ2.5億人にのぼる(木村福成慶応大教授による)。かつて300ドルもあれば一家が1年間食べていけると言われたレベルを考えてみるだけでも変化の大きさに驚く。

    ユニチャームがインドネシアで紙おむつを、キリンがフィリピンでビールを、味の素がタイで調味料を、市場開拓し始めた。これらは日本では既に「ふつう」の商品に過ぎないけれど、この「ふつう」がまさに中産階級の「豊かさ」を象徴する商品なのである。

    1981年、今から四半世紀以上も前から今日の東アジアの姿を予測して「ルックイースト(東方に学べ)」政策を掲げていたのは当時マレーシア首相のマハティールである。東方とは日本のことである。引退後も来日しての講演活動の多いマハティールを「親日家」のレッテルで片付けるのは正しくない。

    1997年のアジア通貨危機のときは国際的投資家のジョージ・ソロスを名指しで批判したマハティールの日本びいきはまさに戦略的なものである。そもそもアジア通貨危機のとき国際機関は大変な判断ミスをおかしてしまった。救済の名のもとに被害に苦しむ人々にさらなる苦しみを与えたのである。

    中産階級(ミドルクラス)の成長の持つ意味は大きい。中産階級は選択的消費をする人たちである。選択的消費とは生存に不可欠の消費に加えてのいわば趣味的・教養的消費である。

    彼らは文化の担い手としての人格を肯定する人びとでもある。ヒトモノカネの交通そして文化の交流が活性化する。文化は経験の共有を基礎としており、文化を支えているのは人と人との信頼関係つまり共同体である。

    だが東アジア共同体を考えるとき、日本と周辺諸国との基本的な関係が未成熟である点に思いいたる。先の戦争を「太平洋戦争」と呼ぶことで日米戦争へと問題を一面化してしまい大東亜戦争・日中戦争というアジアの戦争の現実を忘却してしまった。

    国民国家としての日本を見ると、ロシア・中国・台湾・韓国、隣接するすべての国々との国境線が画定していない。同じ敗戦国でありながらドイツは冷戦時代という最悪の条件の下で、1970年当時のブラント西独首相の東方外交によりソ連との間でオーデルナイセ線により国境を確定した。

    かつて日本占領軍のマッカーサーは昨日までの頑強な敵たちが豹変しへつらう姿を見て驚き、大人になれない12歳の少年と日本人を揶揄したときからもう60年超が過ぎた。好きだ嫌いだという甘えた感情論を卒業すべきときだ。

    国際関係では敵の敵と仲良くすることが大切だ。政治軍事経済大国の中国と対等につきあうにはロシアとの友好が欠かせない。

    また歴史的に東西のさまざまな大国(中・英・米・蘭そして日本)の支配下に苦しんできたアセアンの人びとの友好は平和国家日本が取り組むべき最重要課題である。クアラルンプールのツインタワーを眺めながらマハティールさんの「ルックイースト」のラブコールを想起しつつ。(完)

    【写真】1998年に完成した高さ452m・88階建ての「ペトロナスツインタワー」には伊勢丹や紀伊国屋が入っている(2008年12月、クアラルンプールで筆者撮影


国連気候変動サミット 鳩山首相の「2020年に90年比25%削減」を歓迎 気候ネットワーク

    国内目標と削減対策の具体化が急務
    2009年9月24日
    気候ネットワーク代表 浅岡 美恵

    鳩山首相が22日、国連・気候変動に関するハイレベル会合で、科学が要請する水準に基づくものとして、温室効果ガスの排出を2020年までに1990年比25%削減を目指すとの日本の新たな中期目標を表明し、国内排出量取引制度や再生可能エネルギーの固定価格買取制度の導入などを国際社会に向けて約束した。

    こうした取組が世界経済の新たなフロンティアと新規雇用を提供するとの認識を共有し、日本が率先して削減を実現していくことを表明したものとして、心から歓迎する。

    新政権は、半世紀ぶりにもたらされた政権交代への内外の期待に、国内での削減対策と海外での削減や適応への支援の具体化をもって応えていかなければならない。

    しかしながら、25%削減目標の具体的内容も明確でないのが現状である。コペンハーゲンでの合意にかかわらず、2050年の長期目標をライクラサミットでの合意である1990年比80%削減に引き上げ、そこに至る日本の温室効果ガスの直線的削減の経路を法定化し、

    その実現を担保する炭素税や大規模排出源へのキャップ&トレード型国内排出量取引や再生可能エネルギー発電の固定価格買取制度を具体化し、その導入期限を明記した気候保護の基本法の制定が急務である。

    それこそが、コペンハーゲンの成功のために日本に求められている国際貢献である。日本の既にある利用可能な優れた技術を発展させ、新たな雇用を創出し、持続可能な地域の経済・社会づくりにも目を配った温暖化防止対策を策定、実施していくことこそ、国民が政権交代に期待したことである。

    とりわけ、日本のCO2排出量の7割弱を占める発電所や工場など数千程度の大口排出源に、国際的なルールと共通のルールに基づく国内排出量取引制度の導入を2011年にも導入することは極めて重要である。

    その制度設計において、対象を事業所単位でとらえ、日本のCO2排出の3分の1を占める発電所からの排出を直接排出でとらえて対象とすることが、国内排出量取引制度の将来的発展のために不可欠である。

    また、前政権のもとで決定された太陽光発電電力の限定的な買取制度が予定されているが、先の通常国会で成立したエネルギー供給構造高度化法は発電事業者に再生可能エネルギーの買取りを義務づけた法律ではない。

    速やかに再生可能エネルギー固定価格での買取を義務づけ、再生可能エネルギー導入目標を高め、すべての再生可能エネルギーについての導入に踏み出すべきである。(以下略)http://www.kikonet.org より


アジアシルクロード ミュージックキャラバンin岡崎 岡崎市シビックセンター

    演奏曲目:ヒマラヤの風 ウルグナ川 チンギスハンの祝い歌 津軽じょんから節 天山山脈賛歌など

    出演者:パンチャ・ラマ(バンスリ) 1970年ネパール・サララヒに生まれる。幼い頃から音楽や舞踊に親しみ、85年にプロとなり「バンスリの天才」と称される。ヒマラヤの大地に育まれた彼の音楽は、「大らかで素朴」「自然の空気の美しさに満ち溢れている」と日本でも圧倒的な人気を誇る。

    サラバンラマ(タブラ) 98年、イラバード サンギート マハビダヤ大学院・音楽科を卒業し、コンサート、ラジオ・スタジオのレコーディングで活躍。ネパール音楽に留まらず、世界のミュージシャンとも意欲的に共演。

    竹田 弘樹(ベース) 数々のアーティストのツアーサポート(大江千里、石井竜也など)レコーディング等を行う。現在は、NEWAGE民謡アーティスト伊藤多喜雄とのセッションを契機にアジア人としての音楽を探索し、制作している。

    河西 堅(ギター) 数多くのロックバンドを経て、世界の民族音楽に目覚める。ハワイ(ZULKEN)やマダガスカル/アイルランド(NaNa)、奄美の島唄等、世界各地の「島の唄」を中心に活動は多岐に渡っている。

    ライハスロー(馬頭琴) 1958年、中国・内モンゴルフルンベール盟出身。91年、モンゴル人民共和国(現モンゴル国)での演奏は多くの人に感動を与え、馬頭琴奏者としては初めて、文化芸術賞を授与された。1995年、中国国家一級演奏家の称号を授与。99年来日後は各地での演奏活動のほか、創作曲60曲以上。プロもレッスンに通う日本馬頭琴協会理事長。

    木村 俊介(篠笛、津軽三味線) 和楽器奏者(笛・津軽三味線他)として活動する一方、作曲・作詞・音楽監督などを行なう。06年~07年、坂東玉三郎演出・出演、鼓童「アマテラス」(歌舞伎座・京都南座他)に楽曲・詞を提供。08年、ニューヨーク・ロサンゼルスにおいてコンサートを行なう。

    ウメトバエワ・カリマン(コムズ、テミルコムズ) 1974年3月生まれ。キルギスの伝統的国民楽器コムズ、鉄製口琴テミルコムズ、木製口琴ジガチーオーズコムズの演奏者。03年、キルギスと日本における口琴研究のため、キルギス国立アカデミー(大学院)に入学。07年、東京藝術大学大学院に入学、口琴を研究。

    大野 遼(企画・司会) NPO法人ユーラシアンクラブ理事長 全国公立文化施設協会・芸術情報プラザのトータルアドバイザーなどを歴任、日本音楽の源流とユーラシア音楽を調査、研究。「ブハラ サシマコム来日特別公演」「アジア・シルクロード音楽フェステイバル」などユーラシアの民族歌舞や文化を紹介するイベントを企画、推進。

    開催日時 2009年10月10日(土)開場13:30 開演14:00
    入場料:1,500円 全席自由
    チケット取扱:岡崎市シビックセンター(0564)72-5111 チケットぴあ Pコード:323-514 (0570)02-9999
    主催:岡崎市シビックセンター指定管理者 SPS・トーエネック 名古屋ビルサービス・ピーアンドピー共同事業体
    お問合せ:岡崎市シビックセンター 0564-72-5111


シベリア鉄道便り(2) 蛯原 翔(えびはら しょう)

    イルクーツクまで2泊3日、イルクーツクで1泊してからモスクワまで3泊4日かけて列車で行く。今回の新型「ロシア号」No.001の車体はロシア国旗をあしらった青と赤で色分けされて、旧型の濃緑色の暗い雰囲気とは違い、明るい色調になっている。

    トイレは24時間が使えることで、かなり、便利になった。旧型列車のトイレは垂れ流しなので、駅に到着・発車前後30分は車掌がトイレのドアを閉めてしまい、使えなくなる。数年前、ツアー客の男性が朝、眼を覚ましたところ、クラスノヤルスク駅に停車していて、駅舎のトイレに行くはめになり、あやうく乗り遅れそうになったことがあった。

    各車両には2人の車掌が昼夜交代で勤務しているが、何かおみやげを渡すと、便宜をはかってくれて、サービスもよくなる。

    2等寝台のコンパートメントは上下2段の4人席で、テレビがドア口上部にすえられて、ビデオが見られる。車両と車両の間の連結部には自動ドアがあり、ボタンを押すと開くのだが、時々作動しなくなり、手動でやっても、ピクリとも動かず、男2人の力でやっと開く。はじめから手動にしておけば、問題ないだろうが、結局はドアに板をかませて、開けっ放し状態にすることになる。

    コンパートメントは男女、年齢には関係なく、どんな人が乗ってくるかわからない。ツアーでは客が別々の車両になったり、又同じ車両でもコンパートメントが分かれてしまう場合もある。

    イルクーツクから(モスクワまでは旧型列車)相部屋となったのはエンジニアの父親と中学生の息子で、車中で食べる野菜、パン、缶詰などカートンに入れて乗り込んできた。もう1人の男性は、30歳台の軍人でモスクワまで出張だと言っていたが、日中は女車掌のところに入りびたりで、毎晩、酔って戻ってきた。

    2つ隣のコンパートメントには小柄な19歳のイギリスの女子大生がいたが、同室の若いロシア人が通路に出て携帯電話で「イギリス人ギャルと相部屋だぜ。"君の瞳は綺麗だ"は英語で何て言うか教えてくれ」と英語の分かる友達にうれしそうに尋ねているのを見て、思わず吹き出してしまった。

    食堂車はあるものの、メニューに書かれている品が殆どない場合もあり、また30分以上待たされるときもある。停車時間のある駅では、プラットホームで、冷えたビール(ウオトカは原則売っていないが、売店では奥から出してくる場合もある)、鶏肉・ポテトパック弁当、ピロシキ、魚燻製、スモモの実、ブリンチキ(ロシア風クレープ)などをおばさんたちが売っている。

    値段も手頃で、それらを買い求めて、皆で分け合って食べるのも楽しい。7月20日にウラジオストク駅を夜、出発して、モスクワのカザン駅に到着したのは29日の午前4時半であった。

    ツアー参加者の中で最高齢の男性は87歳。彼は1930年代、上海での日本租界時代の生活をウオトカの呑みながら懐かしそうに語り、そして、私達もビールを片手に、年代を超えて生きた時代を夜遅くまで語りあえた。シベリア鉄道ツアーのもうひとつの楽しみかもしれない。(了)
    【写真】相部屋の親子 提供:筆者


レインボウプラザ・シルクロード交流会"モンゴル衣装芸術公演団歓迎"

    神奈川県愛川町半原の繊維産業会館にモンゴル歌謡を代表する歌手オユンビリグ氏とモンゴル民族衣装芸術団がやってくる。

    23日夕方、東京・新宿文化会館で開催されるモンゴル音楽とモンゴル民族衣装芸術公演に先立って、神奈川県のシルク産業の拠点であった愛川町半原・田代で、アジア・シルクロードの新しい文化芸術の風を呼び込む交流会として行われるもので、半原地域の日本民謡・民舞関係者が舞踊を披露し、茶席を設けるほか、モンゴル民族衣装公演の一端が紹介され、中庭で歓迎懇親会が催される。

    日時:芸術公演団が日本文化に触れる交流会は10月21日午後三時頃から
    懇親会は午後5時半頃から(会費制一人千円)
    会場:愛川町半原の繊維産業会館(神奈中バス半原行き終点徒歩一分)
    主催:財団法人繊維産業会
    協力:NPOユーラシアンクラブ・愛川サライ、(有)富川エンタープライズ モンゴル民族文化基金

    お申し込 連絡先:財団法人繊維産業会(電話046-281-0313)
    NPO法人ユーラシアンクラブ・愛川サライ(046-285-4895)
    【写真】モンゴル歌謡を代表する歌手オユンビリグ氏


デルスウ・ウザーラの妻子上京す 井口隆太郎

    アルセイニエフ著の「デルスゥ・ウザーラ」。本物のデルスゥの妻子は、確か伝染病で死んでしまい、黒澤明監督描く同映画では、河の畔でデルスゥが一人焚き火しながら歌を口ずさみ、妻子の想い出に涙ぐむ悲しいシーンがありました。御記憶の方も多いと思います。

    家族との絆は基本であり、世界の何処に行こうとも、過去でも今でも未来でも変わることはないでしょう。

    さて、2005年7月の本紙第71号「デルスウ・ウザーラ上京す」で、ロシアのサハ共和国の炭鉱の町ネリュングリから来日したオコネシニコフ・ジミトリ・アレクセイビッチ氏(昭和34年11月6日生。51才通称小島宗男)の紹介記事を書きました。

    あれから丸4年、この度奥さんと次女が東京観光に上京しました。今回は、此処に至る彼の苦労話の顛末を紹介致します。

    彼はウラジオの極東総合大学の日本語学部を卒業し、資源豊かなサハ共和国で日本語の通訳を生業としてきました。しかし、中国や韓国の台頭で、同共和国の石炭や金などの鉱物は日本以外に輸出され、日本語通訳の仕事は少なくなりました。

    そのため、冬の怒濤渦巻く、命懸けのオホーツク海で底引き漁の洋上取引きの通訳までしたようです。それでも妻と子供3人の生活費が思うに任せず、縁あって当方が身元引受人となり4年前に東京に職を求めて出てきた訳です。

    当初、3ケ月は当方の会社で営業の補助で、電話の受け継ぎをする業務でしたが、お客からの早口言葉や業界用語や訛りが解らず、何回も何回も聞き直すので、とうとう痺れを切らした多数のお客からクレームが付き、倉庫の現場作業に配置換えとなりました。

    しかし、此処でも旧ソ連時代の仕事振りが身に染みているのか、日本人の同僚と人間関係に齟齬を来たし、来日後一年ほどで弊社での仕事に見切りをつけ、飯田橋のハロウワークに通う事となりました。

    しかし、そこで彼はとても良い仕事を見つける事ができました。某総合電気会社に通訳を派遣する会社に採用され、彼本来の能力を発揮する機会が得られたのです。

    KDDIが日本と極東ロシアのナホトカ間に海底ケーブルを施設して、その中継所でロシア人オペレーターに、日本の工場で訓練をする際の通訳の仕事を任されたのです。当初、5人が配置された仕事を、一人でこなすことになったのは、彼の通訳としてのレベルの高さを物語るものです。

    通信機器の専門用語も勉強して、ロシア人オペレーターに解り易く通訳し、日本人技術者には漢字も書ける、レベルの高い日本語で会話をすれば、事は早く進むのはまちがいありません。結局、この仕事ではナホトカの中継所の日本側の機器設置工事まで声が掛かり、約一年関ったようです。

    日本での通訳に彼は目覚めたのか、在京ロシア人仲間からの紹介で、去年の暮れには緊急に国立癌センターで手術をするロシア人患者の通訳、今春にはモスクワから東京に観光に来た金融関係の大金持ち夫婦のガイド兼通訳をこなしました。

    今、彼は時間があれば東京中を車で走り回って道を覚えています。通訳件ガイドとして車で成田空港迄ロシア人観光客を迎えに行き、所定のホテルに届ける程度の仕事なら沢山あるようです。

    その昔の荒涼としたサハの採炭地や、荒れる冬のオホーツク海での通訳の仕事から、近代的文化的な東京で通訳が出来ると言う変わり方の裏側には、日本とロシアの社会や極東の地勢の変化だけではなく、世界が変わってきた言うべきでしょう。

    現代のデルスゥ・ウザーラが、物価の高い東京に妻子を観光で呼べるのは、彼の倹約生活の努力もさる事ながら、その変化の恩恵に預かったと言うべきかも知れません。(完)
    【写真】皇居前で記念撮影の「デルスウ・ウザーラ」親子


編集後記:リーマン・ショックから一年。G20も開かれましたが、事態は変わったのでしょうか。大不況の震源地、米の失業率は9.7%。恐るべき数字です。貧困率も13.2%、貧困層の人数は3982万9千人、アルゼンチン一国を上回ります。オバマのお膝元イリノイ州では、財政難から囚人を仮釈放するとも。一方、金融業界の高額報酬や「サブプライム・ローン紛いの金融商品」が復活。根本的解決にはほど遠い状況。懲りない面々が跳梁するのか。日米両新政権の真価が問われます。//この号で、私の編集は終わります。長い間ありがとうございました。引き続きのご愛読をお願い致します。(高橋)


発行:特定非営利活動法人ユーラシアンクラブ 発行人:大野遼 住所:〒151-0053東京都渋谷区代々木2-13-2 第一広田ビルTEL:03-5371-5548 FAX:046-285-4895 E-MAIL:paf02266@nifty.ne.jp ホームペイジ:http://eurasianclub.cocolog-nifty.com/ 郵便振替:00190-7-87777ユーラシアンクラブ。お振り込の場合:ゆうちょ銀行0一九店 当座預金 0087777 ユーラシアンクラブ 会費、ご寄付はこちらへお願い致します。ご連絡はメールかファックスを希望します。
2009 10 01 Non Profit Organization Eurasian Club

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